お母さんはアルフィア31歳 作:人の心とかないんか
「今日も元気に働きましょう!」
オラリオでの滞在もいよいよ大詰め。
私は我が家の拠点のリビングで、厳粛な空気の中――ではなく、なぜかちょっとソワソワしながらソファに座っていた。
目の前にいるのは、穏やかな笑みを浮かべた女神アストレア様。
彼女の手には、神の血を引く神秘の針が握られている。
「それでは、ポチ。あなたの背中に、私たちの絆となる『恩恵』を刻みましょう」
「はい! よろしくお願いします。あ、ちなみに条件通り、一年経てばいつでもコンバートができる自由契約の特約付きでお願いしますね」
「ふふ、ええ、約束通りよ。あなたはあなたのペースで、正義の道を歩みなさい」
アストレア様が優しく微笑みながら、私の背中に神の聖血を刻み込む。
ピリピリと心地よい熱が背中に広がり、私の魂に新たなステータスが定着していく。
――数分後。
「終わりましたよ。さあ、あなたのステータスを確認してみましょうか」
アストレア様から手渡された紙を、私は興味津々で覗き込んだ。
ポチ
Lv.1
力:I 0
耐久:I 0
器用:I 0
敏捷:I 0
魔力:I 0
《魔法》
【私の命令は絶対(マインドコントロール)】
詠唱「今日も元気に働きましょう!」
追加詠唱により効果増減
《スキル》
【虚空の魔力炉(アビス・リザーバー)】
保有魔力量を爆発的に増幅・常時超高効率循環させる。
「…………」
ステータスの数字自体は、見事にすべて初期値のゼロだった。
一般的に、ファミリアに入って初めて恩恵をもらったばかりの人間は、みんなこうしてステータスがゼロからスタートする。これぞまさに、誰もが通る「レベル1のひよっこ」の証明だ。
――だがしかし。
肝心の『魔力量』と『スキル』の項目を見た瞬間、私の内心で盛大なガッツポーズが飛び出した。
(ふふふ……数字の上ではステータスゼロのひよっこですが、中身の魔力炉スキルのおかげで、私の保有魔力量は常人の何百倍――いや、下手をすればオラリオの第一級冒険者すら軽く凌駕するほどの膨大さです!)
つまりこれは、公式のステータスシートを巧妙に悪用した、前世のブラック企業顔負けの「完全なるステータス詐欺(超絶スペック隠蔽)」である。
数字だけを見れば「ただの無力な子供」だが、実態は核ミサイル級の魔力を隠し持った最凶のネクロマンサー。最高だ。これならどんな規格外の死体相手でも、一発でガッチリ絶対命令を叩き込める。
「これで、アストレア様の眷属として、合法的に堂々と魔法を使う機会を手に入れました!」
私は満面の笑みで拳を握りしめた。
アストレア様は私のその頼もしい様子を見て、「あら、なんだかとてもやる気に満ち溢れていますね……!」と少し圧倒されていたが、きっと「辻聖女としての慈悲の心に燃えている」と勝手に誤解してくれているに違いない。よしよし。
さて、無事に合法的な看板を手に入れた私だったが、田舎の村へ帰るまでの時間はもうそう残されていない。「帰るまでの短い間ですが、よろしくお願いします!」とアストレア様に挨拶を済ませた私は、さっそくオラリオ支店の最後のお仕事――「帰省前ラストの死体ハンティング」に出発することにした。
本当は、アストレア様と個人的に眷属の契約を結んだだけなので、他のファミリアのメンバー(アリーゼさんたち)と顔を合わせる気は一切なかった。面倒な説教や「正義とは何ぞや」という哲学問答に付き合わされるのは、社畜的にもタイムロスでしかないからだ。
――だが、人生というのは、往々にして私の都合のいいスケジュールを盛大に踏み潰してやってくるものである。
「おやぁ? アストレア様の部屋から一人で何してんだ、おチビちゃん?」
宿を出て大通りを歩き始めた私の真横から、ニヤニヤと悪戯っぽく笑う不気味な気配がスッと滑り込んできた。
「……っ!?」
思わず肩をビクッと跳ねさせて振り返る。
そこに立っていたのは、小柄で身軽な体躯、そしていかにも「裏社会に精通していそうです」と言わんばかりの抜け目なさを漂わせた少女――アストレア・ファミリアの頭脳にして、厄介すぎる罠師・ライラだった。
「あ、あれ……? ライラさん、ですね?」
「そうだよぉ。で、こんな物騒な目をしながら、オラリオの路地裏や霊安室の方向をキョロキョロと物色して……?」
ライラは鋭い三白眼を細め、ねっとりと私を観察してきた。
さすがはファミリアの参謀役、勘が良すぎる。私が「ちょっと死んでいる人を探しに町に出てきただけですが?」と正直に答えたら、間違いなく秒速で不審者として取り押さえられてしまうだろう。
「ち、違いますよ! 私はただ、アストレア様の教えに従って、街の隅々まで『愛と労働の素晴らしさ』を布教する巡回ボランティアをしているだけです!」
「ふーん? その割には、目は完全に肉食獣のそれだけどねぇ?」
ライラはクスクスと意地悪そうに笑い、私の背中にぴたりと密着するように並んで歩き始めた。
「ま、いいさ。せっかくの新人ちゃんだ。このお姉さんが、オラリオの歩き方をたっぷり教えてやるよ!」
「……あの、私、一人で散歩したいんですが」
「遠慮しなくていいって! さぁ、あっちの暗い路地裏なんて、いかにも何か落ちてそうじゃないか。一緒に行こうねぇ、新人ちゃん?」
――こうして、私の帰省前ラストの極秘ビジネス(死体漁り)は、よりによって一番バレてはいけない強者・ライラの監視付きで行われるという、最悪すぎる同行イベントに発展してしまったのだった。
とほほ。
ライラ(こいつが、アストレア様が言っていた辻聖女? あたしより小せえ……マジで子供じゃねえか)