「…………なんで、金髪なの」
やっとのことでそれだけ絞り出した。
「えー?ダメ?」
かぐやは、フライパンを置いてくるっとこっちを向いた。
「んー」
かぐやが目を閉じ念じると、ぱっ、と髪が変わる。
緑、青、銀、赤、紫。かぐやが念じるたびに、髪の色がころころ変わっていく。
「えっえっえっえっ」
「んー…やっぱこれっしょ!」
私の口から困惑の極みみたいな声を出してしまった。
その間に、かぐやの方では最終的に金色に落ち着いたらしく、満足げに手櫛で髪をふわっと広げてみせた。
普通、人間の髪は念じただけで色が変わったりしないでしょ。
…まあ、電柱から出てきた宇宙人に、今さら常識を求めても仕方ないか。
というか、また料理してるし。
台所からは昨日と同じくらいいい匂いがしており、私の意思とは関係なくヨダレが出てくる。
…すごい美味しそう。
いや、ダメだダメだ。
顔が緩みそうになるのをグッと堪え、心を強く持つ。
今の家計にそんな余裕はない。
「かぐや。料理してくれるのはありがたいんだけど…その、お金、なくてさ…」
昨日見た、ウォレットの悲惨な数字が頭をよぎる。
「それなら大丈夫!」
かぐやが、えっへんと胸を張った。
「今日の朝ごはんは、昨日の残りで作ったんだー!」
お皿の上では、見覚えのある食材たちが、昨日とは全然違う料理に生まれ変わっていた。
…この子、本当に何者なんだろう。
「これからもお金かけないからさー?」
かぐやが、ずいっと顔を近づけてくる。
「かぐやのこと匿ってぇ?」
当然の様に上目遣いで見上げてきた。
………もう、
「……お迎え、来るまでだよ?」
「やったー!」
「あと、勉強の邪魔しないでね?」
「はーい!」
…聞いてるんだか、聞いてないんだか。
かぐやは台所でぴょんぴょん跳ねながら、フライパンを振り回している。危ないからやめてほしい。
跳ねるたびに金色の髪がふわふわ揺れて、全身で感情を表している。
そんなかぐやを眺めていたら、自分の口元が少しゆるんでいることに気づいた。
…なに笑ってるんだろ、私。
お迎えが来るまで。
自分で言ったその言葉が少しだけ喉に引っかかる。
かぐやはいつか月に帰る。それがこの子にとっても、私にとっても一番良いはず。
…そのはずだ。
そう考えながら、私は箸で料理を口に運ぶ。
ごはんは昨日と同じくらい美味しかった。
●
バイトから帰ると、もう夜の九時を回っていた。
鞄を置いて机に向かい、紙のスケジュール表を広げる。
もうすぐ夏休みだ。
スケジュールの升目を、勉強とバイトの文字でびっちり埋めていく。
休みは一日もない。
あの子なら、『酒寄彩葉』なら、これくらいやって当然だ。
東大に行くはずだった子の夏休みを、私が無駄にするわけにはいかない。
壁にぺたっと貼りつけて、よし、と一人頷く。
「な、なにこれ〜?」
いつの間にか、かぐやがへろへろな表情で肩越しに予定表を覗き込んでいた。
「夏休みの予定」
「ぜ、ぜんぶ『勉強』と『バイト』って書いてあるよ?」
「そうだよ。邪魔禁止ね。」
「えー!かぐやと遊んでぇ?」
「…無理。遊ぶ時間ない」
「ていうか休んでぇ!彩葉死んじゃうぅ!」
「死なないよ。いつもやってることだし」
実際いつものことだ。いつもこの調子だし、なんなら去年の夏はもう少し頑張っていた。
「むー…やっぱかぐやと遊んでぇ!」
ほっぺたをふくらませたかぐやは、そのまま床に転がってじたばたし始めた。
「暴れないでよ…また壁ドン来ちゃう。」
かぐやの方に向いた目線をふと部屋の隅へ運ぶと、トーテムポールやらぬいぐるみやら、見覚えのないガラクタが山になっていた。
かぐや曰く、配信用の小道具で、全部100均だから問題なし、らしい。
…問題、あるんだけどな。
どういう風にかぐやに抗議しようかと考えていると、当の本人から声ががかかる。
「そういえば!かぐや、ライバーになったんだ!初配信もしたよ?」
「…は?」
「見て見て!」
ずいっと、ノートパソコンの画面を突きつけられる。
画面の中では、かぐやらしき女の子が、カクカクと手を振っていた。
その裏で流れているのは、不協和音という言葉がとても似合う音だ。
『かぐやっほー!かぐやだよー!今日はやること思いつかないから配信おしまい!…これ切れてるのか?』
最後に、ぶつっとインカメが起動して、画面いっぱいにかぐやの素顔が映った。
「か、かか、かぐや?顔、映っちゃってるけど…?」
…コトの重大さがわかってるのかな、この子は。宇宙人にはプライバシーを保護しようという意識がないのか?
なんか、頭が痛くなってきた。
「…というか、さっきの音なに?」
「ジングルだよー!あれで作ったんだー!」
かぐやが指さした先を見て、心臓がどくんと鳴った。
キーボードだった。
東京に出てくるとき、なぜか手放せなくて持ってきたものだ。私自身には何の思い出もないし、うまくも弾けない。
なのに、どうしてかとても大切なものに思えて、ずっと押し入れの奥にしまっていた。
それが、いつの間にか引っぱり出されている。
じっと見ていたら、かぐやがキーボードを両手で持ち上げた。
「彩葉、もしや弾けるね?」
「え」
「全然上手くいかなくてさー、弾いてみてよー!」
「え、私、弾けな…」
誤解を解こうと、急いでかぐやを見る。
それはもうきらっきらの、期待でいっぱいの目をしていた。
そんな顔されたって、弾けないよ…。
なのにその視線に耐えきれず、気づいたらキーボードの前に座って、鍵盤に指を乗せていた。
何してるの、私…。弾けないのに。
そんなことを考え、鍵盤から手を離そうと考えたとき。
指が、勝手に動きだした。
迷いなく、鍵盤の上をすべっていく。まるで、何百回も弾いてきたみたいに。
懐かしいような、初めて聴くようなメロディが、部屋いっぱいにあふれた。
なに、これ。私、こんなの知らない。
どくん、と心臓が脈打つ。
指は止まらない。
かぐやが、音に合わせて歌いだした。思いついた言葉を、そのままメロディに乗せているらしい。
「ラ……ララ……誰も止められ──はしない──歌わずにいられ──ない」
でたらめなのに、不思議と音にぴったりはまっていた。
かぐやの声に応えるみたいに、指はさらに音を弾ませる。
そのまま一曲を弾き切って、最後の音が部屋の空気にゆっくり溶けていく。
鍵盤の上で、指が小さく震えていた。
「イェイ!」
かぐやが手をピースにして突き上げた。
「やばー!この曲彩葉が作ったの!?すごすぎ!」
ぴょんぴょん跳ねながら、私の肩をばしばし叩いてくる。
「決めた!彩葉!プロデューサーになって!」
かぐやが何か言っているけど、全然頭に入ってこない。
私は弾けない。まともに弾けたことがない。
なのに今、この指は動いた。
胸に当てた手のひらの下で、とくん、とくんと鼓動が鳴っている。
いつかこの身体を返す。この二年半、ずっとそのために生きてきた。
返す方法も、いくつも試した。あの子の好きなものに触れることもその一つだった。
でも、何も起きなかった。
もしかしたら、あの子はもう消えてしまっているんじゃないか。
私が来たせいで、弾き飛ばしてしまったんじゃないか。
考えたら息ができなくなりそうで、だからずっと、見ないふりをしてきた。
だけど、もしかして…
まだ、ここにいてくれてるの?
手に力がこもった。
「…彩葉?」
返事をしない私に、無視されていると思ったのかもしれない。
かぐやが、ずいっと顔をのぞき込んできた。目にいっぱい涙をためて、上目遣いで。
「おねがーい!プロデューサーになって、曲作って?」
「…え、曲!?」
そこでようやく我に返った。
「む、無理無理!作れないよ…」
「えー?でもさっき弾いてたじゃん!」
「そ、それは…」
…なんて説明すればいいんだろう。実は私が弾いたわけじゃない、なんて言えるわけがないし、言っても信じてくれる訳がない。
ここで安請け合いしても、かぐやをがっかりさせるだけだ。
…でも、さっきの感覚が忘れられない。
かぐやがあのメロディを歌ってくれたとき、胸の奥がじんわり温かくなった。
私の、私じゃないところが熱を持った。
かぐやと一緒なら、音楽をやっていれば、彩葉が起きてくれるかもしれない。今みたいに少しずつでも。
だったら。
「…昔作った曲を使うんだったら、いいよ」
…私が作ったんじゃない。あの子の曲。
ごめんなさい、勝手なことをして。
でも……
私は、ようやく掴んだ希望を手放したくなかった。
●
それからかぐやの快進撃は始まった。
一気に、ヤチヨカップのランキングを駆け上がっていった。
芦花直伝のメイク術を使った自撮り。
真実から教えてもらったグルメの食レポ。
ヤチヨを真似したお悩み相談。
思いついたらやる。
後追いだとか、旬じゃないとかは気にしないストロングスタイルだ。
そんなかぐやに引っ張られて、私の毎日も変わっていった。
かぐやのおねだりによってやることになったライブの賑やかしに、コメント欄のモデレーターといった裏方仕事。それにより削れる勉強時間。
原因不明のシフト被りにより、何故か休みになるバイト。
かぐやの研究に付き合うという名目で、ずっと避けていたヤチヨの配信も、また観るようになった。
そんなこんなで、元々のスケジュールは少し崩壊気味になり、いつのまにか私の夏休みは勉強・バイト・隙間にかぐやで構成されていく様になった。
要望どおり、あの子の曲もかぐやは歌っていた。
その歌声を聞けば、やはり胸の内に温かいものを感じる。あの子が、彩葉が喜んでいるのだろう。
やっぱりかぐやは私のことをハッピーエンドに連れて行ってくれるのかもしれない。
そう思えた。
そんな、忙しない日々を過ごしていた私は、
なぜか、海に強制連行されていた。
最後までお読みいただきありがとうございます。
これからどんどん面白くなっていく(当社比)予定ですので、引き続きよろしくお願いします。