別世界の元神がオラリオに来たのは間違ってるだろうか 再加筆版 作:さすらいの旅人
「他の客の迷惑なんだよ、このアホンダラ共ぉ!」
『ぎゃぁぁぁぁあああっ!!』
朝の忙しい時間帯にも関わらず、店内にはミア母さんの怒号が豪快に響き渡っていた。
怒鳴られた連中の悲鳴と、椅子やテーブルがガタガタと揺れる音が続き、一瞬だけ店内が静まり返る。
けれど、それもほんの数秒のことだった。
常連客達はもはや慣れたものなのか、「またか」と言いたげな顔を浮かべながら食事や談笑を再開している。
ただ、店員である俺達からすれば、毎度毎度の騒ぎに嘆息するしかなかった。
「またリューセー目当ての神様達だったニャ」
「もうこれで何度目かニャ……」
ウンザリした様子で厨房へ戻ってきたウェイトレスのアーニャとクロエが報告する。
その声にも特に反応せず、俺は調理の手を止めることなく完成した料理を皿へ盛り付けていく。
ジュウジュウと肉の焼ける音。香草の香り。忙しく動く厨房。
そんな日常の光景の中で、店の外から放り出される神達の悲鳴だけが妙に非日常だった。
連日のようにミア母さんの怒号が店内へ響くようになった原因は、数日前にがウチの店で宴会を開いた時に遡る。
宴会の最中、【ロキ・ファミリア】所属の金髪少女が酒に酔って暴走した。
その時、俺は即座に取り押さえ、騒ぎが大きくなる前に気絶させた。しかも大勢の客達の目の前で、だ。
もし相手がただの一般客だったなら、少し酒癖の悪い客を止めた程度で済んだだろう。だが問題だったのは、その相手がオラリオでも指折りの有名人だったということだ。
アイズ・ヴァレンシュタイン。【
そんな大物冒険者を俺が取り押さえただけならまだしも、結果的にデコピン一発で気絶させてしまったのだから話は大きくなる。当然、それを目撃した客達は面白半分なのか驚きのあまりか、店の外で盛大に吹聴した。
そして翌日から噂を聞き付けた冒険者達が次々と来店。
真相確認をしたい者。俺の実力を見極めたい者。あるいは挑戦を挑みたい者。理由は様々だった。
しかし、そんな連中に対してミア母さんは一言。
『仕事の邪魔だよ!』
その怒鳴り声と共に全員を店から叩き出した。
相手が相手だからか、冒険者達もミア母さんには強く出られず、結局は大人しく引き下がるしかなかった。
これで騒動も落ち着くかと思われたが、現実はそう甘くなかった。今度は神々が面白半分で押し寄せてきたのである。
この世界の神々は娯楽好きが非常に多いらしい。面白そうな噂を聞けば首を突っ込み、騒ぎがあれば野次馬根性を発揮する。
しかも性質が悪い。この世界では下界の人間が神を殺す行為は重大な禁忌とされているらしく、どれだけ迷惑な行動を取ったとしても、人間側は手を出せない。
適当に受け流すか。あるいは黙って耐えるか。大抵はそのどちらかになる。
神連中もそれを理解しているのだろう。相手が反撃できないのをいいことに、面白半分でちょっかいを掛けたり、わざと神経を逆撫でしたりする。
正直言って悪質なガキの悪戯と大差なく、立場を考えれば余計に性質が悪いかもしれない。
だが、ミア母さんは違った。神だろうが何だろうが関係ない。
平然と怒鳴りつけ、平然と頭を掴み、平然と店の外へ放り出す。しかも遠慮が一切ない。
「ミア母さんに何度やられても懲りないんだな」
呆れ混じりに呟く。
「神様は基本そういう性格ですから」
近くで聞いていたシルが苦笑を浮かべながら答えた。
そのまま彼女は俺が作った料理をトレーへ乗せ、軽やかな足取りでホールへ向かう。
しばらくして、ようやく騒ぎを片付けたらしいミア母さんが厨房へ戻ってきた。
腕を組みながら鼻を鳴らし、その表情には露骨な不機嫌さが浮かんでいる。
「全く。これだから神って奴は……!」
心底うんざりしたような声だった。
「……ゴメンな、ミア母さん。俺が余計なことをした所為で」
少なからず原因は俺にある。
そう思うと申し訳なさが込み上げてきて、自然と謝罪の言葉が口を突いて出た。
だがミア母さんは鼻で笑い飛ばす。
「謝る必要なんか無いんだよ」
そして俺を真っ直ぐ見ながら言い切った。
「悪いのはアタシの店に無遠慮に押しかけてくる
その言葉には一切の躊躇がなかった。
神相手にここまで堂々と言い放てる辺り、本当に凄い人だと思う。
いや、もはや畏敬の念すら抱く。
「じゃあ俺もミア母さんに倣って、もし神が絡んできた場合は遠慮なくぶっ飛ばせばいいかな?」
「分かってるじゃないか」
ニヤリと獰猛な笑みを浮かべるミア母さん。
「但し、ちゃんと加減するんだよ」
「了解」
『………………』
俺とミア母さんの会話を聞いていたアーニャ達が何故か揃って引いていた。
まるで神を恐れぬ蛮族でも見ているような目である。
失礼な。ちゃんと加減するって言ってるのに。
そんなことを考えていた時、不意に思い出したことがあった。
「あ、そうだ」
「何だい?」
「昼以降は半休で良いかな? 久しぶりにオラリオを散策したいんだけど」
こちらへ振り向いたミア母さんへ尋ねる。
異世界へ来てから何だかんだで仕事や騒動続きだった。
街をゆっくり見て回る機会は意外と少ないから、少しくらい観光気分を味わってみたい。
「ああ、良いよ」
ミア母さんは実にあっさり頷いた。
「今日はそこまで忙しくないからね」
『えぇぇぇぇえええええ!?』
その瞬間、アーニャ達の悲鳴にも似た叫びが厨房へ響き渡った。
まるで世界の終わりを宣告されたかのような勢いだった。
俺とミア母さんは思わず顔を見合わせる。
ただ半休を申請しただけなのに、何でそんなに驚くんだ?
そんな疑問を抱く俺達をよそに、アーニャ達は信じられないものを見るような顔をしていたのだった。
☆
(ったく、本当にしつこかったな……)
昼過ぎ。
石畳の大通りを歩きながら、俺はうんざりした気分で溜息を吐いた。
折角の半休なのだから、のんびりオラリオを散策するつもりだった。
にも関わらず、俺だと気付いた神共が次から次へと現れ、代わる代わる同じ事を聞いてくる始末である。
『君、本当にアイズ・ヴァレンシュタインを一撃で気絶させたのか!?』
『どうやったんだ!?』
『実は隠れた強者なんじゃないのか!?』
などと、最初の数人くらいなら適当に相手もした。
しかし十人、二十人と続けば流石に嫌になる。しかも質問だけでは終わらない。
『なぁ、ウチの【ファミリア】に入らないか?』
『いやいや、ウチの方が待遇は良いぞ!』
『神酒飲み放題にしてやるぞ!』
そんな勧誘まで始まった。
何度断っても無意味で、向こうはこちらの意思など全く考慮しない。
断れば数歩下がり、また同じ勧誘を始める。
別の神が来たと思ったら、今度はそいつが同じ内容を繰り返す。まるで壊れた蓄音機である。
下手に出て穏便に済ませようとしていた俺も、流石に我慢の限界が近付いていた。
だから少しだけ考えた。どうすれば暴力を振るわず、それでいて二度と絡まれなくなるかを。
そして思い付いた。実に平和的な解決方法を。
俺に顔を近付けてしつこく勧誘していた男神二人の頭を左右の手で掴み、そのまま勢い良く引き寄せる。
『へ?』
『な、何だ?』
二柱が間抜けな声を漏らした次の瞬間。
ゴツンではなく、チュッ。
男神同士の唇が綺麗に重なった。
『!?!?!?』
『んんんんんっ!?』
突然の事態に男神二人は目を限界まで見開いた。
当然ながら全力で抗おうとする。
しかし神々は下界に降りている間、その力は一般人と大差ない。
対して俺は二人の頭をしっかり固定している。
逃げられる訳がなかった。
そのまま一分。二分。
正確な時間は知らないが、少なくとも周囲が騒然となるには十分過ぎる時間が経過した。
『んぶっ……!』
『む、むぐぅぅぅっ……!』
そして遂に限界が訪れる。
二柱は顔を真っ青に染め上げたまま白目を剥き、その場へと崩れ落ちた。
まるで魂が抜けたような有様である。
ピクピクと痙攣している姿は、ある意味で半死半生と言っても過言ではなかった。
ちなみに俺がそれを実行した場所は、道のど真ん中である。当然ながら大勢の通行人達が目撃していた。
『うぇぇ……』
『な、何て恐ろしい光景なんだ……』
男達の多くは顔を引き攣らせている。
一方で、
『あら……』
『これって結構……』
『ふふっ……』
女性陣の一部は妙に興味深そうに見ており、その中には頬を赤らめている者までいる。
何を考えているのかは知らないし、知りたくもないから、俺は敢えて見なかった事にした。
そして地面で沈黙している男神二人を確認した後、残った神々へ向かって笑顔を浮かべる。
『次にキスしたい方はいらっしゃいますか?』
静寂が訪れた数秒後――
『に、逃げろぉぉぉぉっ!!』
『次は俺達が犠牲になるぞ!?』
『嫌だぁぁぁぁぁっ!!』
神々は蜘蛛の子を散らすように一斉に逃走した。
俺に絡んでいたのは男神ばかりだった為、その効果は抜群である。
中には転びながら逃げる者までおり、非常に失礼な話だった。
そんな訳で、ようやく平穏を取り戻した俺は、気絶した男神二人をその場へ放置して散策を再開したのである。
そして現在に至る。
(ちょっと腹減ったな……)
精神的疲労は意外と馬鹿にならない。小腹も空いてきたし、何か食べるとしよう。
そこで思い出したのが以前食べたジャガ丸くんだった。屋台の味としてはなかなか美味かったし、軽食には丁度良い。
そう考えた俺は屋台を探し始める。数分ほど歩いたところで、目的の屋台はすぐ見付かった。
(おっ、あったあった)
以前、ガラの悪い冒険者が絡んでいた場所だ。
何となく周囲を見回してみるも、今日は特にそういった連中はいないらしい。
客も途切れて丁度良いタイミングだから、俺はそのまま屋台へ向かった。
(前はソース味を食べたしな……)
並んでいる商品を眺める。
すると、見慣れない味が目に入った。小豆クリーム味と言う甘味系を。
少し気になるので、折角だから試してみる事にした。
「ジャガ丸くんの小豆クリーム味下さい」
「はいよ」
店員の男は手際良く商品を取り出しながら笑った。
「運が良かったな兄ちゃん。丁度最後だったんだ」
「?」
妙な言葉に思わず首を傾げる。
「最後って?」
「今日は期間限定のジャガ丸くんを売ってたんだよ」
店員はそう言いながら胸を張る。
「まぁ特別な味って訳じゃねぇ。いつもよりデカいってだけなんだけどな」
「ほほ~う」
なるほど。だから最後だったのか。
知らずに来たが、ちょっと得した気分になる。
運が良かったと思いながら金を払い、店員から紙袋を受け取る。
袋越しにも伝わる熱。出来立てらしくホカホカだ。覗いてみると確かに大きい。
しかも小豆もクリームも惜しみなく詰め込まれていた。
(これ、下手したら昼飯になるな)
普通の軽食とは思えないボリュームである。
流石にこのまま歩きながら食べるのも大変そうだった。
どこか座れる場所を探そうと思って移動を始めると、視界の端を金色の髪が横切る。
(今のは……)
何となく気になった俺は後ろを振り返ったら、見覚えのある少女がいた。
数日前、酒を飲み過ぎて暴走した挙げ句、俺にデコピンで気絶させられた張本人――アイズ・ヴァレンシュタインだった。
金糸のような長髪。整った顔立ち。無表情ながら絵になる容姿。
街中でも目立つ美少女が、屋台の前へ立つ。
「あの、期間限定のジャガ丸くん小豆クリーム味を一つ下さい」
どこか期待を含んだ声音だった。
しかし店員は申し訳なさそうに頭を掻く。
「あー、悪いな」
「?」
「たった今売り切れちまったんだよ」
「…………そう、ですか」
たったそれだけの返事した瞬間、彼女の周囲の空気が目に見えて沈んだ。
肩が僅かに落ちて、表情は相変わらず薄い。
なのに落胆している事だけは誰の目にも分かった。まるで楽しみにしていた宝物を失った子供のようだ。
(うわぁ……)
思わず同情してしまう。
どうやら相当楽しみにしていたらしい。見ているこちらまで罪悪感を覚えるほどだった。
因みに俺の手元の袋の中には最後の一個。つまり本来アイズが買うはずだったジャガ丸くんが入っている。
(渡すか?)
一瞬だけ考えたが、すぐに首を振る。
面識もほとんど無い相手だから、突然渡されたら困惑するだろう。
(それに俺、彼女を気絶させてるしな……)
店での一件を思い出す。
いくら酔っていたとはいえ、『Lv.5』の第一級冒険者を一般人が一撃で沈めたのである。
普通に考えれば屈辱だろう。下手に接触して面倒な事になる可能性もある。プライドが傷付いていたら尚更だ。
そう結論付けた俺は、まだアイズがこちらに気付いていない事を確認する。
(よし)
余計なトラブルに巻き込まれる前に、今のうちに退散しよう。
そう決めた俺は、ジャガ丸くんの入った袋を抱えながら、その場を静かに後にした。
「よし、食べるか」
アイズ・ヴァレンシュタインに気付かれることなくその場を離れた俺は、適当に街を歩いた末に見付けた広場で足を止めていた。
広場の中央には噴水があり、その周囲では子供達が元気良く走り回っている。
冒険者らしき者達が談笑しながら行き交い、露店からは香ばしい匂いが漂ってくる。
実に平和な昼下がりだった。そんな光景を眺めながら近くのベンチへ腰を下ろし、袋の中からジャガ丸くん小豆クリーム味を取り出す。
ほかほかとした熱が手に伝わってきた。まだ焼きたてらしい。
俺は一口カプッと齧った。
「んー……」
咀嚼しながら味を確かめる。
美味しいか美味しくないかで言えば、間違いなく美味しい。
ただし、それはあくまでスイーツとしてならだ。
ジャガ丸くん本来の総菜的なイメージで食べると少々違和感がある。
だが小豆の自然な甘さとクリームのまろやかな風味が合わさる事で、ジャガ丸くん特有の味が優しく包み込まれていた。
おやつ感覚で食べるなら十分ありだろう。
「なるほどな……」
もう一口食べながら納得する。甘味好きなら好みそうな味だ。
そして自然と先程の金髪少女――アイズ・ヴァレンシュタインを思い出した。
屋台で売り切れを告げられた時、あの無表情のまま露骨に落ち込んでいた姿が脳裏を過る。
(そういや、あの子これを買おうとしてたな)
もしかすると相当な好物なのかもしれない。あるいは期間限定という言葉に惹かれたのか。
真相は分からないが、少なくとも非常に楽しみにしていたのは間違いない。
そう考えると、最後の一個を買ってしまった事にまた微妙な罪悪感が湧いてくる。
(今度会う機会があったら似たようなの作ってみるか)
何だかんだ言って、料理人としては興味があった。
ジャガ丸くん風の生地に小豆とクリームを合わせるだけなら再現自体は難しくなさそうだ。
むしろ改良版を作れるかもしれない。そんな事を考えながら食べ進め、しばらくして完食する。
「ごちそうさまでした」
予想以上に食べ応えがあった。限定版と言うだけあってサイズも大きい。
軽食のつもりだったのだが、普通に昼食一回分くらいの満足感がある。
本当ならここで飲み物も欲しいところだが、生憎と今は何も持っていない。
後で喫茶店でも探して紅茶を飲もう。
「ふぅ、食った食った……」
腹を軽くさすりながら息を吐く。
これなら夕食までは何も食べなくても平気そうだ。
さて、次は喉を潤そう。
「さてと、喉が渇いたからお茶でも――」
「良かったら、私と一緒にどうかしら?」
「――は?」
突然、すぐ近くから声を掛けられた。
聞き覚えのある声で、嫌な予感を覚えながら振り返る。
そして予感は当たった。そこに立っていたのは、先日配達依頼をしてきたの主神フレイヤだった。
以前会った時のような露出の多い格好ではない。長い紺色のローブを羽織り、その下の肌をほとんど隠している。
とはいえ隠しているはずなのに、人目を引く美貌までは隠せていなかった。
ローブ越しですら分かる圧倒的な存在感。道行く男達が無意識に振り返っている辺り、その魅力は健在らしい。
「久しぶりね、リューセー。この前は配達をしてくれてありがとう」
フレイヤは親しい知人に話し掛けるような気軽さで微笑んだ。
「……その節はどうも」
俺は若干警戒しながら返答する。
正直言うなら会いたくなかった相手の一人である。
何しろ関わる度に面倒事が付いてくるのだ。
「何故こんな所に? 有名な派閥の主神が護衛も付けずに歩くのは危険じゃないですか?」
「一人で出掛けたい気分だったのよ」
フレイヤは肩を竦める。
「その途中で貴方を見掛けたから声を掛けたの」
「そうですか」
短く返しながら内心では別の事を考える。
(今頃大騒ぎになってそうだな……)
フレイヤを異常なまでに崇拝している眷族達の顔が浮かんだ。特にオッタルとアレン。
あの辺りは間違いなく必死になって捜索しているだろう。下手をすれば都市中を捜し回っているかもしれない。
(俺が一緒にいるところを見られたら終わるな)
容易に想像出来る。
特にアレンとかいう
もし今の状況を見られたら、
『テメェェェェェっ!!』
などと叫びながら襲い掛かってくる光景が目に浮かぶから、非常に面倒臭い。
「では俺はこれにて失礼します」
なので即座に撤退を決意した。
だが――
「ちょっと」
立ち上がった瞬間、腕を掴まれる。
「私を残して行くなんて失礼じゃない?」
フレイヤは不満そうに唇を尖らせていた。
「貴女と一緒にいると碌な目に遭いませんからね」
俺は即答した。
「というか放して下さい」
このまま逃げる事自体は簡単だ。
だが力任せに振り払えば、相手は神とはいえ見た目は華奢な女性。怪我でもされたら面倒どころの話ではなくなる。
そして後日――
『フレイヤ様を傷付けたな』
『おい、死ぬ覚悟は出来てんだろうな』
などと言いながらオッタル達が総出で押しかけてくる可能性すらある。
想像しただけで頭が痛かった。
「そんな事言わないで」
フレイヤは楽しそうに微笑む。
「一緒にお茶を飲みに行きましょう。ねぇ?」
「………………」
沈黙。
非常に嫌な予感しかしない。
だが相手はオラリオでも有数の有力派閥の主神だ。一般人である俺が無碍に扱うのも色々問題がある。
何より、押しが強い。断っても引き下がる気配が全く見えなかった。
(面倒臭ぇ……)
心の中で盛大にぼやく。
もし俺の知るフレイヤなら遠慮なく拒絶していた。
しかし目の前にいるのは別世界の神。知らない部分も多い以上、対応を誤るのも危険だった。
結局俺は折れた。本当に仕方なく、断じて乗り気ではなく、極めて不本意ながら、フレイヤとお茶をする事になる。ただし条件付きで、な。
「オッタル達が来た場合は責任持って対応して下さいよ」
「ええ、分かったわ」
フレイヤは楽しそうに頷いた。どう見ても分かっていない顔だったが。
そんな俺を見ながら、フレイヤはふと意味深な笑みを浮かべる。
「………やっぱり、私を相手に全く動じてないわね」
小さな呟き。
「非常に興味深いわ」
「何か仰いましたか?」
聞き取れなかった俺が尋ねる。
するとフレイヤは何事もなかったように優雅な笑みを浮かべた。
「何でもないわ」
そう答える彼女の瞳には、好奇心にも似た光が宿っていた。
そして俺はまだ知らない。
その興味が、後々面倒な事態を引き起こす火種になるかもしれないという事を。
☆
「フレイヤ様は何処に!?」
「まだ見付からんのか!」
「あの方に触れようとするクソ野郎がいたら殺す!」
「街ごとひっくり返してでも探し出せ!!」
オラリオの各所で怒号が飛び交っていた。
誰も彼もが血相を変え、まるで一大事でも起きたかのような騒ぎとなっている。
そして、その中心にいるのは当然ながらだった。
隆誠の予想通り、オッタルやアレンを始めとした幹部達、そして一般団員に至るまで、総出で主神フレイヤの捜索を行っていたのである。
本来なら神が街を出歩くこと自体はそこまで珍しくない。
しかし相手がフレイヤだった。眷族達にとっては他の神々とは意味合いが全く違う。
彼らからすればフレイヤは絶対であり、崇拝の対象であり、生きる理由そのものと言っても過言ではない。
そんな存在が護衛も付けずに姿を消したとなれば、大騒ぎにならない方がおかしかった。
「見付け次第報告しろ!」
「怪しい奴も片っ端から調べろ!」
「オッタル様に伝令だ!」
団員達が慌ただしく走り回る。いつもの統制された精鋭集団とは思えないほど焦燥が滲んでいた。
特にアレンなどは苛立ちを隠そうともしていない。
「クソッ……何処へ行かれた!」
鋭い眼光で周囲を睨み付ける。
近くにいた市民達は、その視線だけで顔を青くして道を譲っていた。
一方、その様子を目撃した市民達も騒然としていた。
「な、何だ何だ!?」
「【フレイヤ・ファミリア】じゃないか!」
「あの連中があんな慌ててるなんて初めて見たぞ……」
「何か事件でも起きたのか?」
普段の彼らを知る者達ほど不安になる。
オラリオが誇る都市最大派閥が、街中を走り回っているだけでも十分恐ろしい。
しかも今は明らかに余裕が無い。下手に声を掛けたり進路を塞いだりすれば、何をされるか分かったものではなかった。
故に市民達は自主的に距離を取り、戦々恐々とした様子で事態を見守っていた。
そんな中、たまたまその場を通り掛かっていた少女がいた。
目的のジャガ丸くんを買えず、未だ少しだけ落ち込んでいるアイズ・ヴァレンシュタインである。
「……?」
アイズは足を止めた。
金色の瞳が、大勢の団員達へ向けられる。
そして先頭に立つ二人の姿を確認した。
どちらもオラリオでは知らぬ者のいない第一級冒険者達の二人が、揃って焦りを露わにしているのは明らかに異常事態だった。
「あれは……【
僅かに首を傾げる。
そのまま周囲を観察するアイズだったが、やがて一つの可能性に辿り着いた。
「【フレイヤ・ファミリア】で問題……?」
幹部が総出で、団員も大量動員。しかも市街地全域を捜索している様子。
考えられる可能性は限られていた。
「……ロキやフィンに報告した方が良いかも」
小さく呟く。
問題の規模次第では【ロキ・ファミリア】も無関係では済まない。少なくともフィンなら何らかの判断を下すはずだ。
そう結論付けたアイズは踵を返し、そのまま迷いなく駆け出す。
長い金髪が風を切り、白銀の少女の姿は人混みの中へ消えていった。
向かう先は【ロキ・ファミリア】の本拠地『黄昏の館』。
彼女はまだ知らない。
オラリオ最大級の騒ぎの原因が、行方不明になった女神本人が、一人の一般人と仲良くお茶をしようとしているだけだということを。
そして、その一般人こそが先日自分をデコピン一発で沈めた張本人だということも、今のアイズに知る由もなかった。