お母さんはアルフィア31歳 作:人の心とかないんか
「今日も元気に働きましょう!」
オラリオで手に入れたばかりの新しい拠点もとい一般市民のお家。
せっかく手に入れたマイホームなのだから、まずは隅々まで綺麗に掃除して、社畜仕様の効率的なレイアウトに変更しなければならない。私は張り切って雑巾をかけ、ホウキを振るっていた。
――その時だった。
ドォンッ!! と、街の中心方向から凄まじい爆音が響き渡った。
窓ガラスがガタガタと揺れ、遠くの空に黒煙が立ち上る。のどかに掃除をしていた私の手元がピタリと止まった。
「……おや? 我が家の近所で、また誰かが勝手に労働トラブルでも起こしたのでしょうか」
首をかしげながら雑巾を放り出し、私は様子を見るために大通りへと飛び出した。
しかし、目の前に広がっていたのは、掃除どころではない異常事態だった。
「ひゃあぁぁぁっ!? 逃げろ、闇派閥だ――っ!!」
悲鳴を上げながら逃げ惑う市民たち。街路の一角では、禍々しい仮面をつけたテロリストたちが暴れ回り、建物や魔道具を次々と爆破していた。
――そう、闇派閥のクーデターの真っ只中に、私は見事に直撃してしまったのだ。
「まったく、休日にまで爆破音を響かせるなんて、労基に訴えてやりたいですね」
私がやれやれとため息をついたその時だった。
「危ない、おチビちゃん!」
風を切り裂くような勢いで、一人の女性が私の目の前に飛び込んできた。
朱い炎のような鮮やかな赤髪を揺らし、凛とした美しさと正義感を全身から纏ったお姉さんだ。彼女は愛用の武器を構え、周囲の敵を鮮やかに一蹴すると、クルッと振り返って私にまぶしい笑顔を向けた。
「怪我はない? もう大丈夫よ!――正義の味方、アストレア・ファミリア団長! アリーゼ・ローヴェル参上!」
あまりにも真っ直ぐで、眩しすぎる自己紹介だった。
――だが、当時の私の脳内はこうである。
(アストレアファミリア? 団長アリーゼ・ローヴェル? まだ死にそうにありませんね……)
名前からしてすごく真面目そうだけど、今の私にとって重要なのは、この街の治安より、そこらへんに転がりそうな『良質な死体(労働力)』の確保なのだ。
私がポカンとそんな失礼なことを考えている間にも、正義の少女たちは一瞬の隙も見せずに戦闘へと突入していた。
アリーゼ率いるアストレア・ファミリアの面々が、闇派閥の狂信者たちを次々と圧倒していく。その圧倒的な連携と強さは見事なものだったが、敵も命懸けの自爆テロを仕掛けてきた。
「くっ、させるか――っ!」
アリーゼたちが敵の暴走を止めようと駆け抜けた、そのまさに直後。
私の目の前で、一人の少女が巻き込まれて盛大に吹き飛んだ。
――ドォンッ!!
「きゃあぁっ……!」
凄まじい爆発の閃光が視界を白く染め、次の瞬間、パラパラと温かい赤い雨のようなものが私の足元に降り注いだ。
視線を下ろすと、そこにあったのは――。
昨日、オラリオの門の前で私を親切に案内してくれた、あの真面目な少女。
――アーディーさんの成れの果てだった。
原型を留めないほどの痛ましい姿で、文字通りの『肉塊』となり、私の目の前に転がり落ちてきたのだ。
「…………」
周囲の喧騒がスーッと遠ざかる。
アストレア・ファミリアのメンバーが「アーディー!?」と悲鳴を上げて駆け寄ろうとするその背後で、私の社畜脳とネクロマンサーとしての血が、猛烈な勢いで回転を始めた。
(私の固有魔法【私の命令は絶対】は、人間の身体は、多少の損傷があっても、大部分の『パーツ』が揃っていさえすれば、私の魔力で縫い合わせて強引に再構築・魔法行使が可能! この最高に新鮮な労働力を逃す手はありません!)
私の脳内に、一つの閃きが走った。
「アーディーさん……!」
私は悲劇の少女に同情して泣き叫んだわけではない。
これから始まる『最高級の素材回収作業』に向けて、アドレナリンが全開になったのだ。
パッ、と私は身を翻し、爆煙が立ち込める大通りを這い回るように動き出した。
アストレア・ファミリアの面々が「彼女を救わなきゃ!」「まだ息が……!」とパニックに陥り、敵の残党と戦っているその隙を完全に突く。
「ええと、右腕のパーツはここですね。あ、そこの少し焦げた部分は……よし、回収。胴体の主要部分はと……っと、そこの破片も忘れないようにっと」
私はまるで砂浜で貝殻を拾うかのような、あるいは優れた清掃員のような手際よさで、そこら中に飛び散ったアーディーさんの肉片やパーツを、せっせと、それはもう素早く集め始めた。
頭の中で「今日も元気に働きましょう!」の詠唱を完璧にシミュレーションしながら、完璧なパズルを組み立てるようにパーツを回収していく私。
――しかし、世の中というのは、常に計画通りにいかないものである。
「おい、そこの子供っ! 危ないから離れてろ!」
「この子を安全なところに……!」
アストレア・ファミリアの団員の一人が、地面を這いずり回って肉片をかき集めている私に気づき、青い顔をして飛び込んできた。
彼女たちは私の奇行を「ショックで気が狂ってしまった子供の狂気」だと勘違いしたらしい。
「あ、ちょっと待ってください! あと右足の小指のパーツがあと一歩で集まるんです!」
「ダメだ、こんなところにいさせたら危険だ! アーディーの遺骸は、私たちが責任を持って回収する……っ!」
ぐっと力強い腕で抱え上げられ、私はせっせと集めていたアーディーさんのパーツごと、強引にその場から引き剥がされてしまった。
そして次の瞬間、アストレア・ファミリアのメンバーの手によって、回収されたアーディーさんの遺体は丁重に、しかし素早く仲間の背中へと載せられ、そのまま凄まじい勢いで戦場から離脱していってしまったのだ。
「ああっ……! 私の、私の究極の『ホワイト・プロジェクト(第1号)』が……!」
遠ざかっていくアストレア・ファミリアの背中を見送りながら、私は両手を伸ばして地団駄を踏んだ。
あと少しで完璧なパズルが完成し、オラリオ支店の初代マネージャーが誕生していたというのに……!
正義の味方というものは、時としてこうも邪魔くさい存在なのだろうか。私は唇を噛み締めながら、遠ざかる爆音の中、すごすごと避難所に運ばれるのだった。
リヴェリア「『才能の怪物』がなぜ闇派閥に協力している!」
アルフィア「私も表舞台に立つつもりはなかった。あいつのせいで私が飲ませた条件は滅茶苦茶だ」
リヴェリア「何の話をしている!」
アルフィア「こちらの話だ」