別世界の元神がオラリオに来たのは間違ってるだろうか 再加筆版 作:さすらいの旅人
リューと手合わせをしてから、さらに一週間が経過した。
最初こそ右も左も分からず慌ただしく動き回っていたが、今では『豊穣の女主人』での雑用仕事にもすっかり慣れている。
朝の清掃から食材の運搬、皿洗いに接客の補助まで。気付けば身体が勝手に動くほどには、仕事の流れが頭に染み付いていた。
完全にルーチンワークと化したそれらを淡々とこなしていると、ミア母さんは「大したもんだ」と感心したように何度も頷いていた。
正直なところ、自分としては元の世界での経験を活かしているだけなのだが、それを説明する訳にもいかない。結果として、真面目で覚えの良い新人という評価になっているらしかった。
そんな俺の働きぶりを見てか、ある日ミア母さんが唐突に休みを言い渡してきた。最初は何か失敗でもしたかと思ったが、そうではない。
「たまには羽を伸ばしてこい。せっかくオラリオに来たんだ、街の一つでも見て来な」
との事だった。
更には散策用の小遣いまで握らされ、半ば強制的に店の外へ送り出される始末である。
ありがたい話ではあるのだが、その話を聞き付けたアーニャとクロエが途端に騒ぎ始めた。
因みに物凄く五月蠅かった。本当に物凄く。
その内容というのが――
「リューセーだけ休みなんてズルいにゃ! ミャーも欲しいニャ!」
「おミャー、ミア母ちゃんに気に入られてるからって少しばかり調子に乗り過ぎニャ! 先輩のミャー達を差し置いて休むなんて生意気ニャ!」
などという、妬みと私怨がこれでもかと詰め込まれた言い掛かりだった。
もちろん俺にどうこうできる話ではない。というか、決めたのはミア母さんだ。文句があるならそっちへ言え。
そんな視線を向けた瞬間、二人も自分で無茶を言っている自覚があったのか、露骨に目を逸らしていた。
そして案の定というべきか――
「うるさいよ馬鹿猫共」
次の瞬間、店内に鈍い音が響いた。
ミア母さんの豪拳が、それぞれの脳天へ綺麗に炸裂したのである。
アーニャとクロエは揃って涙目になりながら床へ沈み、そのまま首根っこを掴まれて店の奥へ強制連行されていった。
南無。俺は心の中だけで合掌する。
その一部始終を見ていたシル達は、羨ましそうな顔をこちらへ向けていた。
どうやら彼女達も休みが欲しかったらしい。気持ちは分かるが、俺にはどうしようもない。
そんな視線から逃げるように軽く手を振り、事前にミア母さんから貰った
さて、せっかく貰った休日だから有効活用しない手はないだろう。
俺は賑わう中央通りへ足を向けながら、世界最大の迷宮都市オラリオの散策を始める事にした。
(思っていた以上に広いな……)
オラリオを散策して今は昼時。
店から出て数時間以上経ったが、この都市の全てを把握するのは流石に無理だった。
都市と呼ばれてるから広いのは分かっていたが、自分が予想していた以上の広さである。
この都市の内部は、中央に建てられた超高層の塔『バベル』から八方位に伸びた放射状のメインストリートによって、八つの区画へ分けられている。
そして区画毎に雰囲気も違っていた。商人達が多い場所もあれば、職人達が集まる場所もある。
見ていて飽きない街ではあるが、一つの区画を見るだけでも一日では足りないだろう。
現在俺がいる区画だが、人通りも多く比較的治安が良さそうな所だ。
この都市は治安が悪いと聞いたが、恐らく別の区画では此処とは比べ物にならない程酷いのかもしれない。
(あっ、腹が……)
歩き回り続けた所為か、急に腹が減った。散策に夢中になっていて気付かなかったが、気付けば昼時である。
折角だし、貰ったお金で何か買って食べるか。と言っても、あんまり無駄遣いしたくないから、安くて手頃な食べ物を売ってそうな屋台に行ってみる事にした。
この世界で食べた料理はミア母さんの賄いだけで、屋台とかで食べるのは全く初めてだ。
あの人の料理は冒険者向けだからか若干濃いめだが、それでも結構美味しい。だから一般人向けの食べ物がどんな味なのか少し気になっていた。
どんな料理を食べようかと少し楽しみにしながら歩いていると、食べ物を売ってると思わしき屋台を発見した。
だが、何やら騒がしい。
「だからよぉ~! ここは俺達のいるファミリアの管轄なんだから、ちゃんと金払わないと営業許可が下りねぇんだよ!」
「な、なに言ってんだい! ここはアンタ達冒険者じゃなくて、ギルドが管轄してるところじゃないか!」
「そんなの知らねぇなぁ~。いいからさっさと払いやがれ! でなけりゃこの店潰すぞ!」
屋台へ近付いてみると、如何にもガラの悪そうな男達が店主と思われる中年女性に向かって脅迫同然の言い掛かりをつけていた。
反論している中年女性の言う通り、この辺りは確かギルドが管理している筈だ。少なくとも、あの連中が管理しているとは到底思えない。
普通なら男達の言い分に周囲が反論していてもおかしくない。だが、その様子は全く見受けられなかった。と言うより、誰も関わりたくないと言わんばかりに見て見ぬふりをしている。
ああ、そう言えば会話の中で『ファミリア』や『冒険者』と口にしていたな。それを考えると、あのガラの悪い男共は何処かのに所属する冒険者なのだろう。
主神から恩恵を授かっている以上、一般人より遥かに強い。だから周囲の住民達は逆らおうとしない訳だ。もし手を出せば、自分達が酷い目に遭うと分かっている為に。
まさかこんなにも早く、ミア母さんが言っていた連中を見るとは思わなかった。
『乱暴で狼藉を平然と働く無法者同然の冒険者』とは、正にアイツ等の事を指しているのだろう。
「全く……」
思わず溜息が漏れる。
あんな愚者共はさっさと退場させるべきだと思った俺は、手を出さずにいる一般人達の間を通り抜けて行った。
「早くしねぇと本当に店を――」
「すいません、ジャガ丸くんのソース味一つ下さい」
「――あぁ?」
ガラの悪い冒険者共を無視するように、俺は中年女性へ屋台の商品を注文した。
「え? あ、あの……」
「んだテメェは!?」
「勝手に割り込んでんじゃねぇ!」
急な事に呆然としている中年女性に対し、脅迫行為をしていた冒険者共が俺に向かって怒鳴り散らしてくる。
周囲で様子を見ていた一般人達も、まさか俺が割って入るとは思わなかったのだろう。誰もが驚いたような視線が一斉に集まっていた。
「生憎、俺は貴様等みたいな変態露出狂共に用はない。さっさと失せろ」
「こ、このっ……!」
「何わけの分かんねぇこと言ってやがる!」
当然ながら心当たりのない冒険者共は激怒する。
まぁ、それも今だけだろう。
侮辱された事で完全に頭へ血が上った冒険者共が俺に殴りかかろうとした、その瞬間――突如として奴等の服が破壊され、全裸となった。
「「うわぁぁぁぁぁぁ!!」」
『キャァァァァァァァァァァァァァ!!!』
一瞬遅れて周囲から悲鳴が響き渡る。
全裸となった事に気付いた冒険者共は、完全丸出しとなっている股間を咄嗟に両手で隠そうとするも時既に遅い。
特に女性達の視線は非常に冷たかった。
こうなったのは、俺が素早く連中へ触れた際に
イッセーが開発したオリジナル技だが、アイツの兄だからか見ただけで術式を理解した。非常に不本意だったが、な。
一生使う事は無いだろうと思って封印していたのだが、まさかこんな状況で使う事になるとは思いもしなかった。しかも男相手に。
本当なら冒険者共を俺の方で簡単にぶちのめす事も可能だ。だが、それだけでは恐らく反省しない。それなら変態のレッテルでも貼り付けた方が効果的だと思ったのである。
冒険者とはいえ、大の男が人通りの多い場所で全裸になっていると知れ渡ればどうなるか。住民達から悍ましい目で見られる事になり、同じの団員や主神からも恥晒し扱いされるだろう。力でねじ伏せるよりも、こう言った事の方が地味に堪える。世間の目というのは、それだけ周囲への影響が強いのだから。
「うわっ、やっぱり変態露出狂じゃん! 近付くな! アッチ行け!」
犯人である俺は、全裸になっている冒険者共へ汚物を見るような目を向けながら、しっしっと手で払った。
「ぐっ、クソっ!」
「なんか分かんねぇけど、覚えてやがれ!」
分が悪いと理解したらしい。冒険者共は股間を隠しながら捨て台詞を吐き、その場から逃げ出していった。逃げる姿は酷く滑稽だったが、自業自得なので同情はしない。
因みに連中が逃げた方向から女性達の悲鳴が上がっているのが聞こえたが、敢えて気にしない事にした。
どうせ今のアイツ等に残されているのは、変態露出狂として街中を駆け回る未来だけなのだから。
「いや~災難でしたね。あんな変態冒険者達に絡まれるなんて」
「え、えっと……」
中年女性へ話しかけるも、彼女は状況が全く理解出来ていないのか、未だに呆然としていた。
まぁ無理もないだろう。脅迫していた冒険者共が突然全裸になったのだから。
「取り敢えずジャガ丸くんのソース味が欲しいんですが」
「え? あ、しょ、少々お待ちを……!」
厄介な連中がいなくなった事をようやく認識したみたいで、中年女性は慌てて商品を用意し始める。
その後、お金を払って受け取った出来立てのジャガ丸くんをハフハフと頬張りながら、俺は屋台を後にした。
食べて分かった。ジャガ丸くんはコロッケに似ている食べ物であると。
味付けなんかは少し違うが、かなり近い。値段も手頃だし、人気商品なのも頷ける。店に戻ったら試しに作ってみようと思う。
そんな事を考えながら歩いていると――
「はぁ~~~~……自分って、本当ついてないっすね……」
何やら陰鬱そうな雰囲気を醸し出している冒険者らしき黒髪の男がトボトボと歩いていた。
さっきのガラの悪い冒険者共とは違い、気苦労が絶えなさそうな人間だ。
苦労人と言う言葉がよく似合う。見た目とは裏腹にかなりの実力者でもある。
前に手合わせしたリューに近いオーラを感じた。少なくとも、そこら辺の冒険者とは比較にならない程強いだろう。
だが、本人はそう思っていないようだ。余り自信が無さそうにしている所為か、本来ならもっと大きく見える筈のオーラが何処か脆弱そうに見えてしまう。
恐らく自分自身の実力を正しく理解出来ていないタイプなのだろう。
(勿体ないな)
ああ言う奴は改めて鍛え直したら必ず大化けする。
いや、既に十分強い部類に入るのだろうが、それでもまだ伸び代を感じた。
出来れば俺が鍛えてやりたい位だ。尤も、何の接点も無い為そんな機会は訪れないだろうが。
話す機会があれば手を差し伸べてやりたいなぁと思いながら、俺と冒険者はすれ違っていく。
(ったく、いつまで視てるんだか……)
如何でも良いんだが、約一時間前から俺に無遠慮な視線を向けてくる奴がいた。
最初は気のせいかと思って敢えて無視を続けていたのだが、向こうは全く飽きた様子を見せない。
それどころか、むしろ興味が増しているような気さえした。抗議したいところだが、生憎ソイツは俺の近くにいない。
遥か遠くから覗き見しているのだ。歩きながらも視線の原因を探った結果、非常に高い所から見下ろしていると判明している。俺の後ろにある超高層の塔――バベルの最上階辺りからだ。
聞いた話によると、あの塔にはオラリオでも有数の神々が住み着いているらしい。視線を向けているのは即ち、見知らぬ神と言う事になる。
この世界の神々は基本的に自由奔放な性格をしている為、下手に関わると碌な目に遭わないそうだ。
しかも経験上、そう言う連中程面倒事を持ち込んで来る。
(本当に面倒な事にならなきゃ良いんだが、な……)
そんな事を考えながらも、視線が鬱陶しくなってきた為、俺は少しばかり警告をする事にした。
歩いていた足を止める。そして後ろを振り向き、バベルの最上階辺りへ視線を向けた。
無論、普通の人間なら何も見えない距離だ。だが、向こうは間違いなく此方を視ている。俺は『いい加減にしろ』と口パクをしながら睨み返した。
因みに俺の行動を見た周囲の人間達は、「何をやっているんだコイツ?」と言わんばかりの視線を向けていたが、敢えて気にしない事にしている。今はそれどころではないので。
☆
「何かさっきの人、自分を見てたような……気のせいっすかね?」
隆誠とすれ違った黒髪の男――ラウル・ノールドは、不思議そうに後ろを振り返った。
確かに一瞬だけ視線を感じた気がした。だが、人通りの多い場所だ。偶然目が合っただけかもしれない。
何より、自分みたいな平凡な冒険者にわざわざ注目する物好きがいるとも思えなかった。
「まぁ、いいっすか……」
元々考え込む性格なのだ。
また余計な事を気にしているだけだろうと結論付けたラウルは、小さく溜息を吐きながら再び歩き始めた。
それとは別に――
「私の視線に気付いていたなんて……」
バベルの最上階。
そこから隆誠を見下ろしていた女神――フレイヤは、僅かに目を細める。
先程まで隆誠が向けていた視線は、間違いなく自分を捉えていた。
普通なら有り得ない事だ。この距離で神の視線に気付く人間など、そうそう存在しない。だからこそ興味深い。
「ふふっ……」
思わず笑みが零れる。
散策している隆誠の観察を続けていたが、見れば見るほど面白い。
不可解な力。規格外の感知能力。そして、自分自身はそれを大して気にしていない様子。まるで常識そのものが違うかのようだった。
「なら今度は直接会ってみようかしら?」
好奇心に満ちた声音でそう呟く。
既に彼女の興味は、一人の青年へ完全に向けられていた。