お母さんはアルフィア31歳 作:人の心とかないんか
「今日も元気に働きましょう!」
私の名前は、ポチ(7)。
ホワイト企業ファームの拡大を目指す私にとって、この日を迎えたことは歴史的偉業と言っても過言ではなかった。
なぜなら――我が家に新たに加わった『元・大英雄』ことザルドが、死人でありながら、すさまじく美味な料理を振る舞ってくれたからだ。
「……うまっ。なにこれ、高級ホテルのフレンチより美味しいんですけど。んふー、最高……!」
出来立ての温かいスープと香ばしい焼き肉を頬張りながら、私は感動に震えていた。
死体だからといって休ませないのは当然だが、生き返ったからには生活の質も向上させなければならない。私は一口で彼の料理の虜になり、即座にテーブルを叩いて宣言した。
「素晴らしい。君の料理の腕前、しかと堪能させてもらいました。ザルド、今日から君は我が社の専属料理長だ。心して働きなさい」
「……俺はいつから、お前の胃袋を掴むだけの家政婦兼労働者になったんだか。まあ、腹ごしらえが済んだら、少し体を動かさねえとな」
苦笑いしながらも、ザルドはテキパキと皿を片付けていく。
魔法による絶対の縛りがありつつも、元・大英雄の圧倒的なスペックと料理スキルの高さが融合したことで、我が家のホワイト化が急速に進んでいた。これは大勝利と言っていい。
そんな平和で美味しい日常を過ごしていたある日、あの道化めいた黒いコートの男――エレボスが再びひょっこりとやってきた。
「やあ、おチビちゃん。相変わらず賑やか……いや、なんだか妙に香ばしい匂いがするね?」
「あ、エレボスおじさん。ちょうどいいところに来ました。ザルドの作ったローストビーフの余りがありますけど、食べます?」
「いや、私は結構だよ……って、あれ? その目の前でキビキビ動いてるデカい男は、もしかして……」
「おう、エレボス。久しぶりだな」
ザルドがフキンで手を拭きながら不敵に笑うと、エレボスは盛大に目を剥いた。
「嘘だろ!? レジストした挙句、すっかり馴染んで専属シェフ面してやがる……!? 君のその魔法、どうなってんだい本当におっかないよ!!」
頭を抱えて慄くエレボスを放置し、彼は本題を切り出した。
どうやら、例の「計画」の次のステップを進めるために、エレボスとザルドは一度「オラリオ」へ向かわなければならないらしい。
「そういうわけだ、アルフィア。俺とこいつは、一度オラリオにへ戻る。お前はここで体を休めておきな……と言いてえところだが、そうもいかネェ事情があってな」
「……ふん」
家の奥から姿を現したアルフィアは、特効薬の効果で少し血色が良くなっていたが、相変わらず冷徹な視線をエレボスに向けていた。
「オラリオへ行くついでに、お前たちも『お引越し』だ、アルフィア、そしてポチ」
「お引越し、ですか?」
「そうだ。この辺境もそろそろ潮時さ。それに、アルフィアの体調を万全に管理しつつ、娘を安全な場所に預けておく必要がある。……なに、安心してくれ。お前たちを預けるのは、私の信頼する――スケベだけど優しくて少しお人好しな、とある『神様』のところだ」
エレボスのその言葉に、私は不満の声を上げた。
「えー? 私もオラリオに行って、美味しいレストランや新しい労働力を開拓したいんですけど!」
「ダメだ、お前がオラリオに行ったら冒険者ギルドが崩壊するか私の精神がすり減るかの二択だから却下だ!」
「むぅ、モブおじさんのくせに生意気な」
「誰がモブおじさんだ! 神様って言ってるだろ!」
私がほっぺたを膨らませていると、アルフィアが冷たく言い放った。
「……エレボス。お前のその下衆な企み、相変わらず気に入らんが、仕方のないことか。で、ポチの荷造りはどうする」
「そいつは心配いらないさ。それよりも、アルフィア……お前、本当に何も分かってないのかい?」
エレボスの意味深な笑みに、私は首をかしげた。
「何か、不味いことでもあるんですか?」
「いやなに、これから君が預けられる先にはね――君と『同じ年くらいの小さな男の子』がいるのさ。血のつながった、いわば君の腹違いの……いや、複雑な事情のある『可愛いお兄ちゃん』がね」
――お兄ちゃん?
私が目をぱちくりさせていると、エレボスのその発言を聞いた瞬間、アルフィアの纏う空気が一変した。
「……エレボス」
「おや、なんだい?」
「お前のその、含みのある笑い方が気に入らん」
「いやあ、事実を言っただけで――」
――ズドンッ!!
前触れもなく、文字通りの爆音が辺境の荒野を揺らした。
エレボスが何かと言いかけるより早く、アルフィアの放った『ゴスペルパンチ』が彼の顔面を正確無比に捉え、音速のさらに向こう側へと叩き飛ばした。
「ぎゃあああっ!? 話の途中で殴るか普通――!?」
「不愉快だ。お前の喋り方はいつだって私の頭痛を悪化させる。……消え失せろ」
遥か彼方の地平線へと綺麗に消えていく黒い影を見送りながら、アルフィアはふうっと小さく息をつき、コホンと一つ咳き込んだ。
その横顔は、どこか複雑で、そしてわずかに切なげな色を帯びていたように見えた。
(お母様があんな風に感情を露わにしておじさんを盛大にぶっ飛ばすなんて……やっぱり、これから行く「お兄ちゃん」のところに、何かとんでもない秘密があるのかしら?)
首を傾げる私をよそに、お引越しの準備は着々と進められていった。
もちろん、我が家の稼ぎ頭である『お父様』を置いていくわけにはいかない。
「それじゃあ、お父様。オラリオには連れていけないので、おじいちゃんのお土産として実家に里帰りさせましょう」
「あう……」
私はお父様の全身に、怪しまれないよう上質な――しかしすっぽりと全身を覆い隠す深い黒色の外套を幾重にも着せ、まるで旅の老騎士のような厳重な姿に仕立て上げた。これならパッと見はただの怪しい旅人に見えるはずだ。完璧なカモフラージュである。
そして、出発の時。
私はザルドの裾をキュッと掴み、真剣な眼差しで見上げた。
「ザルド。永久シェフとしての君の腕前は素晴らしいものでした。だから――」
「おう、なんだ? 俺に何か命令か?」
「はい。オラリオに行く道中、そして現地に着いてからも、何があろうとお母様を無事に連れて帰ってきてくださいね! ……あ、もちろん、万が一のことがあってもしっかり回収して、我が家の『完全無欠な労働力第3号』として連れて帰ってきてもいいですからね!」
「死体になっても連れて帰る気満々だな!? 不吉なこと言うな!」
エレボスおじさんが呆れている。
ザルドは苦笑しながら私の頭を軽くポンと叩いた。
「まあ、分かってるさ。……安心しろ、どんな修羅場が待っていようと、全てが終わったとき俺が責任を持ってアルフィアは帰らせるぜ」
頼もしいシェフのその言葉を聞き、私は満足してうなずいた。
こうしてお父様を連れた私は、おじいちゃんの住む村に引っ越すことになった
アルフィア「私が死んでも死体は回収するな」
ザルド「断る!」