お母さんはアルフィア31歳 作:人の心とかないんか
「今日も元気に働きましょう!」
のどかな田舎村の我が家の縁側。私は、ベル君から届いたばかりの新しい手紙の束をペリペリと開けながら、ニヤニヤと悪戯っぽい笑みを浮かべていた。
オラリオで絶賛冒険者ライフを満喫中のベル君だが、今回届いた手紙にはいったいナニが書いてあることやら。
「どれどれ……」
私が最初の封筒を広げると、隣でお茶を淹れていたアルフィアお母様が、いつもの優雅な仕草でカップを傾けた。
【拝啓、お義母さん、そしてポチちゃん。
先日、豊穣の女主人で皿洗いに夢中になりすぎてお皿で指をスパッと切ってしまったんです。
そしたら、あの無口でクールなエルフの店員――リューさんが、すごい手際でサッと傷口を手当てしてくれて……。「不注意ですね、クラネルさん」って言われたんですけど、すごく優しく包帯を巻いてくれました。エルフの女性に触れられたの、人生で初めてでめちゃくちゃ緊張しました。
敬具】
「…………」
手紙の文面を読み終えた瞬間、お母様の周囲の空間が再び「スッ……」と零下に突入した。
「……エルフの店員だと?」
「お母様、また真冬のオラリオがリビングに直撃してますよ! 落ち着いてください!」
「落ち着いている。あの時の小生意気なエルフ……あの子にペタペタと触るなど、厳重注意処分に処すべきだったか」
「従業員の福利厚生まで処罰の対象にしないでください!」
ザルドおじさんはスープの鍋をかき混ぜながら、「ふっ、相変わらずモテる男は辛いな」と他人事のように鼻で笑った。
私は冷や汗を拭いながら、2通目の手紙へとスライドする。
【拝啓。
もっとやばいことがありました。ヘスティア様から貰った大切な『ヘスティア・ナイフ』を、うっかりどこかで落として紛失してしまったんです……! 血の気が引いて死ぬかと思いました。
そしたら、またしてもリューさんが現れて、「これですか?」って、なんとあのナイフを拾って届けてくれたんです。本当に心臓が止まるかと思いました。二度と無くさないように気をつけます】
「ナイフを紛失……」
お母様はフッと冷ややかに鼻を鳴らした。
「自分の命の次に大切なはずの神の武装を、数日で落とすとはいい度胸ですね。帰ってきたら『500の試練・リターンズ』として、庭の草むしり100万回を課すべきです」
「ナイフを拾ってくれたリューさんに感謝すべきところを、なぜそこまでスパルタなんですかお母様!」
まったく、ベル君のうっかり癖は相変わらずらしい。
そして、冷や汗を流しながら3通目の手紙を広げると――そこに書かれていた内容に、私は思わず「おっ?」と声を上げた。
【拝啓。
それと、すごく不思議なことがあったんです。なぜかアストレアファミリアの皆さんから、「これ勉強しなさい」って魔法の書物(グリモア)を譲り受けて、読むことができたんです。おかげで人生初の固有魔法『ファイヤボルト』を覚えることができました!
……ただ、そのグリモアをくれたのって、もしかしてお義母さんか、あるいはポチちゃんの差し金だったりします? なんとなくですが……
敬具】
「あ」
私は思わず声に出てしまった。
隣で聞いていたお母様は、すっと目を細め、どこか誇らしげにふふっと笑った。
「ほう、気づいたか。流し読みとはいえ、私の血を引く……いえ、我が家の教育を受けたあの子ならば、グリモアの一冊や二冊、自力で自分のものにできて当然だ」
「お母様、しれっと『我が家の教育』って言いましたけど、アストレア・ファミリアの皆さんを使ってこっそりグリモアを差し入れさせたのはお母様ですよね?」
「ふっ、何のことやら。我が社の優秀な『オラリオ支店』が、新入社員のスキル不足を勝手に補填してくれただけの話だ」
さすがはお母様、裏工作のスピードと手際が完璧すぎる。
我が家のホワイト化およびベル君の生存確率向上のためなら、私のルートすら華麗に使いこなすその手腕、まさに最高経営責任者の鑑だ。
そして、4通目。
【拝啓。
ダンジョンの中で初めて『ファイヤボルト』をぶっ放したら、自分の魔力に耐え切れなくて、その場で盛大に気絶しちゃったんです。
で、ハッと目を覚ましたら……なんと、あの憧れのアイズ・ヴァレンシュタインさんが目の前にいて、しかも僕のことを『膝枕』してくれていたんです……っ!!
……その瞬間、頭の中にふっと、お義母さんと過ごした日々や、『500の試練』が走馬灯のように蘇ってきて、「ひっ……!」って変な声を上げて飛び起きちゃいました。せっかくの最高にロマンチックなシチュエーションだったのに……】
「…………」
リビング(縁側)に、再び地獄のような静寂が訪れた。
――バリバリバリッ!!
お母様が手に持っていたティーカップが、美しく凍りついた末に、見事に粉々に砕け散った。
「……膝、枕、ですか」
「お、お母様!? カップが! カップが粉々です!」
「あの剣姫が、あの子に軽々しく膝枕などと……!」
ザルドおじさんは腕を組み、お腹を抱えて大笑いした。
「ふははは! いいぞ、あのガキめ! ロマンチックな出会いを自分の意思で綺麗にブチ壊すとは、クソガキの息子らしい末路だな!」
お母様は殺意に満ちた美しい微笑みを浮かべながら、次の手紙に返信するペンをバキバキと音を立てて構え始めた。
オラリオで英雄への階段を駆け上がるベル君の背後には、今日も変わらず、田舎のホワイト企業ファームで乗り越えた500の試練が、しっかりと根付いていそうだ。
「さてさて……続きはどんな波乱万丈なレポートが届いているでしょうか」
私が続きの手紙を広げる。
【拝啓、お義母さん、そしてポチちゃん。
相変わらず受付嬢のエイナさんに色々とお世話になっていて、先日も一緒に『バベル』のショップへ行って、初めてちゃんとした防具を買ってもらったんです。
緑を基調としたかっこいい防具で、身につけると少しだけ本物の冒険者になれた気がして嬉しかったです。……あ、もちろんエイナさんにはいつも感謝してますよ!
敬具】
「……ほう」
お母様の手がピタリと止まる。
「またしてもハーフエルフの受付嬢か。防具の買い出しまで同伴してもらうとは、いいご身分だな」
「お母様、ただの冒険者と受付嬢の健全なお買い物ですから!」
「ふん、まあいい。防具を買ったということは、これから本格的に中層へ突入するということ。次の手紙はどうなっている?」
私は冷や汗を拭いながら、6通目の手紙へとスライドした。
【拝啓。
それから、『リリ』っていう小さな犬人のサポーターの女の子と出会いました。彼女とパーティーを組むことになって、一緒にダンジョンに潜るようになったんです。
サポーターがいるおかげで、今までは持ち帰れなかった大量の魔石やドロップアイテムを全部運べるようになって、収入も一気に増えました。リリのおかげで、冒険者としての効率が何倍にも跳ね上がって、本当に助かっています!
敬具】
「おっ、サポーターの雇用ですね!」
私は思わずパチパチと手を叩いた。
「さすがベルお兄ちゃん、我が社の『労働環境の効率化』の教えをしっかり実践しています! 荷物持ちを雇うことで自分の戦闘効率を上げるなんて、優秀な冒険者の発想です!」
「効率化自体は褒めてやってもいい……」
ザルドおじさんがスープの鍋から目を離さず、低く呟いた。
「だが、手紙の端々に漂うこの嫌な予感。ただの優しいサポーターで終わるわけがないと、俺の勘が告げているがな」
ザルドおじさんのその予感は、悲しいかな、完璧に的中していた。
7通目の手紙を開いた瞬間、私は思わず「あ……」と声を漏らした。
【拝啓。
……ちょっといろいろありました。リリは、僕を裏切って、ヘスティア様から大切に貰った『ヘスティア・ナイフ』を奪って逃げたんです。
すごくショックで、頭が真っ白になりました。でも、お爺ちゃんやアルフィアお義母さん、そしてみんなから教わった言葉が脳裏に浮かんで……僕は、彼女を恨むんじゃなくて、「僕がしたいように」……つまり、目の前で危険にさらされている彼女を助けることを選んだんです。
命懸けでリリを救い出して、彼女の抱えていた闇や絶望を、僕なりに受け止めました】
「…………」
縁側の空気が、ふっと温かな、そして誇らしい静寂に包まれた。
お母様は手紙の文面をじっと見つめ、その美しい瞳の奥に、わずかに母親としての深い愛情と誇らしさを浮かべた。
「……ふっ。愚かですね」
お母様はクスリと小さく笑い、カップに紅茶を注いだ。
「裏切った相手を私情で許し、自らの命を危険に晒してまで救い出すなど、全くもって泥臭いやり方だ。……だが、英雄になるのであれば、合格点ってところか」
「お兄ちゃん、立派な英雄になりましたね……!」
私は胸が熱くなり、思わず感動で目を潤ませた。
――だが、感動の余韻は、最後の手紙によって、ものの見事に地獄の底へと叩き落とされることになった。
【拝啓。
リリを落ち着かせるために、僕は……その、お爺ちゃんとお父様から教わった『500の秘技』の応用を、リリに対して使ってしまったんです。
そしたら、泣いていたはずのリリが、一瞬で顔を真っ赤にして、「ベル様の変態――っ!!」ってものすごい剣幕で怒鳴りつけてきました。
……あの、ポチちゃん。教えてください。我が家の『500の秘技』って、オラリオの一般的な精神安定法とは、もしかして根本的に何か違うものなんですか……?
】
「…………」
――ピキィンッ!!
お母様の周囲の空間が、再び怒りのあまり極寒のブリザードへと変貌した。
「……おい忌々しいそこの男」
お母様が、静かに、しかし最高に恐ろしいトーンで、畑で黙々とクワを振るっているお父様の背中に声を飛ばした。
「はい、お義姉様」
「あの子に、よりによって外界の少女を口説くための『ハレンチ秘技』を仕込んだのはお前だな? あとで、ちょっと裏の倉庫に来い。空中散歩を味合わせてやる」
「ごふっ……!」
お父様は私の魔法で死なないが、精神的にめちゃくちゃダメージを受けたような背中をして一瞬ピクリと硬直した。
「ベルお兄ちゃん、見事に外で変態疑惑をかけられてますよ!」
「さすが俺たちの息子だ!」
「五月蝿い」
「「ひぎゃあああああ!?」」
空を飛ぶお父様とザルドおじさんが落ちて来る前に、続きを見る。
【あまりに気になって、ヘスティア様や、アストレアファミリアのアリーゼさんたちに「この技って変なんですかね……?」って相談しちゃったんです。
そしたら、ヘスティア様は頭を抱えて真っ赤になり、アリーゼさんたちは「ほう、あの村の秘技ね……! それじゃあ、その『正しい効果』を久しぶりにみ検証しめしょう! 参加する人この指とーまれ!」って全員で目を爛々と輝かせ、その場で僕を捕まえて、『500の試練・オラリオ出張版』を始ようと息巻きました。
助けてください。僕は今、ガチで命の危機を感じています!
敬具
追伸:ベルの技、前よりすごかったわ!】
「アリーゼさんたち、最高ですね!」
私はお腹を抱えて大爆笑した。
「オラリオ支店の皆さん、ちゃんと教育方針を現地で引き継いでくれているじゃないですか!」
「一晩中お祭り騒ぎで五月蝿い連中だ」
お母様は瞳を閉じ、静寂の中、ティーカップを置いた。
――我が家の名誉を守るため、手紙の返信には【絶対にその秘技を外で使うな】と特大の赤字で書き記しておこう。
裏切りのリリを救い出し、無事に最高の仲間を手に入れたはずのベル君は、今日も元気に死闘を繰り広げているらしい。
遠くオラリオの空の下で悲鳴を上げているであろうお兄ちゃんに心の中でエールを送りつつ、私たちは今日ものどかな田舎村で、平和を満喫するのであった。
アリーゼ「リオンに春が来たわ!」
アストレアファミリア「「「なんだってえええええ!?」」」
輝夜「どちら様どすやろか?」
ライラ「気になるよな!」
アリーゼ「それは……」
アストレアファミリア「「「それは?」」」
アリーゼ「……ベルよ……」
アストレアファミリア「「「………」」」