お母さんはアルフィア31歳 作:人の心とかないんか
「今日も元気に働きましょう!」
私の名前は、ポチ(7)。
前世で社畜としてすり潰された教訓を胸に、私は今、このファンタジー世界で完璧なホワイト企業ファームの構築に邁進している。
労働基準法も有給休暇も存在しない、完全自動化された理想郷。その中心で日夜休まず働き続けてくれているのが、『お父様』である。
――だが最近、我が家の労働環境において、一つ大きな「変化」が起きていた。
「……お父様。昨日まで骨組みが丸見えだったのに、なんだか最近、うっすらと皮膚らしきものが再生していませんか?」
「あう……」
ガチガチと音を立ててクワを振るうお父様の腕をまじまじと観察する。
最初は文字通りの「白骨死体」だったはずなのだが、私の固有魔法【私の命令は絶対(マインドコントロール)】を毎日四六時中、それこそ限界を超えてかけ続けていたせいか、魔力に肉体が感化されたのか、最近では失われていたはずの皮膚や筋肉の組織がジワジワと戻りつつあった。
つるつるの骸骨から、生々しい肉付きへ。
……うん、これぞまさに「骨と皮だけ」というやつだ。見た目は少しホラー度が増した気がするが、肉体的な耐久力や作業効率が上がっているのだから文句はない。むしろホワイト企業へのステップアップと言えるだろう。
「そのままの調子で、今度は裏の畑も頼みますよ。お父様」
「あう……」
今日も元気に自給自足のインフラを支えてくれているお父様を見送り、私はふと、数日前に来訪したあの黒いコートの不審者――エレボスおじさんのことを思い返していた。
あの時、お母様を懐柔する代わりに「使えそうな死体の調達ルート」を要求した私に対し、彼は「デリバリーサービスじゃない!」と絶叫して帰っていったわけだが……さて、約束の品(?)はちゃんと持ってきてくれるだろうか。
などと考えていた、まさにその日の午後だった。
――ひゅお、と。
あの時と同じ、道化めいた不気味な気配が辺境の荒野に近づいてくる。
「おや、噂をすれば何とやら、ですね」
私が家の外に出ると、そこにはゼイゼイと盛大に息を切らせ、まるで地獄を見てきたような顔をしたエレボスが立っていた。その手には、不吉なほどずっしりと重そうな、大きな麻袋が握られている。
「はぁ、はぁ……っ! まったく、まさかおチビちゃんの魔法を頼らないといけないなんてな……!」
「おや、エレボスおじさん。もしかして、私の頼んでおいた『新鮮な働き手』を持ってきてくれたんですか?」
「働き手なんて一言も言ってない!!」
エレボスは顔を引きつらせながらも、持ってきた麻袋をドサリと地面に下ろした。
ちょうどそのタイミングで、家の奥から静かな足音が響き、我が家の母――アルフィアが姿を現した。彼女の銀髪が冷たい風に揺れる。
「……エレボス。約束の品は持ってきたのだろうな」
アルフィアの鋭い視線を受け、エレボスはふっと不敵な笑みを浮かべ懐から小瓶を取り出した。
「ああ、もちろんさ。君の病の進行を抑える特効薬、そして身体の負担を劇的に軽減する特製の魔道具だ。闇派閥のネットワークを総動員して手に入れた最高の一品だよ」
エレボスから小瓶を受け取ったアルフィアは、その中身を慎重に検分し、やがて微かに息をついた。
「……確かに、本物のようだな」
「ふふ、私の交渉に嘘はないさ。そして――もう一つの約束の品が、これだ」
エレボスは足元にあった大きな麻袋を指さした。
「君の娘がしつこく『死体をよこせ』とうるさかったからね。私の計画のついでに、ちょうどいい獲物を回収してきたよ。……ほら、開けてみるといい」
エレボスに促され、私は興味津々でその麻袋に近づいた。
紐を解き、布をめくる。中から現れたのは、大柄で、しかし全身を猛毒に侵されて黒く変色し、すでに完全に息絶えている一人の男の死体だった。
「ふむ……?」
私はその死体の顔を覗き込み、そして、我が家の方向を振り返った。
――お母様であるアルフィアの顔が、文字通り「凍りついて」いた。
「……エレボス」
アルフィアの声が、周囲の温度を数度下げる。その瞳には、かつてないほどの殺意と動揺が渦巻いていた。
「これは、どういうことだ」
「見ての通りさ、アルフィア。ザルドの遺体だよ。毒に冒されて命を落としたばかりの、極上の素材さ」
――ザルド。
かつて【ゼウス・ファミリア】の戦士。その男が、今や冷たい死体となって目の前に転がっている。
「ふざけるな……っ!」
アルフィアの魔力が爆発的に膨れ上がり、周囲の空気が悲鳴を上げる。彼女はエレボスの胸倉を掴みかねない勢いで一歩踏み出した。
「何のつもりだ、エレボス! なぜザルドがこんなところに……お前がこれを……!」
「落ち着きなさい、アルフィア。私はただ、彼の最期の意思と、君たちの因縁を少しだけ利用したに過ぎない。……だがね、面白い実験ができるとは思わないかい?」
エレボスは不気味に笑った。
「もしも、この男を君の娘のその『絶対命令魔法』でアンデットとして復活させたとき――彼の強靭な精神や魂が意識を保っていたなら、彼は私の『駒』として動く。だが、もし意識が完全に失われ、ただの人形になってしまったのなら……それは君の娘の完全な『私兵(駒)』になる」
それは、悪神が仕掛けた悪趣味な賭けであり、同時に私たち親子の絆を試すような残酷な問いかけだった。
しかし、私は首をかしげた。何をそんなに難しいことで悩んでいるのだろう?
「お母様、何を難しい顔をしているんですか?」
「ポチ、お前……」
「意識があろうがなかろうが、関係ありませんよ。要するに、私の魔法をかければ、どちらにせよ我が家の新しい労働力としてバリバリ働いてくれるわけですから。ホワイト企業の即戦力に違いありません」
「お前のそのブレない社畜思考はある意味で恐怖だね!?」
エレボスが青い顔でツッコミを入れる中、私は構わずザルドの死体に向かって手をかざした。
お父様の時よりも、明らかに魔力を込める。規格外の戦士だったのなら、それ相応の魔力と細工が必要だ。
「さあ、お仕事の時間ですよ」
そして、私はいつもの、最高にブラックで愛らしい詠唱を放った。
「今日も元気に働きましょう!」
ピカァッ、と眩い魔法の光がザルドの巨体を包み込む。
【私の命令は絶対(マインドコントロール)】。死者の魂と肉体に絶対的な服従を強いる、最強にして最凶のネクロマンシー。
光が収まる。
――次の瞬間、誰もが固唾を呑んで見守る中、死んでいるはずのザルドの胸元が、大きく「ドクン」と波打った。
「なっ……!?」
エレボスが目を見開く。アルフィアが息を呑む。
なんと、私の魔法を受けたザルドおじさんは、ただのアンデットとしてではなく――微かに「脈」を持ち、肉体の機能そのものが蘇生する奇跡を引き起こしていたのだ。私の魔法は死者蘇生蘇生だった?
そして、ザルドの目が、ゆっくりと開いた。
「……っ……」
彼は蘇生直後の激しい頭痛と毒素の名残に顔を歪め、片手で力強く、こめかみを押さえた。
――意識がある。
どうやらザルドには、明確に自分の自我と記憶が残っているらしい。
お父様とは大違いだ。
「くっ……これは……俺の意識が……?」
ザルドが低くうめき声を上げる。エレボスはニヤリと口角を上げ、「ほう、私の駒として――」と言いかけた。
だが、その直後だった。
ザルドの全身の筋肉がピクリと痙攣し、彼の内なるステータス(魂の格)が、私の絶対命令に対して激しく抵抗(レジスト)を始めた。
「ぐっ……おおお……っ! この俺が……何者かの命令ごときに……屈するものか……!」
最強クラスの冒険者の意地とステータスが、強制力を強引に押し戻そうとする。
しかし、私の【私の命令は絶対】も負けてはいない。社畜として培った「絶対に休ませない」という狂気の執念が、ザルドの脳髄に直接焼き付く。
「あれ、おかしいですね。お父様の時は一発だったのに、流石に元・大英雄は抵抗力が強い……? ならば追加で――今日も元気に働きましょう!」
「ぐぅっ……! なんだこの、奇妙なまでの……労働へのプレッシャーは……っ!」
ザルドはこめかみを押さえたまま、冷汗を流し、歯を食いしばった。
彼の脳内では、今まさに「エレボスとの約束を果たさなければならないという神との契約」と、「この小さな女の子の命令に絶対服従して畑を耕さなければならないという恐怖の強制力」が凄まじいせめぎ合いを起こしていた。
結果――。
ザルドの強靭な精神は、エレボスとの約束(優先順位の構築)をギリギリのところで死守しつつ、しかし私の魔法による「命令」の縛りも完全に無視することはできず、結果として「身体の自由を半分奪われ、常に労働のプレッシャーを感じさせられる謎の社畜状態」として落ち着いた。
ハァハァと荒い息をつきながら、ザルドはなんとか立ち上がり、周囲を険しい顔で見回した。
エレボスは「まさかレジストしきるとは流石だね!」と安堵の笑みを浮かべ、アルフィアは警戒を解かない。
そんな中、ザルドはふと、視線を庭の隅へと向けた。
そこには――骨と皮だけになり、生々しい皮膚をちらつかせながら、未だに不眠不休で黙々とクワを振ルい続けている『お父様』の姿があった。
ザルドは、そのシュールすぎる光景をじっと見つめ、そして、呆れたような、あるいは同情のような、深いため息をつきながらこう呟いたのだった。
「……フッ。おいおい、あそこにいるのはクソガキか……? 気合いが足りん!」
私の労働力2号はお預けになった。
ザルド「お前の娘なんなの?」
アルフィア「知らん」