Fate/stay night IF BEYOND THE EVER   作:Мир

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第三十四話 願いへ届く準備(前編)

 やることは決まったはずだった。けれど、いざ遠坂が持ってきた紙を広げてみると、最初に何をしたらいいのか分からなかった。

 

「……これ、全部今日やるのか?」

 

「全部を今日中に終わらせる、とは言ってないわよ」

 

 遠坂はあっさり答えた。

 

「でも、何が出来るかは確かめる。出来ないなら、その理由を知っておかなきゃ」

 

 居間の卓には、さっきまで何度も書き直されていた紙が置かれていた。横には新しい紙が数枚と、遠坂が持ってきた小箱。中身は宝石と、俺には用途の分からない細かな道具だ。

 

 廊下の向こうでは、セラが桜のために湯を運んでいる。桜は話し合いの後、もう一度休むことになった。目を覚ましたら知らせる、と遠坂が約束している。

 

「イリヤは?」

 

 紙から顔を上げると、隣から袖を軽く引かれた。

 

「わたしの心配?」

 

 イリヤが面白そうに笑っている。

 

「ああ。準備に入る前に、少し休んでおかなくていいのかって」

「休んだわよ。シロウも一緒だったでしょう?」

「ああ。そうだったな」

 

 言い終える前に、遠坂がわざとらしく咳をした。

 

「はい。二人の休息事情はよく分かったから、まず作業の話に戻るわよ」

 

 イリヤは涼しい顔で俺の袖を離し、そのまま隣から遠坂へ言い返した。

 

「リンだって、さっきはサクラのそばで休んでたじゃない」

「それとこれは話が違うでしょうが」

「そう?」

 

 遠坂が何か言い返しかけたところへ、アーチャーが縁側から入ってきた。

 

「始めるのか。ならば最初に一つ」

 

 皆がそちらを見る。

 

「先ほどおまえたちが決めたのは方法ではない。方法の候補だ。そこを取り違えるな」

 

 遠坂は紙を叩いた。

 

「分かってるわよ。だから試すんでしょう」

「なら結構。ひとつずつ確かめよう」

 

 あいつの手には、見慣れない細い金具があった。

 

「それ、何だ?」

「使うかどうかもまだ分からん部品だ」

「……もう作ったのか」

「形を用意しただけだよ。働くかどうかは、これから決める」

 

 アーチャーは卓の端へ金具を置いた。俺はもう一度紙を見た。『礼装』『切断』『供給』『中止』。書かれた字はさっきと変わらないのに、それが今から自分たちの手で触るものなのだと思うと、急に重く見えた。

 

     *

 

「まず、これだけは言っておくわ」

 

 イリヤが卓に白い布を広げた。

 

「天の衣をそのまま作るんじゃないの。あれと同じことを全部させようと思ったら、こんな準備で済むわけがないもの」

 

 薄い布だった。特別な紋様も、目立つ飾りもない。セラが用意してくれたものだという。その布へイリヤが指先から銀色の糸を延ばすと、細い線が横切り、途中で折れ、また別の線と交わる。針で縫っているわけでもないのに、銀糸は布の上に留まっていった。

 

「大聖杯に触れるのは、わたし。これに考えてもらうんじゃないわ。わたしが行う操作を支えて、無理な流れが生じたら分かるようにするの」

 

「……大聖杯を勝手に動かす服、じゃないんだな」

 

「そう。勝手に動いたら困るでしょう?」

 

 さっきまでの妙な機械の話を思い出した。

 

「そりゃ、そうか」

 

 イリヤは満足そうに頷き、アーチャーへ布を向けた。

 

「ここ。必要なのは、着るものの形より、繋ぐ位置と流れを分ける構造なの」

 

「待て。そこを知っているなら、なぜ直接組まない?」

 

「全部を組むには、形を維持するものが要るのよ。わたしの糸だけで繋いだら、使う時もそこに魔力を割かなきゃいけないもの」

 

 アーチャーは布の線を目で追った。

 

「……つまり、負担を減らすための支えか」

「それと、逆流を避けるための境目」

 

 遠坂が紙を引き寄せる。

 

「大聖杯へ向けて出すものと、戻ってくる反応を同じところへ通さない、ということ?」

「うん。分けた方が、何が変わったか分かりやすいでしょう」

 

 俺がようやく二本の線を見分けたころには、三人はその線がどこで交わるべきかという話を始めていた。

 

「……なあ」

 

 イリヤが顔を上げる。

 

「それを作れば、イリヤの糸にかかる負担は減らせるんだな?」

 

「うん。全部を肩代わりしてくれるわけじゃないけど」

 

「じゃあ、元の天の衣を見ていないのに、アーチャーが作っても大丈夫なのか」

 

 アーチャーの手が止まった。

 

「良い質問だな」

「珍しいな。素直に褒めるなんて」

「肝心のものを知らずに複製すれば、外見が似ていても中身は別物になる。だから私は、天の衣を投影するとは言っていない」

 

 彼は卓の金具を持ち上げた。

 

「私が知っている構造から、使えそうなものを用意する。用途を決めるのは彼女たちだ。おまえは、自分が何を作るのか、それすら曖昧なまま真似をするな」

 

「……分かってるよ」

 

 褒められたと思ったら、結局は俺への小言か。

 

 イリヤは布の一角を指差した。

 

「じゃあ、ここからお願い。何が必要かは、わたしが説明するから」

 

「承知した。ただし、無理な構造ならその場で言うぞ」

「それでいいわ」

 

     *

 

 最初の形が出来上がるまで、思っていたほど時間はかからなかった。布に沿って留められた細い金具。銀糸が走る場所を分ける小さな枠。そこへ遠坂が用意した宝石の一つを添えると、ようやく全体が一つの道具に見えてきた。もっとも、俺がそれを着ろと言われたら、どこを通せばいいのか少し迷うと思う。

 

「腕に通すのよ、シロウ」

 

 俺が見ていたのに気づいたらしい。

 

「分かってるって」

「顔に書いてあったわ」

 

 イリヤは布を肩から腕へ掛けた。銀糸の端が、彼女の手首のあたりで止まる。

 

 遠坂が小箱から一つ道具を出した。

 

「まず、外部の術式には繋がない。イリヤの魔力を、ごく少しだけ通してみる」

 

 アーチャーも頷いた。

 

「異常があれば、流す方を止める。部品が壊れそうだからといって、無理に押さえ込むな」

 

「わたしが使うんだから、それくらい分かってるわよ」

 

 イリヤは笑って答えたが、指先は慎重だった。銀糸に小さな光が走り、布がわずかに浮き、金具がかすかな音を立てた。

 

「……どう?」

 

 遠坂が訊く。

 

「通ってる。でも……」

 

 イリヤの声が止まる。細い光が途中で重なり、次の瞬間には銀糸の一部が白く明るくなった。

 

「止めるわ」

 

 言葉と同時に光が消えた。布は静かになった。焦げた匂いも煙もない。けれどイリヤはすぐには手を離さず、自分の腕の上の道具を見ていた。

 

「痛かったのか?」

 

 俺が訊くと、イリヤは首を振った。

 

「痛くはない。でも、戻る方まで同じところに集まった。これじゃ、何をしたらそうなったのか分かりにくい」

 

 遠坂が金具の位置を確かめる。

 

「……ここね。二本にしたつもりの線が、最後に一つへ寄ってる」

 

「枠の位置は指示どおりだ。位置が違うのか、それとも、ここへ通すこと自体に無理があるのか?」

 

「位置は合ってる。でも、使い方を決めたのはこっちだから」

 

 イリヤが答えた。

 

「直すのはわたしの方。アーチャーのせいじゃないわ」

 

 アーチャーは少しだけ眉を上げた。

 

「では、どう直す?」

 

「この二つを離す。……リン、こちらの石で反応を分けられる?」

 

「出来ると思う。少なくとも、どちらを通ったかの確認なら」

 

 遠坂が頷くと、イリヤは布を外し、銀糸の一本を丁寧にほどいた。直すのは一か所だけ。土蔵での修理も、故障を見つけずに部品を交換してしまうと、直った理由が分からないことがある。

 

「……遠坂」

「何?」

「それ、やり直す前に印をつけておいた方がいいんじゃないか。どこを変えたのか」

 

 遠坂は一度紙を見て、それから俺の方を見た。

 

「……あんた、そういうのは気が利くのね」

「どういう意味だよ」

「褒めてるのよ。ちゃんと」

 

 言いながら、紙に線を引いた。イリヤが俺へ笑いかける。

 

「ありがと、シロウ」

 

「ああ」

 

 それだけなのに、妙に嬉しかった。

 

 アーチャーが金具を一つ外す。

 

「さっそく二度目だ。今度は、結果を見てから喜びたまえ」

 

「……分かってるって」

 

 別に、試験が済んだから喜んだわけじゃない。そう言い返すのも妙なので、口をつぐんだ。

 

     *

 

 二度目は、光が途中で重ならなかった。イリヤの手首から肩へ、細い光が一つずつ移る。どれもすぐに消えるが、遠坂は紙の上でその順番を追っていた。

 

「戻りは?」

「分かれてる。……うん、今ならどっちから返ってきたか分かるわ」

 

 イリヤが答えた。遠坂は宝石から指を離した。

 

「こっちも反応が取れてる。少なくとも、さっきみたいに重なってはいない」

 

「じゃあ次は、少しだけ流れを変えてみる」

 

 イリヤが手を動かすと、光の順番が変わった。今度は遠坂の方から、変わった場所を言い当てる。

 

「……そこよね?」

「当たり」

 

「何か景品は?」

 

 遠坂が冗談半分で言うと、イリヤは得意そうに顎を上げた。

 

「リンの分の宿題を減らしてあげる」

 

「……どこの先生よ、あんたは」

 

 俺は笑いかけて、ふと、アーチャーの方を見た。あいつは布を留めた金具をじっと見つめている。

 

「どうした?」

 

「今の負荷なら形を保っている。次は、流し続けても持つか確かめる」

 

「動いたのは一度だけだもんな。続けて流すと、どこかに無理が出るのか?」

 

「それを確かめる。本番では、さらに負荷が変わるからな」

 

「……そうだな」

 

 遠坂はもう一度イリヤへ訊いた。

 

「続けられる?」

「少しなら。だけど、試験だからって使い過ぎるのは嫌ね」

 

「それでいいわ。維持を確かめたら一度終わり。今日ここで大聖杯の代わりを作る必要はないもの」

 

 イリヤは小さく頷いた。もう一度光が灯り、今度はしばらく同じ状態が続く。直した機械も、しばらく動かしてみないと分からない。流れの細かな違いまでは分からないが、布と金具の変化なら俺にも見える。目を凝らしている間も、遠坂は何度も紙を見て、イリヤはその都度、自分の感覚を伝えた。

 

 やがてイリヤが指を下げる。

 

「止めるわ」

 

 光が、一本ずつ消えた。最後の線が暗くなっても、布は形を保っている。

 

「……大丈夫?」

 

 俺が声をかけると、イリヤは肩を回した。

 

「うん。ちょっと疲れたけど、これなら使いながら何が起きてるか確かめられそう」

 

「本物の大聖杯から返ってくるものまで、今ここで試せたわけではないぞ」

 

 アーチャーの声に、イリヤは布を外して卓へ置いた。

 

「それでも、さっきよりは進んだでしょう?」

 

 アーチャーは一瞬答えなかった。

 

「ああ。それは間違いない」

 

 イリヤが笑う。俺も、思わず口元が緩んだ。さっきまで紙の上にしかなかったものが、卓に載っている。

 

 遠坂は書き込みの済んだ紙の端へ、『中止』と書き加えた。

 

「こっちも確かめたわね」

 

「待て。試したのは、礼装から自分で魔力を引いた時の停止だけだ」

 

 アーチャーが言った。

 

「外から別の力が流れ込んだ時に、同じように切れるかはまだ分からん。何より、外部で起こったことが元に戻るとは限らない」

 

 遠坂の筆記具が止まる。俺は紙の上の『中止』という字を見た。

 

「……ああ。前に話した、あれか」

 

「何の話?」

 

 イリヤに訊かれ、少し考えた。

 

「コンピュータの、命令を止める話。……えーと、何だったっけ、あの変な名前」

 

 遠坂の目が、すっとアーチャーに向いた。

 

「エーアイエージェント、でしょ?」

 

「……よく覚えていたな」

 

「そりゃ覚えるわよ。突然聞いたこともない単語が出てきたんだから」

 

 アーチャーは、さっさと紙に視線を戻した。

 

「その区別を、ここでも忘れないことだ」

 

「でしょうね」

 

 遠坂も今回は追及せず、代わりに紙へ二つの欄を作った。『こちらからやめる』と、『向こうに起きたこと』。

 

「前者だけ、今試せた。後者は分からない。……これでいい?」

 

「うん」

 

 イリヤが頷いた。

 

「実際の聖杯で何が起こるかを、ここで決めつけない。危なくなったら、やめるかどうかを判断できるようにしておく」

 

 『向こうに起きたこと』。その欄には、まだ何も書けない。卓の道具が急に頼りなく見えた。

 

「……怖いな」

 

 気づけば、口に出していた。イリヤが俺を見る。

 

「うん。怖いわよ」

 

 意外なくらい、あっさりした返事だった。

 

「だから、ここまで確かめたんじゃない」

 

 彼女は卓の布を軽く撫でた。

 

「怖くなくなったから使うんじゃないわ。何が怖いのか、少しでも分かってから使いたいの」

 

 俺は頷いた。「怖いわよ」という声に、胸の奥の張りが少し緩んだ。

 

     *

 

「さて」

 

 アーチャーが俺へ向き直った。

 

「次はおまえだ」

 

「……ああ」

 

「目を逸らすな。剣を作りたいと言ったのはおまえだろう」

 

「逸らしてないって」

 

 卓を片づけるのを手伝いながら、俺は右手を開いて、握った。傷も痛みもない。鞘は今も働いているのだろう。さて、魔術の方もこう上手くいってくれればいいが。

 

「どこでやる?」

 

 遠坂が訊く。

 

「ここでいい。ただし、周りのものを片づけてくれ。試すのは切断能力であって、家具の丈夫さではないからな」

 

「……俺が壊す前提なのか」

 

「おまえの仕事ぶりを考えれば、用心するに越したことはない」

 

 イリヤが笑った。

 

「大丈夫よ、シロウ。壊しそうになったら止めてあげる」

 

「……助かる」

 

 遠坂は少しだけ離れたところへ台を置き、俺に向き直った。

 

「ただし桜の身体も、誰かとの契約も、今日は絶対に試験に使わないわよ」

 

「ああ。分かってる」

 

「その確認が出来てるならいいわ」

 

 アーチャーは壁際に立った。

 

「では、見せてみろ」

 

 俺は息を吐いた。

 

 思い浮かべるのは柳洞寺で見た短刀の、紫がかった曲がった刃。刃物なのに、ただ肉を切るためのものには見えなかった。

 

 あの時、キャスターの手にあったものを見て、俺は思わずセイバーへ叫んだ。触れるな、と。俺とセイバーの繋がりさえ切ってしまうかもしれない。あれを見た時、そんなことまで頭へ流れ込んできた。だから、形だけを覚えているわけじゃない。ただ、それをもう一度、間違いなく辿れるか。

 

「……始める」

 

 意識を内側へ向けた。輪郭。刃の厚み。柄と刃の繋がり。表に見えたものと、その奥にあった働き。教会では、剣を形にするだけで精一杯だった。今は急がず、読み取ったものを一つずつ辿れる。どこで何が繋がり、どういう働きで断つのかを、順に確かめる。

 

 魔力が動いた。手の中に、短い重さが生まれる。

 

「……出来た」

 

 思ったより早かった。握った柄の先に、あのいびつな刃がある。教会で氷剣を初めて作った時のように、腕全体が引きちぎられるほど重くなる感覚はない。だが、アーチャーはすぐには頷かなかった。

 

「刃先は下げておけ。そのまま、こちらへ見せろ」

 

 俺は言われたとおりにした。あいつはしばらく刃を見ていた。

 

「形は悪くない。初めからこれだけ出せるとは、少し意外だったな」

 

「……褒めてるのか?」

 

「半分は」

 

 残り半分を聞くのが怖い。

 

 アーチャーが刃の付け根を指した。

 

「だが、ここが曖昧だ。おまえは切断という働きを優先するあまり、その働きを支える構造を一部飛ばしている」

 

「……分かるのか、そんなこと」

 

「おまえが作ったものだろう。おまえが一番分からなくてどうする」

 

 無茶を言う。だが、言われた場所を見直すと、確かにそこだけ、手応えが薄かった。刃の表面はある。形も見えている。けれど、何を通ってその働きへ届くのか、途中の線が途切れているような感じがする。

 

「……ここか」

 

「自分で見つけたなら、直してみろ」

 

 息を整えて魔力を少し戻し、途切れていた線を辿り直す。短刀の刃が、微かに揺らいだ。消えた、と思った次の瞬間、輪郭がもう一度はっきりする。

 

 手の中の重さが変わった。見た目にはほとんど同じだ。それでも、さっきより確かなものを握っていると分かる。

 

「……これなら?」

 

 アーチャーは少し間を置いて、頷いた。

 

「よかろう」

 

 その一言で、俺はようやく息をついた。イリヤが横から手を伸ばしかけ、それから短刀を見て引っ込めた。

 

「すごいじゃない、シロウ」

 

「……そうかな」

 

「だって、ちゃんと自分で直したでしょう?」

 

「ああ。アーチャーに言われたけどな」

 

「言われただけで出来るなら、みんな苦労しないわよ」

 

 イリヤが笑った。嬉しくなり、俺も笑い返した。

 

 遠坂が両手を叩く。

 

「はい、次は働きを確かめるわよ」

 

「……ああ」

 

     *

 

「契約を作るわけにはいかないから、似た働きのものを用意するわ」

 

 遠坂は卓に、小さな札を二枚並べた。どちらにも細かな線が書かれている。線は違う形なのに、置かれた途端、二枚の間に何かが通ったように感じた。

 

「これとこれを、わたしの術で結んである。片方を動かしても、もう片方の反応が変わる。……分かる?」

 

 俺は札に近づいた。

 

「何となく。別々の紙なのに、間に一本あるみたいだ」

 

「そう。その一本だけを切ってほしいの。紙そのものは、出来れば傷つけないで」

 

「出来れば、って」

 

「出来るかどうかを試すんでしょう」

 

 それもそうか。

 

 アーチャーは札の位置を少し離した。

 

「断つべきものが物体の間にあるとは限らん。目に見える糸を切るつもりで振り下ろすなよ」

 

「分かってる」

 

 短刀を握り直す。見た目だけなら、妙な形の短い刃だ。遠坂の札と比べても、武器の方がずっと物騒に見える。だが、何に触れようとしているのかは分かる。

 

 刃先を、一枚の札に近づける。その手前で止まった。

 

「……ここか?」

 

「おまえがそう思うなら、理由を言え」

 

 アーチャーは相変わらずだ。

 

「二枚を繋いでるのは、札そのものじゃない。遠坂が通した魔術だろ。だったら、その術がかかってるところに刃を触れさせればいい」

 

「続けたまえ」

 

 もう一度、薄い繋がりを探した。二枚を結ぶ術が施された札へ、短刀の刃をそっと触れさせた。何かが、すっと抜けた。音はせず、札も破れない。それでも、二枚の間にあった手応えだけが消えていた。

 

「……遠坂」

 

 呼ぶ前に、彼女は一枚の札を持ち上げていた。もう片方は、何の反応も示さない。遠坂は札を裏返し、指先で確かめる。

 

「……切れてる」

 

 俺は短刀を見た。手の中で、刃はまだ形を保っている。

 

「本当に?」

「ええ。少なくとも、わたしが繋いだ方は完全に切れたわ」

 

 アーチャーが札を一枚受け取った。

 

「紙は傷ついていない。描かれた線も残っている。だが、二枚を結ぶ術の働きは消えているな」

 

「……じゃあ」

 

 俺は顔を上げ、桜を助けられる、と言いかけた。

 

「言うなよ」

 

 アーチャーの声が先に来た。

 

「これは遠坂が試験用に作ったものだ。桜の身体の奥にある契約とは、複雑さも、他との絡み方も違う。いま確かめた以上の成功を勝手に足すな」

 

「……ああ」

 

 言いかけたことまで見透かされていた。だが、手には今の手応えが残っている。今度は、次に確かめることを口にした。

 

「じゃあ、本番では遠坂たちに、どこを切るか教えてもらう」

 

「それと、サクラの状態を確かめながらやるのよ」

 

 イリヤが言った。

 

「切れたら終わり、じゃないから」

 

「……少しずつ、分かってきた」

 

 イリヤが笑った。

 

「うん。それでいいわ」

 

 俺は短刀をもう一度見た。普通の刃なら、切り口を見ればいい。けれど、今切ったものには初めから形がない。俺が刃の手応えを伝え、遠坂たちが術の変化を確かめる。話し合っていた分担が、やっと実際の作業になった。

 

「どうする、これ。持ったままにしておいた方がいいか」

 

 俺は訊いた。

 

「いったん手を離す前に、形と手応えを覚えておけ。消えても次に同じものを作れなければ、実戦では困る」

 

 アーチャーの指示に従って、俺は構造をもう一度辿った。さっき間違えかけた付け根も、今ははっきり見える。

 

 魔力を止める。短刀はすぐには消えなかった。手の中に残るそれを見て、俺は自分の術が普通の投影とは少し違うのだという話を思い出した。消えずに形を保つものがある。だから、作った後の扱いも考えなくてはいけない。

 

「……残ったな」

 

「ならば保管の仕方も決めておけ。何にでも触れさせていいものではない」

 

「持ち歩く時も、刃先は隠した方がいいわね」

 

 遠坂が答えた。

 

 いま切れたものは札の結び付きだけだ。この刃を、うっかりセイバーへ触れさせたらどうなるのか。想像しただけで背筋が冷えた。俺は渡された布を使い、刃へ不用意に触れないよう包んだ。

 

「……あの氷の剣といい、最近は片づけるものが増えてるな」

 

「作った本人が言うな」

 

 アーチャーの返事は早かった。遠坂が笑い、それにつられてイリヤも笑った。

 

 俺は笑えなかった。……いや、少しだけ笑った。

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