別世界の元神がオラリオに来たのは間違ってるだろうか 再加筆版 作:さすらいの旅人
抗争寸前にまで発展した二大派閥の衝突によって、オラリオは一時騒然となった。しかし、それも今ではすっかり過去の出来事のように扱われている。住民達は普段通りの生活を送り、冒険者達はダンジョンへと潜り、賑やかな大通りには変わらぬ活気が戻っていた。
まるで、あの騒動そのものが最初から存在しなかったかのように。都市はいつもの平穏を取り戻していた。
その一件に少なからず関わっていた俺はというと、『どこにも出掛けず、店の仕事に専念すること』というミア母さんからの罰を受けていた。
もっとも、その処分も都市が落ち着きを取り戻したことで既に解除されている。だが、だからといって自由気ままに出歩いている訳ではない。
俺が外を出歩けば、また何かしらの騒動に巻き込まれるかもしれない。そんな周囲の不安混じりの言葉を完全に否定できるほど、自分のこれまでを振り返って胸を張れるわけでもなかった。結果的に、用事でもない限り自分から外出することは控えている。
最近起きている少し変わった出来事は、外ではなく店の中で起きていた。店の仕事に専念していた期間中からなのだが、ウェイトレスのシルが妙に積極的に話しかけてくるのである。
以前から気さくな性格ではあったが、最近は明らかに距離感が近い。それも、俺が先日またしても彼女をフレイヤと呼び間違えた後だというのだから、なおさら意味が分からなかった。
当然ながら、その様子は周囲のスタッフ達も目撃している。そして、一人だけ露骨に反応している人物――リューがいた。
彼女は俺を見る度にどこか疑うような視線を向け、時には露骨なほど警戒心を滲ませていた。
その最たる例が――
『シルに一体何をしたのですか?』
という追及だった。
しかも、単なる質問ではない。普段は冷静沈着な彼女らしからぬ、微かな殺気すら含んだ問いかけだったのである。
リューがそこまで警戒する理由には心当たりもあった。
彼女はシルと最も親しい存在の一人だ。それに加えて、以前の手合わせでは事故とはいえ胸を見てしまうという出来事まであった。
俺にしてみれば完全な事故でしかなかったのだが、リューからすれば面白い話ではないらしい。
その頃の彼女は目に見えて機嫌が悪く、周囲ですら近寄り難い空気を纏っていたほどだ。普通の人間なら多少は怯えるのかもしれない。
だが、俺は慣れてしまったのか、
『何もしてない』
とあっさり返していた。
もちろん、それで納得するリューではない。
詳細を問い詰める追及はしばらく続いたが、最終的にはシル本人が現れたことで収束した。
『リューセーさんを困らせないでください』
そう軽く窘められただけで、リューは不本意そうながらも追及を止めたのである。
それ以降も多少は警戒されている気配こそあるものの、少なくとも表立って詰め寄られることはなくなった。
前々から感じていたことではあるが、リューはシルに関することになると少々過保護な気がする。
聞いた話では、この世界のエルフは自身が認めた相手以外との接触を極端に嫌う傾向があるらしい。
当然ながらリューもその例外ではない。実際、アーニャが悪気なく触れようとした際も、反射的に手で払い除けている光景を見たことがある。
そんな彼女が『豊饒の女主人』の中で唯一自然に触れ合っているのがシルだった。だからこそ、シルに関する出来事には人一倍敏感になるのだろう。
もちろん、男である俺はリューに余計な接触をするような真似は一切していない。会話を交わすことはあっても、それ以上はない。
早朝訓練の手合わせでは偶然触れてしまう可能性もあるが、幸いにもそういった事故は今のところ起こっていなかった。
……いや、正確には一度だけ例外があった。事故で彼女の胸元を間近で見てしまった件である。思い返すと今でも気まずい。
少し話が逸れたが、とにかくリューが面倒な状態になった時はシルに任せるのが一番だ。本人が相手をするより、遥かに早く話が終わる。
ある意味では実に分かりやすい関係だった。そんなことを考えながら、俺は気持ちを切り替える。
今日も一日頑張るとしようと思っていたのだが、残念ながら、その平穏な決意は長く続かなかった。
都市が落ち着きを取り戻したからといって、俺の周囲まで平穏になるとは限らない。むしろ、そういう時ほど厄介事は忘れた頃にやって来るものだ。
そして今回も例外ではなく、この後に俺はまたしても予想外の出来事に巻き込まれることになるのだった。
「また配達って……。母さん、俺はもう【フレイヤ・ファミリア】の
ミア母さんに呼び出された俺は、配達をするよう命じられた瞬間、露骨に顔をしかめた。
と言うより、ほぼ拒否に近かった。あの無礼千万な【フレイヤ・ファミリア】の連中を思い出せば無理もないだろう。
以前訪れた際の出来事は、今思い返しても腹立たしいものばかりだった。
門番共には書状を見せてもまともに取り合われず、それどころか帰れと言わんばかりの態度を取られた。オッタルには何度もしつこく釘を刺され、アレンには最初から最後まで見下したような態度を向けられる始末。客人として歓迎されるどころか、不審者扱いされたと言った方が正しい。
肝心のフレイヤもフレイヤで、俺を散々好き勝手に振り回した挙句、最後にはさすがの俺も堪忍袋の緒が切れて怒鳴ってしまった。
今思えば随分と思い切った真似をしたものだが、あの時は本気で頭に来ていたのだから仕方ない。
そして、その一件によって俺を快く思っていない団員も少なからず存在している。いや、少ないどころか、むしろ敵視している連中の方が多いかもしれない。
いくら仕事だからといって、あそこまで失礼極まりない態度を取る奴等がいる
否、断じていないはず。少なくとも俺は嫌だ。出来ることなら別の配達先になってほしいし、可能なら今すぐ他の誰かに押し付けたい。
もっとも、ミア母さんが決めた以上、それが通用しないことくらいは俺も理解している。それでも行けと言うのなら、俺にもそれなりの考えがあった。
それはミア母さんに対するものではない。【フレイヤ・ファミリア】の連中に対してだ。
もし門番共がまたしても失礼な態度を取るようなら、その時はこう言い返してやるつもりだった。『あまりそうやって人を脅すな。フレイヤの品性が損なわれるぞ』と。
周囲が聞けば実にもっともな意見だと思うだろう。少なくとも俺自身はそう思っている。
だが、その言葉を聞いた連中がどう反応するかも容易に想像できた。フレイヤに心酔しているあの団員達が、自らの女神に関する話をされて大人しくしているはずがない。
ましてや俺が言えばなおさらだ。十中八九、激昂するどころか、そのまま襲い掛かってくるだろう。
怒りに任せて剣を抜くか、拳を振り上げるかは分からないが、碌な展開にならないことだけは確実だった。
もっとも、それならそれで構わない。向こうから手を出してきたのであれば、俺も遠慮する必要はないのだから、その時は当然迎撃させてもらう。
手刀一発で気絶させる程度には抑えるつもりだが、それくらいの反撃は許されるはずだ。
……とはいえ、本当にそうなったら後が面倒そうなので、出来れば何事もなく配達だけ済ませて帰りたいところなのだが。
残念ながら、俺の経験上そう都合よく物事が進んだ試しはなかった。
「違うよ。今回は【ロキ・ファミリア】の方だ」
「――え?」
場合によっては【フレイヤ・ファミリア】の連中に屈辱的な敗北を教えてやろう。
そんな物騒なことを密かに考えていた俺の思考は、ミア母さんの一言によって一瞬で霧散した。
予想外の名前に、思わず間抜けな声が漏れる。それと同時に新たな疑問が頭を占めた。何故、【ロキ・ファミリア】がわざわざ配達依頼などしてきたのか。
あそこは『豊饒の女主人』の常連であり、団員達も頻繁に店へ顔を出している。料理が食べたいなら店に来れば済む話だ。
「な、何であの【ロキ・ファミリア】が? 確かあそこは『
「あたしもそう言ったんだけどねぇ。けどロキの奴が、どうしてもリューセーに『この前の礼がしたい』と言って聞かないんだよ」
「この前の礼、ねぇ……」
そう言われた俺は腕を組みながら記憶を辿るも、【ロキ・ファミリア】に関わった出来事といえば限られている。
一つ目は、向こうがウチの店で宴会を開いていた時のこと。
酒を飲み過ぎて暴走状態に入ったアイズ・ヴァレンシュタインを俺が止めた件だ。正直なところ、止めたというより被害拡大を防いだだけなのだが、あの時は店中が大騒ぎだったので感謝されても不思議ではない。
二つ目は、二大派閥が激突しかけたあの騒動。
フレイヤを怒鳴った俺にアレンが襲い掛かってきたが、それを一撃で倒したことで空気が変わり、結果として両陣営の衝突が回避された。当時はそれどころではなかったが、後から考えると随分と大事に関わっていた気がする。
思い当たる事と言えば、その二つだ。いや、正確にはそれしかない。他に礼を言われるような覚えは全く無かった。
「でもだからって、今夜も忙しい予定なんだろう? というより、また俺が抜けたらメイ達が騒ぐんだけど」
決して己惚れている訳ではない。だが今の俺は調理担当としてそれなりに必要な存在になっていた。
特に夜の営業時間ともなれば注文は次々と飛び込み、厨房は戦場同然になる。
そんな中で俺が調理や下拵えを担当することで、メイ達の負担はかなり軽くなっているらしい。
事実、俺が配達や買い出しで店を離れる度に不満の声が上がる。
今夜も忙しくなる予定なので、俺が配達へ行くと知られれば――
『行かないでくれ~!』
と、メイ辺りが涙目で引き留める光景が容易に想像できた。しかも自分が代わりに行くと言い出すところまで含めて。
「そんなのリューセーが気にする必要はないよ。あたしの娘達はそんなにヤワじゃないし、お前がいなくてもきっちり最後までやり遂げるさ」
「なら良いけど……」
ミア母さんは鼻で笑うように言った。
確かに立場で言えば向こうは先輩で、俺は後輩だ。
後輩の俺が心配するのも、ある意味失礼なのかもしれない。
そういう事にしておこう。なお、後で恨み言を言われる可能性については考えないものとする。
「とは言っても、もちょっとなぁ。あそこの主神から勧誘されて、断っても諦めてなさそうだったから」
あのロキのしつこさはなかなかのものだった。
冗談めかして笑っているように見えて、その実かなり本気だった気がする。
あの手の相手は油断すると話の流れでいつの間にか囲い込まれている。少なくとも俺はそういうのが得意なタイプではない。
「そこはあたしの方で釘を刺しておいたよ。『もし言葉巧みにあたしの息子を引き抜く事をしたら、たとえ常連のアンタ等でも永久出禁にする』ってな」
「おお、それはそれは……」
思わず苦笑いが漏れる。
常連相手にも随分容赦が無い。だが、それがミア母さんらしいとも思った。
『豊饒の女主人』は他の酒場とは違い、冒険者達の間でも評判が高い。
味も接客も一流で、何より居心地が良い。気に入っているロキからすれば、永久出禁など相当な脅し文句だろう。
それだけミア母さんが本気ということでもある。しかも話はそれだけでは終わらなかった。
忙しい調理担当をわざわざ指名したことへの代償として、出張料金を上乗せ。さらに料理と酒についても、店で表示している価格の一・五倍を請求したらしい。
正直、聞いた瞬間は少々強気すぎる金額ではないかと思った。だが驚くべきことに、向こうはそれを全て了承したらしい。
値切るどころか文句の一つも出なかったというのだから驚きである。そこまでして俺に礼を言いたいのかと、思わずツッコミを入れたくなる話だった。
「言っとくけどリューセー、ロキに上手く乗せられるんじゃないよ。お前さんにはまだまだ借金が残ってるんだからね」
「ああ、そうでしたね。因みに残りの借金額はいくら?」
「……さぁね。今は手元に借金帳簿がないから確認出来ないよ」
明らかにはぐらかされた。何となく嫌な予感がするが、聞き返しても教えてくれないだろう。
ミア母さんはそれ以上話すつもりが無いのか、踵を返して奥の部屋へと向かっていった。残された俺は小さく肩を竦める。
まぁ、今のところこの店を出る気はない。借金の有無とは関係なく、ここでの生活は嫌いではないからだ。余程の事でも起きない限りは。
その後、俺が今夜の営業時間に出勤しないことがスタッフ達に知れ渡り、案の定ちょっとした騒動が発生した。主に厨房組が。
『えええぇぇぇ!?』
『マジですか!?』
『今日は絶対忙しいですよ!?』
『今からでも断れません!?』
などなど、予想通りの反応だった。
だがその騒ぎも長くは続かなかった。
ミア母さんの怒号が店内に響き渡ったからである。たったそれだけで全員が即座に静かになった。
流石というべきか、あるいは慣れているというべきか。
「リューセーさん、出来ればなるべく用が済んだら早く帰ってきてくださいね。ロキ様は他の神様達と違って抜け目がありませんから」
「? ああ、分かった」
出発の準備をしていると、シルが少し心配そうな表情でそんな事を言ってきた。
その声音には冗談めいた軽さが無く、本気で気にしているように聞こえた。
けれど俺には、その理由がよく分からない。
確かにロキが油断ならない神だというのは理解できるけど、シルがここまで警戒する理由までは思い当たらなかった。
それでも彼女が俺を案じてくれているのは伝わったので、とりあえず素直に頷いておく。どうせ配達をして礼を言われたら終わる話だ。
この時の俺はまだ、本気でそう思っていたのだった。
☆
「あのぅ、配達依頼された『豊饒の女主人』の者なんですが……」
時間は夕方頃。
目的地である【ロキ・ファミリア】の
だが、到着してからというもの、俺は未だに目の前の光景へ少なからず圧倒されている。
何故なら――目の前にそびえ立っている建物が、どう見ても館ではなく城だった。
高い外壁。幾つもの塔。広大な敷地。整備された庭園。
普通の貴族屋敷どころか、小国の王城だと言われた方が余程納得できる。
最初は地図を見間違えたのかと思った。だが何度確認しても、目的地は確かにここを示している。
流石は【フレイヤ・ファミリア】と並び称されるオラリオ有数の巨大派閥と言うべきか。その財力も規模も桁違いだった。
もっとも、同じ巨大派閥でも雰囲気は随分異なる。あちらの
少なくとも近寄り難さは感じない。更に言えば、中から戦闘音らしきものも一切聞こえてこない。日常的に団員同士が殴り合っているどこかの派閥とは大違いだった。
「ああ、話は聞いています。どうぞ、お通り下さい」
門番の団員は最初こそ警戒した様子だったが、俺の姿と荷物を確認するとすぐに表情を和らげた。
相手を見下すような態度も無い。上から圧力を掛けるような言葉も無い。
どうやら事前に話は通っていたらしく、あっさり門を開けてくれた。
「ありがとうございます」
俺は軽く頭を下げながら敷地内へ足を踏み入れる。
そしてその瞬間――
「よう、待っとったで!」
待ち構えていたかのような声が飛んできた。
「これはこれは。まさか神ロキ自らがお出迎えとは、大変恐れ入ります」
声の主は当然ながら【ロキ・ファミリア】の主神ロキだった。
相変わらず独特な似非関西弁で、何度聞いても慣れそうにない。
荷物を抱えたままの俺は、とりあえず丁寧に頭を下げて挨拶をした。
「あー、そんな初対面みたいな堅苦しい挨拶はええって。もうお互い知らん仲やないやろ?」
「それは、まぁ……」
確かにそうだった。
俺は以前、アレンを一撃で倒した現場を見られている。
恩恵を持っていない事が発覚した際には、かなり熱心な勧誘まで受けた。
ついでに『男神』という地雷を踏み抜き、ロキを本気で怒らせた事もある。
知らない仲ではないにしろ、関係だけ見れば結構濃い部類かもしれない。
「ところで、今回注文された料理はどちらへ運べば宜しいので?」
「おお、せやったな。ほな、付いてきぃや」
ロキは自分の役目を思い出したように頷くと、そのまま館の中へ俺を案内し始めた。
廊下を歩いている途中、何人かの団員達とすれ違う。
そして、その殆どが驚いた顔でこちらを見ていた。中には二度見している者までいる。
どうやらロキ自身が出迎えている状況が珍しいらしいが、当の本人は全く気にしていないおらず、俺を連れたままずんずん進んでいく。
館の内部も非常によく整備されていた。掃除は隅々まで行き届き、装飾品も品が良い。それでいて無駄に豪奢ではない。居住空間として機能している事が一目で分かる建物だった。
やはり戦闘訓練らしき事は行われていないようだ。事前に静かだったので予想はしていたが、ここまで対照的だとは思わなかった。
「良い所ですね。【フレイヤ・ファミリア】の
「んあ? 何や自分、あっちにも顔出したんか?」
「ええ。抗争が起きる少し前、あの女神から配達依頼をされまして」
別に秘匿するような話でもないので、俺はロキの問いに素直に答えた。
「さよか。まぁ自分があの店におるなら、フレイヤがそうしても可笑しゅうないか」
予想に反してロキの反応は淡白だった。
もっと色々聞いてくると思いきや、まるで最初から察していたかのようである。流石は古参の神というべきなのだろうか。
「そうだ、神ロキ。こちらも質問して良いですか?」
「なんや? 言うておくけど、うちらに関する情報は高いで?」
ロキはニヤリと意地の悪そうな笑みを浮かべる。神らしい軽薄さと言えばそうなのだろう。
「質問と言うより確認ですね。聞けば神ロキは下界に滞在して結構長いみたいですが、天界時代に計画していた『
「ぶっ!!」
次の瞬間、ロキが盛大に噴き出した。
あまりにも見事な反応だったので、逆に俺の方が驚く。
別に意地悪で聞いた訳ではない。単純に、俺が知っている神話のロキとの違いを確認したかっただけだ。
だが、その様子を見る限り、どうやらこちらのロキも似たような事を考えた経験があるらしい。もっとも、この反応を見る限り、実際に実行する気は全く無さそうだが。
「な、何を突然言い出すんや自分……!」
「他には神フレイヤから無断で借りた『鷹の羽衣』はちゃんと返し――」
「ちょお待てやぁぁぁ!!」
最後まで言わせてもらえなかった。
ロキは勢いよく振り返ると、物凄い形相で俺の言葉を遮る。
その大声は廊下中に響き渡った。近くにいた団員達が何事かと足を止めている。中には警戒して武器に手を伸ばしかけた者まで居た。
俺はその必死な様子を見ながら一つ納得する。ああ、やっぱりかと。
以前、俺が知るフレイヤが『ロキの奴が返してくれない』と愚痴を零していたのを思い出した。だから試しに聞いてみただけだったのだが、この反応こそ何よりの答えだった。
どうやら世界が違っても、この神は相変わらず無断で借りた物を返していないらしい。少なくとも俺にはそうとしか思えなかった。
そしてロキ本人も、それを否定できない顔をしていたのである。
☆
「何かロキが騒がしいっす……って、あの人はこの前の!?」
普段は飄々としているロキが珍しく大声を上げていることに気付き、ラウルは不思議そうに視線を向けた。
しかし、その先に立っていた人物の姿を認めた瞬間、思わず目を見開く。
あの日、酒場で出会った謎の店員。
圧倒的な実力と常識外れの戦いぶりを見せた青年の姿を、ラウルは忘れられずにいた。
「マジか……本当に来たんすね」
驚きと期待が入り混じった声が思わず漏れる。
一方、その視線に気付いた隆誠はラウルの存在を認識し、小さく目を細めた。
(あ、この前の冒険者だ)
酒場で目にした黒髪の青年に隆誠の目に留まった。
機会があれば改めて話してみたいと思っていたが、今はそれよりも目の前で大騒ぎしているロキへの対応が先だ。
(後で声を掛けられたらいいな)
そう考えながらも、意識をロキへ向け直す。
「あの人が来てる……」
少し離れた場所では、アイズが隆誠の姿を見つけていた。
黄金色の瞳がわずかに見開かれる。いつも無表情に近い彼女だが、その胸の内には確かな関心があった。
酒場で目の当たりにした未知の力。そして、自分の知らない世界を知っているかもしれない存在。
興味を抑えきれず、アイズは周囲に気付かれないようそっとその後を追おうとする。
「どうやら来たようだね」
ロキ・ファミリアの本拠地を見渡せる位置で、フィンが静かに呟く。
その表情には普段の冷静さを残しながらも、隠しきれない期待の色が浮かんでいた。
酒場での一件以来、彼は何度も隆誠について考えていた。未知の知識を持ち、常識を超えた実力を秘めている青年。
もし彼と友好的な関係を築ければ、【ロキ・ファミリア】にとっても大きな意味を持つだろう。
「ようやく直接話をする機会が訪れたか」
フィンは小さく笑みを浮かべる。
その隣では別の意味で待ちきれない人物がいた。
「待っていたぞ。早く彼に魔術とやらの話を聞かせてもらわねば……!」
リヴェリアのエメラルド色の瞳が鋭く輝く。
酒場で耳にした『魔術』という言葉。それは長年魔法を研究し続けてきた彼女の知的好奇心を強く刺激していた。
聞いたこともない理論。見たこともない体系。
それらが本当に存在するのなら、彼女にとってこれ以上ない研究対象だ。
「そもそも魔法との違いは何だ? どのような原理で発動する?」
次々と疑問が頭に浮かび、今にも本人へ詰め寄りそうな勢いである。
「落ち着かんか、リヴェリア」
そんな彼女の様子に、ガレスは呆れ混じりのため息を吐いた。
「まだ本人は来たばかりじゃぞ。質問攻めにしたら逃げられるかもしれん」
「む……」
不満げな表情を浮かべながらも、リヴェリアは辛うじて踏みとどまる。
そんな幹部たちの様子を見ながらフィンは苦笑する。
どうやら隆誠本人は、ロキの騒動に巻き込まれているだけのつもりらしい。
だが彼はまだ知らない。この本拠地の中で、自分との会話を心待ちにしている者が予想以上に多いことを。
そしてその注目は、今まさに本人へ向けられ始めていた。