お母さんはアルフィア31歳 作:人の心とかないんか
「今日も元気に働きましょう!」
のどかな田舎村の我が家の縁側。私は、ベル君から新しく届いた手紙の束をペリペリと楽しそうに開封していた。
相変わらずの「まとめてドカン方式」で送られてくる生存報告。
「どれどれ……今回はどんな『オラリオの奇遇』が書かれているでしょうか」
私がワクワクしながら最初の封筒を広げると、隣でお茶を淹れていたアルフィアお母様が、ふっと上品に息をついた。
あのエイナさんの件以来、少しだけお母様の「ベル君監視レーダー」の感度が上がっている気がするが、気のせいだと思いたい。
【拝啓、お義母さん、そしてポチちゃん。
そういえば、自分たちのホームの場所を書き忘れていました。どこだと思いますか? なんと、ボロボロの『廃教会の地下室』なんです。……なんだか、見覚えのあるような、すごく懐かしいような、嫌な予感がする造りですが、とにかく二人で住む場所ができました。
あ、ちなみに神様とは別のベッドですよ! 当たり前です!
それで、オラリオに来て初めてお世話になったお礼として、お爺ちゃんとお父様から教わった『500の秘技』の一つ目をヘスティア様に試してみたんです。そしたら、「ボクは処女神なんだぞっ!」ってものすごく真っ赤になって怒られちゃいました。
……もしかして、あの『500の秘技』って、神様に使ったらまずいものなんですかね?
敬具】
「…………」
縁側の空気が、わずかにピリッと凍りついた。
私は手紙を持つ手をピタッと止め、ゆっくりと隣にいるザルドおじさんに視線を向けた。
我が家の専属シェフであるザルドは、ちょうど包丁を研いでいた手を止め、遠い目をして天を仰いだ。
「……ポチ。何と書いてあった?」
「ええと……『お爺ちゃんとお父様から教わった500の秘技の一つ目をヘスティア様に試してみたら、処女神だって怒られた』って書いてありますね」
「ほう……」
お母様がスッと目を細め、静かに、しかし地獄の底のような低音で呟いた。
「あのゼウスの野郎と、忌々しい奴め……。あろうことか、あの子に、よりによってあの世の果てまでハレンチな『男の作法(秘技)』を仕込んで送り出したのか……!」
「どおりで、500の試練でお母様が悲鳴を上げたわけですね!」
「五月蝿い、殴るぞ」
「既に殴っていますよ!」
手紙の向こう側で、神様相手にセクハラをかまして本気で怒られているベル君の姿が目に浮かぶ。処女神に対して秘技を繰り出すなんて、さすが我が家のエリート社畜、恐れを知らない。
「次に行きます、次!」
私は冷や汗を拭いながら、2通目の手紙を広げた。
【拝啓。
大変なことがありました。『500の秘技』を使わないで自力で地下5階層まで潜ろうとしたら、突如として上位階層に現れるはずのない『ミノタウロス』に遭遇してしまったんです。
恐怖で足がすくんで、死を覚悟したその瞬間……金色の綺麗な髪をした、まるで人形のように美しい女性剣士が飛び込んできて、一瞬でミノタウロスを倒してくれたんです。
『剣姫』アイズ・ヴァレンシュタインさん……。お礼を言う間もなく彼女は去ってしまったけど、あまりの強さと美しさに、胸の奥がドクンと大きく波打ちました。僕、一目惚れってやつをしてしまったのかもしれません……
敬具】
「……ふむ」
手紙の文面を読み終えた瞬間、お母様の周囲の空間が微かに歪んだ。
「剣姫アイズ・ヴァレンシュタイン……。あの時のガキか」
「お母様、また真冬のオラリオみたいな気候になってます! でも、一目惚れなんて青春じゃないですか!」
「青春などという甘ったれた言葉で、あの子の家系図を掻き乱す不届き者を許すわけにはいかん。ザルド、今度ヘルメスが上納金を届けに来たら、あの剣姫の経歴を徹底的に洗い出すよう伝えておけ」
「いや、俺は調査員じゃないんだがな……。だが、あのガキもついに恋愛フラグか。少しは男らしくなったということか」
ザルドおじさんは腕を組み、どこか面白そうに髭を撫でている。
さて、気を取り直して3通目。
【拝啓。
命拾いしたあと、トボトボと街を歩いていたらすっかりお腹が空いてしまって、『豊穣の女主人』という酒場に迷い込みました。
そこで、銀髪の優しくて可愛い店員さん――シルさんと出会って、お店の女主人であるミアさんっていう大柄の女将さんが作るご飯はすごく美味しいし、なんだかホッとする場所です!
敬具】
「あ、シルさんだ!」
私は思わず声を上げた。
「我が社のオラリオ支店計画においても、情報収集の重要拠点になりそうなあの酒場ですね!」
「ふうん……銀髪の店員か。あの娘も、なかなか一筋縄ではいかないウラのある目をしている……まあ今のところは敵対する必要もあるまい」
お母様は少しだけ警戒を解いたようにお茶をすする。
そして、4通目と5通目のレポートへと移る。
【拝啓。
街で『怪物祭』っていう大きなお祭りがあって、神様と一緒にクレープを食べたり、脱走したモンスターとおいかけっこしたりして、すごく大変だったけど楽しかったです!
そして、そのお祭りのあと……ヘスティア様が、なんと無理をして借金をしてまで、僕のためにすごい武器をプレゼントしてくれたんです。『ヘスティア・ナイフ』っていう、神様の神血が打ち込まれた真っ白な短剣です。
世界に一つだけの、僕の相棒。このナイフと共に、絶対に強くなってみせます!
敬具】
読み終えた瞬間、我が家のリビングは温かな、しかしどこか誇らしい空気に包まれた。
「神血が打ち込まれた専用武器……。あの子のためにそこまで無理をしたとは」
お母様はふっと柔らかく微笑み、その表情にはどこか母親としての誇らしさが滲んでいた。
「自分のファミリアの神様からそこまで大切にされるなんて、あの子もようやく一人前の冒険者らしくなってきたようですね! 武器さえあれば、我が社の労働資源を狩る効率も爆上がり間違いなしです!」
「お前の感想は最後まで労働基準法の亡者だな!」
ザルドおじさんが苦笑いを浮かべ、私は「えへん」と胸を張った。
オラリオという大都会で、神様と出会い、酒場の店員さんや受付嬢さんたちと仲良くなって、自分だけの武器を手にに入れて泥臭く這い上がっていくベル君。
その成長の足跡は、遠く離れた田舎のホワイト企業ファームに、今日も最高な笑いと安心を届けてくれるのだった。
「さあ、次の手紙が届くのが楽しみですね。次はどんなトラブル……じゃなくて成長を見せてくれるでしょうか!」
ベル君「(シャワーで身を清めて身だしなみを整えて)エイナさん、アイズ・ヴァレンシュタインさんのことについて教えてください」
エイナ「まずベル君は、壁ドンをやめよっか」