別世界の元神がオラリオに来たのは間違ってるだろうか 再加筆版 作:さすらいの旅人
数日前にやったオラリオの散策は次の休日にしようと思いながら、今日も一日頑張ろうとへ向かう。
いつものように店の扉を開けると――
「リューセー、今日からアンタも調理担当に加わってもらうよ」
「え? 俺が?」
店に入るなり、すでにいたミア母さんから突然そんな言葉が飛んできた。
あまりにも唐突な話に戸惑いながら理由を尋ねると、どうやら俺が頑張り過ぎるのが問題らしい。
なんでも俺が雑用を率先して片付けてしまうせいで、他のスタッフ達――特にウェイトレスのアーニャ達が楽をしているのだとか。
言われてみれば、確かに思い当たる節はある。野菜の皮剥きはほとんど俺一人で済ませていたし、材料の買い出しでは通常の倍以上の荷物を運んでいた。
理由は簡単だ。ウェイトレスのアーニャ達から――
『男なんだからミャー達より頑張れニャ!』
という、先輩方のありがた過ぎるお言葉を毎日のように頂戴していたからである。
「えっと……母さんの命令に逆らう訳じゃないけど、アーニャ達は知ってるのかい?」
今まではミア母さんには敬語で接していたが、向こうから「家族みたいなもんなんだから普通に喋りな」と言われた。
そのため今では、元の世界にいる母さんと話す時と同じような口調で接している。
「知らないよ。この後教えるつもりだ」
「そ、それはまた……」
実にあっさりと言い切ったミア母さんに、俺は苦笑する。
その話を聞いた瞬間、ウェイトレス達が慌てふためく光景が容易に想像できた。
何しろ今までは俺が雑用の大半を引き受けていたおかげで、彼女達の負担はかなり軽減されていたのだ。
それが俺が調理担当になった途端、今まで俺がやっていた仕事を再び自分達でやらなければならない。
知った瞬間、絶叫するかもしれない。特にアーニャとクロエあたりが。
「しっかしまぁ、母さんも随分と思い切った事をするね。俺に調理をやらせようとするなんて」
「アタシが何も知らないと思ってるのかい? この前、勝手に余った食材で夜食を作っていただろう」
「えっ……」
思わず声が裏返った。
ミア母さんは余った食材と言ったが、正確には廃棄予定だった食材だ。
それを見て勿体ないと思った俺は、営業終了後にこっそり調理し、自分の胃袋に収めようと企んだのである。
ちなみに作ったのはチンジャオロース風の肉野菜炒めだった。我ながら中々の出来栄えだったと思う。
でも、おかしいな。あの時は誰にも見られないよう注意したし、調理場の後片付けだって完璧だったはずだ。
知っているとすれば、たまたま俺が料理しているところを目撃したアーニャくらいしかいない。彼女には口止め料代わりに料理を少し分けてやったのだが――いや、待て。どう考えても犯人はアイツじゃないか!
「……確認したいんだけど、それの情報源は?」
ここで誤魔化したところで無意味だと悟り、素直に聞く事にした。
「アーニャだよ。サボってる最中にペラペラ喋ってるのを小耳に挟んでねぇ」
「あ、そう……」
やっぱりか。あの軽そうなアホ猫に口止めなど期待した俺が馬鹿だった。
本人は胸を張って――
『絶対秘密にするニャ!』
などと言っていたが、その秘密はわずか二日で店中に漏れていたらしい。
となると、俺が調理担当になった原因はアーニャという事になる。後で文句の一つくらい言ってやろう。
もっとも、調理担当になる事自体に不満はなかった。むしろ少しばかり興味があったくらいだ。
これまでミア母さんや他の料理人達の仕事ぶりを見てきて、自分でも料理を作り、それを客に食べてもらいたいと思う事が何度かあった。だから今回の話は、決して嫌な話ではない。
「でも俺、ここの料理のレシピはまだ詳しく知らないし、まともに練習した事も無いんだけど……」
「安心しな。調理と言っても、いきなりぶっつけ本番でやれなんて言わないよ。まずはテストとして補助をやってもらう」
「補助、ねぇ……」
何故だろう。
ミア母さんの言葉を、どうにも素直に受け取る事ができない。
補助として働いている最中に『そこの鍋見ときな!』とか、『忙しいから代わりに作りな!』とか言われて、そのまま料理を任されそうな気がする。
いや、流石にそれは考え過ぎか。
いくら何でも、客に出す料理を見習い同然の俺に作れなんて言うはずがない。
……たぶん。
そう自分に言い聞かせながらも、なぜか胸の奥には嫌な予感が残り続けていた。
☆
営業開始前。
急遽朝のミーティングを行う事になり、スタッフ達が店内に集められた。
何事かと首を傾げる娘達を前に、ミアは腕を組みながら開口一番に告げる。
「リューセーを今日から調理担当に回すよ」
一瞬、店内が静まり返った。
しかし次の瞬間。
「えぇっ!?」
「りゅ、リューセーがですか!?」
「はぁ!? いきなり何で!?」
料理人組もウェイトレス組も一斉に騒ぎ始めた。
それも当然だろう。昨日まで雑用を担当していた人間が、いきなり調理場へ回されるのだ。
特に料理人のメイ達は困惑を隠せない。調理場は誰でも立てる場所ではない。
客に料理を出す以上、最低限の技術と知識が必要になるからだ。
そして、その混乱に追い打ちをかけるようにミアは続けた。
「それと今までリューセーがやっていた雑用は、今日からウェイトレス組で分担してもらうからね」
その途端だった。
「ニャアアアアアッ!?」
「待つニャ!? それは聞いてないニャ!」
「何でミャー達が今さら皮剥きや荷運びをやらないといけないニャ!?」
真っ先に悲鳴を上げたのは案の定アーニャだった。クロエや他のウェイトレス達も顔を引き攣らせている。
これまでリューセーが率先して雑用を引き受けてくれていたおかげで、自分達の負担はかなり軽くなっていた。
それが今日から全て元通りになるのだ。文句の一つや二つ言いたくなるのも無理はない。
しかし――
「うるさいよ」
ドスンッ!
ミアが拳を作業台へ叩き付けた瞬間、店内の空気が凍り付いた。
「決定事項だ。文句があるならアタシを納得させてみな」
誰も何も言えなくなった。アーニャもクロエもメイ達も、一斉に視線を逸らして黙り込む。
ミアの機嫌を損ねた時の恐ろしさを、この店の従業員達は嫌というほど理解しているからだ。
「返事は?」
「「「は、はい……」」」
こうして隆誠の調理担当入りは正式に決定したのである。
「メイ、これで良いかい?」
「は、はいニャ!」
「母さん、肉と野菜の下処理終わったよ」
「あいよ。そこに置いといてくれ」
調理服に袖を通した隆誠は、ミアやメイ達の補助を次々とこなしていた。
野菜を洗う。皮を剥く。食材ごとに仕分ける。肉の筋を切る。使い終わった器具を洗う。必要になりそうな材料を先回りして準備する。
一つ一つは単純な仕事だ。だが、その全てが異様に速く、正確だった。まるで調理場全体の流れを読んでいるかのように。
お陰でミア達は本来なら下準備に取られる時間を大幅に削減できている。次に必要な物が既に用意されているため、調理のテンポがまるで違った。
(まさかここまで出来るなんてねぇ……)
ミアは内心で感心していた。
正直、ここまでとは思っていなかった。最初は事情ありの小僧だから保護も兼ねて店で働かせていただけだ。
三年前に保護したリュー達のように、慣れない仕事で失敗を繰り返しながら覚えていくものだと思っていた。
しかし蓋を開けてみれば真逆だった。
野菜の皮剥きは驚くほど丁寧。皿洗いも誰より速く、しかも汚れが残らない。荷運びに至っては男の体力を活かして何往復分もの仕事を一人で片付けてしまう。
雑用を任せ始めて二週間以上。その間、隆誠は一度も大きなミスをしていない。それどころか、ミアが怒鳴った事すら無かった。
考えてみれば異常な話だ。過去に雇った娘達など、最初の頃は散々だった。
材料を駄目にしたり、皿を割ったり、注文を間違えたり、怒鳴られて泣いたり、また失敗する。そういう日常茶飯事だった。
特にリューなど、今でこそ完璧超人のような顔をしているが、最初は相当不器用だった。その頃を思い出せば、今の隆誠は異常なほど優秀と言える。
(全く……教え甲斐が無いにも程があるよ)
思わず苦笑した。仕事を教える側としては楽なのだが、何だか拍子抜けする。
息子が優秀過ぎるというのも複雑なものだ。
そんな折、サボっていたアーニャが思わぬ情報を漏らした。
『リューセーが美味しい夜食を作ってくれたニャ!』
その一言を耳にした瞬間、ミアは確信した。
あれだけ手際が良いのだ。料理の経験があっても不思議ではないと。
だからこそ今日、試してみる事にしたのだ。
まずは補助として調理場に入れれば力量が分かると、そう考えていた。
そして営業開始から二時間後、結果は予想を遥かに上回っていた。
補助として優秀なのはもちろんだが、食材の扱い方や包丁の持ち方にも無駄が少ない。
完全な素人とは到底思えない。ミアは思わず感心すると同時に呆れていた。
(本当に教え甲斐の無い馬鹿息子だよ)
そう思いながらも口元が僅かに緩む。
予想外ではあったが、これほどの働き手を前にして手放す理由など存在しない。
『豊饒の女主人』は連日満員だ。人手はいくらあっても足りない。
ましてや、ここまで有能な人材など滅多に現れない。
ミアは鍋をかき混ぜながら心の中で決めた。
この馬鹿息子には、これからもたっぷり働いてもらおう、と。
もちろん、本人が逃げ出さない程度には。
☆
朝の営業が終了して、一時的に店を閉めた。
夜の営業に備えて仕込みや清掃を行う時間帯だが、その前に俺達には重要な仕事が残っている。
昼食だ。腹が減っては仕事は出来ない。
いつもならミア母さんが賄いを担当しているが、今日は違う。
今日の賄い担当は俺だった。理由はもちろん、調理担当としての適性を見る為である。
『アタシや娘達を満足させる料理を作ってみな』
朝方、ミア母さんからそう言い渡されたのだ。中々に難易度の高い注文である。
これが
だが相手は女性陣だ。ボリュームばかり重視しても意味がない。
満腹感と食べやすさ。そして女性受け。
色々考えた結果、俺は昼食のメニューを決めた。
全員の前に料理を並べ終えた俺は軽く咳払いする。
「本日の昼ご飯は、ミア母さんに代わりまして俺が担当しました」
そう言いながら料理を示す。
「コロッケサンドと野菜スープをご用意しました」
テーブルの上には、こんがり焼き色の付いたパンにコロッケを挟んだサンドイッチ。そして野菜をたっぷり使ったコンソメ風のスープ。比較的シンプルな構成だ。
休日にオラリオを散策していた時、偶然食べたジャガ丸くんを思い出したのがキッカケだった。
ただ、そのままでは賄いとして少し味気ない。そこでコロッケとして再構成し、サンドイッチ形式にしてみたのである。
「コ、コロッケ……? これの中身ってジャガ丸くんじゃないかニャ?」
「ジャガ丸くんをパンに挟むなんて変わってるニャ」
真っ先に反応したのは猫娘コンビだった。
アーニャとクロエは興味と警戒が半々といった様子でサンドイッチを見つめている。
シルやルノア達も戸惑っていた。見慣れない料理なのだから当然だろう。
そんな中、ミア母さんだけは黙ったまま料理を眺めている。試験官らしく、まずは観察しているらしい。
「取り敢えず食べてみてくれよ」
俺に促され、娘達は恐る恐るサンドイッチを手に取る。
そしてカプッと一口。さらにもう一口。
次第に全員の表情が変わっていった。
「……あ、美味しいです」
最初に声を上げたのはシルだった。
「パンと凄く合っていますね」
隣で食べていたリューも静かに頷く。
外はサクサク。中はホクホク。じゃがいもの甘味と挽肉の旨味。それをパンが丁度良くまとめ上げている。
シルとリューの反応が引き金になったのか、他のスタッフ達も夢中になって食べ始めた。
「わっ、美味しい!」
「本当だニャ!」
「食べやすいニャ!」
次々と声が上がる。
そして予想以上に好評だったのがスープだ。
「野菜スープも凄く飲みやすいよ!」
ルノアが目を輝かせた。
「コロッケサンドで少し重くなった口の中をサッパリしてくれるね」
そう言うと彼女はスープを飲み、再びサンドイッチへとかぶりつく。完全に無限ループ状態である。
「な、なんニャこれ!」
クロエも夢中になっていた。
「食べる手が止まらないニャ!」
「ミャーもニャ!」
その隣ではアーニャが既に食べ終わっていた。
「リューセー!」
「何だよ」
「お代わりは無いかニャ!?」
「早くない?」
思わずツッコミが出た。
まだ他の皆は一人前を食べている途中なのだ。
「あるにはあるけど」
俺は苦笑しながら答える。
「その代わり、後で出すデザート食べられなくなるぞ?」
「ニャ!?」
アーニャの耳がピンと立った。
「デザートもあるニャ!?」
途端に瞳が輝き始める。分かりやすい奴だ。
「リューセー」
そこでミア母さんが口を開いた。
「アタシはデザートまで作れなんて言った覚えは無いよ」
呆れ半分の声だった。
「まぁまぁ。勝手に作ったのは謝るよ」
俺は笑いながら答える。
「せっかくだし最後まで楽しんで欲しくてさ」
そう言うと俺は厨房からデザートを運んできた。
皿の上に並ぶ薄黄色のケーキ。
今日の締めに用意したのはベイクドチーズケーキだった。
本当はバスクチーズケーキも候補だったが、流石に初日からそこまで手を掛ける余裕はない。
その為、比較的作りやすいベイクドチーズケーキを選んだのである。
「おおぉぉ……」
「綺麗ニャ……」
「これ全部食べ物ですか?」
甘い香りに女性陣の視線が一斉に集まる。
特にアーニャなど完全に目を輝かせていた。どうやら
「どうするアーニャ?」
俺はニヤリと笑う。
「お代わりのコロッケサンドを食べるなら、デザート抜きになるぞ」
「デザート優先ニャ!」
「即答かよ」
食い気に正直過ぎる。俺は苦笑しながらケーキを切り分けて配っていく。
そして全員が一斉に口へ運んだその瞬間――
「~~~っ!」
ミア母さんを除く女性陣の表情が一気に蕩けた。
「お、美味しい……」
「凄く濃厚です……」
「でも甘過ぎないニャ……!」
「これいくらでも食べられるニャ……!」
幸せそうな声が次々と漏れる。
その中でもシルの反応は一際大きかった。
「くっ……!」
何故か拳を握り締める。
「男性のリューセーさんがここまで料理上手だなんて……!」
そして真剣な顔でこちらを見た。
「これは私も負けられません……!」
「え?」
何か急にライバル認定された気がする。別に戦うつもりは無いんだけど。
そんな俺の困惑など気にもせず、シルは一人で静かに闘志を燃やしていた。
その後、昼食会は大成功のまま終了した。
娘達の満足そうな様子を見届けたミア母さんも、
「まぁ合格だね」
と一言だけ評価してくれた。
豪快な性格の割には随分短い褒め言葉だったが、それでも十分嬉しかった。
こうして料理人見習いとしての最初の試験を無事に終えた俺は、数日後にミア母さんやメイ達と同じく、本格的な調理担当として厨房に立つ事になるのであった。
☆
昼食を終えた後。
娘達は揃って満腹状態となり、各々が幸せそうな表情を浮かべていた。
特にアーニャなどは椅子にもたれ掛かりながら、
「幸せニャ~……」
などと腑抜けた声を漏らしている。デザートまで綺麗に平らげたのだから無理もない。
そんな和やかな空気が流れる中、一人だけ真剣な表情を浮かべている者がいた。
シルだ。彼女は握り拳を作りながら立ち上がる。
「決めました!」
突然の宣言に周囲の視線が集まる。
「今度は私がミアお母さんにお願いして、皆に賄いを作ります!」
その発言によって、一瞬で空気が凍り付いた。
「シル、止めるんだニャ!」
真っ先に立ち上がったのはアーニャだった。
「ミャー達を殺す気かニャ!?」
「そ、そうニャ!」
クロエも顔色を変える。
「おミャーはウェイトレスなんだから料理する必要ないニャ!」
「そうだよ! 人には向き不向きがあるんだから!」
ルノアまでもが慌てて援護射撃に加わった。
その様子はまるで仲間の無謀な特攻を全力で止めようとしている兵士そのものだ。
「な、何なの皆!」
シルは納得できないと言わんばかりに抗議する。
「私だって料理くらい作れます!」
「その発言が一番危険ニャ!」
アーニャが即座にツッコミを入れた。
「前にスープ作った時も大変だったニャ!」
「厨房が惨劇になったニャ!」
「母さんが本気で怒ってたよね……」
クロエとルノアも青い顔で頷く。どうやら過去に何かあったらしい。
そして極め付けに――
「シ、シル……」
普段であれば擁護する事が多いリューまで口を開く。
「私は貴女のやる事に口出しするつもりはありませんが……」
珍しく言葉を選ぶように間を置き、
「無理をしてやる必要は無いかと」
とても遠回しな表現で止めに入った。
だが、リューを知る者なら分かる。これはほぼ全力の制止だった。
「リューまで!?」
シルは大きなショックを受けたようだった。
一方その頃。
「アイツ等、何だか必死だな」
当事者であるシルから少し離れた場所で、隆誠は夜営業の仕込みを進めていた。
野菜を切り分けながら騒ぎの方を見る。
「シルの料理ってそんなに不味いのか?」
純粋な疑問だった。
彼はまだシルの料理を食べた事がない。だから周囲が命懸けで止めている理由も分からないのだ。
「料理が苦手な人なんて珍しくもないと思うんだけどな……」
そう呟いた瞬間――
「リューセー! 絶対シルに料理を教えようなんて考えないでよ!」
何故かルノアが血相を変えて飛んできた。
「え?」
「絶対だからね!?」
「あ、ああ、分かった……」
あまりの迫力に思わず頷いてしまう。
その後ろではアーニャとクロエも必死な表情で何度も首を縦に振っていた。
ますます意味が分からないと隆誠は首を傾げるばかりだったが、何故か背筋に妙な寒気だけは感じていた。
そしてその嫌な予感は、そう遠くない未来に現実となるのであった。