あの日から彩葉は来ていない。
ツクヨミにも、ライブにも、配信にも。相談アプリにも。
天守閣。
管理画面で私は毎晩、彩葉のツクヨミアカウントを開く。ほとんど何も動いていない。ログインもない。グッズの購入履歴もない。チケットの応募もない。
だけど、ひとつだけ動いているものがある。
夜が更けたころ。
決まって私の曲が再生される。ほとんど毎晩。
一番再生回数が多いのは『Remember』。
私のデビュー曲。
バイトの帰り道なのだと思う。私がかぐやだった時、彩葉が話してくれた。バイト先からアパートまでの、あの暗い道。
その再生ログを眺めるのが、私の毎晩の日課になった。
今日も聴いてくれている。彩葉の支えになれている。
でも、私はそれ以上を求めてしまっている。
聴いてくれているなら、それでいいはずなのに。ツクヨミに来てほしい。ライブで顔を見せてほしい。また相談を書き込んでほしい。
全部、私のわがままだ。
相談アプリの履歴を開く。
AIのヤチヨとおしゃべりできるアプリ。
そういうことになっている。本当は毎晩、彩葉にだけAIのふりをして私が返事を書いていた。
お母さんに言われたこと。言い返したこと。言い返したあとで、本当はしんどかったこと。
彩葉が、今まで私に相談してくれたことを眺めながらスクロールしていく。
最後の書き込みは、あの日のままだ。
『いつか、認めてくれるかな。そしたらお母さん、昔みたいに笑ってくれるかな。』
その下に、私の返事がある。
あの夜、私は迷った。今より先、お母さんのことを嫌いになれず苦しむ彩葉を、私は知っていた。
お母さんとの仲直りが、そう簡単じゃないことを私は知っていた。
知っていたのに。
本当のことは書けなかった。
AIのヤチヨはそんなことを知っているはずがないから。
迷って、迷って、ヤチヨらしい彩葉を励ます言葉を送った。
それから少しして、彩葉は来なくなった。
それからひと月たった頃、一度だけアプリへのログインがあった。夜中だった。私は画面の前で次の書き込みを待った。待って、待って、朝になった。
何も送ってくれなかった。
それきり、ずっと。彩葉はアプリを開いていない。
あの返事が、何か違ったんだろうか。
違ったに決まってる。
だって、私の知っている彩葉はずっとヤチヨを見ていた。ヤチヨの歌を聴きながら、ライブに行って、配信を観て毎日を過ごしていた。前の輪廻の私が、あの夜なんて返したのかは知らない。
でも、少なくともこんなふうにはならなかった。
だったら、間違ったのは私だ。
そんなことを考えているからか、私はあの日から心から笑えていない。
配信でも、ライブでも、笑っている。口の端も、頬の上がり方も、たぶん完璧。神々のみんなは、今日もヤチヨはかわいいねって言ってくれる。
でも、それがちゃんとヤチヨの笑顔になっているのか、自分でもわからない。
鏡の前で笑ってみる。知らない顔が笑っている。
こんな顔でよかったんだろうか。よくないからこうなったんじゃないか。
記憶の中のヤチヨみたいに、ちゃんと笑えていなかった。ちゃんと振る舞えていなかった。どこかで、あの子に伝わってしまったんじゃないだろうか。画面の向こうのヤチヨは、本当は笑ってなんかいないって。
だから、ヤチヨを見なくなっちゃったのかな。
ちがう。
わからない。
わからないのに、ずっと考えている。考えたって何も変わらないのに。
ぐちゃぐちゃな思考を打ち切り、カレンダーを見る。
…今夜だ。
彩葉のアパート前の電柱にかぐやが落ちてくる夜。
そして、かぐやがライバーになる宣言をするミニライブの四日前。
彩葉からの応募はやはり来ていない。
だから、私が送る。
輪廻を回すため、なんて自分でも言い訳だとわかりきった言葉を頭の中で唱える。
当選のお知らせ。応募もしていないのに当選なんて、彩葉はきっと怪しんで来ない。だから、すぐにお詫びも送る。こちらの不具合でした。お詫びに特別にご招待します。そう書けば、断るのも悪いと思ってくれるかもしれない。
断るのも悪いと思ってくれる。
彩葉が優しいのを知っていて、それを使おうとしている。最低だ。
そんな最低なことしてでも、私は輪廻を。
いや、また彩葉に会いたい。
ちゃんと手を握って、顔を見たい。あの晩からライブに来なくなってしまったあの子に。何があったのか、尋ねてみたい。
尋ねる資格なんて、私にはないのかもしれないけれど。
もし、もし来てくれたら。
次のライブも『Remember』を歌おう。
彩葉が毎晩聴いてくれている曲を。
彩葉のための曲を。
このヤチヨには、2年間くらいRememberを歌わなかった時期があったような、なかったような