お母さんはアルフィア31歳 作:人の心とかないんか
「今日も元気に働きましょう!」
大通りでの激しいテロ騒動から一夜が明け、オラリオの街は深い悲しみと混乱の底に沈んでいた。
闇派閥による無慈悲な自爆テロは、多くの尊い命を奪い去り、市民たちは安全な避難所へと押し込められていた。もちろん、私もその「避難所」の一角の固い床に座らされていたわけだが、じっと大人しく救済を待っているような社畜上がりではない。
「ふん、避難所のおにぎりだけじゃエネルギーが足りませんし、何より昨日の『宝の回収漏れ』をこのまま放置するわけにはいきませんからね」
私は周囲の大人が寝静まっている隙を狙い、こっそりスルスルと避難所を抜け出した。
向かう先は、今回のテロで犠牲になった人々の遺体が一時的に安置されている、ギルド地下の厳重な――しかし私にとっては最高級の倉庫である。
足音を殺して重い鉄の扉を押し開けると、ひんやりとした冷気が頬を撫でた。
そこに広がっていたのは、白い布がかけられた無数のストレッチャーが整然と並ぶ、静寂に満ちた空間だった。あちこちで、身内を失った遺族たちが声を殺して泣き崩れ、その背中を神官たちが痛いたしくさすっている。
……普通の人間の子供であれば、ここで恐怖に震えたり、同情の涙を流したりするのだろう。
だが、私の脳内に描かれていたのは、まったく別の感情だった。
(……宝の山ですか、ここは!?)
ざっと見渡すだけでも、数十人単位の新鮮な死体がズラリと並んでいる。
しかも、昨日の今日でまだ肉体の鮮度は抜群だ。これらをすべて我が社の『オラリオ支店』の初期メンバーとしてスカウトできれば、一挙に労働力不足が解消されるどころか、一国一城の主ならぬ「巨大派遣会社の社長」への道が拓けるのではないか?
私の瞳は、欲望と効率の光でギラギラと輝いていた。不謹慎? 何を言う、死者にとっても「永遠に働けるホワイトな職場」を提供してあげるのだから、win-winの社会貢献活動である。
そんなことを考えながら、ずらりと並ぶストレッチャーの間を品定めするように歩いていたその時だった。
「…………」
遺体の並ぶ一角で、ぽつんと膝を抱えて座り込んでいる一人の少女の姿が目に入った。
透き通るような金髪のロングヘア。長く尖った耳。エルフ族特有の気品を漂わせているのだが――その格好が、どう見ても異様だった。
エルフといえば、肌の露出を極端に嫌い、布を幾重にも纏った神秘的な姿が一般的だというのに、目の前の彼女はなぜか「太ももが完全に剥き出しになるパツパツのブルマ」という、戦闘機動力を極限まで高めた謎の露出コスチュームに身を包んでいたのだ。
あれは一体どこの世界の最先端ファッションだろうか。もしかしてエルフ界のトレンドなのだろうか。
――まあ、ファッションの趣味はさておき。
あの金髪のエルフ、どこかで見覚えがあるような気もするが、今はそれどころではない。これから大掛かりな「採用面接(蘇生)」を行うのだ。一応、同じ空間にいる先客として、挨拶くらいはしておいた方が礼儀というものだろう。
私はトコトコと彼女の足元まで歩み寄り、ちょこんと頭を下げた。
「こんにちは。こんなところで体育座りをして、何か落とし物ですか?」
声をかけられた金髪のエルフ――のちの「疾風」ことリオンは、ハッと肩を震わせて顔を上げた。その赤く腫れた瞳には、深い絶望と、果てしない自責の念が浮かんでいた。
彼女は私の小ささに少し驚いたようだったが、すぐに力を失ったように視線を床に戻し、かすれ果てた声でポツリポツリと呟き始めた。
「……正義、とは……何でしょうか……」
それは、昨日のテロで多くの仲間や人々を守れなかった少女が、自らの正義の在り方に迷い、暗闇の中で絞り出した痛切な問いかけだった。
真面目で、責任感が強くて、しかし心が折れかけている典型的な「悩める若者」のパターンである。
だが、あいにく私の辞書に「抽象的な哲学問答」の文字はない。
私は胸を張り、迷うことのない社畜の真理をきっぱりと言い放った。
「――正義とは、労働者です!」
「……はい?」
リオンがぽかんと口を開けた。あまりにも予想の斜め上を行く回答に、彼女の絶望的な思考回路が一時停止したらしい。
「労働こそが世界を回し、労働こそが富を生み、労働こそがすべての理不尽を解決するのです! 悩んでいる暇があるなら、労働しなさい! そうすれば余計なことを考える脳の容量がなくなってハッピーですよ!」
「なにを……何を言っているのですか、あなたは……昨日の今日で、多くの人が命を落としたというのに……!」
「だからこそ、です。亡くなった方々をそのまま寝かせておくのは、社会的なインフラの観点からも圧倒的な損失です。――まあ、見ていてください。今から、ここにあるすべての『労働資源』をフル活用して、素晴らしいお仕事の環境をお見せしますから」
リオンが「何を言い出すんだこの子供は……?」と怪訝な目を向けた瞬間、私はスッと表情を引き締め、ずらりと並ぶ死体の中心へと歩み出た。
「ふふふ……。絶望をみるがいい!」
私はお馴染みのポーズ――両手を胸の前で組み、目を閉じて神妙な「お祈りの姿勢」を作った。
もちろん、心の中で唱えるのは冥福の祈りではない。我が社の採用試験に向けた、極めて強力な呪文だ。
――お仕事の時間ですよ。今日も元気に働きましょう!
瞬間、魔法の光が放たれた。
【私の命令は絶対(マインドコントロール)】の波長が、冷暗所に並ぶ数十体の遺体に一斉に降り注ぐ。
ピカァッ!! と倉庫全体が霊的な光に包まれた。
「なっ……魔力が……!? いったい何をする気ですか……っ!」
リオンが慌てて立ち上がり、短剣に手をかけようとした、その時だった。
冷暗所に並んでいた数十体の死体が一斉にビクッと痙攣し、次の瞬間、ガチガチと音を立てながら「むくり」と起き上がったのだ。
全身を白い布に包まれたまま、あるいは昨日負った傷跡が癒えていく。
「あ……あう……」
「お仕事……お仕事はどこですか……」
死者が蘇り、しかも労働を欲するこの光景は、常人であれば失神するか発狂するかの二択である。
リオンは恐怖と驚愕で顔を真っ青にし、その場で尻餅をつくことだろう!
「ば、馬鹿な……死者が……冒険者や市民たちが……っ! あなたは、一体っ……!?」
彼女が絶叫したその時だった。
ずらりと並ぶ人の群れの中に――昨日、私の目の前で肉塊となり、アストレア・ファミリアのメンバーに回収されていったはずの一人の少女の姿が混じっていた。
「……あれ?」
その人は、自分の両手を見つめ、パチパチとまばたきをした。
見れば、昨日バラバラに砕け散っていたはずのパーツが、私の魔法の微細な修復能力によって無理やり(しかし頑丈に)縫い合わされ、見事に「アーディー・ヴァルマ」としての形状を取り戻していたのだ。
「あ、アーディー……!?」
リオンが信じられないものを見る目で、蘇った少女の名前を叫んだ。
「り、リオン……? 私、たしかに昨日、爆発に巻き込まれてバラバラに……あれ、でも体は痛くないし、なんだかすごく……すごく『今日も元気に働きましょう!』っていう気分がみなぎって……!」
アーディーは混乱しながらも、全身からあふれ出る強制命令に困惑しているらしい。
「アーディー! 生きて……!よかった、本当によかった……!」
リオンは涙を流し、蘇った親友の姿に駆け寄り、その胸に飛び込んで激しく抱きしめた。
二人は感動の再会を果たし、冷暗所の中は温かい涙と抱擁の嵐に包まれた。
――……。
あの、すいません。今、めちゃくちゃ感動的なシーンが展開されていますけど、私としては「数十体の極上労働力をゲットしたビジネスの場」なんですが。
なんか、私が空気のような扱いになっている気がするのですが気のせいですかね?
感動に浸る二人の姿を眺めながら、私はジト目を向けた。
しかし、ここでリオンに面倒な説教をされたり、「死者を冒涜するな!」と剣を向けられたりするのは、今後のオラリオ支店の経営において非常にめんどくさい。
それに、アーディーさんは一応、我が社のオラリオ支店における「第1号マネージャー(予定)」としてスカウトした優秀な人材だ。彼女にだけは、しっかりとビジネスのルールを叩き込んでおかなければならない。
私は二人の輪にトコトコと歩み寄り、感動の最中にいるアーディーさんの裾をトントンと引っ張った。
「あ、アーディーさん。感動の再会のところ申し訳ないんですが」
「えっ、あ、ポチちゃん……?」
私は周囲の他の人たちにも聞こえるよう、、そして何よりアーディーさんにだけはっきりと届く声で、冷徹かつ合理的な業務命令を下した。
「あなたには今後、このオラリオの街で様々な労働をしていただきます。そして、そこで得た毎月の賃金の『10%』を、私へ上納しなさい」
「えっ……?」
私の脳内で、すさまじい勢いでそろばんが弾かれた。
月々一人あたり平均で10万ヴァリス稼いだとしましょう。その10%である1万ヴァリス×(ここにいる全員分の)40〜50人…… = 毎月50万ヴァリスの上納金。
――想像した瞬間、私の口元から、思わずトゥルンと美味しそうなヨダレが垂れ落ちた。
(ふふふ……月々50万の安定収入……これぞまさに不労所得の極み……! 涎が止まりません……!)
私は目をハートマークにしてニヤニヤと笑う。
口元を拭いながらほくそ笑む私を、沢山の人が見つめていることなど、この時の私は知るよしもない。
市民(((聖女様だ!!!)))
アルフィア(何やってんだお前は……)