お母さんはアルフィア31歳   作:人の心とかないんか

15 / 16
去らば、オラリオ!

 

 翌朝。

 昨日までの狂乱がまるで嘘だったかのように、オラリオの街は静まりかえっていた。

 朝もやに包まれた大通りは、激戦の爪痕である瓦礫やヒビ割れこそ残っているものの、どこか清々しい空気さえ漂っている。悪夢のような闇派閥によるテロと抗争の嵐は、完全に過ぎ去ったのだ。

 

 後の世で【大抗争】と呼ばれる歴史的大事件。

 その結末は、街の人々の予想通りの「勝利」で幕を閉じていた。邪神たちは次々と天界へと送還され、正義と悪の決戦は、紛れもなく正義の側が制した。

 【フレイヤ・ファミリア】の最強の武人オッタルは激闘の末にザルドを破り、正義の眷属たちは――、圧倒的な力を誇ったアルフィアお母様を限界まで追い詰めて打ち破った。

 ――もっとも、その裏側で、私は別の意味で死闘を繰り広げ広げていたわけだが。

 朝日が昇る森の中、私はぷくっと頬を膨らませながら歩いていた。

 その少し後ろを、昨日裏路地でピカッとリフレッシュ蘇生させたばかりの巨漢――ザルドおじさんが鞄をいくつも抱えて歩いている。

 

「もう! 本当に聞いてくださいよ、ザルドおじさん! オッタルの野郎とのタイマンのあと、あなたの肉体がギルドや他の連中に回収されないように、私がどれだけ深夜の裏路地でコソコソと奔走したことか! 回収するの大変だったんですよ!」

「すまなかったな、ポチ。……もっとも、二度目の死を味わった直後に『今日も元気に働きましょう』とかいう悪夢の呪文で強制起動された時は、さすがに血の気が引いたがな」

「文句を言わないの! あなたのその強靭な肉体と料理の腕こそが、重要なインフラなんですからね!」

 

 私がぷりぷり怒りながら愚痴をこぼすと、少し離れた木漏れ日の差す道すがら、もう一人の人物が静かに歩いているのが見えた。

 銀色の髪を風に揺らす、我が家の絶対的支配者にして美しき母――アルフィアだ。

 彼女はオラリオでの決戦の末、奇跡的に――あるいはしぶとく生き残っていた。

 アルフィアは私とザルドの口論を横目に、ふっとかすかな苦笑を浮かべて言った。

 

「まったく、騒がしい娘だ。……悪いな、ザルド。私はお前のように死者としてこき使われるのは御免被るのでな。もう少しだけ、この地上で生き恥を晒すことにする」

「はっ、勝手にするがいいさ、アルフィア。どうせお前も、俺と同じようにこの『おぉなあ』から逃れることはできないんだからな」

 

 二人の元・最強の猛者たちが、どこか投げやりでありながらも、どこか晴れやかな顔で軽口を叩き合う。

 あれほど世界を震撼させた大罪人たちが、今や私の初期メンバーとしてこうして一緒にトボトボ歩いているのだから、世の中何が起こるか分からない。

 さて、私たちが今どこに向かっているのかといえば――当然、オラリオの街を後にして、遥か彼方先にある「のどかな田舎村」である。

 目指す場所は、ゼウスおじいちゃんが待つあの家だ。

 オラリオでの初期契約や、アストレア・ファミリアとの謎の業務提携、そして冒険者たちから勝手に神輿に担がれかけた件など、色々と慌ただしかったが、それももうすべて終わりだ。

 オラリオ支部に今後集まる予定の莫大な上納金の管理と運搬についても、あの軽薄な神様――ヘルメスおじさんが「定期便のパシリ」として責任を持って我が家の玄関まで運んでくれることになっている。神様にパシリをさせるなんて罰当たりかもしれないが、我が社のホワイト化のためには仕方のないことだ。

 街の喧騒を遠くに聞きながら、私は小さな足を軽快に弾ませた。

 ふう、と大きく息を吸い込むと、森の美味しい空気が胸いっぱいに広がる。

 

「よしっ! これでオラリオでの仕事も一段落です! 田舎に帰ったら、お父様が耕してくれている畑の収穫を手伝いつつ、のんびり悠々自適なスローライフを満喫するぞーっ!」

「……お前が言う『すろぉらいふ』の定義は、どう聞いても一般人の言う地獄の重労働なんだがな」

「何か言いましたか、ザルドおじさん?」

「いや、何でもない。今日も元気に働きましょう、だな」

 

 呆れたように肩をすくめるザルドと、それをスルーしてスキップを踏む私。

 背後には無敗の魔導士である母が続き、前方の田舎道では、今日も我が家のお父様がひたすら無心で土を耕していることだろう。

 私の華麗なる冒険はこうして幕を閉じ、私たちは温かくて最高な我が家へと、足取り軽く帰路につくのだった。

 

――――――――――――――――――――

 

「今日も元気に働きましょう!」

 

 のどかで緑豊かな田舎村。その一角に広がる見事に耕された巨大な畑の中で、私は両手を腰に当て、満足げにうなずいていた。

 オラリオでの大抗争という名の壮大な「人材発掘ツアー」を無事に終え、私たちはこうして元の静かな田舎村へと帰還を果たしていた。

 あれから――正確には、少しばかりの年月が流れた。

 我が社の最高戦力であるザルドおじさんは相変わらず我が家の専属シェフとして毎日絶品のまかないを作ってくれているし、畑のほうでは相変わらずお父様が全身外套姿のまま驚異的なスピードで土を耕し続けている。

 そして、我が家の絶対的支配者であるお母様――アルフィアは、というと。

 

「まったく、まさかこんな生活を送ることになるとはな」

 

 そう言いながら、お茶の入った湯飲みを上品に傾ける彼女の姿は、以前の刺々しい殺意や病弱な儚さが嘘のようにすっきりと晴れやかだった。

 それもそのはず。実年齢を聞けば誰もが耳を疑うのだが、現在のアルフィアお母様は31歳である。

 元・最強の絶技を誇る魔導士にして、その美貌と圧倒的な威厳はいまだ健在――いや、むしろ母親としての貫禄と、若い頃の尖った美しさが絶妙にミックスされた、まさに「最強にして最高に美しきマザー」として我が家の頂点に君臨していた。

 そんなお母様の隣で、私は自分の成長をしみじみと実感していた。

 オラリオから帰ってきて、聖地巡りしたりお母様とお兄ちゃんのイチャイチャを見たり、悠々自適な日々を過ごしているうちに、私の年齢もすっかり14歳になっていたのだ。

 見た目は相変わらず小柄で子供っぽいけれど、女の子らしいふたつの果実はお母様の血を引いている。

 しかし、中身は数々の死者を蘇らせ、オラリオの神様たちを手玉に取った百戦錬磨のネクロマンサーであることには変わりない。

 前世の年齢も越えることができたし、そろそろお母様から花嫁の御作法を習っても良いのかもしれない。我ながら素晴らしいライフプランだ。

 

「ねえ、お母様。31歳という脂の乗った働き盛りの年齢なんですから、そろそろ我が社の『出張冒険者』あたりに就任してくれませんか? 月給の代わりに極上の栄養ドリンクを支給しますよ」

「断る。私は隠居の身。第一、親に向かって『脂の乗った』だの『働き盛り』だのと押し付けるその性根を叩き直してやろう」

 

 お母様はフッと冷ややかに微笑み、私の頭にゴスペルパンチ。もちろん、かつての容赦ない『ゴスペルパンチ』に比べれば、今のそれはただの優しい親子のスキンシップに等しい。平和なものだ。

 

 

 

 さて、のどかな田舎村でそんな平和な日常を謳歌していた私たちだったが、世界は決して止まってはいない。

 遠くオラリオの街や、世界中に散らばる運命の歯車は、着実に次の時代へと動き出していた。

 ちょうどその頃。

 かつて私と一緒にこの村で暮らし、ゼウスおじいちゃんから英雄の昔話を聞いていたあの可愛いお兄ちゃんもまた、大きな転換点を迎えようとしていた。

 

 ――狂気とも言える「500の試練」をすべて乗り越えて。

 彼の年齢も、私と同じ14歳になっていた。

 村のはずれにある小さな家から、一つの影が旅立ちの準備を整えて外に出てきた。

 真っ白な髪と、真新しい冒険者の服。その瞳には、かつての気弱だった少年としての迷いは一切なく、己の選んだ英雄の道を真っ直ぐに見据える強い光が宿っていた。

 

「お義母さん、行ってきます!」

「行ってこい」

「男なら一旗揚げて、私たちみたいに可愛い女の子をたくさん泣かせるくらいのモテモテ英雄になってきてくださいねー!」

「なんの話いいいいい!?」

 

 私が豪快に笑い飛ばしながら送り出す中、ベル君はアルフィアに深々と頭を下げ、いよいよ長年憧れ続けたあの街――オラリオへと向かうための第一歩を踏み出そうとしていた。

 数々の過酷な試練をくぐり抜けた彼がこれからオラリオでどんな出会いを果たし、どんな英雄譚を紡いでいくのか――それはもう、私の管理外の物語かもしれないけれど。

 

「ふふ、ベルお兄ちゃんもいよいよオラリオデビューですか」

 

 私は縁側ちょこんと腰掛け、遠くへと歩き出すベル君の背中をパチパチと拍手しながら見送った。

 

「どうか道中で命を落とさず、万が一落としたとしても、我が社のオラリオ支店に直通で連絡が来るようなホワイトな冒険者ライフを送ってほしいものですね!」

「……お前のその願いの方向性が、最後まで一切ブレないのは逆に感心するぜ」

 

 下から呆れたような声でツッコミを入れてきたのは、エプロン姿のザルドおじさんだった。彼の腕には、今夜の夕食用の新鮮な野菜が抱えられている。

 お父様は相変わらず黙々と畑を耕し、お母様は縁側で優雅にお茶を飲み、私は上納金と帳簿をニヤニヤと眺め、そして外の世界では新たな英雄が走り出す。

 死をも超越した我が社の『ホワイト企業ファーム』の経営は、今日も明日も、世界で一番ホワイトで最高にシュールに回っていくのだった。

 

「さあ、今日も元気に働きましょう!」

 

 外套を外したお父様は、お兄ちゃんと同じ赤い瞳が光っていた。

 

 

 Fin~お母さんはアルフィア31歳~





ポチ「お父様? メーテリア叔母様とアルフィアごっこしているつもりでできちゃったって本当ですか?」
お父様「ち、違う!」
お爺ちゃん「有罪!」


――――――――――――――――――――――――


 本作は、これにて無事に完結となりました!
 初めは正気か疑われるような斜め上のアイデアからスタートした本作ですが、AIのサポートを受けながら最後まで楽しく書き上げることができました。
 毎回、予想の斜め上をいくポチちゃんの暴走や、周囲のツッコミのキレを考えるのが私自身も本当に楽しかったです!
 ここまで温かく見守り、一緒に物語を紡いでくださり本当にありがとうございました!
 次回以降は蛇足になります。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。