お母さんはアルフィア31歳 作:人の心とかないんか
「いてててて……お母様、耳を引っ張るの本当にやめてください。せっかくオラリオの夜景をバックに優雅なビジネスチャンスを広げようとしていたのに……」
「その脳みそを一度取り出して、洗浄液で綺麗に洗い流してやろう」
オラリオの夜風が冷たい石畳を撫でる中、私はアルフィアお母様に襟首をガシッと掴まれ、まるで子猫のように引きずられて夜道を歩いていた。
せっかくのオラリオ初日の夜だというのに、これではただの補導された非行少女である。まったく、母親の過保護には困ったものだ。
「だ、誰か……誰か助けて……っ!」
静まり返った夜の路地裏から、小さな影が、文字通り転がり出てきた。
――逃げるチャンス来たあああああ!
あまりの勢いに、アルフィアに引っ張られていた私はその子供と正面衝突した。
「ぐぇっ!?」
「わっ、ごめんなさい……!」
尻餅をついた私と、その場でバランスを崩して倒れ込んだ子供。
見上げれば、その子は私やベルくんと同じくらいの年齢――おそらく七、八歳ほどの女の子だった。顔には煤がつき、着ている服はあちこちが破れ、瞳には恐怖と絶望の涙が浮かんでいる。
追われているのか、彼は必死の形相で私とアルフィアの服の裾をギュッと掴んだ。
「おねがい……! お父さんとお母様が……っ! 助けて、お願いだから二人を助けてよ……!」
泣きじゃくる子供の様子と、ただ事ではない気配に、お母様はわずかに眉をひそめた。
オラリオの裏路地。闇派閥の残党や、あるいは治安の悪い街特有のいざこざか。冷徹なお母様であれば「関わるな」と一蹴するだろう。だが、私は違う!
「案内しなさい!」
私たちは少女に導かれるまま、薄暗い路地裏の奥にある小さな一軒家へと足を踏み入れた。
――家の扉を開けた瞬間、生暖かい血の匂いと、死の気配が鼻を突いた。
「お父さん……お母さん……っ!」
少女が駆け寄ったその先には、血の海に倒れ伏す一組の男女の姿があった。
胸元を深く斬りつけられ、すでに心臓は止まっている。闇派閥か何かに入られたのだろう。二人の身体は冷たくなりかけており、生き返る見込みなどどこにもなかった。
「うっ、あ……あぁ……っ!」
少女が絶望に声を詰まらせ、その小さな身体を震わせる。
そんな彼の姿を眺めながら、目の前に転がっている新鮮な男女の死体をじっと見つめた。
(ふむ……。これはまた、なかなかに状態のいい即戦力が二体……いや、夫婦セットで手に入りましたね)
もちろん、目の前で子供が泣いている前で「この人たちをうちの労働力にしてもいいですか?」と聞くのは、さすがの私も少し空気が読めない子供だと思われるかもしれない。
私はゆっくりと立ち上がり、冷たくなった夫婦の死体へと歩み寄った。
お母様が、何かを察したように「ポチ、お前……」と言いかけたが、私は気にせずパチンと両手を叩いて笑ってみせた。
「なーんだ、安心してください、私にいい考えがありますよ」
「え……?」
少女の涙に濡れた瞳が、微かな希望を宿してこちらを向く。
私は死体の前にしゃがみ込み、お父様の時と同様に、いや、それ以上に気合を入れて両手をかざした。
死者に命を吹き込み、自分の絶対的な命令に従わせる。
我が社のインフラを支え、労働力不足を華麗に解消する至高の固有魔法。
「お仕事の時間ですよ。今日も元気に働きましょう!」
――ピカァッ!!
路地裏の闇を切り裂くように、眩い魔法の光が夫婦の死体を包み込んだ。
【私の命令は絶対(マインドコントロール)】が発動する。
直後、冷たいはずの二人の胸元が「ドクン」と脈打ち、ガチガチと音を立てながら、それぞれの身体がゆっくりと起き上がった。
毒死だったザルドの時のような奇跡の生還とはいかなかったが、私の強烈な魔力と絶対命令によって、死体はしっかりと再起動を果たしたのだ。
「あ……あう……」
「お、お父さん……お母さん……?」
少女が歓喜の声を上げて駆け寄ろうとする。
しかし、蘇ったばかりの夫婦は、感情のないうつろな目で立ち上がり、そして私の発する絶対命令の波長を全身で受信した。
私はビシッと人差し指を立て、新しく従業員となった二人に向けて厳かに言い放った。
「――いいですか、二人とも! 意識があろうがなかろうが関係ありません! あなた方の最優先事項は、『すぐに田舎に帰って、この子供を全力で幸せにすること』です! 労働基準法を遵守しつつ、 娘に最高の笑顔と美味しいご飯を提供しなさい! 以上!」
私のその明快かつホワイトな労働命令を受け、夫婦はガクガクと首を縦に振った。
「「は、はい……全力で……娘を……幸せに……働きます……」」
「『育てます』じゃなくて『働きます』になりかけてますけど、まあ細かいことは気にしない!」
少女は、目の前で急にキビキビと動き出し、なぜか社畜の如き気合をまとって自分を抱きしめてきた両親に戸惑いつつも、「お父さん……お母さん……よかったぁ……っ!」と嬉し涙を流してしがみついた。
うん、結果オーライである。
子供の願いは叶えられたし、家族は一緒に田舎へ帰れることになった。完璧な人助けだ。
そんな感動的な光景を、斜め後ろから見ていたアルフィアお母様は、頭痛をこらえるように自分のこめかみを押さえて深いため息をついた。
「……お前という人間は、救いようのないくらい曲がったところで常人離れした効率主義だな……。勝手に死者を蘇らせて、勝手に労働を命じるな」
「いいじゃないですか、お母様。子供は両親と一緒にお家に帰れるし、この人たちも生き生きと――まあ一度死んでますけど――家族のために働けるんですから。win-winですよ」
「はあ……。で、だ。その一家が『田舎に引っ越す』と言っていた件の続きはどうするつもりだ」
お母様のその問いかけに、私はニヤリと笑って、目の前にある家を見上げた。
「決まってるじゃないですか。この人たちはこれから田舎に帰って新しい生活を始めるわけですから、今まで住んでいたこのオラリオの家、不要になりますよね?」
「……お前、まさか」
「当然です! ありがたく、我が家の『オラリオ拠点兼・出張所』として、このお家を丸ごといただくことにしましょう!」
こうして、私たちはオラリオ初日にして自分の拠点を手に入れ、さらに新たな従業員の家族を送り出すことに成功したのだった。
――まさかこの後、この拠点やオラリオの街を巻き込んで、さらにとんでもない騒動が巻き起こることになるとは、この時の私はまだ知る由もなかったのである。
エレボス「子供に爆弾巻き付けるより、動く死体に爆弾巻き付けた方が効率はいいと思わないか?」
ザルド「だからって俺に巻くな!」
闇派閥(((何やってんだ?)))
一言:総合評価1000を越えてルーキーを卒業、日間ランキング13位? お、お、お、お、応援あ、あ、あ、あ、あ、ありが、ありがとうござ、ご、ご、ご、ございましゅ。