お母さんはアルフィア31歳 作:人の心とかないんか
「くははは! 涎が止まりません」
路地裏での謎の「避妊勧告」事件からしばらく後。私は自分の足でトボトボとオラリオの拠点へと戻り、リビングのテーブルに向かって座っていた。
目の前には、分厚い業務日誌――もとい『辻魔法・布教および労働力確保の全記録(兼・不労所得回収予定表)』が広げられている。
「ふむ……昨日今日で新たに辻魔法を施した労働者が15名。これでオラリオ支店の基盤もだいぶ固まってきましたね。あとは毎月の10%上納金を確実に回収するシステムを構築せねば……」
カリカリと熱心にペンを走らせ、我が社のホワイト化に向けた経営戦略をまとめていた、その時だった。
――ガチャリ。
玄関の扉が開き、重い足音がリビングへと近づいてくる。
我が家の専属シェフであり、元・大英雄のザルドが帰ってきたのだ。
……いや、一人ではない。その背後には、あの時路地裏で遭遇した、奇抜な衣装を纏った道化師の姿もあった。
ザルドは平然とした顔でリビングに入るなり、慌てふためいて挙動不審になっている道化師の背中をポンと押した。
「おい、どうした。早く入れ」
「ちょっ、ちょっと待ってくださいよザルドさん!? 人がいますよ!? ここ、一般家庭の居間ですよね!? しかも女の子が一人で勉強していますけど!?」
「気にするな。こいつは噂の辻聖女だ」
「…………は?」
ザルドがあまりにも自然に、かつ微塵の動揺も見せずに爆弾発言を投下した。
その瞬間、私の驚きと、道化師の驚きが見事に完璧なタイミングでシンクロした。
「「えええええ――っ!?」」
私たちは同時に立ち上がり、互いを指差しながら叫んだ。
私は自分の鼻を人差し指でツンと突き、目を丸くする。
「ま、待ってくださいザルドさん! 私が『辻聖女(ペレグリン・セイント)』!? ないないない、絶対にないです! 聖女の要素なんて1ミリもありません!」
私が必死に否定すると、隣にいた道化師は、目を白黒させながら私を指差してザルドに詰め寄った。
「本人もめちゃくちゃ驚いてますけど!? 辻聖女って、この間からオラリオの裏で死者を蘇らせまくっている噂の回復魔法の使い手、謎の存在じゃないですか! こんなちっちゃい女の子がそんな都市伝説の主わけ――」
「いや、こいつだ」
「一刀両断しないでください! せめてもう少し私の弁明を聞いてください!」
騒がしい私たちのやり取りをよそに、ザルドはまるで自宅のキッチンに入るかのように悠然とエプロンを手にとり、「ひとまず座れ」と私たちをテーブルにつかせた。
「ふう……まぁ、落ち着け。ちょうど飯の時間だ。俺が腕を振るってやるから、お前らはそこで大人しくしていろ」
ザルドは大きな体躯を揺らしながら手際よく野菜を切り、コンロに火を入れ始めた。
我が家の専属シェフが作る極上の料理の匂いが、瞬く間にリビングルームいっぱいに広がる。
――待っている間、私は目の前に座っている「道化師」をじっと観察した。
白髪に赤い瞳。そして、どこか悲壮感と、それを必死に隠すようなお道化た雰囲気を纏ったその青年の顔立ちは、確かに田舎の村で留守番をさせている可愛いお兄ちゃんにそっくりだ。
(……それにしても、なんで道化師が、ザルドと一緒にここにいるんだろ?)
気になった私は、とりあえず目の前で落ち着きなく指をいじっている道化師に話しかけてみることにした。
「あのー、お兄さん」
「はい!」
「お聞きしますけど、あなた一体……どこから来たんですか? 顔がうちの村の可愛いお兄ちゃんにそっくりなんですけど、ひょっとしてお母様の弟ですか?」
「僕は一人っ子だよ!! そもそも僕は……いや、何でもない。未来から来たって言ったら信じてくれる?」
「未来ですか」
転生している私がいるのだから、未来人の一人や二人いたっておかしくない。
「お兄さん。未来から来たってことは、これからの歴史のデータが頭に入ってるわけですよね?」
「は、はあ。一応、死線はいくつも潜ってきたつもりだけど……」
「素晴らしい! なら話が早いです。教えてください、これから未来のタイムラインで、どこで、誰が、どんな状態で亡くなるのかを!」
キラリと私の瞳が強欲なビジネスの光を放つ。しかし、道化師はそれを「悲劇を防ぐための必死の聞き取り」だと勘違いしたらしい。彼はゴクリと喉を鳴らし、真剣な表情に切り替えた。
「……なるほど。君は、これから起きる悲劇で命を落とす人たちのことを聞いて、その手であらかじめ救おうっていうことだね?」
救うというか、回収……じゃなくて、ベストなタイミングで適切な『魔法』を行うための正確なデータが欲しいので……
「鮮度が命ですからね!」
「鮮度……? まあ、君のその奇跡の回復魔法なら、確かに手遅れになる前の人間でも一瞬で――いや、死者すら蘇らせるんだから、どんな重傷者だって完治させられるはず!」
道化師は、何かを思い出したようにぐっと拳を握りしめた。
その瞳には、切実な光が宿っている。
「実はね、アストレア様から頼まれているんだ。『もし街で噂の辻聖女に出会うことがあれば、どうか私たちのファミリアに連れてきてほしい。彼女の奇跡の力があれば、救える命が泥沼の中からだって救い出せる』ってね!」
「アストレア様? 私をファミリアにスカウトですか?」
「そう! だから頼みます! これからの未来で悲惨な死を遂げる人たちを……君が知りたいなら、これから起こる全ての惨劇の場所を教えるから。だから、アストレア・ファミリアに協力してください!」
――おや?
お互いの会話を聞いているはずなのに、なぜか脳内で致命的な「すれ違い」が発生している気がする。
私は「なるほど、つまりその人たちは未来で確実に『極上の労働資源』になるわけですね!」と解釈し、道化師は「彼女は未来の死者を未然に救うための聖女になってくれる!」と誤解している。
お互いに満面の笑みで、全く違うゴールに向かって意気投合していた。
「話が早いですね! 素晴らしい! では早速、リストアップしてください。ダンジョン何階層の、どのあたりで誰が力尽きるのか!」
「ええと、まずは直近だと――」
「メモメモ……と。ちなみにその人たち、外傷の程度はどれくらいですか? パーツの欠損はありますか?」
「そこまで心配するの!?」
「はい、私の魔法の燃費に関わることなので!」
会話のテンポは異様なまでに軽快だった。
そんな私たちのやり取りを、キッチンから戻ってきたザルドが、呆れたような、しかしどこか面白がるような目で眺めながら、出来立ての絶品シチューをドスンとテーブルに置いた。
「おい、そこまでにしておけ。冷めちまうぞ」
「あ、ザルドさん! ありがとうございます、いただきます!」
「……いただきます」
こうして、時を越えた道化師と、未来の死体スポットを完璧な笑顔で聞き出す私の、最高に噛み合わないティータイムは、美味すぎるシチューの味と共に溶けていくのだった。
徹夜状態の寝不足な道化師(死者すら蘇らす凄い回復魔法の使い手ってことは、もしかしてこの人、フェルズさん……?)
フェルズ「ウラノス、見てくれ! 辻聖女に会ったら魔法をかけてくれたぞ! すごいんだ! 全盛期の頃の肉体がある! 魔法の大発見だ!!! 理論を書いてみたから、試させてくれ!」
ウラノス「何があった?」