別世界の元神がオラリオに来たのは間違ってるだろうか 再加筆版 作:さすらいの旅人
「外から聞こえていましたが、随分と物騒なことをしていますね」
「……………」
道案内をされている途中、とある光景を目にした。
それは同じ眷族同士でありながら、まるで命のやり取りをしているかのような苛烈な戦いだった。
オッタルは聞こえていないのか、それとも意図的に無視しているのか分からないが、さっきから俺が何度声を掛けても反応を示さず、ひたすら無言で先を進んでいる。
部外者である俺に余計な情報を与えたくないのだろう。かと言って、せめて世間話くらいは付き合って欲しいものだ。
「あの、なぜフレイヤ様は俺みたいな一般人を指名して、配達依頼を出したんですか?」
「知らん」
フレイヤに関する質問に対し、オッタルはたった一言だけ答えた。
いや、知らんって。【フレイヤ・ファミリア】の団長なのに何も聞かされていないのかよ。
オッタルはオラリオ最強の冒険者であり、『頂天』の異名を持つ唯一の『Lv.7』。二つ名は【
異世界人である俺からすれば、どこか誇張された英雄譚のようにも聞こえるが、残念ながら全て事実らしい。
そんな凄まじい男が今、俺なんかの道案内をしている。もしオラリオの住民が知れば、間違いなく腰を抜かすだろう。
というか、そんなことを平然と命じているフレイヤも大概だと思う。この世界のアイツは、一体どんな性格をしているのやら。
少なくとも俺の知るフレイヤとは全く違うと断言できる。会った瞬間に抱き付いてきて、「あなたこそ運命の人よ」などと言い出すような真似はしないはずだ。
……多分。
先程の物騒な光景から一変し、俺達は荘厳な建物の奥へと進んでいた。重厚な石造りの廊下には静寂が漂い、足音だけが響いている。
そんな最中、前方から一人の
気のせいだろうか。その顔立ちは、どこかアーニャに似ているような気がした。
「おいオッタル、それは何だ?」
それって……。俺は荷物じゃないんだが。
「フレイヤ様から連れて来るよう命じられた、ミアの店の従業員だ」
「……ああ、そういやいたな。
「……………」
露骨に見下した発言に、思わず頬が引きつる。
何なんだ、このファミリア。初対面の相手にここまで失礼な連中は初めて見たぞ。
今ここに、
間違いなく、この失礼極まりない
この世界の人間達は、どうにも力でものを言わせる傾向がある。神の恩恵を得た冒険者達の中には、その力を拠り所にして一般人を見下す者も少なくない。
もちろん全員ではないにしろ、目の前の男は、その典型例に見えた。
こういう傲慢なタイプほど、一度圧倒的な敗北を味わうと脆い。積み上げてきた自尊心が粉々になり、簡単には立ち直れなくなる。……まあ、俺の勝手な見立てだが。
とりあえず今は我慢しよう。俺がここへ来た目的は、あくまでフレイヤに会うことだ。こんな連中にいちいち構っていたら、無駄な面倒が増えるだけである。
そんな傲慢な
「フレイヤ様。配達人を連れて参りました」
オッタルが大扉をノックしながら告げる。
すると――
『入って』
扉の向こうから、透き通るような女性の声が返ってきた。
……ん? ちょっと待て。今の声、妙に聞き覚えがあるぞ。
将来的に俺の義妹になる予定の純血悪魔――リアス・グレモリーの声にそっくりだったのだが……。
「失礼します」
俺の疑問をよそにオッタルが扉を開く。
慌てて思考を切り替え、俺もその後に続いた。
流石は有力ファミリアを率いる主神の私室と言うべきか。
部屋は広大でありながら洗練されており、神々しい威厳すら感じさせる。
そして、その中央。豪奢な椅子に腰掛ける一人の女神。銀色の長い髪。宝石のような銀の瞳。人智を超越した美貌。
かなり扇情的な服装をしているにもかかわらず、不思議と下品には見えない。むしろ、その美しさゆえに芸術品のような気品すら漂わせていた。
彼女こそ、この世界の女神フレイヤ。オッタル同様、俺の知っているフレイヤとは全く異なる容姿だった。
普通の人間が見れば、見惚れるどころか魅了されてもおかしくない。
しかし元神である俺としては、その手の存在には見慣れているので特に何も感じなかった。
俺と目が合った瞬間、フレイヤは僅かに意外そうな顔をした。だがすぐに微笑を浮かべ、視線をオッタルへ移す。
「待っていたわ、オッタル」
「はっ」
まるで神託を賜った騎士のように恭しく一礼するオッタル。
少し大袈裟じゃないかと思わなくもない。それにしても、やっぱり聞き間違いではなかった。
この女神の声、リアスにそっくりだ。上品な口調も含めて。
何というか、俺の知るフレイヤとリアスを足して二で割ったような印象である。
もちろん容姿は全く違うのだが。名前はフレイヤで、声はリアス。妙な感覚だった。
そんなくだらないことを考えていると、フレイヤが俺に声を掛けてきた。
「よく来てくれたわ。貴方がミアの店で最近働き始めた従業員ね」
フレイヤはミア母さんのことをよく知っているのか、その呼び方には親しみが滲んでいた。
「お初にお目にかかります、女神フレイヤ様。自分はリューセー・ヒョウドウと申します」
相手は神。それもオラリオでも屈指の有名神だ。
礼を欠く必要もないため、俺は軽く頭を下げながら自己紹介をした。
「ふぅん……」
だが、返ってきたのは興味深そうな声だけだった。
何だ? ただ名乗っただけなのに、妙に観察するような視線を向けられている。
まるで珍しい動物でも見つけたかのような目付きだ。いや、どちらかと言えば宝石商が未知の宝石を発見した時のような目だろうか。
正直、あまり気持ちの良いものではない。俺を見つめるフレイヤは何やら考え込むように目を細めると、不意にオッタルへ視線を向けた。
「オッタル。彼と二人で話したいから席を外してくれないかしら?」
「フレイヤ様、それは……」
即座に渋い声が返るだけでなく、オッタルの顔には明確な警戒が浮かんでいた。
眷族でもない、どこの誰とも分からない男を主神と二人きりにする。側近であり団長でもある彼としては到底容認できないのだろう。
「大丈夫よ。彼はただの配達人なのだから」
「…………」
目を伏せながらも納得していない様子のオッタル。その沈黙が何よりの証拠だった。
しかし主神の命令を無視するわけにもいかない。数秒の間を置いてから、彼は小さく息を吐く。
「……分かりました」
そう言いながらも完全に引き下がる気はないらしい。
「出入口の前で待機していなさい」
フレイヤが半ば折れる形で付け加える。オッタルとしてもそれが最低限の妥協点なのだろう。
僅かに険しかった表情が和らいだ。そして退室しようとした彼は、不意に足を止める。その黄金色の瞳が真っ直ぐ俺を射抜いた。
「あの方に妙な真似をすれば、貴様の命は無いと思え」
「……はい」
低く重たい声音だった。脅しと言うより、本気の警告である。
もし何かあれば即座に首が飛ぶ。そんな確信を抱かせる圧力があった。
だが、俺としては言いたいことが一つだけある。妙な真似って何だよ。
そもそも、どうして俺がそんな危険人物扱いされているんだ。
思い切り突っ込みたい衝動を抑えながら適当に返事をすると、オッタルはフレイヤへ一礼して退室した。
もっとも、完全に離れたわけではない。あの感じだと扉の向こうで待機しているだろう。何か異変があれば一秒もしないうちに飛び込んでくるはずだ。
さて、それはそれとしてだ。部屋には俺とフレイヤの二人だけになった。もし俺が彼女目当ての男なら、色々と誤解を招きそうな状況である。
「それじゃあ早速、頼んだ料理をそこのテーブルへ置いてちょうだい」
「かしこまりました」
俺は風呂敷を広げながら料理を並べていく。
テーブルに一品ずつ整然と並べていくと、香ばしい匂いがふわりと室内へ広がった。
料理の他には果実酒も入っている。それもミア母さんが大事に保管していた、貴重な一品だ。
店でもそう簡単には出てこない代物である。それだけ今回の依頼人が特別ということなのだろう。
「如何でしょうか?」
「ええ、良いわ」
フレイヤは満足そうに微笑んだ。
だが、彼女は椅子へ向かうことなく、そのままこちらへ歩み寄ってくる。
静かな足取り。優雅な所作。まるで舞うような動きだった。
気付けば彼女は俺の目の前まで来ていた。
そして妖艶な笑みを浮かべながら、白い指でそっと俺の頬に触れる。
「……何の真似ですか、フレイヤ様?」
「うふふ」
フレイヤの銀色の瞳が間近で俺を映す。
「私にこうされても全く動じていないなんて。やっぱり貴方はただの人間ではなさそうね」
その言葉に、俺は内心で眉をひそめた。
なるほど。ようやく理解した。
この女神、最初から俺を試すために呼んだのか。ただの配達依頼など方便だったというわけだ。
「ねぇ」
フレイヤは囁くような声で言う。
「この場で私の眷族になりなさいと言ったら、貴方はどうするのかしら?」
「それは勿論、お断りさせて頂きます」
即答だった。わざわざ考えるまでもない。
会ったばかりの相手の眷族になるほど俺は安くない。
俺がそう言いながら彼女の手を軽く払うと、フレイヤは一瞬だけ目を見開いた。
そして俺は続ける。
「それと今更ですが、一つ気付いたことがあります」
「……何かしら?」
「以前、高い場所から無遠慮な視線を向けてきた人物。あれは貴女ですね?」
その瞬間、フレイヤの笑みが僅かに止まる。
休日に感じた視線。あの独特な気配。
間違いなく目の前の女神と同じものだった。やはり犯人だったらしい。
「もしそうなら、理由を聞かせてもらいたいのですが」
数秒の間、沈黙が流れる。
だが次の瞬間。
「……ふっ」
フレイヤの肩が震えた。
「ふふふ……」
そして、
「あははははははははははっ!!」
突然、大笑いし始めた。
腹を抱えるほどではないが、今まで押し殺していた何かが堰を切ったような笑い方だった。
「何が可笑しいんですか?」
正直なところ少し引いている。まるで危ない人を見る目になっている自覚が俺にもあった。
そんな俺を見ながらフレイヤは笑い続ける。
「久しぶりだわ……!」
銀の瞳が輝いていた。
「私の眷族でもなく、恩恵すら持たない人間が、この私にそこまで言い切ったのは!」
確かに珍しいのだろう。この女神は誰もが魅了される存在らしいからな。
しかし、それで爆笑するほどだろうか。
「あの、出来れば大笑いするのは止めてもらえませんか?」
「どうして?」
「でないと――」
その時、勢いよく扉が開かれた。
「フレイヤ様!!」
やはり来た。予想通りである。
凄まじい勢いで飛び込んできたオッタルに続き、先程の
「その方に何をしやがる!?」
いや、何をしやがると言われても何もしてないのだが。
だけど状況が悪かった。俺とフレイヤの距離が近すぎたのである。
第三者から見れば、どう見ても俺が何かしようとしていたように見えたのだろう。
「あらあら。折角良いところだったのに」
「さっきのやり取りのどこが良いところなんですか」
思わず突っ込む。
するとフレイヤは本当に残念そうな顔をした。
何なんだこの女神。面倒くさいぞ。
一方でアレンは完全に誤解したらしい。獲物を見つけた肉食獣のような目付きで俺を睨んでいる。
「アレン、止せ! ここはフレイヤ様の神室だ!」
「先にその不届き野郎を叩き出すのが先だろうがぁ!!」
怒声と共にアレンが踏み込む。その速度は目にも留まらぬものだった。
一般人なら何が起こったかも分からないだろう。
しかし――
「悪いけど」
俺は冷静に腕を伸ばす。
「俺はそこまでお人好しじゃない」
ガシッとアレンの腕を掴んだ。
「なっ!?」
その場の空気が凍り付く。
フレイヤが目を見開き、オッタルが息を呑む。
アレン本人に至っては何が起こったか理解できていない様子だった。
腕を引こうとするも、全く動かない。まるで鉄塊に掴まれたかのように。
「てめえ……!」
「心配しなくても今すぐ帰るから、大人しくしていてくれ」
そう告げて手を離す。
そして何事も無かったかのようにフレイヤへ向き直った。
「それではフレイヤ様」
軽く頭を下げる。
「俺の仕事は終わりましたので、これで失礼します」
「え……あっ……」
先程まで余裕たっぷりだったフレイヤが珍しく言葉を失っていた。
何か言いたそうではあったが、俺は気にしない。
改めて一礼すると、そのまま踵を返す。背後から誰も呼び止めなかった。
いや、呼び止めることを忘れていたのかもしれない。
俺は神室を後にし、【フレイヤ・ファミリア】の
そして夕暮れへ染まり始めたオラリオの街を歩きながら、慣れ親しんだ『豊饒の女主人』へと戻っていった。
背後で、銀髪の女神がどんな顔をしていたのか。その時の俺はまだ知らなかった。
一方、その頃『豊饒の女主人』では――
「リューセー! 早く帰ってきてぇぇぇぇぇぇ!!」
『死ぬぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!』
店内には悲鳴にも似た叫び声が響き渡っていた。夕刻を迎えた『豊饒の女主人』は、まさに戦場と化している。
次から次へと押し寄せる客。飛び交う注文。運ばれる料理。回収される空いた皿。
普段であれば活気に満ちた繁盛店の光景だが、この日の従業員達にはそんな余裕は一切なかった。
「アーニャ! 三番卓の注文まだですか!?」
「今行くにゃー! でも五番と七番と九番も溜まってるにゃぁぁぁぁ!」
「何でこんなに回らないニャァ!?」
「私に聞かないでよぉぉぉ!」
リューとアーニャとクロエ、そしてルノアが半ば泣きながらホールを駆け回る。
客席では料理を待つ客達が大声で注文を重ね、厨房からは調理を急かす声が飛び交っていた。
まるで小規模な戦争である。そして、その中心で必死に鍋を振るっているのはメイを始めとした料理人達だった。
「肉料理追加六人前だよ!」
「魚料理も四人前!」
「酒のおかわり十杯!」
「誰だよ一気に注文したの!?」
「客だよ!!」
厨房の温度は既に地獄の域に達していた。料理人達の額からは滝のような汗が流れ落ち、それでも休む暇など存在しない。
普段なら隆誠が自然とフォローしていた仕事の穴が、今になって一気に表面化していたのだ。
注文の整理。料理の運搬。客への気配り。厨房との連携。足りなくなった備品の補充。
誰も気付かなかったが、隆誠は想像以上に多くの仕事をこなしていたのである。
「誰か注文表取ってぇぇぇ!!」
「もう両手塞がってますぅぅぅ!!」
「リューセー! お願いだから帰って来てぇぇぇぇぇ!」
『死ぬぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!』
遂には店員全員が心の底から隆誠の帰還を願い始めていた。
だが――
「何遍言わせるんだい!!」
店内を震わせるような怒号が響く。
「口を動かす前に手を動かしな、この馬鹿娘共ォ!!」
『ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!』
一瞬で全員が背筋を伸ばした。
言うまでもなく、怒鳴ったのは店主ミア・グランドである。
巨大な鍋を片手で持ち上げながら怒鳴るその姿は、もはや鬼神そのものだった。
「リューセーが居ないくらいで音を上げるんじゃないよ! そんなんでこの店が回せるかい!」
「だ、だってミア母さぁぁぁん!」
「言い訳する暇があるなら手と足を動かしな!」
「にゃぁぁぁぁぁぁぁ!!」
アーニャ達は涙目になりながら再び持ち場へ駆け出した。
もっとも、ミア自身も内心では認めざるを得なかった。
あの青年が入ってからというもの、店の回転率も接客の質も明らかに向上していたことを。
本人は無自覚なのだろうが、あれでいて異常なほど周囲をよく見ている。
だからこそ、たった半日姿を消しただけで店全体がここまで慌ただしくなっているのだ。
「ったく……」
ミアは盛大にため息を吐く。
「フレイヤの奴も、とんだタイミングで借りてきたもんだよ」
そう呟きながら、新たな料理を完成させる。
すると次の瞬間。
「まだ料理来ないのかー!」
「追加注文だー!」
「酒持ってきてくれ!」
客席から新たな注文の波が押し寄せた。
ミアの額に青筋が浮かぶ。
「ほら行った行った!」
『はぃぃぃぃぃぃ!!』
こうして隆誠不在の『豊饒の女主人』は、本人の知らぬところで未曾有の修羅場へと突入していたのである。