別世界の元神がオラリオに来たのは間違ってるだろうか 再加筆版 作:さすらいの旅人
「つまり、その魔法の装置とやらで、このオラリオ……正確にはアタシの倉庫へ飛ばされちまったって訳かい?」
「そういう事です」
場所は変わり、閉店後と思われる店内。
俺は椅子に腰掛けながら、自分が置かれている状況について大まかな説明をしていた。
つい先程、
理由は単純明快。なぜ自分の管理している倉庫へ侵入していたのかを問い質すためである。
もっとも、彼女がその倉庫の管理者だと知った俺は、一切抵抗する事なく大人しく従った。
因みに俺が気絶させてしまった獣人の女性については、あの女性エルフが介抱してくれているらしい。
倉庫の外へ出た時、空の様子や街の明かりから時刻が深夜に近い事を知った。どうやら時差ボケという概念があるなら、今の俺はかなり酷い状態なのだろう。
そんな場違いな事を考えながら案内された先は、つい先程まで営業していたと思われる酒場だった。
店内には片付けをしているウェイトレス達の姿があり、厨房の方では料理人らしき者達が後片付けを行っている。
そこへ突然見知らぬ男が現れたのだから当然だろう。全員が一斉にこちらへ視線を向け、戸惑いと警戒が入り混じった表情を浮かべていた。
しかも見渡した限り、男は俺一人。働いているのは全員女性らしい。そう考えると、何とも居心地が悪くなる。
無数の視線を浴びながら、中年女性に半ば押し付けられるように椅子へ座らされた俺は、そのまま尋問を受ける事になり現在に至る。
もちろん、自分がかつて神だった事や、転移装置を用いて異世界からやって来た事など正直に話す訳にはいかなかった。
俺が語ったのは、異国出身の旅人である事。そして、とある研究者が作った魔法装置の暴走に巻き込まれ、着の身着のまま飛ばされて来たという内容だ。
多少ぼかしてはいるが、嘘は言っていない。
「……一応訊いておくけど、アンタはこのオラリオについて知ってるのかい?」
「残念ながら存じません。先程も言いましたが、自分は遠い異国から来ましたので。オラリオという街は、そんなに有名なのですか?」
「どんなド田舎に住んでたとしても、『世界の中心』って呼ばれてる事くらいは聞いた事があるもんなんだけどねぇ……」
「本当に無知で申し訳ありません」
苦笑混じりに頭を下げる。
周囲からは依然として胡散臭そうな視線が向けられていた。その中で話を聞いていた中年女性は、呆れたように額へ手を当てている。
生憎だが、俺は本当にオラリオという街を知らない。神だった頃の記憶を探っても、そんな都市の名前は一度も聞いた覚えがなかった。
そもそも異世界なのだから当然と言えば当然だ。
『世界の中心』と呼ばれている以上、この都市がよほど有名な場所であるのは間違いないだろう。
「ですから、自分みたいな田舎者は皆様のご迷惑にならないよう、すぐに出て行こうと――」
「言っとくけどね、この都市はアンタが思ってるほど優しくはないよ」
俺の言葉を遮るように中年女性が言った。
「しかも今は夜中だ。そんな格好のアンタが出歩いてたら、そこら辺のゴロツキから見れば格好の獲物さね」
「どういう事です? ここは『世界の中心』なのでしょう? 治安も相応に良いと思っていましたが」
「逆だよ」
女性は鼻を鳴らした。
「いいかい。この迷宮都市オラリオってのはね――」
そうして彼女はオラリオについて説明してくれた。
そしてその説明は、俺の常識を次々と覆していくものだった。
まず驚いたのは、この世界には本当に神が存在している事。尤も、下界では全知全能の力を封印されており、ただの超越存在として暮らしているらしい。
だが、その神々は人間や亜人へ『
俺が知る世界では、悪魔は『
けれど神が直接人間を眷族化するという発想はなかったから、中々興味深い文化である。
さらに、この都市には数多くの冒険者が存在しているという。彼らは巨大な迷宮へ潜り、魔物を倒し、資源を得て生活している。
だが問題はその数だ。莫大な力と金を持つ冒険者達の中には、傍若無人に振る舞う者も少なくない。
犯罪、暴力、恐喝。果てにはファミリア同士の武力衝突まで発生する事があるらしい。
話を聞けば聞くほど、俺の中で形成されていたオラリオの印象は崩れていった。
世界の中心。その響きから勝手に理想的な都市を想像していたが、実態は全く違う。
力を持つ者達が集まり、欲望が渦巻く巨大都市。栄光と危険が表裏一体となった場所。さらに言えば、それをまとめる立場である神々ですら自由奔放らしい。
どうやら想像以上に問題の多い都市のようだった。
「……成程。ここは周囲が思っているほど安全な都市じゃないんですね」
「そういう事さ」
女性は腕を組みながら頷いた。
「まあ、だからといって俺がここへ留まっていい理由にはならないでしょう。それに、こんな時間まで得体の知れない男と話していたら、スタッフの皆さんにも迷惑ですし」
視線を向けると、女性達は疲労を隠しきれていなかった。
長時間の営業を終えた直後なのだろう。眠気を堪えている者もいるから、早く解放してやるべきだ。
それに、仮にゴロツキに絡まれたとしても何とかなる。これまで数え切れないほどの戦闘を経験してきたのだから、その辺の無法者程度なら問題にならない。
気掛かりなのは資金だけだ。もちろんこの世界の金は持っていないが、収納用異空間には宝石や貴金属がいくつも保管してある。換金さえ出来れば当面は困らないだろう。
「生憎だけどね、アンタが出て行く前に支払ってもらわなきゃならない物があるんだよ」
「……は?」
唐突な言葉に思わず間抜けな声が漏れた。
「えっと……まさか無断侵入の迷惑料とかですか?」
「違うよ」
女性は不敵な笑みを浮かべる。
「アンタがいた倉庫でね。アタシが大事にしてた酒が一本、見事に割れちまってたのさ」
「酒、ですか?」
その瞬間、俺の脳裏に記憶が蘇る。
確か倉庫へ飛ばされた直後、地面へ叩き付けられた衝撃で何かが割れる音がした。
その後、甘い果実酒のような香りも漂っていた気がする。恐らくその時だろう。
「今朝確認した時は何ともなかった。けどアンタが現れた後には割れてた。偶然にしちゃ出来過ぎてると思わないかい?」
「…………」
「つまりアンタの責任って事さ」
「……まあ、その可能性は高いですね」
心当たりがあり過ぎた。そこは素直に認めるしかない。
だが何故だろうか。認めた瞬間、嫌な予感がした。
そして案の定、中年女性は獲物を追い詰めた肉食獣のような笑みを浮かべる。
「因みにその酒代は――三千万ヴァリスだよ」
「…………は?」
三千万と聞いた瞬間に思考が停止した。
貨幣価値が分からない俺でも断言出来る。
絶対におかしい。どう考えても法外な金額だ。
俺の反応を気にも留めず、女性は楽しげに続けた。
「その様子だと、今すぐ払うのは無理みたいだねぇ」
「いやいやいや、待ってください」
「だから仕方ない」
満面の笑み。嫌な予感しかしない。
「借金が返せるまで、アンタにはアタシの店で働いてもらうよ」
「なっ……!?」
「今うちは人手不足でね。特に男手が足りなくて困ってたんだ」
「ちょっ、話が飛躍しすぎでは!?」
俺だけではない。周囲にいた女性スタッフ達までもが呆気に取られた表情を浮かべている。
「ミアお母さん……」
「また始まった……」
そんな小声まで聞こえてきた。
どうやら常習犯らしい。
俺は必死に反論を試みるも、中年女性は全く聞く耳を持たなかった。
「言っとくけどね。この店じゃアタシが『法』なんだよ」
どん、と胸を張る。
「アタシが白と言ったら黒だろうが白になる。だからアンタは今日からうちの従業員だ!」
「えぇ……」
余りにも横暴だけでなく、理不尽にも程がある。
念のため男である自分が働いて問題ないのかと訴えたが、それすら軽く言い包められてしまった。
気付けば周囲の女性達も、『まあミアお母さんならやりそう』とでも言いたげな顔になっている。
誰一人止めようとしない辺り、この店では本当に彼女が絶対権力者なのだろう。
こうして異世界へ飛ばされた初日。
本来なら宿探しに頭を悩ませている筈だった俺は、成り行きと理不尽の果てに、酒場『豊饒の女主人』の従業員として働く事が決定してしまうのであった。