お母さんはアルフィア31歳 作:人の心とかないんか
お母さんはアルフィア31歳 原作開始前
「今日も元気に働きましょう!」
のどかな田舎村の我が家。その縁側で、私は温かいお茶をすすりながら、数通の封筒をペリペリと開封していた。
届いたのはもちろん、先日オラリオへと旅立ったばかりの我が家のお兄ちゃん――ベル・クラネルからの手紙だ。
本人は「毎日の日課だから!」と真面目に毎日せっせと手紙を書き溜めているらしいのだが、辺境とオラリオの間の郵便事情は配達員の気分とスケジュールのせいで、なぜか数日分が「まとめてドカン」と我が家に届くシステムになっている。
「ふむふむ……どれどれ」
私が楽しそうに読み上げ始めると、縁側でお茶を飲んでいた美しきアルフィアお母様が、優雅にカップを置きながらフッと鼻を鳴らした。
「毎日律儀に手紙を書くのはいいですが、内容がどうせあの子ことだ。ろくなトラブルに巻き込まれているだろう」
「まあまあ、お母様。最初の束を読んでみましょうよ」
私は一つ目の封筒――オラリオ到着初日の手紙を広げた。
【拝啓、お義母さん、そしてポチちゃん。
無事にオラリオに到着しました。まず驚いたのですが、ポチちゃんが『私の別荘』だと言って教えてくれていた場所……あれ、実はアストレアファミリアの隠れ家だったみたいです。
しかも、扉を開けたら、あの『500の試練』の時に協力してくれたお姉さんたちがなぜか勢揃いしていて、「ベル! ついに来たのね!」って笑顔で迎えられました。ここ、オラリオですよね……? なぜ僕の私生活がすでに完全包囲されているんですか?
敬具】
「あら」
私はクスリと笑って手紙を振った。
「アストレアの皆さん、優秀ですねぇ。我が社のオラリオ支店および『ベル君監視ネットワーク』の構築が完璧です」
「花嫁の作法を教えてやったんだ。それくらいできて当然だ」
お母様がやれやれといった風にこめかみを押さえる傍らで、我が家の専属シェフであるザルドおじさんが、手際よく芋の皮を剥きながら低く唸った。
「ふん、オラリオに着いた初日から囲まれるとはな。だが、あれだけの『試練』を乗り越えてきた男だ。その程度の環境の変化でへこたれるまい」
「ですね! さて、次に行きますよ」
私は二通目の手紙をスライドさせた。
【拝啓。
オラリオに来て早々、大手の戦闘系ファミリアを片っ端から回ったのですが、どこも門前払いの連続でした。そりゃあそうですよね、僕みたいなひよっこ、どこも取ってくれません。
トボトボと途方に暮れて落ち込んでいたら、後ろから「君、眷属にならないかい?」って声をかけられて……振り返ったら、胸紐を妙な格好で結んだ小さな女神様がいたんです。それがヘスティア様でした。
ファミリアの団員が僕一人だけの、本当に小さな、でもすごく温かい場所から、僕たちの本当の物語が始まります。
敬具】
「ほう……」
手紙の文面を読み終えると、お母様が細い眉をピクリと動かした。
「あの子が、よりによってあの……ヘスティアのところで。まぁ、大きなファミリアに囲まれるよりは、あそこの方が気楽でいいかもしれんな」
「ヘスティア様ですね! 今度、我が社の視察ついでに業務提携の挨拶でも送りましょうか」
「やめてやれ、善神をお前の組織に巻き込んだら胃潰瘍で天界に強制送還されかねん」
ザルドおじさんが「ふっ」と鼻で笑い、スープの鍋をかき混ぜる。
そして、私は3通目の封筒へと移った。
【拝啓。
ギルドでエイナ・チュールさんというハーフエルフの優しい受付嬢さんと出会いました。彼女が僕の担当になってくれて、個室で二人きりの『ダンジョン講座』を開いてくれたんです。
魔物の弱点やダンジョンの危険性について、本当に親身になって教えてくれて……。なんだか、お母様やポチちゃんとは違う意味で、すごく『お姉さん』って感じの温かい人です。あ、もちろん変な意味じゃないですよ!?
敬具】
「……ふむ」
手紙のその一節を読んだ瞬間、お母様が持っていた湯飲みの蓋が「カチッ」と音を立てて微かにズレた。
部屋の温度が、ほんの数度下がったような気がするのは気のせいだろうか。
「ハーフエルフの受付嬢、ですか。……ふうん、あの子の世話を焼くいいご身分がいるようだ」
「お母様、急に声のトーンが真冬のオラリオみたいになってますよ。ベル君とエイナさんは、冒険者と受付嬢。ただのビジネスパートナーですから安心してください」
「安心などできん。あの子が外の世界で変な虫に引っかからないか、私は常に心配している」
「過保護な母親ですねぇ」
私がクスクス笑うと、お母様は少しバツが悪そうにそっぽを向いた。
さて、気を取り直して4通目。
【拝啓。
ついに初めてダンジョンに潜りました! ゴブリンやコボルトが出てきて最初はめちゃくちゃ怖かったけど、エイナさんに教わった通りに立ち回って、なんとか第3層まで自力で行けるようになったんです。
少しずつだけど、僕も冒険者として成長できている気がします。稼いだ魔石を換金して、初めて自分の力でご飯を食べられたときはすごく感動しました!
敬具】
「おっ、ついに第3層ですか!」
私はパチパチと手を叩いた。
「我が社のホワイト企業ファームで鍛えられた基礎体力があれば地下25層でも行けそうですけど、自分の力で稼いだ最初のご飯なんて、社畜の初任給みたいで感動的ですね!」
「自分の力で、か……」
ザルドおじさんが腕を組み、満足そうにうなずいた。
「まぁ、散々『500の試練』をくぐり抜けてきたんだ。ゴブリン程度で音を上げるはずがない」
そして、最後――今回まとめて届いた束の最後を飾る、5通目の手紙を開いた。
【拝啓。
今日はお休みをもらって、エイナさんと一緒に街へ買い物に行きました。いつも頑張ってくれているヘスティア様に、何かささやかなプレゼントをしたいと思って、エイナさんと相談しながら可愛い『神留めのリボン』を選んだんです。
それを渡したとき、ヘスティア様がものすごく喜んでくれて、恥ずかしそうにしながらも頭につけてくれました。その笑顔を見たら、なんだかすごく温かい気持ちになりました。
……あ、そういえば、その話をアストレアファミリアの皆さんに報告したら、なぜか一瞬で全員の目が光って、「その受付嬢の名前と住所を詳しく……」ってつめよってきて……僕何かしちゃいました?
敬具】
「…………」
読み終えた瞬間、我が家の縁側に、言いようのない「戦慄の沈黙」が訪れた。
お母様はスッと目を細め、静かに、しかし確実に殺意を孕んだ美しい微笑みを浮かべた。
「……ほう。ヘスティアに神留めをプレゼント。しかも、例のハーフエルフの受付嬢と一緒に、仲良く街でデート気分のお買い物……」
「お母様、手紙の端っこが、お母様の魔力でうっすら焦げてますよ!」
「気のせいだ。……ザルド、今度の『上納金定期便』のついでに、オラリオのギルドにいるというハーフエルフの受付嬢に、我が家の『作法』を送りつけてやれ」
「いや、ただの営業妨害だろそれは。だが……まぁ、あの少年の周りは相変わらず騒がしいらしいな」
ザルドはおかしそうに髭を撫で、私はハラハラしながら凍りついた手紙をそっと回収した。
「まったく、ベルお兄ちゃんもオラリオでモテモテ……というか、相変わらず女性の影をちらつかせながら頑張っているみたいですね」
「頑張っているのは結構だが、英雄の作法から踏み外していないか、次の手紙でしっかりと尋問しなければならんな」
お母様は優雅にお茶を飲み干すと、冷徹でありながらどこか楽しそうな、そんな母親の顔でオラリオの方向を遠く見つめた。
こうして、我が家に届くベル君からの生存報告を肴にした、のどかでティータイムは、今日も平和に過ぎていくのだった。
ライラ「誰かあれ持ってないか? 花嫁の作法完全版~500の試練~。ロキのところのアマゾネスが見せろってうるさくってさ」
アリーゼ「配布用だったら私の部屋にあるわよ!」
輝夜「なんでわざわざ、配るためだけのものがあるんやろなぁ?」