お母さんはアルフィア31歳 作:人の心とかないんか
我が家の壁に盛大に空いた大穴を、お父様がガチガチと音を立てながら無表情で板打ちしている。その横で、私は新しく手に入りそうな「新鮮な労働力」について男にしつこく詰め寄っていた。
「ねえ、おじさん。本当にないの? 死体。別にモンスターにボコボコにされててもいいですし、ちょっとパーツが足りなくても私の魔法で補修して動かしますから」
「ないよ! そんな物騒な在庫を一般家庭の庭先に持ち込んでいる神様がどこにいるんだい!」
私の頭にチョップが落ちた。
お母様のゴスペルパンチより軽いや。
「あと君ねえ、人のこと『モブおじさん』って呼ぶのをやめなさい。これでも私は神様なんだからね!?」
「神様がこんな辺境の荒野で不審者みたいな格好でうろついてる方が問題ですよ。ねえ、お父様もそう思いませんか?」
「あう……」
お父様はただ黙々と釘を打ち付けている。うーん、やっぱり動きは生きた人間に比べたら劣る。
私たちがそんな不毛なやり取りを繰り広げていると、破壊された家の奥から、ひたひたと静かな足音が響いてきた。
「……外が騒がしいな」
現れたのは、我が家の母――アルフィアだった。
蒼白な顔に銀髪を揺らし、その佇まいは病弱ながらも周囲の空気を凍らせるほどの圧倒的なプレッシャーを放っている。彼女が姿を現した瞬間、先ほどまで軽口を叩いていた男が、ふっと道化の仮面を引っ込め、真摯な神の顔へと切り替えた。
「やあ、アルフィア。相変わらず歓迎の挨拶が激しいね」
「……エレボス」
どうやらこの男の名前はエレボスというらしい。
「お前がここに現れるということは、ロクでもない企みがある証拠だ。用件がないなら、今すぐ消え失せろ。私の頭痛の種が増えるだけだ」
アルフィアは微かに眉をひそめ、懐からハンカチを取り出して口元を押さえた。その指先がわずかに震えているのは、病魔に蝕まれているがゆえの消耗か、あるいは目の前の「悪神」に対する生理的な嫌悪感か。
エレボスはふっと笑い、それ以上無駄口を叩くことなく、真面目なトーンで本題を切り出した。
「単刀直入に言おう、アルフィア。君に、私の計画に協力してほしいんだ」
「……断る」
「まだ何も話していないのにかい?」
「聞くまでもない。お前が進める『悪』の劇、そのための踏み台になれというのだろう。……あの子たちの未来のために、私が表舞台に立つことなどない」
エレボスはニヤリと不敵に、しかしどこか諦観を帯びた笑みを浮かべ、アルフィアの足元に広がる「次世代の英雄を生み出すための悲劇のシナリオ」を語り始めた。
「君の強大な力、そしてその命が削れていく運命を、ただ静かに終わらせるのは惜しい。……どうだ、アルフィア。我が『闇派閥』と手を組み、世界の悪役として最期の舞台を飾る気はないか? 次世代の英雄たちの、輝かしい踏み台になってほしいんだ」
緊張感が走る。アルフィアの魔力がわずかに高まり、彼女の固有魔法『ゴスペル』の重圧が辺りの空気を歪ませる。
――だが、アルフィアは静かに首を横に振った。
「……お断りだ、エレボス」
「ほぉ? 私の誘いを断るかい? 君の余命や、あの子供たちの行く末を案じているわけでは――」
「そういうことではない」
アルフィアは冷ややかな目でエレボスを一瞥し、そしてなぜか、わずかに顔をしかめて私の方へと視線を向けた。
「私が死ねば、どうなるか。……この娘の性格を考えれば、間違いなく私の死体を回収し、即座に『我が家の永久労働者第2号』として登録するだろう」
「…………は?」
エレボスが同時に間抜けな声を漏らした。
うんうん。お母様は私のことが分かっている!
お父様みたいに死んでから時間が経ちすぎていると、骨しかないし動きも遅い。だが、もしも死んでまもない高ランク冒険者だったら?
考えただけで涎が出る。
「冗談ではない。死してなおこの娘の【私の命令は絶対(マインドコントロール)】に縛られ、昼夜問わず泥まみれで畑を耕し、モンスターの素材を狩り続けさせられる……。考えただけでも、私の病気が悪化する以上の精神的苦痛だ。私は死んでも死きれんし、死んだ後すらこき使われるなど、絶対にご免被る」
アルフィアは真剣そのものの表情で、キッパリと言い放った。
あまりにも切実で、あまりにも悍ましい理由だった。
「なっ……なんだって……!?」
エレボスは青ざめ、ガタガタと震えながら私を指さした。
「ば、馬怪な! 最強の魔導士アルフィアが死後にアンデットとしてこき使われる恐怖で勧誘を断るなんて聞いたことがないぞ!? そんなの一大ホラーじゃないか!」
「失礼ですね、おじさん。お母様がうちのファームに加われば、戦力は倍増し、収穫量は三倍になりますよ? ホワイト企業への永久就職です」
「どこがホワイトだ!! 死後の人権すら剥奪される超ブラック強制労働施設だろうが!!」
「……そういうことだ、エレボス。だから私は死ねん。どんな手を使ってでも生き延びて、この娘の魔力から逃れ切る。だから、お前の劇に付き合っている暇などない」
アルフィアのあまりの拒絶の意志の固さに、エレボスは頭を抱えて崩れ落ちた。悪神の計画が、まさか「ネクロマンサーの娘による死後労働の恐怖」によって阻まれるとは夢にも思っていなかっただろう。
しかし、エレボスもここで引き下がる男ではない。彼は冷や汗を拭いながら、別の切り札を思いついたようにニヤリと笑った。
「なるほどねぇ……。死後の労働がそれほど嫌だとは。だがね、アルフィア。君のその病の進行を抑える『特効薬』や、身体の負担を劇的に軽減する特殊な魔道具の入手経路なら、この私が持っているとしたらどうだい?」
「……なんだと」
アルフィアの目が広がった。彼女の身体が限界に近いことは、本人が一番よく分かっている。少しでも寿命が延び、発作の頻度が減るのなら、それは喉から手が出るほど欲しい条件だ。
「闇派閥のネットワークを使えば、ダンジョンの深層にある秘薬や、神代の技術で作られた延命の品を見つけるのは難しくない。……私の計画に、ほんの少し『名前を貸す』程度で構わない。協力してくれるなら、それらをすべて君に提供しよう」
沈黙が落ちる。
アルフィアはしばらく考え込むように目を伏せ、そして――盛大に、深い溜息をついた。
「……分かった。ただし、あくまで条件付きだ。私の身体を保たせるための品が手に入らないと分かった瞬間、私はお前をその場で焼き払う」
「ははっ、手厳しいね! だが、これで交渉成立だ!」
――だが、そのやり取りを横で聞いていた私は、別のことで頭がいっぱいだった。
「ねえ、おじさん。お母様が協力するなら、闇派閥のネットワークってやつで、使えそうな死体の調達ルートとか紹介してもらえませんか? 2、3人ほど、手足がしっかり動く戦士の死体が欲しいんですけど」
「誰が闇派閥のデリバリーサービスだ!! 今すぐその狂った頭を冷やしてきなさい!!」
エレボスの絶叫が、辺境の空に虚しく響き渡ったのだった。
ポチが生き延びている理由:むかつく男の子供だとしても、自分の子供であるため殺すに殺せない。