Fate/stay night IF BEYOND THE EVER 作:Мир
庭で、砂利を踏む音がした。リズが戸口から身を乗り出す。
「リン」
その名前を聞いて、俺は立ち上がった。遠坂が庭を横切ってくる。片手に畳んだ紙を持ち、上着の裾には白い粉がついていた。後ろを歩くアーチャーは、母屋の暗がりへ目を向けていた。
「戻ったわ。地下まで入れたけど――」
遠坂の足が、戸口で止まった。寝具に横たわるセイバーと、そのそばにいるイリヤを見る。それから俺の手元へ視線が移り、乾いた血の跡で止まった。
「何があったの」
「ランサーが来た」
遠坂が顔を上げる。
「セイバーとライダーが相手をした。そいつは帰ったんだけど、その後、別の奴が」
俺は、セイバーの左の首筋から肩へ続く傷を見た。
イリヤは手を止めずに言った。
「傷は落ち着いてきたわ。でも、まだ動かせない」
セイバーへ近づきかけた遠坂が、衝立の向こうを見た。
「桜は?」
枕の横には、さっき置いた掛け物がある。
「いないんだ。ライダーも」
遠坂の手の中で、紙が小さく鳴った。
「……いないって、いつから」
「セイバーを運び込んだ時には、いた。その後も、一度見た。二人とも、そこに」
遠坂は寝床のそばまで歩いて屈みかけ、やめた。枕にも、掛け物にも触れなかった。
「外を見たの?」
「リズと、廊下沿いの部屋を見た。横の縁側と、その先の庭も。呼んだけど返事がなかった」
言いながら、開いていた戸を思い出す。
「縁側へ出る戸が開いてた。ランサーが来た時に俺が確かめて、閉めた戸だ」
「そっちを通ったところは、見ていないのね」
「ああ」
何で目を離したのか。何で、いなくなるまで気づかなかったのか。遠坂に見られて、責められると思った。
「最後に見た時のこと、話して」
聞かれたのは、それだった。
「セイバーに、皆がいるかって訊かれた時だ。ライダーが桜の掛け物を直してた。桜も、俺を見た」
「話は?」
「してない。俺が頷いて、それからこっちへ戻った」
セイバーのそばを示した。
「その時の掛け物も、なくなってる。枕と、敷いてた寝具はそのままだ」
遠坂は一度だけ頷いた。
俺が話す間、アーチャーは戸口に立っていた。庭から廊下の戸へ目を移し、それからリズを見る。
「正面は通っていないのか」
「来てない。ずっと、こっちを見てた」
リズは庭を指した。
「シロウと見に行って、戻った」
「その間も、二人の姿は見なかったんだな」
「うん」
アーチャーは頷き、また外へ目を向けた。
「後から来た敵は、どうなった」
「逃げた。白い面をつけてて、右腕が、ひどく長く伸びた。セイバーが斬ったけど、逃げるところまでしか見てない」
庭の暗がりを見る。
「まだ近くにいるかもしれない」
遠坂が、握っていた紙を持ち直した。
「分かった。先に、これを渡しておくわ」
*
セラが桜の寝床の脇に場所を空け、遠坂はそこへ紙を置いた。遠坂が紙を広げると、幾本もの線と、細かい書き込みが見えた。線が途中で途切れ、何も書かれていないところもある。
「地下に残っていたものを写したの。見えなかったところは、そのまま空けてある」
イリヤが手元から目を上げた。
「工房は?」
「かなり壊れてた。床も壁も、いろんな向きから抉られてる。蟲の残骸もあったわ。魔術で作られたものだった」
遠坂の指が紙の端を押さえた。
「桜の身体にあるものと、同じなのか確かめてほしくて」
そこで、声が切れた。
イリヤは紙を見ていたが、すぐにセイバーへ視線を戻した。
「預かるわ。わたしが診られたところとも、あとで比べてみる」
「ええ。現物は持ってきていない。生きたものが混じっていると困るから」
「遠坂。慎二はいたのか」
俺が訊くと、彼女は首を振った。
「呼んだけど、返事はなかった。臓硯の姿も見てない」
「じゃあ、誰が壊したのかも」
「まだ分からない。いくつもの武器を打ち込んだような傷はあったけど、それだけで決められないわ」
遠坂は紙から手を離した。そこへ、セラが小さな器を寄せた。
「こちらも、ご覧ください」
布の上に、潰れた蟲が載っていた。
「桜が寝ていたところの、すぐ横に落ちてたんだ」
遠坂は器へ顔を近づけた。触れはせず、灯りの位置を少し変える。
「見つけたのは、二人がいなくなった後?」
「ああ。セラが見つけて、拾ってくれた」
遠坂の口が、きつく結ばれた。
「間桐のものか?」
「その可能性はある。でも、これだけで何をしたかまでは分からない」
彼女は身体を起こした。
「誰が潰したかも、見ていないのね」
「見てない」
遠坂は器をセラの方へ寄せた。
「置いておいて。戻ってから、地下で見たものと比べる」
セラがそれを治療の道具から離す。遠坂はもう、戸口へ身体を向けていた。
「アーチャー。捜しに行くわ」
「ああ」
俺もそちらへ一歩踏み出すと、遠坂が振り向いた。何を言うか考える間に、アーチャーの赤い背中が見えた。俺より先に角を確かめてくれた、さっきのリズと重なる。足を止めた。
「ライダーは、傷があっても速かった。桜を連れてても、歩いてるとは限らない」
「分かってる。家の周りから確かめるけど、そこで見つからなくても範囲を広げるわ」
遠坂は俺を見たまま答えた。
「間桐の家へ向かったかどうかも、まだ分からないもの」
「……ああ」
桜がどちらへ行ったか。せめて、それだけでも見ていればと思った。俺は戸口まで行った。敷居の手前で止まり、遠坂を見る。
「頼む。桜を見つけてくれ」
遠坂は頷いた。
「見つけたら、まず様子を確かめる。話せるようなら、何があったのか聞くわ」
「治療の続きをするから、戻ってこいって。それも、伝えてほしい」
遠坂の目が、俺の後ろへ向いた。イリヤが顔を上げていた。
「サクラが戻ってきたら、わたしも続きを診るわ。そう伝えて」
「……伝える」
遠坂は庭へ下りた。アーチャーが先に母屋の角を確かめて、歩き出す。遠坂もその後を追った。二人の足音が門の方へ遠ざかり、やがて聞こえなくなった。
もう一度、走って追いかけたくなった。その足で、道場の中へ戻った。
*
イリヤは、セイバーの肩口を確かめていた。首の脇に残った細い線は、さっきより薄く見えた。セラが血の跡を拭っても、新しい赤は浮かばない。俺がそばへ座ると、セイバーはこちらへ目を向けた。
「頼んできた」
「聞こえていました」
声は、運び込んだ時よりはっきりしていた。
イリヤが傷の周りへ指を添える。
「ここは?」
「痛みはあります。先ほどよりは、軽い」
「肩の奥は」
「動かそうとすると、響きます」
セイバーの右手が床を押した。イリヤがすぐに首を振る。
「起きなくていいわ。動かした時のことは、あとで確かめるから」
「……分かりました」
床についた手から、力が抜けた。俺はその手と、傷口を見比べた。
「中は、まだ治ってないんだな」
「ええ。外から見えるところは閉じてきたけれど、もう剣を振っていいということにはならないわ」
イリヤはそう答え、それからセイバーの手首へ指を移した。
「身体の重さも、あまり変わらない?」
「はい。力を使おうとすると、足りないのが分かる」
イリヤの目が、俺へ向いた。
「シロウからの供給は、前からうまくいっていなかったのね」
「ああ。契約は出来てるのに、魔力は渡せてないって」
言って、セイバーを見る。
「それで、ずっと自分の力で」
「身体を保ち、戦っていました。休息で戻せた分もありますが、使ったものを十分に取り戻せてはいない」
セイバーは俺の顔を見た。
「今回、急に始まったことではありません」
「分かってる」
知っていたのに、庭で敵の前へ出たのはセイバーだった。戻ってきて横になった彼女を見て、俺はまた、休めば動けるようになると思いかけていた。
イリヤが俺の膝を軽く叩いた。
「こっちを向いて、シロウ」
顔を上げる。
「供給の方も調べるわ。このまま傷だけ治しても、またセイバーが自分の分を使い続けることになるもの」
「直せるのか」
「どこがうまく繋がっていないのか、あなたも診てからよ」
イリヤはセラへ顔を向けた。
「肩を動かさないように見ていて。痛みが変わったら、教えて」
「はい、お嬢様」
セラが位置を変える。イリヤは俺のそばへ膝を寄せた。
「手を出して」
言われたとおりにしかけて、止まった。桜の寝床が目に入った。今、あいつはどこにいるのだろう。
「シロウ」
もう一度呼ばれた。イリヤは手を差し出したまま、待っていた。俺は自分の右手を、その上へ載せた。
「頼む」
「うん。任せて」
*
イリヤの指が、俺の手首に触れていた。握られているというほどの力はない。それでも、自分の手をどこへ置けばいいのか気になって、肩に力が入った。
「そんなに固くならなくても、まだ何もしないわよ」
「いや。何をされるか分からないから」
「だから、先に教えてあげるの。まだ動かさないで」
イリヤが少しだけ笑った。俺も息を吐き、手を預け直す。手首から肘へ、指が移った。冷たく感じたのは最初だけで、触れているところがじわりと温かくなる。
「いつも魔術を使う時みたいに、意識を向けて。何かを作ったり、強くしたりはしなくていいわ」
目を閉じた。庭の音が気になった。遠坂たちが戻ってきたのかと思った。けれど、近づいてくる足音はない。戸口で衣擦れの音がして、それが止むと、また静かになった。俺は息を整えた。自分の内側へ、少しずつ意識を向けていく。
「……そこ。今は、そのまま」
イリヤの声が近くに聞こえた。何度か、指の位置が変わる。俺には、自分の身体のどこを調べられているのか分からなかった。手を取られているのに、胸の奥へ意識が引かれる時がある。
「セイバー。そちらに変化は?」
「ありません」
俺は、もう少し力を込めようとした。
「増やさないで」
すぐに止められた。
「今、もっと流そうとしたでしょう」
「少しだけ。これじゃ足りないのかと思って」
「量を増やせば繋がる、というものじゃないわ。今のままで確かめたいの」
俺は頷いた。力の加減を、言われたとおりに戻す。イリヤの指が手首に落ち着くと、胸の奥に集まっていた力も少し緩んだ。しばらくして、目を開けていいと言われた。
「どうなんだ」
「契約がなくなったわけではないわ。でも、シロウからセイバーへ魔力を渡す道が、ちゃんと働いていない」
イリヤは、俺の手を持ったまま答えた。
「セイバーの傷を治すのとは別に、ここを直す必要がある」
「俺が休んで、魔力が戻っても?」
「道がこのままなら、十分には届かないわ」
俺はセイバーを見た。彼女も、こちらを見ていた。
「休息で回復を待つことは出来ます。ですが、それだけでは、その先も同じです」
セイバーはそう言い、右手を寝具へ戻した。
「お願いします、イリヤスフィール」
「ええ。セイバーも休んでいて。傷の方を放っておくわけじゃないから」
イリヤの指が、俺の手から離れかけて止まった。
「……シロウ」
「何だ?」
返事をしても、イリヤはすぐには言葉を続けなかった。彼女は俺の腕を見ていた。もう一度、俺の手を裏返す。それから、視線が胸元まで上がってきた。
「ほかにも、何かあるわ」
*
「何かって」
自分の胸へ目を落とした。服には、乾いた汚れがついていた。運び込む時にセイバーを支えて、血が移ったところもある。イリヤはその上へ、指を添えた。
「ここだけにある、というわけじゃないの。少し、じっとしていて」
動きを止めると、彼女の指先がゆっくり位置を変えた。痛みはないのに、触れられている皮膚よりずっと奥を確かめられているような気がした。自分の呼吸が気になって、途中で息を止める。
「息はして」
「……悪い」
イリヤは、俺の顔を見なかった。さっき、供給を調べていた時とも違う顔だった。眉を寄せ、何かを辿るように指を動かしている。
「あなたの身体と、馴染んでいる。今夜入ったものには見えないわ」
「何か、入ってるのか。俺の中に」
「ええ。魔術回路とは別のものが」
桜の寝床が、目の端に入った。イリヤは、俺の顔を見て首を振った。
「サクラの話と一緒にしないで。まだ、これが何なのか確かめているところよ」
俺は口を閉じた。イリヤがもう一度、指先へ目を落とす。
「物の形が、残っているの。でも、そのまま身体に埋まっているわけじゃない。ほどけて、広がっているみたい」
「形?」
声を出したのは、セイバーだった。イリヤがそちらを向く。
「ええ。長いもの。中へ何かを収めるための……」
言葉が途切れた。
セイバーの目が、俺へ向いていた。顔を見ているのではなかった。イリヤの指が触れているところを、じっと見ている。
「シロウ。手を」
右手が、少しだけ持ち上がった。俺はすぐそばへ膝を寄せた。
「起きなくていい。そのままで」
セイバーの手へ、自分の手を重ねる。彼女は目を閉じた。イリヤも黙っていた。俺の胸元へ触れたまま、セイバーの様子を見ている。
手のひらが温かくなり、セイバーの手が温かいのかと思った。けれど、胸の奥でも同じような温かさを感じた。何かがそこにある。そう言われたから、気になっているだけなのかもしれない。指で示せと言われても、どこにあるのか答えられなかった。
セイバーが目を開いた。
「……どうして」
小さな声だった。
「分かるの?」
イリヤが訊いた。セイバーは、俺の手を見た。
「はい」
少し間を置いて、顔を上げる。
「私の鞘です」
すぐには、言われた意味が分からなかった。俺は自分の手を見た。セイバーの指と、乾いた血がついた自分の指しか見えない。
「鞘って。剣の?」
「ええ。私の聖剣の鞘です。失われたはずのものが、あなたの中にある」
セイバーははっきり答えた。その顔には、さっきまでなかった戸惑いがあった。イリヤは俺の胸元へ目を戻した。
「だから、セイバーが触れた時に」
「私に応じたのでしょう。間違いありません」
セイバーの指が、俺の手からゆっくり離れた。胸の奥の温かさは、しばらく残っていた。
「待ってくれ。俺、そんなもの、もらった覚えはないぞ」
剣の鞘を身体の中に入れるなんて、どうすれば出来るのかも分からない。
セイバーは俺を見ていた。
「前の召喚の時、切嗣が持っていました」
その名前に、イリヤの指が止まった。
*
「親父が?」
セイバーは頷いた。
「私を呼ぶために用いたものです。私に繋がる品として、あの鞘を」
切嗣が、セイバーを呼んだ。それは知っていた。前の戦いで、一緒に戦っていたことも。けれど、その話に俺の身体が繋がってくるとは思わなかった。
「でも、どうしてそれが」
言いかけて、口を閉じた。セイバーは、答えを急がなかった。俺の中にある。ずっと前から、身体に馴染んでいる。その前は、切嗣が持っていた。
「……あの火事の時か」
声にすると、イリヤがこちらを向いた。
「鞘は、持つ者を守り、傷を癒やすものです」
セイバーは言った。
「切嗣が、倒れていたシロウを救うために使ったのなら。今、あなたの身体にあることも説明がつく」
俺は胸へ手を当てた。服の下で、心臓が動いていた。火の中で倒れた時、息をするのも苦しかった。どこが傷ついているのか、もう自分では分からなかった。助けてくれと、声が出せたかどうかも覚えていない。
ただ、覗き込んできた顔だけは覚えている。泣きながら笑っていた顔を。
「どうやって助かったのか、知らなかった」
俺は言った。
「見つけてもらって、病院にいて。親父が助けてくれたって、それだけで」
セイバーは静かに頷いた。
「私も、その場を見ていたわけではありません。切嗣が何をしたか、本人から聞いたこともない」
彼女の視線が、俺の手へ落ちる。
「ですが、彼が持っていた鞘が、今はあなたの中にある。それは確かです」
イリヤが、俺の胸に触れていた手を下ろした。
「キリツグも、それで守られていたの?」
セイバーに向けた声だった。
「切嗣自身を守るためにも、使えたはずです」
「……それを、シロウに」
イリヤは俺を見た。城の庭で話した時も、こんなふうに見られた。どうやって出会ったのか。いつから一緒に暮らしたのか。あの家で、切嗣は楽しそうだったのか。一つ答えるたびに、イリヤの顔が少しずつ変わった。今、彼女が見ているものは、その時には俺も知らなかった。
「そうか」
俺は胸に当てた手を、軽く握った。
「親父、これをくれたんだな」
言ってから、またセイバーを見た。それは、元々は彼女のものだった。セイバーは黙っていた。俺を見ているようで、もっと遠くへ目を向けているようにも見えた。
「……私の知らないところで、彼は」
小さく言いかけ、そこで言葉を切った。俺も、その先を訊かなかった。城でセイバーが話してくれた切嗣は、俺の知る親父とは違っていた。イリヤが待っていた人も、俺が家で迎えていた親父とは違うところにいた。
そのうちの誰が持っていたものなのか。考えてから、変なことを考えていると思った。持っていたのは、同じ人だ。あの時、俺を見つけてくれた人が、これを手放した。
イリヤの指が、俺の手の甲に触れた。
「シロウは、知らなかったのね」
「ああ。一度も、聞いたことがない」
「そう」
それだけ答えて、彼女は目を伏せた。俺は、その手を見ていた。城で、無理に喜ばなくていいと言った。今も、イリヤに何を言ってほしいのか、思いつかなかった。ただ、イリヤが手を離すまで、自分の手を動かさずにいた。
*
「セイバー」
呼ぶと、彼女が顔を向けた。
「俺の傷が、思ったより早く治ることがあったのも、これのせいなのか」
「鞘が働いていたのでしょう。私が呼ばれたことで、力を取り戻していたのだと思います」
俺は頷きかけ、途中で止まった。
「俺は魔力を渡せていないのに?」
「私から鞘へ力が働くことと、シロウから私へ供給されることは、同じではありません」
セイバーは、言葉を選ぶように続けた。
「ただ、鞘があるだけで、いつでも、どんな傷でも治せるわけではない。私との繋がりが、その働きに関わります」
俺は手を下ろした。知らない間に、助けられていた。傷が軽くなった身体で動き回り、その横に、傷を抱えたセイバーを立たせていた。
彼女の肩へ目が向く。首筋の傷は、細い線になっていた。それでも、起き上がろうとした時の手には力が足りなかった。
「返せないか」
口にすると、セイバーが目を上げた。
「シロウ?」
「セイバーのものなんだろ。その鞘で、今の傷も治せるなら」
セイバーは、すぐには答えなかった。
「回復の助けにはなります。ですが、長くあなたの身体にあったものです。取り出すことを、簡単に考えてはいけない」
「分かってる。どうやればいいかも、俺には分からない」
俺はイリヤを見た。
「出来るか、調べてもらえるか」
彼女は俺を見返した。
「シロウ。見つかったからって、今すぐ引っぱり出そうとしないでね」
「そんなこと、出来る気もしないぞ」
「出来る気がしなくても、やろうとするでしょう、あなたは」
言い返せずにいると、イリヤが小さく息を吐いた。
「調べてあげる。どういう形で馴染んでいるのか、もう少し確かめたいわ」
俺の手を、もう一度取る。
「ただし、鞘が使えても、供給の方は直すのよ。そのままにはしておけないんだから」
「ああ。そっちも頼む」
今度は、迷わず答えられた。
セラが寝具を確かめ、セイバーの肩が動かないように端を整えた。セイバーはそれを受け入れ、目を閉じる。
リズが戸口から庭を見ていた。まだ、戻ってくる足音はない。
桜の枕の横には、畳んだ掛け物があった。その近くに、遠坂が持ち帰った紙が置かれている。紙には、まだ空白が残っていた。あの空白を埋めれば、桜に何があったのか分かるのだろうか。そう考えたが、今の俺には、描かれている線の意味さえ分からなかった。
戻ってきたら、続きを聞こう。遠坂にも、桜にも。
「シロウ。さっきみたいに、少しだけ意識を向けて」
イリヤの声に、顔を戻した。
「分かった」
差し出した手を、彼女の膝へ預ける。
セイバーの鞘が、俺の中にある。十年前に渡されたものの形も、重さも、まだ知らない。それでも、横になっている彼女へ返したかった。
イリヤの指が手首へ触れると、俺は肩の力を抜き、目を閉じた。