お母さんはアルフィア31歳 作:人の心とかないんか
「今日も元気に働きましょう!」
新しく身を寄せることになったその村は、のどかで、緑豊かで、そして驚くほど平和な田舎だった。
エレボスおじさんの紹介によって、私と――そして「全身外套で怪しく完全防備された旅の老人」に偽装したお父様は、この村に預けられることになったのだ。
もちろん、我が家の基盤である労働力を放置するわけにはいかない。
お引越しを終えて早々、私は村の片隅にある空き地……ではなく、村長さんからお借りした広大な畑の前に立っていた。
「さあ、お父様。引っ越し疲れもあるでしょうが、労働に国境も休日もありません。新しい土地の土壌を隅々まで耕しなさい」
「あう……」
全身をすっぽり包む深い黒色の外套を揺らしながら、お父様はガチガチと音を立ててクワを振り下ろし始めた。
周囲の村人たちは、最初こそ「なんだあの全身すっぽり包まれた怪しい老人は……しかも動きが規則正しくないか?」と遠巻きに怯えていたが、わずか半日で驚異的なスピードで畑の開墾を終わらせていく姿を見るや、「す、すごい働き者の御老人だ……!」「腰も痛めず、文句も言わずに一心不乱に土を耕すなんて、我が村の宝だ!」と、なぜか大絶賛されて受け入れられてしまった。
労働はすべてを解決する。さすが我が家の大黒柱(死体)、いい仕事をしている。
さて、お父様にしっかり24時間体制のナイトシフト(野外勤務)を言い渡した私は、おずおずと村の家屋の縁側へと足を向けた。
そこには、これから一緒に暮らすことになる「家族」が待っている。
「あの……その、ポチちゃんだよね? ボク、ベル……ベル・クラネルって言います。ええと、よろしくね!」
緊張した面持ちで、おずおずと頭を下げてきたのは、真っ白な髪と赤い瞳をした、小柄な男の子だった。
年齢は私と同じくらい。あのおしゃまなエレボスおじさんが「可愛いお兄ちゃん」と称していた、血のつながった腹違いの兄――ベルくんだ。
つぶらな瞳でこちらを窺う姿は、なんだか小動物のようで、確かに母性を……いや、妹性をくすぐるものがある。
「はい、ベルお兄ちゃん。今日からよろしくお世話してあげますね。労働の厳しさとか、効率的なインフラ構築とか、色々教えてあげるから安心してください」
「ろ、労働の厳しさ……? なんか思ってた挨拶と違う気がするけど、うん、よろしくね、ポチちゃん!」
ベルくんは少し引きつりながらも、優しい笑顔で私を受け入れてくれた。
お世辞にも大都会とは言えないこの田舎村で、私たちはこうして奇妙な共同生活をスタートさせることになったのだった。
それから数日後のこと。
村の暖かい日差しが差し込む縁側で、私たちは一人の「おじいちゃん」の周りにちょこんと座り込んでいた。
白髪交じりの豪快な髭を生かした、一見するとただのスケベ……もとい、陽気な老神――ゼウスである。
「おっ、今日もポチちゃんはいい返事だな! いやぁ、若い頃のアルフィアに似て、我が孫娘は実に可愛いぜ!」
「おじいちゃん、セクハラ発言は労働基準法違反の対象になりますよ。あとお尻を触ろうとしないでください、お父様に鍬で耕させますよ」
「ひえっ!? 」
ゼウスおじいちゃんは冷や汗を流しながらビクッと身を引いた。
そんな賑やかなやり取りの後、おじいちゃんはふっと表情を和らげ、懐かしむような目で遠くの空を見つめた。
「まあいい。……で、なんだっけか。そうだ、昔の英雄たちの話だったな」
その言葉に、隣に座っていたベルくんの目がキラキラと輝いた。幼い頃から英雄譚に憧れているというベルくんにとって、かつて神代を駆け抜けた神様から聞く昔話は、何よりも代えがたい宝物なのだろう。
「おじいちゃん! その、かつて世界を救った大英雄や、壮絶な戦いの果てに力尽きた伝説の冒険者たちは、最後はどうなるの?」
「ふっ、英雄か……。彼らはな、己の使命を果たし、散り際すらも美しく、あるいは泥臭く、それぞれの場所でその生を全うするもんさ。中には、あまりの激闘に遺体すら残らず、伝説として語り継がれるだけの者もいれば……墓標だけがひっそりと辺境の地に残る者もいる」
ゼウスおじいちゃんが語る、数々の英雄や戦士たちの軌跡。
神様だからこそ知る、歴史の裏側に眠る真実の物語。
――しかし、ベルくんが「うわぁ、かっこいい……ボクもいつか、そんな英雄になりたいな!」と純粋な憧れを胸に感動している隣で、私の脳内は全く別の方向にフル回転していた。
(ふむふむ……なるほど……!)
私の頭の中には、脳内ホワイトボードが展開されていた。
伝説の英雄A:
ダンジョン深層でモンスターの群れと相打ちになり、遺体は第XX層の奥深くにお眠り中(※ただし回収難易度はSランク)。
かつての一流冒険者B:
辺境の古戦場にて倒れ、ひっそりとした谷底に埋葬されている(※鮮度はやや落ちるが、魔法で十分リカバリー可能)。
歴代の猛者たち:
オラリオの墓地や、かつてのファミリアの隠れ家などに眠るお宝(=新鮮な労働力)の眠る場所……!
――素晴らしい。これはあまりにも素晴らしい情報だ!
私にとって、英雄の生き様やドラマチックな最期なんてどうでもいい。重要なのは、「最強のスペックを持った死体がどこに眠っているか」という、実用的なデータである。
生前の輝かしい実績があればあるほど、アンデットとして蘇生させた時の稼働効率は跳ね上がりに違いない。つまり、ゼウスおじいちゃんの昔話は、私にとってどんな高価な魔導書よりも価値のある「聖地巡礼マップ」そのものだった。
「おじいちゃん、それめちゃくちゃ貴重な情報ですね」
「おっ、ポチちゃんも英雄の生き様に興味が湧いたか?」
「はい! いつか全制覇したいです。……ふふ、将来、私が世界中を回って絶対にこの目で確認しに行かないと。私の『ホワイト企業ファーム』の支店展開のために……じゃなくて、最高にロマンチックな聖地巡礼のために!」
「ん? なんか最後の方で物騒なワードが聞こえた気がしたが……気のせいか?」
「気のせいですよ、おじいちゃん。もっと教えてください、あの最強の剣士が討ち死にした場所の正確な緯度と経度を!」
「そんな細かいの分かるわけないだろ!?」
ベルくんが「ポチちゃん、英雄の墓参りにしては目がすごくキラキラしすぎてて怖いよ……?」と引き気味にツッコミを入れてくるのを無視し、私はノートにしっかりとメモを走らせた。
いつの日か、この世界に散らばる最強の死体たちを回収し、究極の不夜城ファームを完成させてやる――。
のどかな田舎村の縁側で、私は未来の野望に胸を熱くするのであった。
お父様(うおおおおー! 息子と娘のために頑張るぞおおおおお!)
一言:ルーキー日間3位? 総合日間29位? ど、ど、ど、ど、どうみょありぎゃとうごじゃいまふゅ