彩葉の熱は、一日で下がった。
…よかったぁ。
かぐやの作ったおじやも美味しそうに食べてくれたし!すごい病気とかじゃなくてよかった!
病院は行って欲しかったけど、彩葉に無理させたくないし、しょうがないかぁ。
…彩葉、苦しそうだった。熱もそうだけど、彩葉は多分何かおもたいものを抱えてるんだと思う。
『かぐやには、わからないよ』
あの言葉は、ちょっとだけちくってした。
今でも、思い出すとちくってする。
でも、言わなくていいって言ったのはかぐやだから、聞かない。
彩葉が言いたくなったら、そのときに聞こう。
そう決めていつも通りにしてたら。
彩葉のほうがちょっとずつ変わっていった。
まず、言葉を選ばなくなった。
前の彩葉は、何か言う前に、どう言おうか考えてるみたいな間がちょっとあった。
それがなくなって、思ったことをちゃんと話してくれるようになった思う。
それから、かぐやの前で力を抜いてくれるようになった。
前の彩葉はいっつも肩に力が入ってて、自分の気持ちを隠してるみたいだった。
周りは誤魔化せてたつもりみたいだけど、かぐやはちゃんと見抜いてたよ?芦花と真実も、たぶん気づいてたし。
そうやって隠すのをやめたからか、今まで知らなかった彩葉がいっぱい出てくるようになったんだ。
●
その日は、ホラーゲームの実況をした。
リスナーからのリクエストで、すっげぇ怖いって評判のやつ!
かぐやちゃんは怖いのへっちゃらだから、余裕余裕!って思って配信をスタートした。
かぐやの隣にはいつも通り彩葉がいる。モデレーターとして荒らしをささっと消して、コメントの流れを整えてくれる役。一番近くでかぐやの配信見てくれてるんだ。えへへ。
おっとと、彩葉ばっかりみちゃってた、配信に集中集中。
ゲーム内で薄暗い廊下を歩いていたら、ぎいって扉が開いて、画面の端っこを何か白いのが横切った。
「ヴェェェ!?今の見た!?見た!?」
コメント欄も悲鳴でいっぱい。
ま、まぁかぐやちゃんはビビらなかったけどね!
そんなこんなで配信を続けてたらふと気づいた。
今日の彩葉の手、ずっと止まってる?
いつもだったら消されちゃってた求婚コメントとか流れてきたし…。
なんでかな?って思って配信が終わって振り返ったら、配信終了画面を見ながら彩葉が固まってた。
「彩葉?」
「…なんでもない」
かぐやからの呼びかけに、ちょっとビクッてして彩葉が答える。
あれ?もしかして怖かったのかな?
その夜、彩葉は冷蔵庫がぶーんって鳴るたびにびくってしてたし、カーテンが揺れるたびにそっちを見てたし、シャワーから出てくるのがいつもより三倍くらい早かった。
歯みがきのときも、鏡を見ないようにしてた。
そんで布団に入って、電気を消して。
私がうとうとしてきたころ。
「…かぐや」
隣の布団からちっちゃい声がした。
「んー…?」
「…その、今日は、一緒に寝てもいい、よ?」
……え?
一緒に寝てもいいよって、彩葉から言ってくれた?あれ?夢?でもほっぺ引っ張ったら痛いし。
「え!?いいの!?やったー!」
がばっ、と起き上がった。
「彩葉から誘ってくれるなんて、初めてじゃない?」
「…かぐやが一緒に寝たそうにしてたから」
「えー?かぐや、今日はそんなふうにしてないけどなー?」
「……してたもん」
彩葉が、耳まで真っ赤にしながらそっぽ向いて言う。
ほんとかなぁ?
でも、そういうことにしといてあげる。
枕を抱えて、彩葉の布団に飛び込んだ。
彩葉はちょっと端っこに寄って、それからかぐやの服をぎゅっとつかんだ。
やっぱり怖かったんじゃん。
知らなかった、彩葉って怖がりなんだ。
しっかりしててなんでもできて、弱いとこなんて見せなかった彩葉が、ホラーゲームで怖がって甘えてくれてる。
もー!かわいい!
彩葉の寝息が聞こえてくるまで、ずっとにやにやしちゃった。
●
それからも、知らなかった彩葉はちょこちょこ出てきた。
彩葉が夏期講習?ってやつに行った日。
彩葉、もうそろそろ帰ってくるかな?って思いながらごはんの準備をしてた。お肉に下味をつけて、玉ねぎを切って、フライパンを温めて。
じゅう、ってお肉を入れたところで、玄関が開く音がした。
「ただいま。かぐや、今日のご飯何?」
えへへ!言うと思った!
最近の彩葉、帰ってきて最初に言うのいっつもごはんのことなんだよね。
前は「ただいま」だけだったのに。
菜箸を持ったままくるっと振り返る。
「彩葉ぁ?」
にやーっと笑ったら、彩葉が一歩下がった。
「もしかして、彩葉って意外と食いしん坊?」
「な!ち、違うよ!」
彩葉のほっぺが、ぱっと赤くなった。
わかりやすいなぁ。
「えー?ほんとー?最近、帰ってきて最初に聞くの、いっつもごはんのことだよ?」
「…それは、たまたま」
「かぐやちゃん信じられなーい!」
わざとらしく首をかしげてみる。
それから、ぽんと手を打った。いいこと思いついた。
「彩葉が〜、そういうふうに誤魔化しちゃうんなら、今日のごはんUberでいいかな?」
「…………」
彩葉が固まった。
目が、フライパンと私を行ったり来たりしてる。
じゅう、とお肉が鳴ったら、彩葉の喉がごくりと動いた。
生姜のいい匂いが、部屋いっぱいに広がっていく。
勝ったな。
「…かぐやの料理食べたい。いじわるしないでよ。」
ちっちゃい、ちっちゃい声だった。
「んひひ!!んもう!しょうがないなー!」
うれしくて、その場でちょっと跳ねた。
そんなかぐやを見て、彩葉はごはんを並べるまでぶすっとしてたけど、生姜焼きはおかわりしてた。
二回も。
そんでそんで、彩葉「…おいしい」って食べながらぼそっと噛み締めるように言ってくれたんだ。
んもう!そんなこと言ってくれたらかぐやちゃん、明日もすっごい頑張れちゃう!
怖がりで、食いしん坊。
かぐやの知ってる彩葉がまた増えた。
●
今日は、芦花と真実とお買い物!
駅前のショッピングモールで待ち合わせして、三人で服を選びっこして、クレープ食べて、プリクラ撮って。
芦花は私に似合う色を一瞬で見つけてくれるし、真実はおいしいお店をすげー知ってる。
ちょー楽しい!
楽しい、んだけど。
「かぐや、さっきから端末ばっか見てない?」
真実に言われて、はっとした。
画面には彩葉とのトーク画面。
『お昼食べた?』って送ったのに、まだ既読がつかない。
今日彩葉も誘ったけど、勉強があるからって断られちゃった。
だから、彩葉は今部屋で一人。
…ちゃんとごはん食べたかな。
また無理して勉強してないかな。
熱、ぶり返してないかな。
あんなことがあったからか、いろんなこと考えちゃう。
「彩葉のこと考えてたでしょ」
「え、なんでわかったの!?」
芦花と真実が、顔を見合わせて笑った。
「顔に書いてある」
「かぐや、ほんと彩葉のこと好きだよねー」
「うん!大好き!」
言ったら、二人ともなぜかもっと笑った。
んー?なんでだろ?
それからみんなでお土産に、彩葉が好きそうなお菓子を買った。
このチョイスはかぐやちゃん的に自信あり!彩葉絶対気に入ってくれる!
彩葉の笑った顔を想像して、帰り道はちょっとだけ早歩きになった。
アパートの階段をのぼって、ドアの前まで来たとき。
部屋の中から歌が聞こえてきた。
…あれ?
これ、かぐやの声だ。
この前の配信で歌った曲だったと思う。
そーっとドアを開ける。
彩葉が、机に突っ伏してた。
参考書は開いたまま。端末から私の歌が流れてる。
「…彩葉?」
彩葉が、ばっと顔を上げた。
ほっぺたにノートの跡がついてた。
「…おかえり」
「ただいま!かぐやの歌、流してくれてたんだ!」
彩葉はしばらく黙ってた。
目をそらして、ほっぺたをちょっと赤くして。
端末の画面をさりげなく伏せようとして、失敗してた。
「…その、静かすぎて落ち着かなかったから」
……。
それって。
胸のあたりが、ぶわーって熱くなった。
彩葉の隣にすとんと座って彩葉の肩に寄りかかる。
「…さみしかったんだ?」
「…………」
かぐやの質問に答えてくれないし、目も合わせてくれなかったけど、かぐやに少し寄りかかってくてれるように感じた。
彩葉がこんなに寂しがりやなんて、かぐや知らなかったなー。
※ ※ ※
最近、かぐやの隣にいるとすごく安心する。
熱を出したあの日から、私はかぐやの前で取り繕わなくなった。取り繕えなくなったが正しいのかな。
言葉を選ばなくても、気を張ってなくても、かぐやは変わらずそこにいてくれる。
かぐやは笑って、私の全部を受け止めてくれる。そんな風に思えるようになって、気が緩むようになってた。
彩葉をなぞる時間が少しずつ減っていってる。
それが自分でも驚くくらい心地よくて、同時に罪悪感も増した。
…いいのかな、こんなに甘えちゃって。
よくはないんだろうな。身体を返した時に性格変わりすぎて、かぐやが驚いちゃうかもしれないし。
でも、かぐやの前だと心がぽかぽかして、やっぱり取り繕えない。
そんなことを考えていたら、何やら音が流れはじめたので、そちらへ意識を向ける。かぐやがツクヨミ公式ニュースを見ていた。
ヤチヨカップの現在のランキングが発表されているようだ。一位は当然のように黒鬼である。逆に、私たちのチャンネルは当然のように10位圏外。でも何故か、オタ公さんが急上昇中のチャンネルとして紹介してくれていた。あの人、かぐやの古参ファンで初回からライブには必ずいるんだよな…。これ、もしかして公私混同ってやつなのか?
「むー!どうしたら勝てるのー!」
「強いねぇ、黒鬼」
「まぁ、帝様だもーん!」
リビングの隅の湯船でじたばたするかぐや。
かぐやに共感してくれる芦花と推しの凄さをドヤってる真実。
三人の声が、遠くの波の音みたいにやわらかく耳を流れていく。
今私は、ツクヨミの中にある真実の家にいる。
本当は誰かの家に集まる予定だったのだけど、私が熱から復活したばかりだから、と急遽こっちに変更になった。…なんだか申し訳ない。
私がログインしてからすぐ、病み上がりだからと言ってあれよあれよと広いソファに寝かせられてしまったし、心配しすぎだ思う。でも、そんな優しさが私は嬉しかった。
なんて、ぼんやり考えていたら。
「――じゃあさ、かぐやと帝で、ゲーム対決するのはどう?」
芦花の声で、意識が引き戻された。
帝。黒鬼のリーダー。
彩葉のお兄ちゃんだ。
「……え?」
「それだー!」
かぐやが湯船から身を乗り出す。
ちょっと待って。私がぼんやりしてる間に、なんでそんな話になってるの。
「受けてくれるわけないよ。向こうはトッププロだよ?相手されないって。」
「えー!やってみなきゃわかんないじゃん!」
反射的にコラボを反対する言葉が出た。
正直、帝アキラ――酒寄朝日さんに私は会いたくない。その理由として私が彩葉の紛い物だから、その後ろめたさと罪悪感からというのもある。だが、それと同じくらい気まずさやムカムカした気持ち、後ちょっと恥ずかしいようなむず痒さが湧き上がってくる。彩葉の感情だと思う。…最後のはちょっとわかるけど。身内が俺様売りはクるものがあると思う。
ともかく、私はコラボしない方向に持っていきたい。かぐやのお願いをどういなそうか考えていると、突然かぐやの目の前に巻物が現れる。ツクヨミ内でのメール機能である。
とても嫌な予感がするが、かぐやと一緒に読んでみる。
『BlackonyX 帝アキラさんからのメッセージ
初めましてかぐやちゃん!
俺はブラックオニキスの帝アキラ ファン数 百万人おめでとう!
ここからは提案なんだけど、KASSENで帝VSかぐやの竹取合戦ってのはどう?
かぐやちゃんが負けたら……やっぱ俺と結婚、かな?
こっちが負けたら、なんでもお願い聞くよ
俺らでツクヨミ盛り上げようぜ!』
「は?」
「い、彩葉!顔こわいよ?」
かぐやは絶対渡さんし、それに急に家出ていきよって、久しぶりのコンタクトがこれか?
気づいたときには、さっきまで反対していたはずの私の口が勝手に動いていた。
「…受けたろやないの」
最後まで読んでいただきありがとうございます。
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