Fate/stay night IF BEYOND THE EVER 作:Мир
目を閉じても、イリヤの手の位置は分かった。右手を下から支えられ、手首には指が添えられている。少し離れたところで、セラが布を畳んだ。戸口の方では、リズが足を踏み替えていた。
「さっき触れたものを、探してみて」
イリヤが言った。
「胸のあたりか」
「場所を決めなくていいわ。あなたの中に、どんな形であるかを感じて」
そう言われても、普段どおりに身体へ意識を向けるのとは勝手が違う。強化する物なら、手で触れられる。壊れたところを調べる時も、目で見て、どこから力を通すか考えられた。だが、今度は自分だ。どこまでが俺の身体で、どこからが鞘なのか。その境目さえ分からない。
「……見つからない」
「まだ急がなくていいの」
指先が、手首の内側を押さえた。
「わたしも見ているから」
俺は頷いた。セイバーが触れた時、胸の奥が温かくなった。まずは、その感覚を思い出してみる。呼吸が深くなる。力を集めようとすると、肘のあたりが強張った。イリヤは指を動かし、俺がそちらへ意識を取られるより早く、余計な力を抜かせた。何度か、それを繰り返した。
ぼんやりと、長い形が浮かんだ。見えているのか、考えているのか、自分でも区別がつかない。中へ何かを収めるものだと聞いたから、勝手に想像しているだけなのかもしれなかった。俺が知っている日本刀の鞘とも、飾り物の剣の鞘とも違っていた。
金の縁。その間に広がる、深い青。形を確かめようとすると、細部まで勝手に浮かんできた。見た覚えのない装飾が、初めからそこにあったものとして収まっていく。
「イリヤ」
「うん」
「……何となく、分かる」
声にした途端、形が遠くなりかけた。
「話さなくていいわ。そのまま」
手首を支える指が、少し強くなった。俺は口を閉じた。十年間、自分が持っていることさえ知らなかった。それなのに、どこがどうなっているか、触らなくても分かる気がした。握ったこともないものが、手の中へ収まりそうだった。
「形は、見えているのね」
俺は小さく頷いた。
「身体の中を無理に動かそうとしないで。まず、それだけを外に思い描いてみて」
言われたとおりにした。身体から引き剥がすところは、考えられなかった。自分の肉と馴染んでいるものを、どうやって分ければいいのか、まるで見当がつかない。ただ、形なら分かる。俺の手に収まるところなら、思い浮かべられる。そこにあれば、セイバーへ渡せる。
右手の指をわずかに曲げると、何もなかったはずの手のひらに、硬いものが触れた。
*
「シロウ、待って」
イリヤの声で目を開けた。青と金が、膝の上にあった。右手で握っている。自分が何を持ったのか、理解するまでに少し間があった。長いものの先が床へ下がりかけ、慌てて左手で受け止める。
重かった。想像の中にあった時には、重さなんてなかった。表面は冷たく、金色の縁に灯りが映っていた。俺の指が動くと、その光も一緒に動いた。
「……出た」
間の抜けた声が出た。セラが手を止めていた。戸口にいたリズも、こちらを見ている。セイバーは寝具に右手をつき、少しだけ身体を起こしかけた。痛みに眉を寄せ、また寝具へ身を預ける。それでも、俺が持つものからは目を離さなかった。
「セイバー。これか」
問いかけると、彼女は頷いた。
「はい。それは――」
「シロウ、動かないで」
イリヤの声が重なった。俺は、差し出しかけた手を止めた。
「痛むところは?」
「ない。急に重くなっただけで」
「胸は。息苦しくない?」
「ああ。何とも」
イリヤは俺の手首に触れたまま、もう一方の手を胸元へ移した。イリヤの視線が、鞘と俺の間を行き来していた。
「何か、まずかったのか」
「……少し、黙って」
いつもなら言い返すところだったが、今の彼女の顔を見ては何も言えなかった。
俺には、膝の上の重みしか分からなかった。身体が軽くなった感じも、何かが抜けた感じもない。それがいいことなのか、悪いことなのか。
やがてイリヤは、胸に添えていた手を離した。
「残ってる」
「何が」
「鞘よ。あなたの中に」
俺は膝へ目を落とした。そこには、確かに鞘がある。
「これが?」
「そちらもあるわ」
イリヤが、その金色の縁を指で示した。
「でも、さっき調べたものは、まだ身体の中に残っているの」
「じゃあ、取り出せてないのか」
「ええ」
イリヤは俺を見た。
「シロウ。あなた、これを作ったのね」
*
「作ったって……投影か」
自分で言って、膝の上の鞘を持ち直した。そういうつもりではなかった。セイバーのものを、セイバーに返そうとしていた。新しく作る必要なんてなかったし、出来るとも思っていなかった。
「何をしたか、覚えてる?」
「形を思い浮かべた。手にあったら、こうだろうって。それだけだ」
「途中で、身体の中から引き出す感じは」
「ない。どこを掴めばいいか、分からなかったから」
イリヤが黙ってしまったので、落ち着かなくなって鞘を少し持ち上げた。
「……壊したわけじゃ、ないんだよな」
「壊してないわ。元のものは、そのままよ」
「なら、もう一度――」
「だめ」
即座に止められた。
「どうしてすぐ、もう一度なの」
「今度は、ちゃんと取り出せるかもしれないだろ」
「その前に、今出来たものを確かめさせて」
イリヤは鞘を見た。俺の手に添えていた指先が、金の縁をなぞる。けれど、途中で指を浮かせた。
「見た目だけを真似たものじゃない」
小さな声だった。
「これを、あなたの魔力で……」
俺を見る目が、いつもと違っていた。叱られる時とも、からかわれる時とも違う。何か訊きたいのに、その問いを選んでいるような顔だった。
「おかしいのか」
「おかしいわ」
はっきり言われた。こちらが口を閉じると、イリヤは少しだけ眉を上げた。
「シロウが悪いことをした、という意味じゃないわよ」
「それは、分かってるけど」
俺は鞘を見た。金属を叩いて形を整えたわけでも、塗料を塗ったわけでもない。何日もかけて作られたはずのものが、手の中にあった。形だけなら、投影はそういう魔術だ。だが、これが形だけではないのなら。
「セイバー」
考えるより先に、彼女へ顔を向けた。
「これ、使えそうか」
イリヤの指が止まった。セイバーは、鞘から俺へ目を上げた。
「触れても?」
「もちろん。セイバーに渡すために、やったんだから」
寝具のそばまで、膝で寄る。セイバーが差し出した右手へ、鞘の上端を載せた。重さをすべて預けず、俺も下から支えておく。セイバーは青い面に指を触れさせ、目を閉じた。俺の手のひらに、微かな温かさが伝わってくる。彼女が目を開くと、その顔から戸惑いが少し消えていた。
「私に応じています」
「じゃあ」
「はい。力を通してみましょう」
俺はイリヤを振り返った。彼女は、まだこちらを見ていた。
「……イリヤ?」
「分かったわ。今は、そちらを先にしましょう」
イリヤはセイバーのそばへ戻り、首筋の傷を確かめた。
*
鞘を受け取ったセイバーは、右手を添えたまま静かになった。灯りに映る金色が、少し明るくなったように見えた。俺が感じていた温かさは、手を離すと分からなくなった。代わりに、セイバーがゆっくり息を吐いた。固くなっていた肩が、寝具へ沈む。イリヤが傷のそばへ指を添えた。
「響く?」
「……先ほどより、軽い」
セイバーの左手が動いた。指を曲げては開き、それから手首を持ち上げる。さっきまでなら、肩へ伝わる動きに眉が寄っていた。今は、息を止めずに動かしている。
「痛みが引いています」
俺は、思わず身体を寄せた。首筋にあった細い傷の線が、薄くなっていた。目を凝らしている間にも、端が見つけにくくなる。
「治ってるんだな」
「ええ」
セイバーが答えた。その声を聞いて、膝の上で握っていた手を開いた。
間に合った。そう思ってから、今夜は何度、同じことばかり考えているのだろうと思った。
セイバーは傷つくたび、敵の方を見ていた。俺が何をすればいいか考えている間にも、身体を動かしていた。今は、横になったまま、自分の腕を確かめている。それだけのことが、ひどく嬉しかった。
「よかった」
口から出ると、セイバーがこちらを見た。
「シロウ」
「いや、俺は、取り出そうとして失敗しただけなんだけど」
言ってから、余計な言い方だったかと思った。セイバーは鞘へ視線を落とした。
「私には、助けになりました」
「……そうか」
「はい。ありがとう」
俺は頷いた。イリヤが、セイバーの左肩から手を離す。
「すぐ大きく動かさないでね。少しずつ確かめるのよ」
「分かっています」
そう言いながら、セイバーはもう上体を起こしかけていた。俺とイリヤが同時に手を出すと、セイバーは途中で止まった。
「座るだけです」
「その座るだけで、さっき痛がってたじゃないか」
「今は、その痛みが引いている」
「だから、ゆっくり」
イリヤに言われ、セイバーは少し困った顔になった。セラが背中へ畳んだ寝具を当てる。俺が右側を支え、ゆっくりと起こした。セイバーは肩を押さえることもなく座れたが、姿勢が落ち着くと長く息を吐いた。
「どうだ」
「傷は、もうほとんど感じません。ただ……」
彼女は膝の上の左手を見た。
「力が戻りきったわけではないようです」
イリヤが頷いた。
「傷を治せても、使った魔力まで全部戻るわけじゃないもの」
それから、こちらへ手を伸ばした。
「次はシロウの番ね」
俺も、右手を出した。
*
今度は、目を閉じる前にセイバーの顔を見た。彼女は寝具に背を預け、鞘を傍らへ置いていた。痛みを堪えながら横になっていた相手が、こちらへ頷いてくれる。
「お願いします、シロウ」
「ああ」
イリヤが俺の右手を取った。
「さっき調べたところを、繋ぎ直すわ。シロウにも、合わせてもらうから」
「どうすればいい」
「最初は何もしないで。わたしが合図してから、少しずつ」
イリヤの表情が変わった。膝の上で俺の手を支える。もう一方の手が、肘より上に触れた。目を閉じると、さっきよりもはっきり、自分の内側へ意識が向いた。魔術を使う。そのために身体を切り替えるところまでは、いつもと同じだった。けれど、そこで止められた。
「何かを作ろうとしないで」
「……分かってる」
「強くする必要もないの。今は、セイバーに渡すだけ」
渡すだけ。簡単そうに聞こえるが、その相手が自分の外にいる。どこへ向ければいいか分からず、力が胸のあたりに集まった。腕が重くなり、その先へ押し出そうとする。すぐに、手首を握られた。
「そっちへ押さないで。少し戻して」
「戻すって」
「止めてしまわなくていいわ。力を抜くの」
息を吐いた。頭の中で、イリヤの言ったことを一つずつ繰り返す。無理に増やさない。手から押し出そうとしない。それでも、途切れさせない。
イリヤの指が動くたび、内側の感触が変わった。自分では分からなかったところを、細く辿られている。時々、奥歯に力が入った。
「痛い?」
「少し、変な感じがする」
「どこ」
「胸から、左側。痛いっていうより、引っ張られてるような」
イリヤはしばらく黙り、腕に触れる手を止めて、俺が次の息を吐くまで待った。
「今は?」
「……収まった」
「じゃあ、もう一度。今度は、もっと少なくていいわ」
やり直した。失敗するたびに焦ったが、彼女は急がなかった。同じところを、少し違う加減で辿る。俺が先へ進もうとすると止められた。止まりすぎると、もう少しだけ続けるように言われる。
そのうち、部屋の音が遠くなった。布を動かす音も、庭を吹く風も、聞こえてはいた。だが、そちらへ顔を向けたいとは思わなくなった。イリヤの声を聞き、自分の中にある力を確かめる。
何度目かに、胸の奥でつかえていた感触が変わった。力を込めていないのに、少しずつ抜けていく。
「あ」
思わず声が出た。
「そのまま」
イリヤが言う。
「セイバー?」
「……届いています」
目を開けかけた。
「まだ、こっちを見なくていいわ」
イリヤの声に、瞼を閉じ直す。届いている。言われた意味を考えた途端、身体の中の感覚が乱れかけた。慌てて戻そうとすると、それさえ指で止められる。
「余計なことをしないの」
「……悪い」
「うれしいのは、分かったから」
目を閉じているのに、見られた気がした。俺は口を結び、呼吸を整えた。少しずつ、身体からセイバーへ力が渡っていく。どこかを切り開かれたわけでも、何かを無理に引き出されたわけでもなかった。それなのに、身体の内側の重さが変わっていた。
今まで、セイバーはこれを受け取れずにいた。それを思うと、もう少し送れないかと考えてしまう。手首に触れる指の感触が、先に浮かんだ。増やさず、そのまま続けた。
*
「少しずつ、手を離すわ」
イリヤの声がした。肘の上にあった手が離れる。次に、手首を押さえていた指が浮いた。俺は動かなかった。同じように呼吸を続け、自分の中にある流れを意識する。急に止まるかもしれないと思った。けれど、変わらなかった。
「セイバー」
「続いています」
返事があった。イリヤはもう、俺に触れていない。それでも、渡せている。
「……いいわ。目を開けて、シロウ」
灯りが眩しく感じた。イリヤが、すぐそばにいた。離した両手を、自分の膝へ戻している。額に、薄く汗が浮いていた。
「出来たのか」
「ええ。手を離しても、ちゃんと届いてる」
セイバーを見る。彼女は、こちらの視線を受けて頷いた。
「分かります。今までとは違う」
「俺の魔力が?」
「はい。シロウからです」
右手を握り、開いてみる。何かが見えるわけではなかったが、セイバーには届いているのだ。
息を吐くと、肩が重くなった。
「あれ」
姿勢を直そうとして、片手を床についた。イリヤがすぐにこちらへ寄った。
「気持ち悪い?」
「いや。少し、疲れただけだ」
「鞘も作ったもの。疲れるでしょう」
言われて、初めて自分の額を拭った。袖が湿った。ずっと座っていただけのつもりだったが、背中にも汗をかいている。
「セイバーに届くようになった分、シロウも使うのよ。何も減らないと思っていた?」
「そこまでは思ってない。ただ、急に力が抜けたから」
「もっと渡そうとしなかったのは、よかったわ」
イリヤが、少し満足そうに言った。
「ちゃんと言うことを聞けるじゃない」
「……それぐらい、出来るぞ」
「さっきまで、何度止めたかしら」
言い返せなかった。セイバーが口元へ手を添えた。こちらが見ると、彼女はすぐに表情を戻した。
「シロウ。今は、これで十分です」
「本当に?」
「ええ。私にも、休む時間は必要ですから」
その言葉に、少し驚いた。俺が顔に出していたのだろう。セイバーは眉を寄せた。
「何ですか」
「いや。セイバーから休むって言ったから」
「私も、必要な時には休みます」
「なら、よかった」
今度こそ、俺も息をつけた。
*
セラが水を持ってきてくれた。先に俺へ差し出された器を、イリヤの方へ寄せる。
「イリヤも」
「シロウの分よ、それ」
「もう一つ、もらうから」
セラは何も言わず、二つ目の器を俺の前へ置いた。どうやら、見越されていたらしい。
「ありがとうございます、セラ」
「お二人とも、座ってお飲みください」
立って何かをしようとしたわけではない。まだ。俺は器を持ったまま、大人しく座り直した。
イリヤが水を飲む。喉が動くところを見て、自分も口をつけた。少し温くなっていたが、飲み込むと、思ったよりも喉が渇いていたことが分かった。
「イリヤ」
器を置いてから、呼んだ。
「ありがとう。鞘も、供給の方も」
「鞘を作ったのは、シロウでしょう」
「一人だったら、何があるかも分からなかった」
彼女は、空になった器を両手で持っていた。
「イリヤが見つけてくれて、セイバーが教えてくれた。だから、出来たんだ」
「……そう」
イリヤは目を伏せ、口元を少しだけ緩めた。
「じゃあ、ちゃんと覚えておいてね。わたし、けっこう頑張ったんだから」
「ああ。忘れない」
すぐに答えると、彼女はこちらを見た。そのまま何かを言いかけて、やめた。視線が、セイバーの傍らにある鞘へ移る。
俺もそちらを見た。セイバーは、左腕をゆっくり動かしていた。肘を曲げ、肩の高さを変え、そのたびに動きを止めて確かめる。セラはそのそばで見ていたが、もう、身体を支えてはいなかった。
青い鞘は、寝具の上に置かれている。俺の手で作ったものが、そこにある。元になったものは、まだ俺の中にあった。
「変ね」
イリヤが言った。
「何が?」
「キリツグがシロウに渡したものが、今度はセイバーを助けるなんて」
彼女は、鞘を見ていた。
「それも、もう一本になって」
俺は膝の上へ手を置いた。
「親父も、びっくりするだろうな」
「するかしら」
「どうだろう。……あの人、驚いてても、分かりにくい時があったから」
言いながら、あの家に帰ってきた切嗣の顔を思い出した。俺が直したものを見ても、出来た料理を見ても、最初はぼんやりしていた。それから、少し遅れて笑った。
今の鞘を見せたら、何と言うのだろう。褒めるのか、危ないことをしたと叱るのか。それとも、そんなことが出来たんだね、と他人事のように感心するのかもしれない。どれもありそうで、どれも、もう確かめられなかった。
「……そういう顔も、わたしは知らないわ」
イリヤが言った。俺は彼女を見た。責める声ではなかった。けれど、何でもない話として流していい声でもなかった。
「うん」
何か説明を足しかけて、やめた。イリヤは膝の上で指を組んだ。しばらく、セイバーの鞘を見ていた。
「セイバーの傷が治ったのは、よかった」
やがて、彼女はそう言った。
「……ああ」
「それは、よかったわ」
俺は頷いた。イリヤの右手が、床に下ろされた。俺の手の、すぐ隣だった。指先が触れたので、自分の手を少し開く。彼女は顔をこちらへ向けないまま、その隙間に指を置いた。
*
「シロウ」
セイバーに呼ばれ、顔を上げた。
「少し、立ってみます」
俺は手を動かしかけた。イリヤの指が、こちらの指に引っかかる。彼女を見てから、もう一度セイバーを見た。セラが、すぐそばにいる。すぐ手を貸せる位置だ。
「……ゆっくりな」
「はい」
セイバーは右膝を立て、床に手をついて身体を持ち上げた。今度は、途中で止まらなかった。足が床を踏み、背筋が伸びた。
鎧のないセイバーが、そこに立っていた。庭で剣を振るっていた時とは違う。腕も下ろしているし、足を大きく開いてもいない。それでも、自分の足で立っていた。左の肩を、ゆっくり後ろへ引く。
「痛みはありません」
イリヤが頷いた。
「なら、今はそこまで」
「……剣を握る程度なら」
「それは、もう少し休んでから」
「セイバー」
俺も呼んだ。彼女はこちらを見て、それから小さく息を吐いた。
「分かりました。二人がかりでは、仕方ありませんね」
セラが寝具を直す。セイバーは自分で腰を下ろした。その動きが滑らかなことを確かめてから、俺も床についた手の力を抜いた。
「シロウもよ」
イリヤに言われた。
「分かってる。今から走っていったりしない」
「そう。よく出来ました」
彼女は、繋いだ手を小さく揺らした。俺は口を開きかけ、閉じた。戸口で、リズがこちらを見ていた。
「セイバー、座れた」
「ああ」
「シロウも、座ってる」
「俺は最初からだろ」
リズは一度だけ頷き、庭へ向き直った。イリヤが隣で笑った。こんなふうに笑う声を、今夜はずいぶん長く聞いていなかった気がした。俺も少しだけ笑い、それから桜の寝床を見た。
枕と、畳んだ掛け物。遠坂たちは、まだ帰ってこない。見つかっただろうか。ライダーは、桜を休ませられただろうか。訊ける相手がいないことが、今は苦しかった。
「シロウ」
イリヤの声に、隣を見る。
「戻ってきた時、あなたまで倒れていたら困るでしょう」
「……そうだな」
俺は足を崩した。手を繋いだままでは、少し座りにくかった。イリヤがこちらへ寄り、二人の間にあった器をセラの方へ渡す。肩が触れた。
セイバーが鞘をそばへ寄せ、静かに目を閉じる。戸口にはリズがいた。俺は、桜の寝床から目を離した。
戻ってきたら、まず、無事だったか訊こう。責める言葉より先に。それから、何があったか聞こう。
手の中の指を握り直すと、イリヤが同じだけの力で握り返した。俺はその手を離さず、門の方へ耳を澄ませていた。