別世界の元神がオラリオに来たのは間違ってるだろうか 再加筆版 作:さすらいの旅人
ミア母さんより調理担当を命じられてから一週間以上が経ち、『豊饒の女主人』の厨房は少しばかり雰囲気が変わっていた。
雑用作業を中心にやっていた
ミア母さんの命令とはいえ、彼女達にも料理人としてのプライドがある。ぽっと出の新人がいきなり同じ調理場に立つのだから、簡単に受け入れられないのは当然だった。
実際、最初の数日はかなり警戒されていた包丁を握れば横からじっと見られ、盛り付けをすれば細かい部分まで確認される。失敗したら即座に追い出してやると言わんばかりの視線は、中々に居心地が悪かった。
もっとも、それも数日と経たずに解消してしまう。
理由は単純。客が集中する夜の時間帯、俺が想定以上に役立っていたからだ。
人気店として名高い『豊饒の女主人』は、夜になった瞬間から戦場へと変わる。
次々に飛び交う注文。鳴り止まない呼び声。皿を運ぶ音。焼き上がる肉の香り。そして絶え間なく並ぶ客達。
料理人達は注文票と睨めっこしながら料理を作り続け、少しでも手が止まれば即座に遅れが発生する。
体力だけではなく精神力までも削られる地獄のような時間帯だと、メイ達はよく愚痴を零していた。
そんな状況の中で俺が調理担当として加わった事により、彼女達の負担は大きく軽減されたらしい。
特にメイからは真っ先に感謝された。簡単な料理とはいえ、注文を受けてから完成までの速度が異常だったらしく、最初は怪訝そうな顔をしていた彼女も、今では普通に仕事を回してくるようになっている。
まあ、料理を作るだけなら前世から散々やってきた事だ。この程度で苦労するつもりはない。
ミア母さんも概ね満足してくれている。だが、珍しく怒られてしまった事があった。俺の料理は少しばかり味が薄い、と。
苦言を呈されたのはその一点のみだった。俺としてはそこまで薄味にしているつもりは無かったのだが、『豊饒の女主人』の料理は基本的に味が濃いめだ。
酒を飲む男性客も多い為、比較すると俺の料理は物足りなく感じられたらしい。
もっとも、不評だった訳ではない。むしろ女性客からは好評だった。
特に朝の時間帯に訪れる女性客達からは、「丁度良い味付け」と高評価を受けていたそうだ。その為、ミア母さんも完全に怒る事が出来なかったらしい。
複雑そうな表情を浮かべながら――
「悪くないが、店の味と少し違う」
と苦言を呈する程度で終わった。
それを聞いた俺は反省し、時間帯によって味を変える事にした。
朝は今まで通り。夜は少し濃い目。
そう区分けすると提案したところ、ミア母さんは腕を組んでしばらく考えた後――
「それなら構わないよ」
と許可を出してくれた。
加えて、「なるべく女性客に出すんだよ」とも言われた。
どうやら味付け自体はかなり気に入られているらしい。
因みに、そのやり取りを見ていたスタッフ達は揃って仰天していた。
普段のミア母さんは他人の意見など滅多に聞かない。何か提案しても「却下だ!」の一言で終わる事が殆どらしい。
それが今回に限ってあっさり許可されたのだから、驚くのも無理はなかった。
そこへアーニャが――
『母ちゃん! 新入りのリューセーばかり贔屓し過ぎニャ! 古兵のミャー達の意見も聞いて欲しいニャ!』
と、代表するような勢いで猛抗議した。
だが、その数秒後にはミア母さんの怒号によって却下されていた。完全敗北である。
ちなみにアーニャが言っていた『古兵』という言葉は誤りだ。正しくは『古参』である。
そこを指摘したところ、
『ちょ、ちょっと間違えただけニャ!』
と耳をピコピコ動かしながら顔を真っ赤にし、近くにいたシル達がクスクスと笑っていた。
……そう言えば、シルで思い出した。確かこの世界にはフレイヤという女神が存在していたはずだ。
当然、俺が知る神話のフレイヤとは別人だろう。だが、それでも少し興味がある。
機会があれば一度くらい会ってみたいものだ。もっとも、それは難しい話だった。
聞くところによれば、彼女が率いる【フレイヤ・ファミリア】はオラリオ最強。都市中の誰もが知る超有名ならしい。
そんな主神が、人気店の従業員に過ぎない俺と会ってくれるはずもない。仮に
女神が無理だとしても、以前すれ違った苦労人気質な黒髪の冒険者にはもう一度会いたい。
あれほどの原石は滅多にいない。磨けば確実に化ける。いや、下手をすれば都市そのものを揺るがすほどの存在になるかもしれない。
そんな予感があった。根拠らしい根拠は無い。ただの勘だ。
俺自身の勘か、それとも
☆
「配達? この店って、そんな業務あったの?」
「………まぁ、極稀にやってるよ」
昼食を終え、夜の営業に備えて準備をしている最中、突如ミア母さんから呼び出された。
今夜もいつも通り調理担当をする筈だったが、俺は出勤しなくて良いそうだ。その代わり、とあるに注文された料理を配達して欲しいと。
配達をしてるなんて初めて知ったから思わず尋ねるも、ミア母さんにしては随分歯切れの悪い返事だった。いつもは自信満々に答えるのに、らしくない表情だ。
なんだかまるで、面倒な事に巻き込まれそうな気がする。
「とある【ファミリア】の女神から注文があってね。あたしの作った料理を
「その運び役が俺、なのか」
確認するように言う俺の台詞に、ミア母さんが頷く。
変だな。この人は相手が有名な冒険者や神であっても、『あたしの料理が食いたけりゃ、あたしの店に来な!』と思いっきり突っぱねる筈だ。
なのに、今回は向こうからの要望に応えようと配達業務を命じている。
いつものミア母さんじゃない。そう思うほど、今の俺は疑問を抱いていた。
けど、やれと命じられた以上やるしかない。今の俺は店の従業員で、女将であるミア母さんに従わなければならない立場だからだ。
「しかし何で俺がやるんだ? 相手が女神なら男の俺じゃなく、シル達の誰かに任せればいいと思うんだが」
「……向こうがお前さんをご指名なんだよ」
女神が指名って……俺はこの世界に来て、未だに女神の一柱とも話した事は無いんだが。
当然、面識なんて存在しない。買い出しや休日に出掛けていた時も、
なのに何故指名なんだ? さっぱり理由が分からない。
「まぁ良いや。で、その女神は何方で、場所は何処なんだ?」
俺が依頼人と場所を尋ねると、ミア母さんは何だか申し訳なさそうにこう答えた。
「女神の名はフレイヤで、場所はその女神がいる
「………は?」
一瞬、自分の耳を疑った。
今、何て言った? フレイヤ? あの【フレイヤ・ファミリア】の女神が?
ついこの前、機会があれば会ってみたいと思ったばかりなんだが。しかも、その本人からのご指名?
余りにも予想外な人物と場所に、思わず目が点になってしまうのであった。
それと如何でも良い事だが、俺が夜の営業時間に出勤しないと聞いた料理人のメイ達から、
『今日も凄く忙しいから必ず戻って来て~!』
『途中で帰って来てくれても良いから~!』
などと凄く真剣な表情で懇願されてしまった。俺はそれだけ頼られてるって事で良いのかな?
いや、単純に人手不足なだけかもしれないが。
☆
「えっと、此処で良いんだよな……?」
時間は夕方頃。あと少しで『豊饒の女主人』の営業時間となり、物凄く忙しくなる頃合いだ。
そんな中、俺は目的の場所に辿り着いた。【フレイヤ・ファミリア】の
此処に訪れるのは当然初めてである為、ミア母さんが書いた簡易的な地図を参考にさせてもらった。片手には地図を、もう片方の手には料理が包まれている風呂敷を持ちながら。
流石は有名なと言うべきか、とても荘厳な建物だった。気のせいか、何やら中から戦闘らしき音まで聞こえてくる。
剣と剣がぶつかり合う音。人の怒鳴り声。そして何かが激しく破壊されるような音。
フレイヤの眷族達が特訓でもしているんだろうか。だとしても、俺には関係の無い事だが。
にしてもまぁ……随分と剣呑な雰囲気な事で。
何だか
そして、それは目の前にいる彼女の眷族らしき門番達からも同じように感じられた。
「貴様、いつまでそこに突っ立っている」
「ここはの
先程から視界に入って、未だに佇んでいる俺を見て煩わしくなったのか警告してきた。
しかも睨みながらだ。いや、客人に対する態度じゃないだろ。
「えっと、そちらの主神である女神フレイヤから――」
「様をつけろ、無礼者が」
「殺されたいのか?」
言っている最中に、門番共が突如俺へ殺気と武器を向けて言い放った。
……落ち着け。落ち着くんだ。
こんな無礼千万な雑魚共を伸すのは造作も無い事だが、ここで荒立てるような事をすればミア母さんに大迷惑を掛けてしまう。何とか穏便に済ませないと。
「――ゴホン。これは大変失礼しました。自分は女神フレイヤ様より、配達のご依頼を受けまして……」
「配達だと? そんな話は聞いてないぞ」
謝罪しながら理由を述べるも、向こうは知らないと言い返してきた。
どうやらフレイヤは門番に通達していないようだ。せめて配達人が来る事くらい言っておいて欲しい。
「えっとですね、これを読んで頂ければ……」
こうなる事をミア母さんは予想していたみたいで、地図や料理以外の物も渡していた。門番へ見せる為の書状を。
コレを見せれば大丈夫だと言っていたから、俺は懐にあった書状を手渡す。
受け取った門番の一人が内容を確認した後、俺へ向かってこう言った。
「あの店の関係者だろうが、貴様みたいな得体の知れない奴に
「いや、だから俺はフレイヤ様から配達依頼を受けて――」
「これ以上貴様の戯言に付き合う気は無い。さっさと失せろ、下郎が」
何なの、コイツ等。俺はミア母さん経由でフレイヤから配達しろと言われて来たのに、それを追い出そうとするって……。
バカじゃないのか? いや、本気で。
「……あのさぁ。此処で俺を帰したら、門番のアンタ等がフレイヤ様の怒りを買う事になるんだよ。それ分かって言ってる?」
「貴様……!」
「殺されたいのか……!?」
人が親切に忠告してやっているのに、門番共は更に殺気をぶつける始末だ。
フレイヤの眷族達に話の通じる相手はいないんだろうか。だとしたら、アイツの品性を疑ってしまうんだが。
「止めておけ。俺に武器を振り下ろした瞬間、アンタ等は後で後悔する事になるよ」
ミア母さんを怒らせる事に加え、フレイヤの怒りまで買ってしまう。
そういう意味合いで俺は警告した。だが残念な事に、門番共からしたら俺の警告は自分達を侮辱した発言と受け取ったようだ。
今にも襲い掛かろうとしている。こんな雑魚共が襲い掛かって来たところで、本気を出せば一秒未満でKOする事は勿論出来る。
だがそんな事をしてしまえば、俺はから敵と認識されてしまうだろう。だから此処は一旦撤退して店へ戻り、ミア母さんに事情を説明するしかない。不本意であるが、な。
そう思いながら超スピードを使って出直そうと――
「待て」
――する寸前、第三者の声がした。
その声に反応した門番共が振り向いた途端、驚愕の表情となる。
「オ、オッタル様!」
「何故此処に!?」
門番共の言葉を聞き、俺は思わず耳を疑った。
(おいおい、オッタルもいるのかよ。まぁ、この世界に別神のフレイヤがいるから当然か)
嘗て奴と戦った事がある。ロキの操り人形となり、物凄く理不尽な逆恨みで襲い掛かって来た為に。
言っておくが、俺の世界にいる悪神ロキの事を指している。目の前にいるオッタルだが、やはり俺の知ってるオッタルとは全くの別人だった。
この世界では完全な
共通している部分は、非常に筋肉質な肉体だ。立っているだけで相当鍛え上げられているのが分かる。アレは最早、筋肉という名の鎧と言っても過言ではないだろう。
「その者はフレイヤ様から此処へ来るよう命じられている。通せ」
「か、かしこまりました!」
相手が団長だからか、門番共はすぐに門を開ける準備へ移った。
部外者相手には容赦なく突っぱねて、身内が来て本当だと聞いた途端に信じるのかよ。面倒な奴等だな。
「お前の事はフレイヤ様より話は聞いている。案内するから付いてこい」
「そうですか。それは非常に助かります」
門番が仕出かした件について詫びは無いのかよ、と内心思いながら感謝の言葉を述べる俺。
「先に警告しておく。フレイヤ様の客人とは言え、妙な真似をすれば命は無いと思え」
「分かってますよ」
何かもう、入る前から疲れてきた。
無礼千万な門番共と言い、警告してくるオッタルと言い、【フレイヤ・ファミリア】の連中ってこんな面倒な奴等しかいないのかよ。
いくらフレイヤへ忠誠を誓っている眷族だからって、まともな会話くらい出来ないのか?
せめて客人に対する最低限のマナーぐらいは持っていて欲しい。
別神とはいえ、フレイヤに苦言を呈したい。だがその瞬間面倒な事になるのは確実だから、敢えて聞き流すしかないか。
ミア母さんが嫌そうな顔をしていたのは、恐らくコレが理由なのかもしれない。
此処の眷族達が非常に面倒臭い性格をしている上に、対応するのにも一苦労するのだと。