いつもひっそりによによ見てます。
見過ぎてスマホに穴開きました。
何故、私は海にいるのだろう…。今日は一日中勉強の予定だったのに…。
パラソルの日陰に隠れ、灼熱の太陽から身を守りながらぼんやりと考える。
…いや、現実逃避は辞めよう。犯人は、いや、犯人たちは明白だ。
芦花、真実。図ったね…。
「いやー拍子抜けだね、彩葉。かぐやちゃんに頼んでダメだったら玄関に居座ろうとでも思ってたけど、まさか一発OKなんて」
真実がにやにやしながらこっちを見てくる。
むぅ…。上目遣いを断れない自分が憎い。
いや、でもあれは無理だ。断れっこない。
『いろはぁ…?かぐやと海いこ?』
『かぐや、彩葉と夏の思い出作りたいなぁ。だめ?』
両手を胸の前で組んで、下からじっと覗き込んでくるウルウルとしたあの目。気づいたら「…行く」と答えていた。
そんな朝の記憶を思い出しながら、周りを見渡す。
驚くほどいい天気。快晴だ。砂浜には人が溢れかえっている。
私の触るビーチチェアのそばに敷かれたレジャーシートで、芦花は真実のお団子を結い、真実は焼きそばを啜っている。
かぐやは、浮き輪にハマりながらスマホを取り出して、自分の順位とブラックオニキス、通称:黒鬼の順位を見比べている。
黒鬼は1位。かぐやいろPチャンネルは280位。新人にしては快挙な順位だと思う。
思うが、かぐやにはお気に召さなかったらしい。
「ぐぬぬ…まだまだ全然足りなーい!」
めちゃくちゃ悔しがってる…。そりゃそうか、あんなに頑張ってたもんね。
「こないだの歌配信めっちゃ良かったけどー!」
「かぐやちゃん、歌もゲームも上手いよね」
「天っ才、歌姫ですから!」
かぐやが、ふんすと胸を張る。表情が変わるのが早いなぁ。
「オリジナル曲も良かったしさ」
「わかるー。あれ、彩葉が作ったやつなの?」
二人の視線が、そろってこっちに向いた。
「彩葉、こんな特技隠してたの?可愛いし頭いいし曲作れるし、天才じゃーん」
「あ、あれは昔作ったやつだから…」
目を落とす。
そう昔、あれは私の曲じゃない。
彩葉の曲だ。あの曲たちをかぐやが歌うと、胸があったかくなる。
届いてる…のかな。届いてたらいいな。
そんなことを考えていると、かぐやが優勝したいと喚いていた。いつの間にかシートの上で大の字になって、空に向かって「優勝ー!」と叫んでいる。
もう、目立つからやめて欲しいんだけど…
「芦花ー?どうすればいいー?」
「うーん、もう結構色々やってるみたいだしなー」
芦花が顎に手を当てる。
芦花はいつも友達のことを考えてる。私には勿体無い友達だ。彩葉とも仲良くしてくれるだろう。
「ここは彩葉が着ぐるみを脱いで新たな需要をだねー」
真実が顔出しを提案してきたので、曖昧に笑っておく。私が顔出しとか、ナイナイ。意識戻ったら有名人とかびっくりすると思うし。
すると、かぐやががばりと起き上がった。四つん這いで、ずいっと寄ってくる。私の膝に両手を乗せて、下から。
「彩葉ぁ?配信一緒に出て?新曲も作って?伴奏もやってー?おねがーい!」
…出た。
「はぁ……。まぁ、伴奏ならいいよ。顔出しと新曲は無理!」
彩葉が起きてくれるかもしれないし。と心の中で付け足す。
「ちょ、ちょろ!今までで見たことないちょろさじゃん!ちょろ葉だ!」
「ふふっ、ちょろ葉だねー」
なんか、不本意なあだ名がついた…。
ん?昔?
「彩葉、すごい明るくなった。もはや別人だよね」
ひとしきり笑ったあと、真実がぽつりと言った。
「鬼気迫ってたって言うか、いつ崩れちゃうのか気が気じゃなかった。」
芦花が、膝を抱えて海のほうを見ている。
「かぐやちゃん、ありがとうね」
芦花と真実が、こっちが恥ずかしくなっちゃうことを言っていた。そんな風に思われてたのか…。
これからは、彩葉に変なイメージがつかない様に気をつけないと。
そう思いながら、私は紅く染まった頬をみんなの方から逸らした。
●
海から帰ってきてからも、かぐやの勢いは止まらなかった。
芦花と真実とのコラボ配信をきっかけに、登録者数は鰻登り。
メイクとグルメはもちろん、KASSENも二人に教えてもらっていたようで、画面の中のかぐやは笑顔でゲームをしていた。
歌配信では私が伴奏をするようになった。
かぐやが初期から続けている、ツクヨミでの路上ゲリラライブでの伴奏も私。
と言っても、私自身別にどうこうしてるわけではない。かぐやの側にキーボードを持って立ち、鍵盤に手を乗せてるだけ。演奏は彩葉がやっているのだ。
それでも、伴奏を行う回数が増えたからか変化はあった。
かぐや曰く、私の演奏が上手くなっているらしい。
私に自覚はない。そうなると、理由はおのずと決まってくる。彩葉が上手くなっているのだ。
もとの技術力からさらに上手くなっているのか、それとも元の技術力が十全に発揮できる様になっているのかはわからない。
だけど、順調だと信じたい。
●
ある日の配信で、かぐやがコメントで求婚された。
ここまでならいつもあることだ。私がモデレーターとしての権限を駆使して削除する。
かぐや的には削除するほどではないコメントらしいが、どうにも、モヤモヤして私はいつも消してしまう。
だが、その日は今までの比じゃないコメントの数だった。
消しても消してもかぐやへの求婚は増え続け、焦ったかぐやが口を滑らせた。
「それじゃあ!いろPに買ったら結婚な!」
「名付けて!かぐや争奪KASSEN勝負!」
…滑らせたのか?勢いよくトリプルアクセル決めた様に見えたけど。
当然、私はKASSENなんでやったことがないので断った。…断ったんだよ。最初は。
…はぁ。
そこからあれよあれよという間に、かぐやの結婚を賭けたバトルが始まった。
フィールドに立ち、開幕と同時にリスナーが目にハートをつけて、かぐやに手を伸ばしてくる。
渡してたまるか。
自分でもびっくりするくらい強い気持ちだった。
かぐやを取られたくない、という私の気持ちとは、どこか違う。
もっと別のところから湧いてくる熱。
指が、勝手に動く。
身体が覚えている、というより、身体を動かされている感覚のほうが強かった。
怒涛の勢いで敵を薙ぎ払っていく。
結局、その配信では私が28連勝して終わった。
…彩葉、強すぎない?
ともかく、伴奏も、KASSENも。ヤチヨを推し続けることも。
あの子の好きだったものに触れるたびに、あの子が少しずつ近くなっている気がする。
このまま続けていれば、もうすぐ彩葉は起きてくれるかもしれない。
●
「彩葉!会場、借りれた!」
かぐやが端末を掲げて、ぴょんぴょん跳ねている。
画面に映っているのは、ツクヨミ内のライブ会場だった。路上じゃない、ちゃんとしたステージ。
「初めてのちゃんとしたライブだよ!彩葉の伴奏で、いっぱい歌うんだー!」
それからのかぐやは、毎日その話ばかりだった。
寝る前にはセトリを並べ替えて、「あと何日?」と何度も私に聞いてくる。
いつにも増して笑顔が輝いて見えた。
…この顔は本当だったら私は見れないんだろうな。
かぐやが喜んでくれるのは、私が、いやあの子がピアノを弾けるから。
KASSENで勝てたのも、あの子のおかげ。
今の私に価値があるのは、あの子から借りている部分だけ。
そう、思ってしまった。
●
それは突然だった。
いつも通りのバイト先の店内。
床に残っていた水で足が滑って、とっさについた右手首が、嫌な音を立てた。
「…………っ」
捻挫だった。痛みで手がうまく動かない。
ライブ当日の出来事だった。
包帯の巻かれた手首を抱えて、アパートの階段をのぼる。
一段ごとに足が重くなっていく。
隠す?でももし悪化なんてして重症化したら彩葉に顔向けできない。
もし痛みでうまく演奏できなくてライブ台無しにしちゃったら、かぐやの足引っ張っちゃう。
いろんなことを考えて頭がぐちゃぐちゃになる。
結論が出ないまま考え続け、やがて彩葉へ、そして、かぐやへの申し訳ない気持ちで胸がいっぱいになる。
「彩葉、おかえりー…って、どうしたのその手!?」
「…ちょっと、バイトで転んで。しばらく、ピアノ弾け、なさそう」
何かが私の頬を伝う。
あぁ、そっか。私泣いてたんだ。
「ライブ、伴奏できない。…約束したのに、ごめんね」
今の私に、かぐやの隣にいる資格なんてない。
そう思うと、涙がどんどん溢れてくる。早く止めないとかぐやを困らせちゃう。
わかってる。わかってるのに。
「彩葉」
かぐやが、怪我をしていない方の手をぎゅっと握った。
ハッとしてかぐやの方を見ると、かぐやは優しく微笑んでいた。
なんで?私、ライブで伴奏できなくなっちゃったのに、どうしてそんな顔をしてくれるの?
「きっかけはピアノだったけど、彩葉だから、彩葉としたいんだ」
「……え」
「伴奏できなくなっちゃっても、それでも彩葉と一緒にライブしたい」
胸の奥で何かがほどけた。私でも…こんな私でも、いいの?
「いこ?彩葉」
かぐやは、優しく私の手を引いてくれた。