Fate/stay night IF BEYOND THE EVER   作:Мир

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第五話 寄り道

 夕食の片づけを終えてから、セイバーと居間に残った。

 

「日曜なら、朝から出られると思う」

 

 帰り道で話しきれなかった城への招待について、もう一度相談する。

 学校が終わってから出かけるには、どうも遠すぎる。イリヤが見せてくれた城の周りは森ばかりで、途中にどんな道があるのかも分からなかった。

 

「イリヤスフィールが案内するのですね」

 

「ああ。迎えに来てくれるって。セイバーも客として迎えると言ってた」

 

「バーサーカーも、その城にいる」

 

「いると思う。明日、公園で会うから、その時にもう一度聞くよ」

 

 セイバーは湯呑みに手を添えたまま、少し考えていた。

 

「訪問中だけでなく、帰るまで互いに攻撃しない。それは確かめておいてください」

 

「分かった」

 

「それと、私の見えない場所へ一人で行かないこと」

 

「……城の中でもか」

 

「特に、城の中でです」

 

 先に釘を刺されてしまった。

 どれほど広い家でも、迷子になっただけで済むとは限らない。イリヤの後について歩くうちに、セイバーとはぐれました、では話にならないか。

 

「でも、来てくれるんだな」

 

「貴方を一人で行かせるわけにはいきません」

 

「うん。頼む」

 

 そう言うと、彼女はようやく湯呑みを持ち上げた。

 

 遠坂への電話はその後に済ませた。

 今日の訪問で争いは起きなかったこと。今度は俺が招かれたこと。訪問は日曜日を考えているが、まだイリヤには話していないこと。

 

『……一日で、そこまで話が進んだわけ』

 

「家を案内してたら、そうなった」

 

『あんたの家を見たから、次は向こうの家?』

 

「そういうことだな」

 

 受話器の向こうで遠坂が息を吐いた。

 

『セイバーは?』

 

「一緒に来てもらう。今、相談したところだ」

 

『なら、約束が決まったら教えて。出発する時間と、どこで落ち合うのかも』

 

「ああ。遠坂も、何かあったら言ってくれ」

 

『言うわよ。こっちの話もちゃんと聞いてもらうから』

 

 最後だけ、少し強い声になった。

 返事をして電話を切る。城へ遊びに行くことを話すだけなのに、確認することはずいぶんある。

 それでも、日曜ならと口にした時には、もう行くつもりになっていた。

 

 台所へ戻って、乾いた湯呑みを食器棚へ運んだ。

 帰ってから空けておいた場所に二つ並べると、ちょうど収まった。

 

     *

 

 翌朝、一成に捕まった。

 

「衛宮。放課後に少し時間があるか」

 

「昼なら空いてるけど、今度は何が壊れたんだ」

 

「まだ何も言っていないだろう」

 

「そういう聞き方をされる時は、たいてい何か壊れてる」

 

 一成は否定しなかった。

 生徒会室の棚の戸が閉まらないらしい。見てみないことには分からないが、蝶番が緩んでいる程度なら昼休みで済むだろう。

 

「放課後じゃ駄目なのか」

 

「今日は約束があるんだ」

 

「ふむ」

 

 一成が俺の顔を見る。

 何か言われると思って待ったが、一成は黙ったままだ。そうされると、かえって気になる。

 

「なんだよ」

 

「いや。都合がある時はそう言え。毎回こちらに合わせなくてもよい」

 

「毎回ってほどじゃないだろ」

 

「では、昼に頼む」

 

 話を終えた一成は先に教室へ入っていった。

 その背中に続こうとして、廊下の向こうから来た慎二と顔を合わせる。

 

「相変わらず便利に使われてるね、衛宮」

 

「戸を直すだけだ。大したことじゃない」

 

「知ってるよ。おまえ、そういうの好きだもんな」

 

 慎二は笑って、俺の横で足を止めた。

 

「そういえばさ。最近、遠坂と何を話してるわけ?」

 

「何って」

 

「見かけるんだよ。おまえたち、一緒にいるところ。前は挨拶もしなかったのに、急に仲良くなったんだ」

 

 返事に詰まった。

 魔術師だと分かったから話すようになった、とは言えない。だからといって、妙な作り話をしても後で困る。

 

「ちょっと、相談に乗ってもらってる」

 

「へえ。遠坂が、おまえの相談にね」

 

 慎二は俺の肩越しに廊下を見た。

 つられて振り返ったが、そこに遠坂がいるわけではなかった。

 

「まあ、あまり調子に乗らないことだね。向こうだって暇じゃないんだからさ」

 

 それだけ言うと、慎二は片手を上げて行ってしまった。

 相談をしているだけで、調子に乗ったつもりはない。言い返そうとしたところで予鈴が鳴り、俺も教室へ入った。

 

 昼の修理はねじを締め直すだけで終わった。

 棚の戸を何度か開け閉めして確かめ、一成と弁当を食べた。午後の授業も、いつもどおりに過ぎた。

 最後の号令の後、机の中を確かめて鞄を閉じる。

 家でセイバーと合流してから、公園へ向かった。

 

     *

 

 イリヤはベンチに座っていた。

 俺たちに気づくと立ち上がったが、いつものようには駆けてこなかった。コートのポケットに手を入れ、何かを確かめている。

 

「待ったか」

 

「少しだけ。シロウの学校って、毎日こんな時間まであるの?」

 

「だいたいな。今日はすぐ出てきた方だぞ」

 

「ふうん。じゃあ、早く終わらせたご褒美をあげる」

 

 差し出されたのは、四角く畳まれたハンカチだった。

 

「……俺のだろ、これ」

 

「ちゃんと返してあげたんだから、そういう顔しないの」

 

 受け取ると、布の角まできちんとそろっていた。昨日貸した時よりも、よほど丁寧に畳まれている。

 

「ありがとう。洗ってくれたんだな」

 

「セラに頼んだの。わたしがやるって言ったら、かえって手間が増えますから、手を出さないでくださいって」

 

「それは……まあ、慣れてる人がやった方が早いこともある」

 

「シロウまでセラの味方するの?」

 

「いや、きれいになってるから、礼を言っただけだって」

 

 ハンカチをポケットにしまうと、イリヤはその手を目で追った。

 何か言いたそうだったが、俺が顔を上げる頃には、もうセイバーを見ていた。

 

「今日はセイバーもお買い物?」

 

「シロウに同行します。貴女と二人きりにするわけにはいきませんから」

 

「いいわよ。今日はお店を見るんだもの。剣を出したりしなければ」

 

「貴女にも同じことをお願いします」

 

「うん。シロウと遊んでる時に邪魔されるの、わたしも嫌だもの」

 

 イリヤが俺の袖をつかんだ。

 

「というわけで、今日はあっち。見たいものがあるの」

 

 商店街の方を指さす。

 何を見るのかと聞き終わる前に、イリヤはもう歩き始めていた。

 

 連れていかれたのは、食料品店の二軒隣にある小さな雑貨屋だった。

 看板は知っている。店の前もよく通る。ただ、用がないので中へ入ったことはなかった。

 イリヤは窓の前で俺を止め、ガラス越しに棚を指した。

 

「ほら、あれ。お花がついてるでしょう」

 

「あの鏡か」

 

「そう。昨日も見えたんだけど、シロウのお家に行くんだから、寄っちゃ駄目だと思って」

 

「言えばよかったのに」

 

「だって、早く行きたかったんだもの」

 

 そう言ってから、イリヤは俺の袖を引き直した。

 

「今日はいいでしょう?」

 

「もちろん。見たいなら入ろう」

 

 店の戸を開けると、小さな鈴が鳴った。

 暖房の利いた店内には石鹸と木のような匂いがした。棚の間はあまり広くない。鞄を体の前へ持ってきて、飾られたものに引っかけないように進んだ。

 

「シロウ、こっち」

 

 イリヤはもう目当ての棚で、白い花の模様がある手鏡と、蓋を開くと立てられる丸い鏡を並べていた。

 

「どっちがいいと思う?」

 

「使うなら、こっちかな」

 

 丸い方を示した。

 

「どうして?」

 

「置けるだろ。両手が空くし、畳めば持ち歩く時も傷がつかない」

 

「……ふうん」

 

 返事が気に入らなかったらしい。

 イリヤは花のついた方を持ち上げて、俺の目の前へ差し出した。

 

「こっちは?」

 

「それもいいと思う。ただ、鞄の中で他のものとぶつけると」

 

「シロウ。わたし、丈夫な鏡を探しに来たんじゃないの」

 

 横から、セイバーが棚を覗いた。

 

「持ち運ぶのであれば、蓋のある方が扱いやすいでしょう」

 

「ほら」

 

「セイバーには聞いてないわ」

 

 即座に言い返され、セイバーの眉が動く。

 どうやら、味方が増えたことを喜んでいる場合ではなかった。

 

「じゃあ、何を聞いてるんだ」

 

「わたしが持つなら、どっちがいいかって聞いてるの」

 

 ああ、そういうことか。

 鏡のことばかり考えていた。改めてイリヤを見る。

 

「それなら、花の方」

 

「……どうして?」

 

「その白い花、イリヤの髪と同じ色だろ。そっちの方が似合うと思う」

 

 イリヤは鏡を胸元へ下げた。

 一度、模様を自分の方へ向けて確かめる。それから俺を見上げた。

 

「初めからそう言えばいいのに」

 

「初めからそう聞いてくれ」

 

「シロウが勝手に、お店の人みたいなことを言い始めたんでしょう」

 

 向こうのカウンターにいた店の人がこちらを見て笑っていた。

 聞こえていたらしい。少し居心地が悪くなったが、イリヤは気にした様子もなく、今度は棚の下段を見始めた。

 

 鏡一つを選ぶだけなら、すぐに終わると思っていた。

 そうでもなかった。

 イリヤは小さな箱の蓋を開け、何を入れるのかと俺に聞く。髪留めを見ていたかと思えば、次には妙な形の匙を持っていた。

 

「シロウ、これは?」

 

「砂糖を入れるんじゃないか」

 

「こんなに小さいのに?」

 

「だから、少しずつ入れられるんだろ」

 

「何回も入れなきゃいけなくなるじゃない。それなら最初から大きい方がいいわ」

 

「甘くしすぎないための大きさなんだと思うぞ」

 

「じゃあ、わたしにはいらないわね」

 

 納得したように、イリヤは匙を棚へ戻した。

 欲しいものは決まっている。そのわりに、目に入ったものは一通り確かめないと気が済まないらしい。

 

 俺も途中から値札を先に見るのをやめた。

 買うかどうかとは関係なく、見ているだけで話すことが出てくる。こんなものを誰が使うんだと思った品を、イリヤが気に入ることもあった。

 反対に、俺が手に取った小さな道具入れには、あまり興味を示さなかった。

 

「これも、何か直す時に使うの?」

 

「ああ。引き出しが分かれてるから、ねじの大きさごとに」

 

「またねじのお話?」

 

「大きさを分けておくと、探す時に楽なんだって」

 

 イリヤは、ふうん、と箱を覗き込んだ。

 

「じゃあ、シロウのお部屋は、こういうのを増やせばいいのね」

 

「いや。必要な分はある」

 

「でも、今は欲しそうな顔をしてたわ」

 

 そういう顔をしていたのだろうか。

 思わず箱を棚に戻すと、イリヤは楽しそうに笑った。

 

 結局、買ったのは花の模様がある鏡だけだった。

 イリヤは自分で財布を出し、小銭を手のひらに並べた。俺が横から小銭を指さすと、イリヤはその指を軽く押し戻した。

 

「分かるわよ。そのくらい」

 

「ああ、悪い」

 

「これは、こっち。あとは……これね」

 

 確かめるように代金を出し、包みを受け取った。

 店を出たらすぐポケットへしまうのかと思ったが、イリヤはしばらく包みを手に持っていた。

 

「寒くないか。手」

 

「平気」

 

 そう言って、イリヤは空いている方の手で俺の袖をつかんだ。

 

「もう一軒、寄っていい?」

 

「時間なら、まだあるけど」

 

「じゃあ、あっち。さっき、おいしそうなのが見えたの」

 

 今度は俺にも分かった。

 パン屋の窓に焼き上がった菓子パンが並んでいる。

 隣を見ると、セイバーも同じ方を向いていた。

 

「……夕飯までには帰るからな」

 

「分かってるわ。シロウったら、買う前から心配しすぎ」

 

 俺の袖を引く力が少し強くなった。

 

     *

 

 公園へ戻って、三人でパンの袋を開けた。

 イリヤが選んだのは、表面に砂糖のかかった丸いパンだった。切り込みの間からクリームが見える。

 食べにくそうだと思って見ていたら、案の定、ひと口目で指にクリームがついた。

 

「ほら、紙」

 

「持ってるわよ」

 

 イリヤは自分で指を拭いてから、俺のパンを見た。

 

「シロウのは、何が入ってるの?」

 

「何も入ってない。くるみが混ぜてあるだけ」

 

「それでよかったの?」

 

「こういうのも好きなんだよ。少し食べるか」

 

 端をちぎって差し出すと、イリヤは受け取った。

 しばらく噛んで、真面目な顔で頷く。

 

「おいしいけど、シロウのは明日の朝ごはんみたい」

 

「パンなんだから、朝飯にもなるだろ」

 

 セイバーが小さく咳をした。

 見ると、口元に手を当てている。笑ったのかもしれないが、こちらへ向いた時にはいつもの顔に戻っていた。

 

 俺は袋を畳みながら、昨日の相談を持ち出した。

 

「イリヤ。城へ行くの、日曜はどうだ」

 

 イリヤの手が止まった。

 

「今度の日曜日?」

 

「ああ。学校もないし、朝からならゆっくりできる。イリヤの都合がよければだけど」

 

「いいよ。わたしは、いつでも」

 

 イリヤはすぐに答えたが、少し考え直すように目を伏せた。

 

「……うん。日曜がいいわ。セラにも、ちゃんと言っておかなくちゃ」

 

「バーサーカーもいるんだろ」

 

「いるわよ。わたしのお家だもの」

 

「俺たちが帰るまで、戦いにはしない。それでいいか」

 

 イリヤはセイバーと俺を順番に見た。

 

「いいってば。バーサーカーにも、お客さまには手を出させないわ。セイバーも、剣より先にお茶を飲んでね」

 

「貴女が約束を守る限り、私から争いを起こすことはありません」

 

「なら、決まり」

 

 イリヤは満足そうに頷いた。

 指についた最後の砂糖を紙で拭き、俺の方へ少し体を寄せる。

 

「どこから見たい? シロウ、お庭も歩きたいって言ったでしょう。お茶は、その前と後、どっちがいい?」

 

「着くまでにどれくらい歩くかにもよるな。まだ、道も知らないんだから」

 

「わたしが案内してあげるから大丈夫よ。シロウが勝手に変な道へ行かなければ」

 

「行かないって」

 

 まだ木曜なのに、日曜の話はいくらでも続いた。

 広い廊下のこと。本のある部屋のこと。上から見ただけでは分からなかった庭のこと。

 俺が一つ聞くと、イリヤは二つ、三つと教えようとする。それでいて、詳しく尋ねると、来てからのお楽しみだと言う。

 

「明日も、学校が終わったら来る?」

 

 帰り際、イリヤが聞いた。

 

「来るよ。今日と同じくらいになると思う」

 

「じゃあ、明日はこっちから迎えに行こうかな。学校の方って、あまり歩いたことないもの」

 

「中へ勝手に入るなよ。知らない子が歩いてたら、先生に捕まるぞ」

 

「捕まらないわよ、そのくらいで」

 

「いや、そういう意味じゃなくてな」

 

 イリヤは笑って、俺の袖を離した。

 

「分かってる。お外で待ってるから、ちゃんと見つけてね」

 

 帰る時には、鏡の包みはもうポケットに入っていた。

 イリヤは俺たちとは別の道へ向かい、角を曲がる前に一度だけ振り返って手を振った。

 俺も手を振り返し、セイバーと家へ向かった。

 

 夕飯の献立を考えかけて、朝の一成とのやり取りを思い出した。

 俺の都合に合わせていい、と言われた。

 棚の戸は直ったし、授業も受けた。明日の分の宿題も、そう多くはない。

 帰ってからも、やることはちゃんと残っている。それなのに、ずいぶん長い時間、遊んでいたような気がした。

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