お母さんはアルフィア31歳 作:人の心とかないんか
「今日も元気に働きましょう!」
のどかな田舎村での生活も悪くはなかったが、私の野望――の全国展開を成し遂げるためには、いつまでも縁側で日向ぼっこをしているわけにはいかない。
世界の中心、すべての迷宮と欲望がうずまく英雄の街・オラリオへ行かねばならなかった。
私はゼウスおじいちゃんとベルくんに「ちょっと世界を広げるための修行の旅に出ます。すぐ戻るので畑のお父様によろしくお伝えください」という非常に要得な置き手紙をダイニングテーブルに残し、こっそりと家を抜け出した。
ちなみに、我が家の主力であるお父様は、相変わらず村の畑で全身外套姿のまま一心不乱に土を耕し続けているため、置いていっても全く問題はない。むしろ村人たちから「あの働き詰めのじいさん、最近ますますキビキビ動くようになって若返ったんじゃないか?」と謎の信頼を得ていたので、このまま現地採用の農業マシーンとして永住してもらってもいいかもしれない。
さて、オラリオへの道のりだ。
普通の人間や馬車であれば数日かかるところを、私は社畜時代に鍛え上げた効率を最優先する足取りで駆け抜けた。
結果――。
「ふう……。走って3時間ほどですか。意外と近かったですね」
額の汗を拭いながら、私はオラリオの巨大な外壁の前に立ち尽くしていた。
ちょうど時計の針は正午を指し示している。お昼真っ只中の、最も活気に満ちた時間帯だ。
「よし、到着です」
私は意気揚々と、しかしどこか不審なオーラを漂わせながら、オラリオの正門へと歩み寄った。
門の周辺には、冒険者志望の若者や、重装備のベテラン冒険者、商人の馬車などがごった返している。その中で、警備や身元確認のために忙しそうに動き回っている一人の少女の姿が目に入った。
緑色の髪を綺麗に結い上げ、真面目そうな制服に身を包んだ、いかにも「お仕事中です!」という雰囲気の女性の人だ。
「あのー、すいません」
「はい、ただいま順番にご案内しますので――って?」
女性の人が振り返り、私を見下ろした。……いや、私の小ささに少し戸惑ったような顔をした。
「えっと、君は……? ファミリアの所属証明や、入市手続きの書類は持ってる?」
優しいが、役人らしく毅然とした対応だ。
私は胸を張り、きっぱりと言い放った。
「私の恩恵は一切ありません。ファミリアにも未加入です」
「なっ……!?」
女性の人が目を見開く。
「まだ幼い子供が一人で……一体どこの神様がこんな危なっかしい子を放置してるのよ!」
「いえ、一応はおじいちゃんと、お兄ちゃんが村にいますけど、私は自分の足で自立したホワイト企業……じゃなくて、悠々自適なインフラを築くために来たんです」
「言っていることが全然分からないけど危険すぎるよ! 一体何しにオラリオへ来たの、君は!」
私は真剣な顔で、しかしきわめて不純な動機を口にした。
「――出会いを求めに来ました!」
「出会い!?」
「はい。前途有望で、かついつでも私の命令に――じゃなかった、素晴らしいチームワークを発揮してくれそうな、フレッシュな『パートナー』との運命的な出会いを求めてですね」
私の言葉に、女性の人は盛大に頭を抱え、冷や汗を流した。
「そ、そんな見た目をしながら出会いを語られても困るよ……! とにかく、身元がはっきりするまで私が見てあげるから、まずは宿に案内するよ! 街の隅っこで不審者として捕まる前にね!」
こうして、親切な女性の人の引率のもと、私は無事にオラリオ市内のこぢんまりとした宿にチェックインを済ませたのだった。
そして――夜。
オラリオの街が華やかなネオンやランプの灯りに包まれ、人々が歓楽街へと繰り出す頃。
私は、街の片隅にある静寂に包まれた一角――『死者が眠る場所』の冷たい石畳の上に立っていた。
「ふふふ……。昼間はアーディーさんがずっと張り付いていたおかげで自由に動けませんでしたが、夜になればこっちのものですよ」
オラリオの夜は、冒険者たちの屍や、歴史に名を残した猛者たちの眠る巨大な宝箱。
ここには、私のファームをさらに拡大するための極上の素材がゴロゴロ眠っているに違いない。
私は周囲に誰もいないことを確認すると、ひんやりとした墓標の前にちょこんと正座し、両手を合わせて神妙な「お祈りの姿勢」を作った。
もちろん、祈っている内容なんて故人の冥福を祈るものではなく、「誰かのために働きたい人この指とーまれ!」という極めて実利的なお願いである。
お祈りを終えると、私は立ち上がり、夜空に向かって両手を広げた。
「さあ! 眠れる偉大なる労働者どもよ、私のために起きなさい! ふはははははっ! これで我がホワイト企業ファームのオラリオ支店計画は完璧――」
――その瞬間。
「……うるさい、ポチ」
背筋が完全に凍りつくような、冷徹で低く、そして聞き覚えがありすぎる殺意の重圧。
直後、私の頭上から音速を超えた鉄槌が振り下ろされた。
「ぎゃっ!?」
完璧なまでの角度と威力で頭をガシッと掴まれ、そのまま地面へと引きずり倒される。
我が家の母にして、静寂を愛する最強の魔導士――アルフィアの放った、怒りの『アイアンクロー』だった。容赦のないお母様の制裁。
「いてててて! お母様!? なんでここにいるんですか!? 」
「ザルド経由で私に似た子供が来たと聞いた……夜更けの墓地で、怪しげな高笑いを上げながら死者を冒涜するような計画を語る娘を、闇派閥がいるオラリオで放置できるとでも思ったのか」
アルフィアは蒼白な顔をさらに険しく歪め、私の頭を押さえたまま深い溜息をついた。その銀髪が、オラリオの月明かりに冷たく照らされている。
どうやら、ザルドと一緒にオラリオへ先回りしていたお母様に、私の深夜の聖地巡礼現場を完全に押さえられてしまったらしい。
「だって、オラリオに来たら真っ先にご挨拶に行こうと思ったんです! ほら、新しい働き手の現地調達とか……」
「これ以上私の頭痛の種を増やす気なら、今すぐお前をあの世へ送って、私の手で二度と動けないように焼き払ってやるぞ、ポチ」
目は全く笑っていない顔でそう言い放つお母様の気迫に負け、私はすごすごと頭を垂れるしかなかった。
――こうして、私の華麗なるオラリオデビューの夜は、母親による深夜の補導という、最も予想外の形で幕を開けたのだった。
アルフィア(闇派閥にだけは、ポチの魔法を知られるわけにはいかん)