お母さんはアルフィア31歳 作:人の心とかないんか
「今日も元気に働きましょう!」
私の名前は、ポチ(7)。
前世では社畜として1日24時間労働を3650日していた無能だ。過労で倒れ、次に気がつけば、こうしてファンタジー世界で赤子からやり直していた。
私は心に誓った。もう二度と、あんなブラックな環境で搾取されるだけの人生は送らないと。この第二の人生は、自分の好きなように、優雅で悠々自適に生き抜いてみせるのだと。
――もっとも、現実というのはなかなか思い通りにいかないもので。
「……こら、お父様。腰の使い方が雑ですよ。もっと丁寧に畝(うね)を作ってください。作物が育たないでしょう」
私がそう声をかけると、数歩先で泥まみれになりながらクワを振るっていた『お父様』が、ガチガチと音を立てながら規則正しく動きを修正した。
死体のお父様に畑を耕してもらい、私はモンスターを狩りに行く。
……文字にすると非常に人道的な問題がありそうだが、背に腹は代えられない。
私たちの身を置くこの辺境は魔獣や黒龍の影すらチラつく魔境だ。その上、我が家には現在床に臥せっている母の療養という大義名分もある。お父様には腐敗しないよう丁寧な保存魔法が施されているため、いつでもフレッシュでキビキビとした動きを見せてくれる。実に素晴らしい労働環境だ。
黒龍から隠れながら、使えそうな冒険者の死体をこっそり持ち帰るのはそれはそれは大変だったが、今では我が家の貴重な働き手として大いに役に立っている。なにせ賃金も払わなくていいし、文句も言わないし、過労死――というか、すでに死んでいるので24時間365日ノーバカンスでフル稼働が可能だ。前世の上司に爪の垢を煎じて飲ませたいくらいの理想郷がここにある。
「ふははははっ! 見なさい、これが労働と効率の美徳だ! 永遠に働け、お父様!」
不眠不休で永遠に働き続けるアンデットの姿に酔いしれ、私は思わず高笑いを漏らした。
――その瞬間。
「……五月蝿い、雑音が、脳髄に響く……ごほっ」
背筋が凍るような低音と共に、圧倒的な質量を持った殺意と重力が炸裂した。
直後、我が家の母にして、最強にして病弱な魔導士――アルフィアの放った『ゴスペルパンチ』が、高笑いしていた私を正確無比に捉えた。
「ぎゃっふん!?」
物理法則を完全に無視した超重量の衝撃波に吹き飛ばされ、私は自室の壁を盛大に突き破り、遥か彼方の荒野へと綺麗な放物線を描いて射出されていった。
数秒後、辺境の荒野の真ん中で、私は地面をゴロゴロと転がってようやく停止した。
「いててて……お母様、当たり前のように娘を特大ホームランにするの本当になんなの……。静寂を愛するにも程があるでしょ……」
頭の上のタンコブをさすりながら悪態をつきつつ起き上がると、目の前でポカンと口を開けて固まっている男がいた。
黒いコートをまとい、道化じみた仮面のような笑みを張り付けた男だ。彼は私の顔と、我が家の方向を交互に見つめ、激しく顔を引きつらせていた。
「……いやはや。噂には聞いていたが、まさかここまで凄まじい母娘喧嘩の直撃弾を間近で見ることになるとはね。君、大丈夫かい?」
「ん? 誰ですか、見知らぬモブおじさん。人の優雅な空中散歩を邪魔しないでくれます?」
「モブおじさん!? 私をそう呼んだ人間は君が初めてだよ! って、待て待て。君のその魔力、そしてさっきの魔法……もしや、アルフィアのところで面倒を見られているという……」
男はは何かを値踏みするように私を観察し、そして嫌な汗を流し始めた。しかし、怪しい不審者に構っている暇はない。私は自分の素晴らしい人生設計を語って聞かせることにした。
「ふん、感心するならするがいいです。聞いて驚け、お前のような暇人に私のライフプランを教えてあげましょう」
「お、おう? 聞かせてくれたまえ」
「私はね、この世界の過酷な労働から完全に脱却したいのです! 」
私は拳を握る。
「だからこそ、死者を蘇らせてインフラを完全に自動化する! 労働基準法も有給休暇も存在しない、完全なるホワイト企業ファームを築き上げるのです! 私は一切働かず、死者どもに24時間365日休まず働いてもらい、私は日陰で優雅に蜜を啜る! これぞ究極の自由、最高のライフスタイルだと思いませんか!?」
胸を張って高らかに宣言する私。しかし、それを聞いた男はみるみる顔を青ざめさせ、ガタガタと震え出した。
「ちょ、ちょっと待った! 君ねえ、その魔法で死者をこき使って自分は働かないって……もしそれが世間にバレたら、地上はどうなると思ってるんだい!?」
「どうなるも何も、みんなハッピーに労働力不足が解消されますけど?」
「全然ハッピーじゃないよ!! これからダンジョンに挑もうっていう次世代の英雄たちが、迷宮で力尽きた瞬間に君の『ファーム』に永久就職させられる未来しか見えないんだけど!? オラリオの冒険者が全滅するより先に、人類の労働倫理が崩壊するぞ!?」
つまりそれは生きている人は働かなくていいということ。
「なにそれ最高じゃないですか。即戦力しかいないホワイトな職場ですよ」
「どこがホワイトだ!! 真っ黒だよ、純黒の暗黒空間だよ!! 神の私ですらドン引きするレベルのブラック企業主じゃないか君は!!」
頭を抱えて絶叫する男。何をそんなに慌てているのかさっぱり分からない。
まったく、これだから現代の――いや、この世界の暇人は話が噛み合わない。私は面倒くさくなって耳をほじると、ちょうどいい話を思い出した。
「まあ、おじさんのよく分からない発狂はさておき」
「聞いてなかったのか!?」
「ちょうどいいです。ねえ、おじさん」
「……なんだい、嫌な予感しかしないがね」
「うちの畑を耕す人手、というか――新しく働きに使えそうな死体のご予定とかって、何か持ってませんか?」
私の満面の笑みでの問いかける。
「お父様の動きだけだとマンパワーが足りないので、フレッシュでキビキビ働く労働者が欲しかったところなんですよね」
男はガクリと膝をつき、乾いた笑いを漏らしながら盛大に頭を抱えたのだった。
名前:ポチ
理由:アルフィアにメーテリアのような名前センスはなかった。大切な妹を奪った男と同じ遺伝子だと思うと、赤目をえぐりとってやりたくなるので、ポチぐらいがちょうどいい。
一言:完全なるネグレクトなので、いい人は真似しないでね!