別世界の元神がオラリオに来たのは間違ってるだろうか 再加筆版 作:さすらいの旅人
先ず結論から言わせてもらう。
【フレイヤ・ファミリア】と【ロキ・ファミリア】による抗争は、大事件へと発展する寸前で何とか収束した。
結果だけ見れば被害は最小限だったのかもしれない。だが、もしあと少し対応が遅れていたら、オラリオ全体を巻き込む大騒動になっていても何らおかしくはなかっただろう。
こんな事態になった原因は、俺の予想通りだった。やはりフレイヤが護衛を一人も付けず、単身で都市を出歩いたのが全ての発端だったらしい。
まったく本当に人騒がせな奴だと、改めてそう認識せざるを得なかった。
絶対的な忠誠を誓っている主神が忽然と姿を消したことで、【フレイヤ・ファミリア】は団員総出で血相を変えて捜索していたそうだ。
当然と言えば当然である。彼らにとってフレイヤは神であり、絶対の存在だ。そんな相手が何の連絡もなく姿を消したとなれば、平静でいられる筈がない。
そして運悪く、その光景を【ロキ・ファミリア】が目撃した。突然、大勢の精鋭達が慌ただしく街中を動き回っているから、事情を知らない側からすれば警戒するのも無理はない。
何か裏で計画を進めているのではないか。都市に対して何らかの行動を起こそうとしているのではないか。
そんな疑念を抱いてしまった結果、双方が接触し、些細な行き違いから衝突へと発展してしまったらしい。
そして気付けば、オラリオを代表する二大派閥同士が剣を抜き合う状況になっていた。
冗談みたいな話だが、原因はただの勘違いだ。本当に笑えない。
その抗争の最中、俺が
当人は盛大に怒り狂っていた為、何とか頭を下げて謝罪し、どうにか鎮静化させたまでは良かった。しかし、一番の元凶であるフレイヤが余計な一言を口にしたせいで事態は再燃する。
『ごめんなさい♪』
などと可愛らしく微笑みながら、てへぺろとでも言わんばかりの仕草をしたのだ。
当然ながらロキの額に青筋が浮かんだ。これで怒らない方がおかしい。
案の定、完全に堪忍袋の緒が切れたロキはフレイヤに鉄拳を振り下ろした。
至極当然の結果である。それを見ていたオッタル達も、流石に止めようとはしなかった。というか、止める気が一切感じられなかった。
恐らく全員が「自業自得だ」と思っていたのだろう。俺も同意見だった。
ともあれ、一先ずは事無きを得た。
両派閥とも武器を鞘へと収め、このまま解散になるかと思われたが、ここで新たな問題が発生した。
それは他でもない――俺自身だ。フレイヤの身勝手な行動と言動に流石の俺も腹が立ち、思わず怒鳴ってしまったから。
その結果、【フレイヤ・ファミリア】の面々から凄まじい敵意を向けられる事となった。視線だけで殺せそうな勢いで睨まれたのだから堪ったものではない。
さらに問題だったのはアレンとの一件だ。奴が仕掛けてきた攻撃を俺が容易く受け止め、そのままたった一撃で沈めてしまった。その瞬間、周囲の空気が一変したのを今でも覚えている。
驚愕。困惑。そして警戒。
オッタル達だけではない。【ロキ・ファミリア】の団員達までもが、まるで未知の怪物でも見るかのような視線を向けてきた。
後から聞いた話だが、俺が倒したアレンという男は副団長であり、第一級冒険者の『Lv.6』だったらしい。
オラリオでも指折りの最上位戦力。そんな人物を俺が難なく倒してしまったのだから、警戒されるのも仕方がないのかもしれない。
自分の大事な眷族を倒された以上、フレイヤが怒り出しても不思議ではなかった。むしろ怒らない方がおかしい。
だが、何故か彼女は不問とした。その代わりとして提示された条件は一つ。俺がどこのに所属しているのか教えてほしい、というものだった。
そんな事で済むなら安いものだ。俺は特に隠す理由もなかったため、あっさり答えた。
何処のにも所属していない事。そして神から恩恵を授かっていない、ただの一般人である事を。
そう告げた瞬間、フレイヤは鳩が豆鉄砲を食らったような顔で固まった。
さらに周囲で聞き耳を立てていたロキや団員達までもが、まるで時間でも止まったかのように石像と化している。
何故そこまで驚くのか、正直俺には分からない。
だが俺は嘘など吐いていない。この場には嘘を見抜く神が二柱もいるのだ。
フレイヤもロキも、俺の言葉が真実だと理解している筈である。
妙な沈黙が場を支配していた次の瞬間、フレイヤが突然声を上げて笑い始めた。それも周囲に響き渡るほど盛大に。
あまりに唐突な大笑いに誰も口を挟めない。俺自身も彼女の奇行に呆然としていたからだ。
そして――
『ねぇリューセー、やっぱり私の眷族にならない?』
『待ちぃや色ボケぇ! どさくさに紛れて勧誘すんなゴラァ!』
フレイヤが懲りもせず勧誘を始めると、ロキが即座にツッコミを入れた。
その勢いは凄まじく、もはや反射レベルだった。
その後はフレイヤだけでなく、何故かロキまで勧誘に参加する始末。
二柱揃って俺を自分の陣営へ引き込もうとしてくる。
もちろん返答は決まっていた。どちらもキッパリお断りである。
そもそも俺は【ファミリア】にも冒険者にも興味がない。危険なダンジョンに潜る趣味など持ち合わせていないのだ。
しかし、二人とも諦めようとしない。流石に面倒になった俺は、半ば迷惑覚悟でこう言った。
『俺を勧誘する前に、先ずは「豊饒の女主人」の女将――ミア母さんから了承を貰って下さい』
『『………』』
ミア母さんの名前が出た瞬間だった。
それまでしつこく食い下がっていた女神二人が、まるで示し合わせたかのように沈黙する。
ロキは露骨に頬を引き攣らせていた。
一方のフレイヤはというと、何故か意味深な笑みを浮かべている。
その表情の理由までは分からなかったが、少なくとも無理に話を進める気はなくなったらしい。
結局、女神達は俺の勧誘を一旦諦め、それぞれの眷族を連れてその場を後にした。
なお、気絶したままのアレンは他の団員達によって運ばれていった。少しだけ気の毒な気もしたが、自業自得なので同情はしない。
こうして騒動は終結したので、俺も店へ戻る事にした。今回の件をミア母さんへ報告しなければならないからだ。
だが、この時の俺は気付いていなかった。遠く離れた場所から、一人の冒険者が俺の背中をじっと見つめていた事に。
まるで何かを確かめるかのような、鋭く、それでいてどこか興味を含んだ視線で。
☆
ミア母さんに一連の出来事を報告した。有名なの主神フレイヤに暴言を吐いた他、勝手にミア母さんの名前を使った事を全て。
流石に今回は隠し通せる内容ではない。あれだけ派手な騒動になったのだ。何れ耳に入る可能性を考えれば、自分から話しておいた方が遥かにマシだった。
それに、ミア母さん相手に変な誤魔化しをしたところで見抜かれる未来しか見えない。だから俺は観念し、騒動の始まりから終わりまで包み隠さず説明した。
【フレイヤ・ファミリア】との衝突。フレイヤとの遭遇。アレンを倒してしまった件。そして最後にミア母さんの名前を勝手に使った件まで、一つ残らず。
説教確定だと思いながら全て話し終えると、ミア母さんは凄く呆れた表情をしながら嘆息するだけで、一切怒る事はしなかった。それどころか、まるで気の毒そうに見る一方だ。
怒鳴られるくらいは覚悟していた俺としては拍子抜けだった。しかしその視線は妙に居心地が悪い。まるで面倒事に巻き込まれた子供を見るような目だったからだ。
「はぁ……」
再び漏れた深い溜め息。
それだけでミア母さんの心境が何となく伝わって来る。怒る気力すら湧かない、とでも言いたげだった。
まぁその後に罰として、『暫くオラリオの散策はしないで、店の仕事に専念しろ』と言われた。散策をするのが楽しみな俺としては非常に残念だった。
せっかく異世界に来たのだ。街並みも文化も、まだまだ見足りない。
知らない店や見た事もない種族を眺めているだけでも楽しかったのだから、この処分は地味に痛い。思わず肩を落としてしまう。
『そんなの罰じゃないニャ! やっぱりミア母ちゃんマジでリューセーを贔屓し過ぎにゃ!』
横で話を聞いていたアーニャが盛大に抗議した。尻尾をぶんぶん振り回しながらの猛抗議である。
確かに第三者から見ればそう思うかもしれない。何せ俺は主神に暴言を吐いた上、都市最強クラスの派閥同士の騒動にも関わったのだから。
アーニャから納得行かないと抗議するも、結局はミア母さんからの拳骨でノックアウトされた。『贔屓して欲しかったら、リューセー以上に仕事をこなしてみろ!』と言う台詞も一緒に。
『にゃふっ!?』
鈍い音が響く。
綺麗に脳天へ拳骨が決まったアーニャは、そのまま力尽きたように床へ沈んだ。
見事と言うべきか、いつも通りと言うべきか。他の店員達も慣れた様子で誰一人慌てていない。
俺も助けるべきか少し考えたが、自業自得だったので止めておいた。
まぁそんなこんなで翌日。
昨日の騒動が嘘だったかのように平和な朝だった。街はいつも通り活気に溢れ、店も朝から忙しい。
俺も他の店員達と共に働き続け、気付けば朝の営業時間はあっという間に終わっていた。
何事もなく朝の営業時間を終え、今度は夜に備えての準備を――
「お願いします。どうか私と戦って下さい」
「断る」
していたのだが、予想外の人物から戦いの申し出をされていた。
しかも食い気味に即答である。考える余地すら無かった。
俺の目の前にいるのは、【ロキ・ファミリア】に所属するアイズ・ヴァレンシュタイン。昨日にすれ違った金髪の美少女だ。
店の入口に立つだけで妙に目立つ。本人は無表情でいるつもりなのだろうが、その存在感は隠し切れていない。流石は都市最強派閥の看板冒険者と言ったところか。
金髪を見て思わず
そもそも比べる事自体が野暮だろう。もしイッセーがこの場にいたら絶対に何か言っていただろうが。
それはそうと、ヴァレンシュタインが何故店の前にいるかについてだ。
話は少し前に遡る。
俺が営業時間前に厨房で準備していたところ、アーニャから『リューセーにお客さんニャ』と言われて店の出入り口に来たら、ヴァレンシュタインと遭遇したのである。まさか彼女が訪ねて来るとは夢にも思わなかった。
会って早々『自分と戦え』と言われて、即座に了承する奴なんかいない。しかも店の準備中に。
普通なら冗談だと思うだろうが、彼女の目は至って真面目だった。本気で言っているのが分かるから余計に困る。
一応理由を聞いてみたところ、ヴァレンシュタインは神の恩恵を持ってない俺が、何故あそこまで強いのかを知りたいらしい。【フレイヤ・ファミリア】のアレンを一撃で倒した事も含めて。
昨日の一件が相当気になっているのだろう。確かにオラリオの常識で考えれば、恩恵も無い一般人が第一級冒険者を倒すなど有り得ない話だ。俺が逆の立場でも気にはなるかもしれない。
だから直接戦う事で何か分かるかもしれないと思い、こうして俺に会いに来たと言う訳だ。
実に単純明快な理由だった。そして同時に、とても冒険者らしい発想でもあった。
生憎、俺は彼女と戦う気なんか一切無い。それどころか大して興味も無かった。
何というか、面倒臭い。これが俺の率直な感想だった。
あいつなら間違いなく目を輝かせながら食い付くだろう。
『兄貴! 相手は美少女だぞ!? しかも自分から会いに来てるんだぞ!?』
なんて騒ぐ姿が容易に想像出来る。しかし、それはあくまでイッセーだからだ。
少なくとも俺は、相手が美少女だろうと何だろうと興味の無い事に時間を割くつもりはない。
俺がここまで明確に拒否するのは勿論理由がある。改めて彼女を観察して分かったのだ。今は穏やかでも、この子の奥底にある憎悪を感じたのだ。何に対してのかは知らないが、明らかにこれは復讐であると。
最初は気のせいかと思ったが違う。彼女の瞳は静かで、表情の起伏も少ない。
それなのに、内側には決して消えない炎のような感情が存在していた。
無理やり押し込めているだけの負の感情。長い年月を積み重ねて出来上がったであろう強い執念。それが俺には妙にはっきりと感じ取れた。
その瞬間に俺は思い出した。リアスの眷族である『
今でも忘れる事は無い。祐斗と初めて深く話した時の事を。
表面上は爽やかな好青年だった。誰にでも優しく、礼儀正しく、仲間想いの男。
けれど、その内側には決して癒える事のない傷が残っていた。
祐斗は人間だった頃、教会が密かに行っていた『聖剣計画』の被験者であった。それが原因で聖剣に対して途轍もない憎悪と復讐心を抱いたまま転生悪魔となるも、コカビエルの件で漸く終止符を打つ事が出来た。
聖剣を見るだけで感情が揺らぐほどの憎悪。復讐の為に生きていたと言っても過言ではない執念。
あの頃の祐斗は本当に危うかった。仲間がいなければ何処かで壊れていてもおかしくなかっただろう。今思い返してもそう感じる。
今のヴァレンシュタインは嘗ての祐斗にそっくりだった。彼女の奥底にある憎悪と復讐を抱いているが一緒だったから。故に俺は彼女と戦う気にならないのだ。それさえ無ければ話は別だったのだが。
戦えば何かが分かるかもしれない。だが逆に、その感情を刺激する事になる可能性もある。
少なくとも今の俺には、わざわざ関わる理由が無かった。
「悪いけど、もう帰ってくれないか? 俺、仕事があるんだよ」
既に話は終わっている。
そんな意思を込めて俺は言った。
「……どうしても、ダメですか?」
それでもヴァレンシュタインは引き下がらない。感情表現こそ少ないが、思った以上に粘り強かった。
「ダメに決まってるだろ。そもそも君は一人で此処に来てるけど、そちらの主神や団長さん達は知ってるのか?」
「……………」
途端に無言となるヴァレンシュタイン。やはりと言うべきか、この子の独断で来たようだ。
分かりやすい。僅かに視線が逸れた時点で答え合わせだった。どうやら本人も後ろめたさはあるらしい。
いくら強かろうが、有名な第一級冒険者だろうが、相手の意思を無視したお願いをするのは止めて欲しい。
というか、普通に迷惑である。こちらは仕事中なのだ。
「だったら今の内に帰ってくれ。無断で来てるのがバレたら――」
「やはりここに来ていたか、アイズ」
俺が言ってる最中、突如第三者がヴァレンシュタインに向かって声を掛けて来た。
静かな声だった。しかし、その声音には有無を言わせない圧がある。
まるで教師に見つかった問題児のような気分になるほどだった。
声が聞こえた方を見ると、エルフと思わしき緑髪の女性がいる。しかも少々不機嫌そうな表情で。
長く美しい翡翠色の髪。整った容貌。洗練された立ち振る舞い。
一目見ただけで只者ではないと分かる。それ以上に目を引くのは、その身から漂う独特の雰囲気だった。
例えるなら熟練の魔術師。長い年月を研鑽に費やしてきた者特有の深みがある。
「リ、リヴェリア……」
ヴァレンシュタインが女性エルフを見た瞬間、段々と顔を青褪めていく。この反応からして、彼女と同じの団員のようだ。
さっきまで対戦を申し込んでいた時とはまるで別人だった。
露骨なまでの動揺。分かりやす過ぎる反応である。
「昨日、ロキやフィンから言われた筈だ。『豊饒の女主人』に行って彼に会わないように、とな」
「え、えっと……」
明らかに怒ってます、みたいな言い方をしてる事でヴァレンシュタインはしどろもどろになっていた。
どうやら図星らしい。普段どれだけ優秀な冒険者なのかは知らないが、今の様子を見る限り叱られている子供そのものだった。
種族は違えど、まるで母親に叱られてる子供の光景だ。見てて微笑ましく思ってしまう。
流石に笑いはしないが、少しだけ和んでしまったのは事実だった。
昨日まで都市最強クラスの冒険者という印象だったが、こうして見ると年相応の女の子にも見える。
そう言えばエルフで思い出した。この世界のエルフは他の種族より魔法が遥かに優れているらしい。
これが第二級冒険者や第三級冒険者なら気にもしなかっただろうが、目の前の女性は違う。ただ立っているだけなのに、周囲へ放たれる存在感が尋常ではない。
視たところ、このリヴェリアと言う女性エルフから、相当な魔力量を感じ取れる。今気付いたが、彼女はそこらのエルフとは違って魔力の質が異なっている。もしかすればエルフの上位種かもしれない。そう考えると強力な魔法を使う事が出来る筈だ。
少なくとも俺が今まで見てきた魔術師達と比べても見劣りしない。いや、純粋な魔力だけなら相当上位に位置するだろう。
俺はこの世界の魔法を未だに見た事が無いから、多少の興味がある。俺がいる世界の魔術と比較をしてみたいと思っているほどに。
同じ『魔』を扱う力だとしても、根本原理が違う可能性がある。世界が違えば体系も違うので、俺の知的好奇心が刺激された。
そう考えてると、女性エルフはヴァレンシュタインに有無を言わせず帰らせようとしていた。その様子から察するに、彼女を連れ戻す為にわざわざ此処まで来たのだろう。
随分と急いでいたのか、それともヴァレンシュタインの行動が予想出来ていたのか。どちらにせよ、タイミングは絶妙だった。
「仕事中にすまなかったな。この子は君みたいな強い相手を見つけると、気になってしまうのだ。【ロキ・ファミリア】を代表し、この場で謝罪する」
そう言って女性エルフは僅かに頭を下げる。
大派閥の幹部ともなれば多少横柄でもおかしくないのだが、目の前の女性からそういった雰囲気は感じられない。寧ろ礼節を重んじる性格のようだった。
「いえいえ、その子を帰してくれるのでしたら、此方としては非常に助かります」
これは俺の本音。
昨日から面倒事続きだったから、これ以上騒ぎに巻き込まれる真似は御免だった。
ヴァレンシュタインを引き取りに来てくれたなら謝罪の必要は無い。が、先に向こうが謝罪してしまった為、受け取らざるを得なかった。
俺の返答を聞いた女性エルフが用件を終えると、彼女を連れて帰ろうとする。
「では行くぞ、アイズ。
「うう……」
相手が相手だからか、ヴァレンシュタインは逆らう事が出来ずに渋々と付いて行こうとする。
先程まで俺に戦いを挑んできた人物とは思えないほど大人しい。あまり表情は変わらないが、心なしか肩が落ちているように見えた。
っと、向こうが帰る前にちょっと訊いておかないと。
折角の機会だ。今後いつ会えるかも分からない以上、聞きたい事は今の内に聞いておくべきだろう。
「あ、ちょっと待って下さい。リヴェリアさん、に訊きたい事がありまして」
「私に?」
俺が声を掛けると、女性エルフ――リヴェリアは足を止めて俺の方へと振り向いた。
その仕草一つを取っても妙に様になっている。自然と人の視線を集める辺り、長年上に立つ立場だったのかもしれない。
エルフは大して親交のない相手から名前で呼ばれると嫌悪感を抱くのもいるが、どうやら目の前の彼女はそう言った事は無さそうだ。
少なくとも不機嫌になった様子は無い。内心安堵しながらも、俺はある事を尋ねようとする。
「失礼ながら、貴女は見た感じ魔導士のようですが、『魔術』と言う物はご存知でしょうか?」
そう問い掛けた瞬間、リヴェリアの表情が僅かに変化する。
今まで落ち着いていた視線に興味の色が混じった。
「魔術、だと? 魔法とは違うのか?」
あ、食い付いた。てっきり『悪いが知らない』と興味無く答えた後、ヴァレンシュタインを
予想外の反応だった。それだけ彼女にとっても未知の言葉だったのだろう。
隣にいるヴァレンシュタインまで俺達の会話へ意識を向けている。どうやら気になっているのはリヴェリアだけではないらしい。
「まぁ簡単に言うと――」
説明しようとして少し考える。
この世界の魔法と俺の知る魔術がどれほど違うのか知らない。
下手に説明すると余計に混乱させる可能性もある為、まずは簡単な概要だけ伝えようとした。
「リューセー! いつまで油を売ってんだい!?」
突如として響いた怒鳴り声に、俺は思わず肩が跳ねる。
聞き慣れた豪快な声は、間違いなくミア母さんである。
店の前まで響く辺り、相当機嫌が悪い。
俺が教えようとするも、店の中からミア母さんの怒鳴り声がした。
くそっ、時間切れか。このまま魔術について簡単に説明した後、リヴェリアに
実際、話してみたい内容は結構あった。
この世界の魔法体系。魔力運用。詠唱。魔導士達の常識。興味を惹かれる要素はいくらでも存在する。
まぁ良い。機会はいくらでもあるから、今回はここまでにしよう。非常に興味深い表情になってるリヴェリアには申し訳ないが。
当のリヴェリアはというと、本当に興味深そうな顔をしていた。普段冷静そうな人物だからこそ、その変化が余計に分かりやすい。知識欲を刺激された学者のようにも見える。
「すいません。ミア母さんからの呼び出しを喰らったので、これにて失礼します」
俺は軽く頭を下げる。
流石にこれ以上待たせる勇気は無かった。
「ま、待ってくれ! せめて軽い説明だけでも――!」
引き留めようとするリヴェリアを見て、思わず驚いてしまう。
先程までの冷静さは何処へ行ったのだろうか。それほど『魔術』という存在が気になるらしい。
隣のヴァレンシュタインも、珍しい物を見るような顔でリヴェリアを見ていた。どうやら彼女にとっても見慣れない反応なのだろう。
引き留めようとするリヴェリアを無視する様に、俺は店の中に入るのであった。
背後からは未だに視線を感じる。恐らくリヴェリアはまだ諦めていない。
何となくだが、また近い内に会うことになる気がした。それも偶然ではなく、向こうから会いに来る形で。
そんな予感を抱きながら、俺は再び仕事へ戻るのだった。
☆
騒動が収まって以降、フレイヤはバベルではなく自身の
いつもならバベルの最上階にある豪奢な部屋で過ごしている事も多い彼女だが、今回は珍しく本拠地へ戻っていた。
理由は単純。昨日の騒動によって、団員達が少なからず動揺していたからだ。
主神である自分が突然姿を消した結果、眷族達に余計な心配を掛けてしまった。
流石のフレイヤも多少は反省しているらしく、今日ばかりは大人しく
そんな中、窓から差し込む柔らかな陽光を浴びながら、彼女はふと思い出したように口を開く。
「そう言えばオッタル、アレンはどうしたのかしら?」
昨日の騒動の中心人物の一人。そして隆誠によって叩き伏せられた副団長の事を思い出したのだろう。
フレイヤはどこか心配そうな、それでいて少し面白がっているような表情で問い掛けた。
「恐らくダンジョンへ向かったと思われます。昨日に私が一通り説明した際、相当荒れておりましたので」
女神からの問いに、傍にいたオッタルは淡々と説明した。
声音に変化は無いが、長年共にいるフレイヤには分かる。オッタル自身も、アレンの様子を多少気に掛けているのだと。
それを聞いたフレイヤは苦笑する。
「あらあら……。まぁ確かに、恩恵を持ってないリューセーに負けたのだから、そうなるのは仕方ないかもしれないわね」
アレン・フローメル。【フレイヤ・ファミリア】が誇る最高幹部の一人。第一級冒険者であり、都市全体を見渡しても指折りの実力者だ。
そんな彼が、神の恩恵すら持たない一般人に敗北した。たったの一撃だけで。
アレンの性格を考えれば、受け入れられる筈もない。
今頃は怒りなのか悔しさなのか、それとも別の感情なのか分からない何かを抱えながら剣を振るっている事だろう。
「アレンに用があるのでしたら、すぐに連れてきますが」
オッタルは当然のようにそう言った。
主神の命令であれば、今すぐダンジョンへ赴き連れ戻すつもりなのだろう。それが自分の役目だと理解しているからだ。
しかしフレイヤは小さく首を横へ振ると、銀色の髪がさらりと揺れた。
「いいえ。今は放っておくわ。アレンには暫く時間が必要みたいだから」
その言葉には僅かな優しさが含まれていた。誰よりもアレンの性格を理解しているからこその判断だった。
無理に呼び戻したところで意味は無い。寧ろ今は、自分自身の中で整理を付ける時間が必要なのだ。
敗北を認める事。自分より強い存在がいる事を認める事。それは強者であればあるほど難しい。
「かしこまりました」
オッタルも異論は唱えなかった。彼自身、アレンには冷却期間が必要だと考えていたからだ。
部屋の中に静寂が訪れると、フレイヤは窓の外へ視線を向けた。
その視線の先に映っているのは、恐らく一人の青年。
昨日出会ったばかりの異質な存在。神の恩恵を持たず。ファミリアにも所属せず。それでいて第一級冒険者を容易く打ち倒した謎の青年。
思い出すだけで自然と笑みが浮かぶ。あれほど魅力的な魂を見たのは久しぶりだった。
「ふふっ……」
小さな笑みを零すフレイヤ。
その表情を見たオッタルは何も言わなかった。
言う必要が無かったからだ。主神が何を考えているのか、何となく察していたのである。
一方その頃。ダンジョンの何処かでは、傷付いた自尊心を叩き直すかのように、アレンが魔物達へ苛烈な怒りをぶつけている事を二人はまだ知らなかった。
☆
【ロキ・ファミリア】の
昨日の騒動。恩恵を持たないと言いながら、第一級冒険者であるアレンを一撃で倒した青年。その姿が何度も頭の中に浮かんでくる。
何故あれほど強いのか。どうして神の恩恵も無いのに戦えるのか。考えれば考えるほど疑問は増えていくばかりだった。
「知りたい、あの人の事を。恩恵もないのに、どうしてあんなに強いの?」
ぽつりと漏れた呟き。アイズ自身も気付かない内に、隆誠に対する興味は日に日に深まっていた。
それは単なる好奇心なのか。それとも強者に対する探究心なのか。本人にもまだ分からない。
ただ一つ確かなのは、あの青年が今まで出会った誰とも違う存在だという事だった。
神の恩恵を受けていない。それはオラリオにおいて絶対的な常識から外れた存在を意味する。
にも拘らず、彼は堂々と第一級冒険者を打ち倒した。そんな存在を放っておけるほど、アイズの好奇心は鈍くなかった。
もし戦う事が出来れば何か分かったかもしれない。
しかし結局、それは叶わなかったので、アイズは僅かに肩を落とすのであった。
一方――
「彼が言った魔術とは何なのだ? 全く聞いた事もない。出来ればもう一度会って聞きたいのだが、ミアが黙ってないだろうし……。ああ、未知の知識を持つ者がいると言うのに……!」
アイズを連れ戻しに来たはずのリヴェリアは、隆誠が口にした『魔術』と言う単語を聞いてから探求心が高まっている。
それどころではなかった。頭の中は既に『魔術』という未知の言葉で埋め尽くされている。
長年魔法を研究し続けてきた彼女だからこそ分かる。オラリオにおいて『魔法』とは神々の恩恵によって齎される力だ。そして長命なエルフ達は、それを何百年にも渡って研究し続けてきた。
無論、リヴェリア自身も例外ではない。だが、彼女は聞いた事がなかった。魔法ではなく『魔術』という体系そのものを。もし単なる言い間違いなら話は早い。
しかし、あの時の隆誠は違った。明らかに別物として口にしていた。
ならばそれは何なのか。魔法と何が違うのか。どのような理論で成り立っているのか。考え出すと止まらない。
未知の知識。未知の技術。未知の理論。それらは優秀な魔導士にとって抗い難い誘惑だった。
しかも相手は、神の恩恵すら持たない青年。常識外れにも程がある。
だからこそ知りたい。だからこそ聞いてみたい。そんな欲求が膨らんでいく。
「くっ……! 何故よりにもよってミアの店なのだ……!」
思わず額を押さえるリヴェリア。普段の冷静沈着な彼女を知る者が見れば目を疑う光景だろう。
だが仕方がない。相手がミアでなければ、今頃は何らかの理由を付けて再訪していたかもしれない。
しかし相手はあのミア・グランドである。ロキですら下手な真似をしたがらない相手に、無理を通す勇気は流石のリヴェリアにも無かった。
隣ではアイズが不思議そうな顔で彼女を見ている。どうやら自分と同じように気になっている人物がもう一人増えたらしい。
こうして二人はそれぞれ異なる理由を胸に抱きながら、一人の青年について考え続けるのであった。
もっとも、その青年本人は自分が都市最強クラスの冒険者達から注目を集めているなど、欠片も気付いていなかったのだが。