無言呪文? 浪漫に欠けるね! 作:にょわんちょふ
今回ちょっと長いです!!
「はぁ、はぁ……ふ、ふふ……お爺様が河の向こう岸で手を振っているのが見えたよ」
「夢乃ちゃんおじいちゃん死んでないじゃん」
変身術の教室の床に大の字で寝転がり、上がった息を整える。少々はしたないが、許してほしいところだ。
首を動かしてなんとか周囲を見渡すと、国籍、年齢、性別問わず、座り込むか、倒れ込むかといった違いはあれど、皆"死にかけている"という点では共通していた。
にもかかわらずこの小さな先輩は元気いっぱいだ。横ではハーマイオニーもため息をつきながら、今も誰も手を付けず残っている、二百九十八杯の紅茶のように冷めた目でこちらを見下ろしている。
授業としてのアフタヌーンティーとは別に開催された、あの恐るべきお茶会に参加しなかった彼女ら含む数名の生徒だけが、この場における生存者だ。
みたまえ、あそこで教室の壁で爪とぎをしている
「にゃ、にゃ」
完全に野生に戻ってしまっている。
聡明かつ偉大な彼女でさえ
可哀そうに……おそらくあと三か月はスコーンを見る度に震えが止まらなくなってしまうだろうね。
フラーにいたっては……おや? 彼女はどこに……あぁいた、シャンデリアにぶら下がっていた。いつの間にあんなところに。
「夢乃ちゃんは比較的マシっぽいけど、なんで?」
「勘弁してくれたまえ、今首より下の筋肉が一切動かなくなっているんだ……決して無事とは言えまいよ」
まぁ、意識だけでも保っていられるのは、きっと日本人としての"茶の精神"を忘れなかったからだろうね。
習った当時は少し退屈ではあったけど、やはり知識は嘘をつかない、無駄な知識などこの世にひとつとして存在しないとあらためて実感させられたよ。
「外から見てるだけでもとんでもないお茶会だったものね……」
「私たち日本人って、よく外国の人に"頭おかしい"って言われがちだけど……私絶対こっちの方がおかしいと思う」
「ふふふ……こればっかりは、私も同意せざるを得ないね……」
まずいな、意識も朦朧としてきた。
「すまない向日葵先輩、私ももう限界のようだ、少し眠らせてもらうよ……」
「夢乃ちゃん……」
「いやしかし本当に驚いた。まさか茶会で意識を奪われるとは……しかもそれを自ら体験できるなんて、私はなんてツイてるんだろう」
「夢乃ちゃん??」
本当に、いつも向日葵先輩には迷惑ばかりかけて申し訳ないね。今度何か埋め合わせをしないと。
もっとも、これまでの四年間の分を全て"埋め合わせる"には、長崎の出島でも東京のお台場でも足りないだろうがね、
「呆れたわ……ユメノ、あなた本当に怖いものナシなのね」
「ふふ、勘違いしないでくれたまえ、ハーマイオニー……私だって、恐れるものくらいあるとも……」
「ほんとかしら」
ほとんど動かせなくなった首を、それでもなんとか動かして彼女と目を合わせる。
呆れの中に、それでも心配の色を隠すことのできない心優しい栗毛殿に笑顔を見せてから、言葉を溢す。
「例えば、今なら……あんこのたっぷり詰まった、饅頭が、怖い……と、も……がくっ」
「ゆ、夢乃ちゃーーーーん!」
向日葵先輩の悲痛な叫びを聞きながら、私は意識を失った。
□■□■□■□
「『……ハッ!? ここはワガドゥの宿舎! 私は久遠寺夢乃!』」
「『……私もう何も言わないからね』」
「『おや、向日葵先輩おはよう、よく眠れたかい?』」
「『寝てたのは夢乃ちゃんだけでしょ!』」
ふむ、そういえばそうだったね。
それより、周囲を囲む岩肌とそれを覆う布、青い光を放つ鉱石でここがワガドゥの宿舎とはわかったが、いったいどうやってここに?
アルク達の話だと外から見た宿舎は完全にただの"岩"らしいし、いくら向日葵先輩とはいえ意識のない私を魔法で運びながらたどり着けるとは……。
「おや~? 目が覚めましたぁ?」
すると、壁の一部が元からなかったかのように消え、アルクと同じ赤茶けた黒髪をおさげにし、前にたらした少女が入ってきた。
「あぁ、君が運んでくれたのか、イマラ。だったら途中で起きなかったのも納得だ」
「ふふ、気持ちよさそうに寝てましたからねぇ、起こすのも忍びないですからぁ。まぁ、少し退屈ではありましたけどねぇ」
君達今日初対面なんだよね? という目で見てくる向日葵先輩にもちろんさ、と返してから、お互いにお互いを紹介する。
「こちらはワガドゥの"風を抱き嵐を裂く大翼"、ル・イマラ女史。"
「はい~、とってもかわいくて、思わずぎゅ~ってしたくなっちゃいますねぇ」
「"風を抱き嵐を裂く大翼"? 空の界? あ、そういえばアルクさんも似たようなのを名乗ってたよね? たしか……」
「"地を駆る黒き豹の爪"のアルク様ですねぇ? 私達は、自らの目指す姿と魂の形から、父より二つ名を授かるんですよぉ、偉大な父の名の一部と一緒にぃ」
「? あー! そーゆーことか! ……でも、さっき言ってた"空の界"っていうのは?」
どうやらワガドゥの"名づけシステム"に理解がいったらしい。今の説明だけでわかるとは、さすが向日葵先輩だね。
「でしたら折角ですしぃ、わたし達の宿舎を案内しながらご説明しますねぇ」
イマラに促され、彼女の通ってきた穴を抜けた先でまず目に入ったのは、岩の壁。そして左右に広がるどこまで続いているのかすらわからない岩の通路。
右か? 左か? と次に進む道を考えていると、先頭を進むイマラが壁に手を触れる。
「……ほう」
すると、先程彼女が現れた時の様に、岩壁に人が通れるほどの隙間が現れた。
これは……いったいどういう仕組みだ? ただ単純に岩に穴をあけている、というわけではない。だったらその分の"削りカス"が生じる筈だ。しかしそういった様子もなく、音も光も無くただ結果という穴のみが"在る"。
…………ダメだ、ちょっと考えた程度じゃさっぱりわからん。後でもう少し調べさせてもらおう。
「まずぅ、わたし達ワガドゥは、五つの……う~んと、みなさんでいう寮のようなものに分けられているんですね~」
「それが"界"ってこと?」
「はぁい、ワガドゥの生徒が、一人残らず全員
「うん、一応知識としては知ってたけど……本当に全員なんだ、すごいなぁ」
そのまま何度かの"壁抜け"をしながら話す向日葵先輩とイマラの三歩後ろに付き従う。
私は一度聞いた話ではあるが、改めて聞いてもとてつもないな。一応入学してすぐには
……大人の、その中でも一流と言われる魔法使いでも習得数が圧倒的に少ないと言われる
「わたし達は~、回帰する魂の形……
生きる場所、生きる形、そういったものを彼らの文化圏で言う"魂本来の形"である動物の姿で決めるというのは彼ら独自の"生きる"というものに対する認識を感じて実に興味深い。
ここを聞いただけでも幾つも気になる点が湧き出してくる。例えば、ペンギンやホッキョクグマなんかはどこに属すのか、"森"と"大地"には明確な境界があるのか、そもそも本人の意思がどこまで反映されるのか……例えば水鳥のように、空でも水でも生きられるようなものがどう分けられるか、といったね。
「……あれ? さっき五つの界があるって言ってたよね?」
「おやぁ、よく気付きましたねぇ。もうひとつの界と言うのが~……あ、着きましたよぉ」
そこで言葉を切ると、イマラは一度足を止める。
ふふ、向日葵先輩がお預けを食らった子供みたいな顔をしてるじゃないか。
続きはCMの後で、というやつだね。
「改めて……ようこそワガドゥの宿舎へ~。"風を抱き嵐を裂く大翼"、ル・イマラが代表し、おふたりを歓迎しまぁす」
これで最後、というように壁に手を当て扉を作ると……狭い通路に阻まれていた視界が、一気に開けた。
「……ほう!」
ホグワーツでいう大広間程の広さがあるだろうか。かなり広い空間には青く光る鉱石が散りばめられ、冷たい光に満ち満ちている。部屋の中央には照明と同じ種類と思われるホグワーツの噴水と同程度のサイズの鉱石が鎮座し、その周りでは幾人かの生徒が談笑している。
そして……あれは、星図か? 天井にはどこか規則的に思える小さな光が配置されていた。
石壁も照明も先程の小部屋と変わらない。それなのに、規模が違うだけでまるで別世界に迷い込んだようだった。
「……はっ、はっ」
あの鉱石、なんて言う名前なんだろう、あの巨大なものは他の小さなものとは役割が違う? "生え抜き"のものか、あとから追加したものかでまったく違う意味を持つだろうね……それに、天井の一部に穴? 円形のそこからは夜空が覗いているが、特になにか特別な……いや待て、あの位置と形で、今日が九月二日……始点がそこだとすると、あの角度は――。
「夢乃ちゃん、深呼吸」
「――っと、すまない……すぅ、はぁ……うん、もう大丈夫だよ」
危ない危ない、呼吸も忘れて思考に没頭してしまっていた。死因が"ワクワク"だなんて、流石に笑えないぞ。いやまぁ研究者として本望ではあるか……いややっぱりダメだ。折角なら"死ぬ程"の未知を前に解き明かす前に死んでしまうなんて最悪じゃないか。
CM明けを心待ちにしているヒマワリ先輩には申し訳ないが、先程気になったことをひとつだけ聞かせてもらおう。
「イマラ、あの穴の先にあるのは、もしかして"月"かい?」
「はい! ここからは見えないのによくわかりましたねぇ。あれは真ん中の鉱石……え~と、"Mbalamwezi"……英語でなんて言うんでしたっけぇ……スワヒリ語で"月の光"っていう意味なんですけどぉ」
「ふむ? 聞き覚えはあるような気がするのだけれど……」
「月の光、月の光……あっ"
「そうそれですぅ、月脈石! 月脈石から見て月がある位置が自動で透けるようになってるんですぅ。この宿舎の魔力の源泉はあの月光なんですよぉ」
あぁなるほど、月脈石か!
……ん、ちょっと待て、月脈石!? あの日本では金の五十倍の価値は下らないとされるあの……?
「ず、随分と高価なものを触媒に使っているんだね……」
壁に散りばめられているのもすべて月脈石だとしたら……久遠寺家の財力をすべて使ってもこの宿舎を"買い取れる"か怪しいぞ、これは。
「あぁいえ~、古郷ではそこまで珍しいものでもないんですよぉ。この宿舎も天然の鉱床をそのままお借りして使っているのでぇ」
なるほど……呆れると共に納得だ。月の光を受信し、人間の扱える魔力へ変換するという月脈石がここまでふんだんに使われているとしたら、あの異様な"壁抜け"にも少しは理解ができる。
こちらでは貴重な触媒も、彼らの土地では暮らしそのものを支える資源にすぎないらしい。要は日本人が毎日じゃぶじゃぶ湯を張ってお風呂に入るようなものだろう。
「で、ええと……たしか最後の"界"のお話でしたねぇ」
こちらですよぉ、と促されるままに、歩みを進めながら話を聞く。
ふふふふ、首が休まらないね。
それと、遅れてひとつ合点がいった。壁の鉱石が不規則に配置されていたのは、天然の鉱床がそのまま剥き出しになっていたからだったのか。
「最後のひとつは、"星の界"と言いましてぇ、少し特殊な位置づけなんですねぇ」
向かっている先は……中央の月脈石?
「ここは魂の形に関わらず入る事ができる界なのですがぁ、代わりに特別な資質と星の界で生きるという意思が必要なんですぅ……こんばんはぁ、今よろしいですか~?」
あぁ、目的地は石ではなくその横で談笑していた生徒か。
間延びする声に振り返ったのは、私と同程度の身長の小柄な女子生徒と、ロンよりも背が高く体格もがっしりとした男子生徒の2人。
どちらも身に纏う布が青く、白い宝石のようなものが縫い付けられているという共通点がある。
「ボクになにか御用かな? "風を抱き嵐を裂く大翼"。言っておくがレースはゴメンだぞ」
「わかってますよぉ、この二人に星の界について説明してあげて欲しいんですぅ」
どこか芝居かかった様子で、"面倒"という様子を隠すそぶりも無く応えてくれた女生徒の顔に、ぱぁっと光が灯る。
そのまま夜空のような藍色の瞳に満天の星空を浮かべると、まるで歌う様に声を上げた。
「そうかいそうかい! そちらの二人は日本人だね? よくぞこのワガドゥに来てくれた! このボクと言葉を交わす栄誉に震え、望外の幸運に感謝するといい!」
いい――いい――いい――。
岩で囲まれた広い空間に、彼女の声が反響する。
その反響も消え入ると、一瞬、時が止まったのかと錯覚した。
これは……なんとも気が合いそうな方じゃないか。理屈ではなく魂が、彼女と友になれと言っている……気がするよ。
小さな胸をふんすっとめいっぱい張り、得意げな顔で言う彼女を、隣の彼は冷ややかな目で見つめている。
イマラは変わらずにこにこ笑顔だ。
「すまない、変なやつで」
「おい! 変とかいうな! 彼女らに誤解されちゃうじゃないか!」
「誤解も何も、事実ですよぉ?」
「そんなぁ!?」
逆に大きな彼とは、向日葵先輩と気が合いそうだ。
……なぜとは、私の口からはとても言うことはできないが。
「紹介しますねぇ、"地を見下ろす気高き瞳"、ル・サニメ・ナジャマさんとぉ、"秘する山嶺の嵐"、ル・ジャバリさんですぅ、どちらも星の界の生徒さんなんですよ~」
「久遠寺夢乃だ。はじめまして、お二方」
「種子島向日葵です! よ、よろしくね!」
親愛を込めて、握手の腕を差し出す。
ジャバリ殿は肘辺りまでを掴み返し、大きく上下に腕を揺らして返してくれたが……ふむ、やはりアルクがしてくれた握手は、少なくとも彼だけのものではないようだね。
それより……。
「……」
真っ黒の瞳と、それを縁取る鮮やかな黄。
真っ直ぐにこちらを見つめてくる
ふむ……? 彼女の瞳はこんなに鋭かっただろうか?
三秒程目線を交わした後……そっぽを向いてフンっと鼻を鳴らされてしまった。
「気に食わないな、その"目"……同じ人間に対するものとは思えないね。世界は君の玩具箱じゃあないぞ」
おや、何か気に障るような事をしてしまっただろうか。
しかし、ふむ……。
知らぬ間に……口の端が吊り上がる。
「……面白い」
「夢乃ちゃん?」
一瞬、沈黙が場を包んだが、それもイマラの溜息に吹き飛ばされる。
「すまない、変なやつなんだ」
「おい! 二回目!」
「事実ですねぇ」
「貴様まで! なんてこと言うんだ二人共! ボクにだって許せないことがあるんだぞう!」
「逆に許せることがあるのか?」
「むきゃー!!」
三人が戯れている中、向日葵先輩が心配そうに見つめてくるが……それに反応する余裕も無いままに、
「……なぁ、君」
「なんだい? いっておくが、撤回する気はないぞ? ボクは事実を言ったまでだ。それに――」
「是非!! 私の友になってくれ!!!!」
「っはぁ!? てか近っ、ふ、不敬だぞっ!」
胸を衝く情熱のままに、彼女の手を取り抱き寄せる。
おや、また目が藍色に戻ってるじゃないか!
「君の言う事、まったくもってその通りだ。不快にさせてしまって済まない。心から謝罪しよう、詫びの品も後日持参させてもらう」
「ふ、ふん! わかってるじゃないか、なら――」
「だがそんなことより!!」
「ひゃうんっ!」
「その"目"はなんだい!? 聞いた限りだと星の界は星見、占星術のエキスパートだという……だからなのかい!?
「もーなんだよこいつーー! 知るか! 誰が答えるかバーカ!」
「ナジャマはハヤブサの
「ジャバリぃ!?」
ほう!! やはりそうか!
「ならばあの目は部分変身……いや、部分回帰とでもいうんだね!? すごいな、そんなことができるなんて聞いたことが無いぞ……それはワガドゥならだれでもできる技術なのかい!?」
「ふんっ!死んでも答えてやるもんかっ!」
「いや、かなりの高等技術だ。うちでも使えるのはアルクとこいつ……あとは一人か二人くらいだな」
「ジャ!バ!リぃぃぃぃぃ!!」
なるほど! 流石
「であれば……おや?」
凄まじい形相でジャバリ殿を睨んでいたナジャマくんだったが、シュルシュルと音を立てながらどんどん体躯が縮んでいく。気付けば掴んでいた腕も空を切っていた。
瞬きをする間にハヤブサへと変貌を遂げたナジャマくんはジャバリ殿の後ろへ回ると変身を解き、真っ赤な顔でこちらを指差しながらまくし立てる。
「君! いい加減にしたまえ! これ以上ボクに触れてみろ、ここから叩き出してやるからな!」
「そんなぁ……」
フシャーと鳥なのに猫の様に威嚇してくる彼女に"ダメかい?"と瞳で訴えかけてみるも、真っ黒な瞳を見開き、大きく身震いした後に「ダメに決まってるだろ!」と怒られてしまった。そんなぁ。
でもこれで彼女がある程度こちらの思考を読むことができるのは確定したね。
……いやまぁ単に私の顔が"おしゃべり"だった可能性もあるが……その場合は宝塚のオーディションでも受けてみるとしよう。
「いいかい、ここはボクらの"家"なんだ、その気になれば君らを消化することも排出することもできるんだからね! 自分の立場を弁え給えよ、異邦人!」
「本当かい?」
「残念ながら事実ですねぇ、これまで案内する時にした壁抜けがありますよね~? あれを足元にすれば……ふふふふふ~」
「怖い! 笑顔が怖いよイマラさん!!」
ふふ、それはたしかに恐ろしいね。
果たして岩に消化されるというのがどういうことなのか物凄く非常にとてつもなく気になりはするが……まぁ、命あっての物種というし、ここは遠慮しておこう。
それに、自分の家を知らない人間に踏み荒らされていい気がしないというのは言うまでもない。……宿舎に対してこっそりかけていた解析魔法をこれまたこっそり解除する。
「フンっ、初めからそうしたまえ」
ふむ、やはりか。
一体彼女の目には何がどこまで見えているのか、興味は尽きないが、まずは仲良くなってからだね。今年の目標に"ル・サニメ・ナジャマの信頼を勝ち取る"を追加しておこう。
「まったく、君も横の小さく気高い彼女を見習いたまえ」
「小さくないですけど!?」
「彼女の目には尊敬と配慮、日本人らしい尊重がある。あとはそこに、友を貶されたことによる少しの敵愾心かな……君には謝罪しよう、種子島向日葵とやら、他人のためにそう思える君は心の優しい人間だ」
「あ、ありがとう?」
「まぁお前には!! 断じて頭を下げるつもりはないがね!久遠寺夢乃ぉ!」
私への攻撃を忘れないねぇ彼女は。
向日葵先輩を見る時の愛おしいものを見つめるような目から一転、私に対しては常に目尻が吊り上がる。
「今回に関しては私が全面的に悪いと自負しているとも、君が謝る必要がどこにあるんだい? 改めて、先程はすまなかった」
「っぐっ! だ! か! らぁ! そういう"私
"星"、か。
「でもぉ、貴女も他の界の子を見下してますよねぇ? 星の界は属するものがわたし達と異なるだけでぇ、他の界より優れている訳ではないと先生に散々言われてますよねぇ?」
「ふん、ボクは
「言っていることはあってるんだがな、言っている態度が違うだけで」
「ちょっと黙ってよジャバリぃ! 今大切な場所なんだ!」
この三人、ずっとこの調子なんだろうね。なんだかハリー達を見てるみたいでなんだか微笑ましさすら覚えてしまう。
「えっとつまり、星の界っていうのは占いのエキスパート……ってこと?」
「大雑把に言えばそうだな、我ら星の界は星の動きから家族、部族、或いは世界。そういったものの運命を占い、より良い方向へ進めるよう補助する術を学んでいる」
「星の界に所属するには特別な才能と意思が必要っていうのは言いましたよねぇ? それが"世界を見る目"と"占いの才能"なんですよ~」
占いのエキスパートと聞き、向日葵先輩が目を輝かせる。勿論私もキランキランだ。
わかるとも、アレは魔法の中でもかなり特殊な技術だからね。強い魔法力があれば、優れた知能があればできるというものではないから、才能の無いものには入り口に立つこともできない。
私も試してみたが、てんでダメだった。悔しい。
それに、年頃の女の子というのは"占い"が気になるものなのだ。それは魔法族も非魔法族も変わらない。
「理解したかい? ボクは君らとは住んでいる世界が違うのさ、つまりボクが一番偉――」
「いなんてことはないですよぉ? 違うのは"どこを見るか"、わたし達四つの界は家族を通して世界を見ますが、星の界は世界を介して家族を見るんですぅ。まぁざっくり言うとぉ、"視点が広い"ってやつですねぇ」
「そもそも俺達が星の界に所属しても、元居た家が無くなる訳ではない。俺であれば大地の界と星の界、ナジャマであれば空の界と星の界、といったようにな」
「ボクの言葉を遮るなよぉ!」
ほう、"世界を見る目"の具体的な内容は初めて聞いたが、そういうことだったのか。
ここまで聞けば、なんとなくワガドゥにおける"世界"との付き合い方、"界"というものの役割がすこしずつわかってきた気がするね。
「その中でも彼女はぁ、十六歳で学内一の星詠の天才なんです~。在学中に成し遂げられるのは数年に一人と言われる"三節名"でぇ、しかも十五歳で至ったのは歴代最年少だった筈ですぅ」
「あ、それ気になってたんだ! 名前が三つに分かれてる人と二つの人がいるよね? 三つあるのがすごいってこと?」
「そうとも! よく気付いたね種子島向日葵! このワガドゥにおいて、ひいてはアフリカ魔法界にとって、"名"というのは個体の識別番号以上の特別な意味を持つのだよ!」
ここ。ここが私がアフリカ魔法界の文化で最も好きなところだ。
理由? ふふふ、それは聞いていればわかるとも。
「まず、ボクらは"魂の名"と"人の名"をそれぞれ持つ。どちらもがボクであり、どちらか一方が欠ければそれはもはやボクではない。故に罪を犯した者は魂の名を剥奪されたりするのだが……まあそれは今は関係ないね」
「うん、それはイマラさんに教えてもらったよ! "偉大な父"に授けられるんだよね?」
「その通り! 父というのは"家"の長、ワガドゥで言えばル・ティアロロ・キブ校長があたる。これは人としての名にも繋がっていてね、ボクでいうル・サニメ・ナジャマの"一説目"は所属する家を示す。ボクらはワガドゥに入り、知恵や戦い方の前に魂の名と"家"を与えられるのさ」
ここまでは移動中にイマリが言っていたところだね。しかし魂の形と望む姿によって付けられる魂の名か……私だったらどんなものをつけられたのだろう。
「そして二節目……は一旦飛ばして、三節目が俗にいう"名前"にあたるものだ。個人を示す名だね」
「二節目を持たない者は、一節目と三節目が名前となるわけだね?」
「……その通り、ではある、が……くっ、なんとかして違うということにできないか……?」
「無理ですよぉ」
「ぬぐぐぐ……まぁいい、事実に罪はない」
おや、許された。
これすらダメなら息も吐けなくなるところだった、助かったね。
「そして最後に二節目、これは当人が成した功績によって魔法省、或いは魔法省よりその権限を与えられたキブ校長から与えられる、称号のようなものだ」
「例えば校長は、マンティコアを単独討伐した際のものと国際的な地位を押し上げたこと、ワガドゥの校長に就任したこと……いくつもの名が与えられ、それらが混じり今では"ティアロロ"と呼ばれている」
「このボク! サニメは去年まで起こっていたアフリカ全土にわたる大干ばつを予言し、数万人の命を救った英雄としてこの名を授かったのさ!」
それは……凄まじいな。本当に英雄じゃないか。
……今度図書館で最近出た近代史の教科書を幾つか読んでみよう、彼女の名が載っているかもしれないからね。それほどの偉業だぞ。
しかし、その場合載っているのは現在の名である"ル・サニメ・ナジャマ"なのか、まだ二節目を授かっていない"ル・ナジャマ"なのか……ページをめくるのが今から楽しみだ。
「ホント、優秀なのは間違いないんですけどねぇ」
「含みがあるなぁイマラ! ボクの偉大さを理解しているというのなら何故敬わない!」
「
ぷく~と膨れるナジャマくんなぞどこ吹く風。こちらへ頭を寄せると、ちょいちょいと手招きされた。
なんだろう、内緒話かい?
「わたし達ぃ、彼女にやけに冷たいかと思われるかもしれませんがぁ、あんまり気にしないでくださいねぇ」
「そ、そうなの? でも……」
何かをいいかけた向日葵先輩の唇に、指を当て留めるイマラ。
「"自らの為に運命を手繰る者に、星は微笑まない"。校長に、彼女が"王"に成りきらない様見ていてくれって頼まれてるんですよぉ。今の彼女が家族の為という強い使命感を持っているのはわかっていますが、未来は誰にもわかりませんからねぇ……まぁ、彼女を揶揄うのが楽しいというのも本当ですけどぉ」
なるほど、そういう理由が……。
しかし、王に成り"きらない"ように、か。
「ふふ……君は友が大切なんだね」
「えぇ、尊敬する先輩ですからぁ」
優しく微笑むイマラにつられ、こちらも笑顔が零れる。
三人で目を見合わせた後、イマラは再びナジャマくんの隣へ戻っていった。
「おい、ボクを前にして内緒話とはなんだ! 別にその秘密覗いてやってもいいんだぞ!」
「まぁ、どうしましょうユメノちゃん、ヒマワリさん」
「だが、君はそんなことしないだろう!」
「またお前か久遠寺夢乃ぉ! 初対面でわかったような口を聞くな! ボクを見ろ! "ボク"を見るな!」
「ふふ、難しいことを言うねぇ」
ぷりぷり怒る"小さな王様"の視線から逃れるように上を向くと、ちょうど真上に大きな月が見える。
まだ、夜は長い。
評価、感想すっごくすっごく嬉しいです!ありがとうございます!!