超かぐや姫!の超担当になった偽物   作:赤いイヤフォン

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ゲーミング電柱襲来


出会い

バイト帰りの道、夜の空気はまだ少し生ぬるかった。

 

 

 

駅までの道を歩きながら、私の頭の中では勝手に今日の反省会が始まる。

 

テストの点、授業での受け答え、芦花たちへの笑い方、後輩へのフォロー。

ひとつずつ思い返しては、あの子ならもっとうまくやれたと答え合わせをしていく。

 

どれだけ取り繕っても、結局、私はあの子の劣化版でしかない。

 

「…あの子の人生を奪っておいて、この程度しかできないなんて」

 

このまま考え続けると頭がおかしくなりそうだ。

思考を断ち切るため、イヤホンを耳に押し込んだ。

 

再生するのは、『Remember』。

ヤチヨのデビュー曲であり、ラ(・)イ(・)ブ(・)の(・)セ(・)ト(・)リ(・)に(・)毎(・)回(・)入(・)っ(・)て(・)い(・)る(・)定番の一曲だ。

 

イントロが流れ始めると、頭の中の雑音が少しずつ遠くなっていった。

 

学校でもバイト先でも、誰かと話している間はずっと気を張っている。

誰にも話しかけられないこの帰り道で、ヤチヨが歌っている間だけが、私が『酒寄彩葉』じゃなくていられる時間だった。

 

配信はもうほとんど観ていない。ライブにも行かないし、グッズも買わない。

この子が好きだったものに、紛い物の私が時間もお金も注ぐわけにはいかない。

唯一自分に許しているのは、この帰り道で曲を聴くことだけ。

 

――彩葉はね、東大目指してるの!しかも余裕で受かりそうなくらい頭いいんだよ!

 

霧がかった声がそう教えてくれた。

この子なら、本当に余裕だったんだろう。

 

でも、私はこの子ほど頭がよくない。この子が一度で覚えることを、何度も繰り返してやっと追いつける。

だったら、それ以外のものは全部かなぐり捨てるしかない。

 

 

信号待ちのあいだに、端末が鳴った。

 

【当選のお知らせ】月見ヤチヨ ミニライブ 握手券付き

 

「…………え?」

 

声が出た。

 

「当選?ライブ?…応募なんて、してない、よね?」

 

していないはずだ。私が目覚めてから、一度も。

 

それなのに、本文の「握手会」の文字を見た瞬間、心臓が跳ねた。

ヤチヨと、握手。画面の向こうじゃなくて、目の前で。

想像するだけで頬が緩みそうになる。

 

…いやいやいや。こんな美味しい話があるはずがない。

いやでも、自分でも知らないうちに応募していた可能性も?

 

そんな風に内心百面相をしていると、端末がもう一度震えた。

 

【お詫び】先ほどのメールについて

 

「…あ」

 

そうだよね。そうに決まってる。

わかっていたはずなのに、胸の奥がすうっと冷えていく。

 

先ほどの通知はシステムの不具合で誤って送られたもので、お詫びとして、今回は特別にミニライブへご招待いたします、とあった。

 

「……招待」

 

行きたい、と思ってしまった。

 

「…だめ。ライブに行ってる時間なんて、どこにもない」

 

私は頭がよくない。この子に追いつくには、まだ全然足りない。

そもそも、この子の名前に届いた招待を、私が使っていいわけがない。

 

辞退のメールを返そうとしたところで、信号が青に変わった。

 

「…後で、後で返そう」

 

 

アパートの近くまで来たとき、夜空の端を進む光がひとすじ見えた。

 

「…あ、流れ星」

 

消える前に願いごとを唱えると叶う、なんて話をどこかで聞いた気がする。

 

願い。

そう問われて浮かぶのはいつも同じことだけだ。

 

 

「…この子に、身体を返せますように」

 

 

小さく唱えて、それから少しだけ笑ってしまった。

 

「何やってるんだろ、私」

 

 

アパートの前に着いたとき、それに気づいた。

 

いつも通り過ぎるだけの、古びた電柱。

その内部から赤から橙へ、橙から黄色へ。

七色の光が脈打つように溢れていた。

 

「…え、え? なにこれ…」

 

思わず一歩、後ずさる。

 

イタズラ? 何かのイベント? それとも、疲れすぎて幻覚でも見てるんだろうか。でもスマコンも入ってないし…

 

逃げたほうがいい。絶対にそうだ。

それなのに、足が地面に貼りついたみたいに動かなかった。

 

よく見ると、電柱の胴の真ん中あたりに、見覚えのない丸い扉があった。

その縁には、竹を短く切ったような形の取っ手がついている。

 

こういうのは、触らないほうがいい。絶対に。

 

無視を決め込み、電柱を通り過ぎようとしたその時、ぷしゅうと気の抜けた音がした。

 

「ひっ…!」

 

扉が中から押されるように、ゆっくりと観音開きに開いていく。

中は柔らかい光に満ちていて、その真ん中の小さな寝床で。

 

赤ちゃんが、眠っていた。

 

「……………………は?」

 

三回見直して、三回とも赤ちゃんだった。

 

「え、ちょ、ま、待って…赤ちゃん?なんで?電柱から?なんで電柱から赤ちゃん…?」

 

捨て子?事件?誰かが置いていった?でも、電柱の中に?

 

慌てて周りを見回す。

誰もいない。親らしい人影も、どこにもない。

 

「だ、誰か…! 誰か、いませんか…っ」

 

自分でも驚くくらい小さな声しか出なかった。

返事は、なかった。

 

「どうしよう、どうしよう、どうしよう…」

 

見なかったことにして帰る? そんなこと、できるわけがない。

でも、私が勝手に連れて帰っていいの? 私なんかが抱っこして、落としたりしたら?

 

ぐるぐると同じところを回る私の前で、赤ちゃんの小さな手が、ぐーぱーと動いた。

何かをつかもうとするみたいに、宙を探って。

 

夜の路地に、たった一人で。

 

それを見た瞬間、ぐちゃぐちゃだった頭の中が、ふっと静かになった。

 

放っておけるわけが、なかった。

 

「…ちょ、ちょっとだけ、ごめんね…」

 

震える両手を、おそるおそる差し入れる。

首の後ろを支えて、背中ごとすくい上げるように抱き上げた。

 

思っていたより、ずっと軽かった。

それなのに、腕の中に収まった体温は、驚くほど温かかった。

 

宙を探っていた小さな手が、私の人差し指をきゅっと握った。

こんなに小さいのに、離さないとでも言うみたいに、しっかりと。

 

とろんとした瞳が私を見上げて、ふにゃっと口元が緩む。

 

「…………かわいい」

 

気づいたら、口からこぼれていた。

 

抱き上げた途端、電柱の光はすうっと消えて、丸い扉も、竹の取っ手も、跡形もなくなっていた。

 

「……え、うそ、消え…え?」

 

腕の中の重さと温かさだけが、夢じゃないと言い張っていた。

 

「…ふ、ぇ」

 

「あ、待って、待って待って、泣かないで、お願い…!」

 

「ふぇぇぇぇんっ!」

 

さっきまでの笑顔が嘘みたいに、くしゃくしゃの顔で泣き出した。

静かな住宅街に、泣き声がわんわんと響き渡る。

 

「と、とりあえず、家…!」

 

外階段を一段飛ばしで駆け上がって、部屋に転がり込み、鍵をかけた。

 

 

●

 

 

「よしよし、大丈夫、大丈夫だから…」

 

揺らしても、背中をとんとんしても、検索した方法を片っ端から試しても、泣き止まない。

 

――ドンッ。

 

壁が鳴った。隣の部屋からだ。

 

「ご、ごめんなさい…っ」

 

壁に向かって謝っても、泣き声は止まらない。

 

「お願い、泣き止んで…どうしよう、どうしよう…」

 

腕を揺らしながら、気がついたら口ずさんでいた。

 

さっきまでイヤホンで聴いていた、ヤチヨの歌。

毎晩帰り道で聴いてきた歌は、考えるより先に口からこぼれてくる。

 

泣き声が少しずつ小さくなって、やがて、すう、すう、と寝息に変わった。

 

「……寝た」

「ヤチヨの歌、すご…」

 

しばらくそのまま座り込んでいるうちに、頭が少しずつ冷えてくる。

 

「…警察、だよね。普通は」

 

端末を手に取って、番号を押しかけた指が止まった。

 

電柱が光って、開いて、中に赤ちゃんがいました。そんな話、誰が信じるんだろう。

根掘り葉掘り訊かれて、学校に、もしかしたら紅葉さんにも連絡がいって。

 

それに。

 

『酒寄彩葉』なら、どうするだろう。

 

この子は、人に頼らない。何でも一人で抱え込んで、一人でなんとかしてしまう子だ。

目の前で泣いていた子を、誰かに預けて終わり、なんてことはきっとしない。

 

「……やっぱり、やめとこ」

 

端末を伏せて、腕の中の寝顔を見下ろした。

 

 

〇

 

 

それからの三日間、慣れない育児に大忙しだった。

 

ベビー用品を買い込んで、財布の中身を数え直して。

夜は二時間おきにミルクで起こされた。

 

「ミルク、熱すぎたらごめんね」

 

哺乳瓶を近づけると、待ちきれないみたいに、ちゅう、と吸いついてくる。

んく、んく、と喉を鳴らしながら、ときどき私の顔をじっと見上げてくる。

ほっぺたに残ったミルクのしずくを指で拭うと、くすぐったそうに顔をしかめた。

 

「…ふふ」

 

自分の声が、知らない人みたいに柔らかく聞こえた。

 

「…おむつ、これで合ってるのかな」

 

ばたばたする小さな足を指でつつくと、きゅっと丸まる。

 

「…ちっちゃ」

 

気づけば、ずっと独り言みたいに話しかけていた。

返事なんて返ってこないのに、話しかける相手がいるだけで部屋の空気が少しだけ柔らかかった。

 

勉強は、ほとんど手につかなかった。

それなのに不思議と焦りはなかった。

 

二日目の朝、着替えさせようとして手が止まった。

 

「…ん?」

 

昨日買ったばかりの肌着がなんだか少し窮屈そうに見える。

 

「…なんか、大きくなってない?」

 

赤ちゃんって、こんなに早く大きくなるものなんだろうか。

抱き上げた腕に感じる重さも、昨日より少しだけ増えている気がした。

 

「…気のせい、かな」

 

赤ちゃんが、ふにゃっと笑った。

それを見たら、細かいことはどうでもよくなった。

 

そうして大忙しだった三連休の最終日、私はとうとう眠気の限界を迎えた。

 

夜七時ごろ、ミルクを飲ませて寝かしつけて、そのまま床に座り込んだところまでは覚えている。

 

――ゆさ、ゆさ。

 

誰かが、私の肩を揺すっていた。

 

「いろはー」

 

知らない声だった。

 

「いろは、いろはー。おきてー」

 

舌足らずで、やけに元気な声。

重たいまぶたをこじ開けると、部屋は暗く、時計は午前二時を指していた。

 

「…ん…ミルク…?」

 

反射的に布団のほうへ手を伸ばしかけて、止まった。

 

目の前に、女の子の顔があった。

 

十歳くらいの、長い髪の女の子。

裂けた肌着の切れ端を肩に引っかけて、私の顔を覗き込んでいる。

 

その顔は、どう見ても、数時間前まで腕の中にいたあの子だった。

 

「いろは、おなかすいた」

 

「…………え」




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