無言呪文? 浪漫に欠けるね! 作:にょわんちょふ
「トロールの作文の方がまだマシだな」
「そんなバカな!?」
月の山でのお泊り会から早三日。共同研究をするにあたっての条件を定めた魔法契約書を書き上げた私は、意気揚々とミスタームーディの下へ向かった。
はっはーこれであの"ギョロ目ちゃん"をぎゃふんと言わせてやるぞう! と自信満々に差し出した契約書をムーディの指示でテーブルへ置き(どうやら直接触れることで強制的に契約を結ばされる呪いを警戒してのことらしい。流石にそこまで高度な呪いは私にはまだ不可能だ)、五秒ほど眺めた彼の第一声がこれだった。
いったいなぜ!!
「なんだこれは? ワシはお前のことを頭の出来だけは無駄にいい生徒だと思っておったが、買い被りか? え? 本当にどこが悪いかすらわからんのか!」
「わからなかったからこうして提出しているんじゃないか! 条件も誓約も完璧だったはずだ!」
今回提出した魔法契約書を要約するとこうだ。
久遠寺夢乃は研究によって得られた知見、魔法の発生条件、効果範囲といったデータ全て、及び関連する呪文を、研究以外の目的で使わないと誓う。
これは意思の喪失、改変、誘導による第三者の関与がある場合も同様であり、これを破った場合、死の呪いに関する記憶をすべて失う。生涯有効。
完璧な契約じゃないか!
「ワシが言ったことをもう忘れたのか? え? 頭のネジの外れたイカレ研究者のお前が"これは研究の為だ!"と心から疑わず街中で撃ちまくることができるだろう、何度でもいうが、ワシは貴様の良心をこそ一番疑っているのだぞ! 油断大敵!」
「ぎゃふん!!」
くそぉ……反論の余地が一ミクロンもない……いやあるぞ? 私の内心としては大いにある。
そもそもこの呪文が研究のために撃てるものではないという前提が根っこから抜けている。
……ただそれは私が根腐れを起こし、目の前のこの男のように別の目的を持ちながらも死の呪いを撃てる者に絶対にならない、というさらに上の前提があっての話だ。
「たしかに、今回は私の負けだ、マッドアイ・ムーディ……だが来週! またこの時間に修正版を持ってくる! 義眼を洗って待っていてくれたまえ!」
「ふん、次はせめて"人並みの"ものを持ってくるんだな」
まぁ所詮は初稿だ、むしろこれでうまくいってしまったら面白くないとすら言える……そう自分に言い聞かせ、教員室の扉を閉めた。
次だ次!! 実験に失敗はつきもの!!
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「まぁ、人並みだな」
「では!」
「ホグワーツの一年生がこれを書いたのであれば、妥当なラインだろう」
「なぜだ!」
あれから早一週間、"自分の意志"をどうすれば契約内容から完全に除去できるかを考えあげ、ハーマイオニーにも協力してもらい出来上がった第二稿。
またもテーブルに置かされたそれを十秒ほど確認したムーディは、またもばっさりと切り捨ててきた。
「ではクオンジ、自分で条文を読み上げてみよ」
「久遠寺夢乃はホグワーツ敷地内かつアラスター・ムーディ立ち合いのもと、同氏の許可を得た場合を除き本実験で得た知識を外部に出力することを禁ずる。また、活用についても同様である。また、アラスター・ムーディは心身ともに健康であり、魔法的影響に一切かかっていない状況での承認のみを有効とする……完璧だろう! 私の判断を信用できないというのであれば、ミスタームーディ自身が証人となればいい、これなら私の意志は一切反映されず、そもそもこの場以外で扱うことが不可能となる!」
こればっかりは完璧だ。向日葵先輩にもあのナジャマくんにもレビュー観点を"人間の意志による契約の穴の有無"と明確にしたうえで確認してもらったのだから。
私の意志という判断材料でこの二人以上に正確な判断を下せるものはこの世にいまい。
ナジャマくんのあの"全力で粗を探してやる"という熱意は凄まじかったね。実際四つ程指摘をいただけたし。
「この魔法契約にサインした時点で"魔法的影響"にかかっているだろうが」
「……あ」
………………ふむ。
「……では、また来週」
「いい加減ワシの時間を奪っているという自覚を持て、次にこんなもん持ってきたら容赦せんからな」
今回の反省点は問題点をひとつに絞り過ぎたことだね。次に活かそうそうしよう。
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「『はぁぁぁぁぁぁ』」
「『項垂れてるねぇ夢乃ちゃん、また駄目だったんだ』」
大広間のテーブルに突っ伏し、体内に溜まった空気を全て吐き出していると、向日葵先輩が隣に座ってきてくれた。
おや、そのフォークに刺さっているにんじんは……食べさせてくれるのかい?
「『はむ、あの程度の矛盾に気付けないとは……んぐ、ここまで上手くいかないのは、もぐ、三年前の飛行学で追試を喰らった時以来だ、はむ、よ……ストップ、まだはじめのにんじんすら飲み込めていないよ、先輩』」
「『おっとと、ごめんごめん』」
口の中いっぱい広がる自然の恵みをゆっくりと味わいながら、次の作戦を考える。
少し考えればわかることなのだ。魔法契約というのは両者の間で結ばれる魔法的な繋がり。合意によって強制力を働かせるという都合上、仮にムーディ側に罰則が無かったとしても、魔法的影響が絶対にないとは言い切れない。であればそのあたりはバッサリと切り捨て、第一稿の方を骨組みに……。
「『あの時は酷かったね~、二月末までかかってたっけ』」
「『そもそも人間はあんな細い棒に跨って空を、あむ、飛ぶようにできて、もぐ、いな、ひょっほふぁっふぇふへ、ふぉんほうふぃふぇんふぁいふぁよ』」
「『おっとと、ごめんごめん』」
リピート再生?
向日葵先輩?? もう口を閉じることすら出来なくなっているのが見えていないのかい??
……やっと止まった。今のうちと必死に咀嚼し、なんとか野菜畑から解放される。
初めてだよ、ここまで油っぽくて味の濃い肉を食べたいと思ったのは。
「『向日葵先輩……もしかしたら先輩は知らないかもしれないが……人間には頬袋が無もごー!』」
「『私にはあるみたいな口振りじゃないかな? かな?』」
あ、脂身たっぷりのポークチョップ……。
この先輩は、気が利くのか効かないのか……。
塩味で口が洗い流されるという初めての経験を文字通り味わっていると……おや? あそこにいるのは……。
「屋敷しもべ妖精にも人権を! 労働には正当な対価が支払われるべきです!」
ハーマイオニーじゃないか。
何やら壁際で演台に立ち、道行く人に缶バッチ? を配っている。
残念ながら彼女にティッシュ配りの経験は無さそうだが……つまり結果は散々ということだ。
指に着いたグレイビーソースをナプキンでふき取りながら、面白そうなことを言いながら面白そうなことをしている彼女の方へ歩み寄る。
「やぁハーマイオニー。いったい何をしているんだい?」
「ユメノ! それにヒマワリさんも! 二人にも是非聞いて欲しいの!」
私の後ろからひょこっと顔を出した向日葵先輩にもきちんと挨拶をしてから、ふわふわの栗毛を揺らしながら演説を始める。
「ふたりはさっきまで食べていた料理、だれがいつどこで作ってるか知ってる?」
「あ、そういえば知らないな? 当たり前のように出てくるけど、そういえばなんでなんだろう」
「この大広間とまったく同じ間取りの部屋に屋敷しもべ妖精たちが閉じ込められて、延々料理を作らされているのよ!」
「ほう、そうだったのか」
なるほど、実に興味深い仕組みだ。
きっとその部屋はここと魔法的につながっているんだろう。どうやっているかは一切不明だが、二つの部屋を魔法的に重ね合わせ、"同じ部屋"だと認識させることで向こうで作った料理をこちらに転移させているということか……ん? 今何か、ひっかかって……。
とりあえずメモだけしておこう、今は演説途中だからね、メモを取り出しても違和感はないだろう。
「だが忘れていないかいハーマイオニー、彼らは無償の奉仕をこそ美徳とする種族なのだよ? 趣味でやっているものを勝手に仕事にされてしまうのは、あまり気のいいことではないだろう?」
「実は先週、とある屋敷しもべ妖精と話す機会があってね、彼は"自由"を欲していたの! つまり彼らはただ知らないだけなのよ! 実際ホグワーツではまだましだけど、古い家では虐待まがいの"教育"が――」
おや、かなり熱が入ってきたね。
これではもはや私達に話しているのか自分の思考を言語化しているだけなのかわからない。
ふむ……だがまぁ、面白い仮説ではあるね。
「――それに、そもそも屋敷しもべ妖精という種族の成り立ちから」
「ハーマイオニー」
「……あぁ、ごめんなさい、つい置いてけぼりにしちゃってたわ」
「いや、実に興味深い論証だった、歴史的背景、現代の状況、筋は通っているし、なによりもはや常識となった"当たり前"に喧嘩を売るという姿勢がいい、実に私好みな活動じゃないか、その……」
「
「そうそう、それだ」
たしか、我が校にも似たような活動をしていた先輩がいたはずだ、彼に教えてあげたら泣いて喜ぶかもね。
「ただ」
指をたて、そう続けると、ハーマイオニーの体が強張った。
「着想を得たのが"とある屋敷しもべ"というのは少し弱いかな、何事にも例外はある、その彼だけが特別なのかもしれない」
「そ、そうよね……それは私も少し考えて」
「ただ!」
二本目の指を立て、言葉を遮る。
ごめんよハーマイオニー、結論から話した方がいいとはわかっているんだが……こっちの方がかっこいいだろう?
「同時に"一人いた"というのは非常に価値のあるデータだ、なにせ種族の問題なんだ、一人いれば二人も三人もいるかもしれない……だから君はこの活動を始めたのだろう?」
「……っ! えぇ、そう! そうなのよ!」
「ひとつの例外を見つけた時、"アイツはおかしい"と思考を停止せず、他の例を考えたのは素晴らしい、そのうえその理由が人権問題とは、なんとも立派なことだ。君は素晴らしい魔女だね、ハーマイオニー。もっとも、同い年の私に褒められてもそこまで嬉しくないかもしれないが」
かぶりを振って再び彼女の方を見ると……おいおい、随分と嬉しそうじゃないか。
体が跳ねているのか、栗毛の毛先がぴょこぴょこ踊ってるぞ。
「そんなことないわユメノ! 色んな人がこの活動のこと馬鹿にするのよ! ハリーにロンまで! でもユメノはわかってくれたのね! ありがとう!」
「ふふ、どういたしまして。しかし屋敷しもべ妖精の"奉仕願望"が長い虐待の歴史で歪められた結果の可能性とは……こんな面白い、かつ社会的価値のある活動をバカにするなんて、彼らもセンスがないじゃないか」
「そうよ、そうなのよ! まぁ誰に認められなくても、私はこの活動を辞める気はさらさらなかったけどね!」
おぉ、今度は間違いなく飛び跳ねているね、それも私の手を取って。
おおはしゃぎするハーマイオニーを目尻を下げて見ていると、今度は向日葵先輩がハーマイオニーの頭を撫で始めた。それもめいっぱい背伸びをしながら。
「ふふふ、頑張って凄いねぇハーマイオニーちゃん、まだ顔を見たこともない誰かのために、こうやってみんなに訴えかけられるなんて、優しいんだねぇ」
「わ、えっと、その……ありがとうございます……」
ふふ、わかるよハーマイオニー。彼女に頭を撫でられると……なんというか、こう……胸が温かくなるような気がするんだよね。
何らかの魔法が込められてるのかもしれない。いや、きっとそうだ。
……脳内でダンブルドア校長が「愛じゃよ、愛」と言っていた気がするが、きっと気のせいだろう。
「そうと決まれば、早速聞き込みに行こうじゃないか! その厨房とやらはどこだい? ハーマイオニー!」
「え? でもまずはみんなに活動内容を周知しておかないと」
「そんなものは後でいくらでもできる! 論文を書く時にまず大切なのは一にデータ、二にデータ、三、四に検証五にデータだ!」
「あ、ちょ、ちょっと!」
まずは現場の声を聴かないとね!
「それでは向日葵先輩、少々行ってくるよ!」
「夕飯までには帰るのよ~」
「今食べたのが夕飯だ、つまり徹夜も辞さない」
「こら、文字通りに受け取らないの」
ハーマイオニーの腕をとり、ずんずんと歩いていく。
え、逆? これは失礼。
「それに、その厨房勤めの屋敷しもべ妖精には、少々お聞きしたいこともあるからね……ふっふっふっふっふ」
「ユメノ、すっごく悪い顔してるわ……なんだか
「そういう君は、なんとも
二人仲良く、まだ見ぬ
【今日の研究日誌】 九月十二日 五時四十二分 検証対象:術者の意識の有無
方法:ダンブルドア校長が就寝中と思われる午前二時三十分に大広間へ忍び込み、年齢線を越えてみた。
結果:ゴブレットがけたたましい雄鶏の鳴き声を出し、跳び起きたスネイプ教諭に三時間も説教されてしまったよ。ねむい。
考察:術者の意識の有無は関係ない?念のためダンブルドア校長が夜更かしだった可能性も含めて検討