Fate/stay night IF BEYOND THE EVER 作:Мир
大洞窟の入口側では、赤い槍が岩を削り続けていた。朱の残光が闇に細い裂け目を残す。その跡を白い火花が埋め、散りきる前に、次の槍が走った。岩壁に揺れる三人の影だけが大きく、剣戟のたびに、獣の群れのように重なっては離れる。高く衝突した剣と槍が、次には足元で火花を散らす。続く一撃は、前の二つと同時に放たれたかのように見えた。
騎士王の金髪が風を受けて流れる。ほどけた一房が火花を拾い、金の糸となって頬をかすめた。彼女の目は、その輝きにも瞬かなかった。
士郎から届く魔力が、鎧の下で熱を帯びた。その流れを支えるイリヤとともに、彼は今、奥へ進んでいる。剣を振るう力はある。先へ行かせた以上、この槍を彼らの背へは届かせない。セイバーは槍を受ける手を締め直した。右肩には、先ほど削られた鎧の重さが偏っている。
セイバーは右足を半歩引き、透明な刀身で朱の穂先を逸らす。逸らした先に、すでに槍の石突がある。
身を沈めると、石突が肩のすぐ上を掠め、鎧を削った。
「ははっ! いいぞ、セイバー!」
槍兵の笑い声が天井を震わせた。喉に食い込んでいた首輪が外れたように、息が通る。マスターの顔を思い浮かべれば腹は立つ。だが、騎士王と弓兵を相手に死力を尽くせという命令に、文句はなかった。
笑いながら振るう槍の穂先は、一寸も甘くならない。
*
アーチャーは後方へ下がっていた。双剣の片方が砕けた。断面に残る光が、床を転がりながら一つずつ消えてゆく。アーチャーは、その最後の一片を見届けなかった。右手の刃を離すより前に、左手へ同じ輪郭が生まれた。
「……また作るか」
槍兵が笑う。
「便利だな、おい。何本折っても困らねえときた」
「そう思うなら、もう少し壊さずに扱ってもらいたいものだ」
言い返すアーチャーの右頬には、細い傷が走っていた。
矢避けの加護と、神速の槍捌き。直接狙う投剣はことごとく躱され、弾かれていた。
ならば、狙う場所を変える。
アーチャーは床の亀裂を見た。左に傾いた石柱、壁に沿って迂回できる三歩分の隙間、セイバーがランサーを受け止める位置。それらのあいだへ、短い刀身を一本、投影して打ち込む。刃が突き立ち、ランサーが石柱の右へ回る道を狭めた。
槍兵が足の置き場を変えたところへ、セイバーが斬り込む。迎え撃った朱槍との衝撃が、二人の足元の石を粉砕した。
アーチャーは、その粉塵の向こうでセイバーと一瞬だけ視線を合わせた。頷きを待たず、次の剣を放つ。騎士王が踏み込み、逃げ道を塞がれた槍兵を斬った。
この連携なら、時間を稼げる。
アーチャーは奥へ続く道を一瞥した。四人が遠ざかったのは確かめている。しかし、この位置ではまだ近い。
入口寄りへ退き、槍を誘う。セイバーも斬り結びながら位置を変えた。槍兵を奥へ抜かせず、三騎の足場を少しずつ移してゆく。背後の通路を越え、岩床が大きく扇形に開けたところで、弓兵はようやく踵を止めた。
あとは、唱え終えるまでの時間が要る。
*
同じ大洞窟の奥で、士郎は言峰の拳を剣の柄で受け止めていた。身体が二歩押される。手は痺れたが、剣は離れない。爪の内側にまで痛みが詰まり、柄が掌へ食い込んでいた。
庭で、何度も足を直されたことを思い出す。退く時には、足を先に。士郎は右足を斜めへ置くが、言峰はその足の行き先まで読んでいる。
「その一歩は正しい」
黒衣の神父が言った。
「次の一歩まで考えていれば、なおよかった」
左の黒鍵が士郎の肩を掠め、血を散らした。剣を振り返すより速く、神父は身体を引いている。
士郎は追わなかった。斬り返せなかった悔しさに、足まで引かれそうになる。だが、今はここを空けられない。
正面には言峰。左側に凛。石柱の奥に桜とイリヤ。
言峰は霜を警戒し、右へ踏み込む前に重心を引くようになっていた。その足を追おうとすると、もう次の黒鍵が来る。
「遠坂」
「聞いてる」
「右に行くと思わせて、左へ――」
「そこまで声に出さない!」
言峰の口元が動いた。
「凛への指示なら、私にまで聞かせる必要はないぞ、衛宮士郎」
凛が宝石を指のあいだへ滑らせた。
「……うるさいわね。必要な話は終わったわ」
小さな石の中で、薄緑色の光が満ちた。結晶を挟んだ指の陰まで、若葉を透かすような緑に染まる。
「――Es läßt frei!」
石が弾けた。風圧が岩床の粉を巻き上げる。緑の光を含んだ砂塵が一筋、言峰の右腕へ巻きついた。言峰の目が光を追う。風圧を受けた袖が膨らみ、黒鍵を持つ右手が僅かに押された。拳と刃の軌道がずれる。
そのずれへ、士郎の剣が入った。氷の刃が言峰の袖を裂く。だが、斬り込みきれない。神父は脇腹を引き、身体を捻るだけで切っ先を外へ送った。同時に、黒鍵の柄が氷剣の鍔元を強く打った。
士郎の右腕が開いたところへ、言峰が踏み込む。
「……まだだ!」
士郎は左の肩を前へ入れた。最初の打撃を肩で受け、反動を使って剣を引き戻そうとする。
言峰はそれを待っていた。拳が柄を握る指の内側へ走った。白い刀身が士郎の手から跳ね、壁の方へ飛んだ。床を一度滑り、石柱の根元へ深く突き立つ。
砕けた石片が霜を被って落ちた。石柱へ半ば埋まった刃が、まだ細かく震えている。鍔の下から這い出た冷気は、飛び散った石屑を順に白く曇らせた。
士郎の掌には、その重さだけが残っていた。
*
セイバーは、ランサーの槍を二度受けた。三度目が来る前に、赤い弓兵の声がした。
「セイバー」
セイバーは、背後へ退いた弓兵の位置を確かめた。先ほどから稼いでいた距離と、その呼びかけで意図を察する。
「時間が必要なのですね」
「ああ。少しばかり長い」
「どのくらいです」
「奴が退屈するほどではない」
ランサーが喉を鳴らした。
「面白え。何をする気だ?」
「見ていれば分かる」
「見せてくれるまで待つ義理はねえがな!」
槍が来た。セイバーが正面へ出る。その背後で、アーチャーは右手を胸の前へ添えた。内なる世界を開くため、最初の句を紡ぐ。
「I am the bone of my sword.」
短い英語が石の天井へ届くより前に、ランサーの槍がセイバーの鎧を叩いた。胸部の装甲が火花を散らす中、セイバーは正面から押し返した。
「Steel is my body, and fire is my blood.」
硬い子音が、剣戟の隙間を渡る。火花が頬を掠めても、声は揺れなかった。
セイバーは一撃を受け、次を払う。金属音に声が埋もれるたび、背後の気配へ意識を配った。詠唱は、まだ続いている。終わりまで、この槍を通さない。彼女は石を踏み砕き、朱の穂先を押し返した。
槍兵の目が、剣を受け止めている少女の肩越しに動いた。
「……おい。そいつは、ちょいと見過ごせねえな」
セイバーは穂先から目を離さなかった。
「私が相手です」
「そう言われちゃ、ますます燃える!」
穂先が九つの線に見えた。朱を含んだ細い光が扇のように開き、次の瞬間には、そのすべてが騎士王へ閉じてくる。首を狙う軌道と、胸を狙う軌道が同じ時に迫る。
セイバーは風を纏った剣を引き、刃の姿が見えないことを利用して、槍の柄を横から打つ。
それでも朱槍は止まらない。一撃は肩を掠め、別の一撃は装甲を削り、さらに下から喉を狙って上がってくる。後退したセイバーのかかとが、岩に触れた。次の一撃で押し込まれれば、背後の弓兵へ槍が届く。
その直前、セイバーは剣を振り抜いた。圧縮された風が一瞬だけほどけ、槍の穂先を真横へ押し流す。大きな風圧は岩壁へ散らし、大聖杯の方向へは向けない。槍が石を砕いた。
セイバーは息を吐く。鋼の響きに次の句が埋もれ、その後を低い声が継いだ。
「Unknown to Death. Nor known to Life.」
*
士郎は、空になった右手を見た。剣は壁際にある。取りに走れば、背後から言峰に追いつかれる。
言峰が近づく。
凛が指を向ける。爪先ほどの闇がその先に凝り、黒い魔力弾となって言峰へ飛んだ。
言峰は身をかわす。その先には銀糸が一本張られていた。イリヤが魔力の流れを指先へ集め、石柱の欠けた部分に細い線を結んでいる。あえて見える位置に張った糸だ。言峰は、それを踏まずに距離を取った。
「シロウ!」
イリヤが呼んだ。士郎は言峰から目を離さずに答えた。
「見えてる。助かった、イリヤ!」
士郎は右手を開いた。先ほど留めた一本の輪郭が、背骨の奥で揺れている。消えてはいない。そこへ意識を伸ばす。
「――停止解凍(フリーズアウト)」
留めていた力を通す。言峰の足が石を蹴るより早く、空だった掌に柄が収まった。
同じ氷剣。二本目。
――間に合った。
初めての速さに、握る指の方が僅かに遅れた。士郎は柄を掴み直す。熱は、いつもより広く背中を走っていた。咄嗟に力んだせいか、鍔元に細い歪みが残っている。
言峰はそれを見逃さなかった。
「……なるほど。そういう戦い方か」
黒鍵が飛ぶ。士郎は剣を横へ払った。刃と刃の衝突。初めに作った剣なら、もう少し受けられたはずだった。歪んだ刀身に黒鍵がぶつかり、細い亀裂が走る。
「……っ」
士郎は剣を引く。言峰が追う。
刀身の亀裂は、冷気に白く浮かび上がった。透き通った傷口に霜が噛みつき、細い枝を伸ばしている。握り込むたび、手首には重さの偏りが返ってきた。
さっきは、どこで力んだ。同じ剣を作ったつもりで、同じになっていない。柄を握り直しながら、士郎は引き出す直前の感触を辿った。もう一度。今度は、あの熱が通るところを。
凛の魔力弾が、追ってくる神父の肩を狙った。士郎はその隙に剣を構え直し、同じ輪郭を重ね始めた。一つ留めても、まだ余地があるように感じる。踏み替える足に合わせて息を吐き、そっと次を置いた。
*
詠唱が続く中、ランサーは足を止め、深く姿勢を沈めた。
「詠唱を続けるんなら、こっちも遠慮はいらねえな」
左の指が空をなぞる。指が辿った跡に、古い文字の光が残った。刻線の端から火の粉が零れ、一粒ずつ、地へ落ちる前に細長く伸びる。ルーンが燃えた。セイバーの右側へ炎が走り、弓兵との間に熱の幕を垂らした。身を寄せれば頬が焼ける。その向こうで赤い外套が揺れ、逃すまいとする朱槍が、少女の足元へ向きを変えた。
セイバーが跳んだ先へ、朱の穂先が光を引く。鎧を掠め、断ち切られた革紐が宙へ舞った。
アーチャーの声が、ほんの一瞬乱れた。ランサーがその間を詰める。セイバーは見えない剣を縦に構える。槍と剣が噛み合う。両者の足下で、岩が丸く割れた。
セイバーが押し返す力に逆らわず、ランサーは槍の柄を滑らせて足首を薙いだ。セイバーが浮いた僅かな隙を使い、ランサーがアーチャーへ真っ直ぐに走る。一瞬後には、槍の穂先が赤い弓兵の喉を貫くはずだった。
その直前、セイバーが地を蹴った。背後からの斬撃。ランサーは反射的に振り向く。
槍を見据えたまま、弓兵は詠唱を継いだ。熱を帯びた空気に、乾いた鉄の匂いが混じり始める。
*
言峰は士郎の新しい剣を砕きにかかった。
黒鍵が、亀裂のある一点へ繰り返し入る。士郎は刀身を庇って退きかけ、踏みとどまった。背後にはイリヤたちがいる。
衝撃に揺れた輪郭を追おうとして、肩が強張った。士郎は短く息を吐く。イリヤからの流れに合わせると、消えかけていた感触が戻ってきた。
それを繰り返し、八つ目まで留める。額を汗が伝った。あと一つ。そう考えて、止める。これ以上増やして足が止まれば、凛とイリヤにまた無理をさせる。
「――工程完了。全投影、待機(バレット・クリア)」
柄を握り締めていた指が、ようやく緩んだ。士郎は剣を低く突き出し、言峰の足元へ置くように打ち込んだ。歪みのある刀身が、岩床の亀裂へ突き刺さる。冷気が石の隙間に入り込み、一筋の霜が走った。言峰は足を引いた。
「剣を捨てるか」
「捨ててない」
士郎は答えた。
「そこに置いたんだ」
言峰の目が細くなる。その一瞬へ、凛が小さな宝石を放った。宝石は、士郎が剣を突き立てた石の上へ落ちた。凛が指を閉じる。瑠璃色の光が、狭い亀裂を満たす。岩の内側で水が灯ったように、透き通る青が刃の根元まで駆け上がった。
固い氷が弾けた。氷片が言峰の足へ当たり、男は石柱の方へ重心を移した。その先に、イリヤの銀糸。
言峰が糸を跳び越す間に、士郎は待機させた次の一本を引き出した。三本目が黒鍵を受ける。打ち合う衝撃へ腕を固めず、刃を滑らせて逃がした。
言峰が手首を狙う。士郎は握りを捨てた。落ちる剣の向こうから四本目を引き出し、迫る拳との間へ差し込む。
黒鍵がその鍔元を叩き折った。折れた刃が床へ届く前に、五本目が走る。神父の胸へ届かず、袖を掠めて背後の岩へ刺さった。次の瞬間には、六本目が手にある。言峰の足が、半歩だけ止まった。武器を落とせば無防備になるはずの間に、また刃がある。
冷えた柄を握る指の奥で、待機した残り四つが微かに軋んだ。士郎は肩の力を抜く。先ほどよりも小さな動きで、その揺れが収まった。
「……学習するのだな、おまえは」
「今さら気づいたのか」
士郎は返した。
言峰は笑った。
「学ぶ時間が残っていれば、な」
*
入口寄りの広い岩床では、アーチャーの詠唱が終わろうとしていた。炎の揺らめきが柱を舐め、傷ついたセイバーの鎧に、まだ赤い光を投げている。
装甲の裂け目から、槍の掠めた肌が覗いていた。致命傷はない。だが剣を持ち上げるたび、肩には先ほどまでなかった重さがかかった。
ランサーの方にも、左肩へ一本の傷がある。槍兵は肩の動きをわずかに確かめ、握りを締め直した。その目は、ようやく斬られたとでもいうように輝いていた。
「……ったく、いい女だな!」
朱槍を払う。セイバーの剣が受けた衝撃で、二人の間の空気が丸く押し広げられる。
「余計な口を利く暇があるなら、槍に集中しなさい!」
「してるとも!」
ランサーは叫ぶ。
「こんだけ楽しい相手を前にして、よそ見するほど器用じゃねえ!」
長い穂先が喉へ走る。セイバーが受ける。その動きを誘うように石突が足元へ入る。騎士王が跳ぶと、槍兵は一歩踏み込み、落下地点へ穂先を置いていた。
セイバーは空中で身体を捻った。靴先が、岩床の突起を捉える。石が軋み、砕けた。その僅かな足掛かりを蹴って横へずれ、迫った穂先へ剣を当てる。風と火花が、少女の肩越しに噴き上がった。
槍を弾ききった代わりに、着地は深く沈んだ。ランサーが踏み込む。セイバーは膝を伸ばし、斬り上げた剣でその前進を断った。
その間も、背後の声は途切れなかった。
「――なるほどな」
ランサーは笑った。
「こいつは大物だ。だったら俺も、遠慮なくいかせてもらう!」
槍兵の跳躍を追ってセイバーも地を蹴り、二人は空中で交差した。剣が槍を払う。槍が剣の軌道を叩き落とす。互いの攻撃が空を裂き、衝撃だけが石の床を打った。
セイバーが着地した時、ランサーはまだ空中にいた。その左手が、己の胸へ触れる。青い衣の表面に、守りのルーンが灯った。刻線を走る青白い光が、胸から肩へ薄く広がる。ランサーはそれを確かめる暇もなく、次の着地へ身体を捻った。
セイバーの追撃が、青い光を破った。しかしその一撃で、ランサーの身体へ届くはずだった刃は逸れた。
「――So as I pray,」
アーチャーの眼差しが、目の前の槍を越えた。遠い火を見るような目だった。風もない空間で、赤い外套が持ち上がる。
「Unlimited Blade Works.」
世界の音が消えた。
*
騎士王が見上げた空は、もはや大洞窟の天井ではなかった。
紅い空。陽の姿もないのに、果てまで焼けている。赤茶けた大地には無数の剣が突き立ち、刃の稜だけが、消え残った熾火のように鈍く光っていた。
剣の列は地平まで続いた。長いもの、折れたもの、名を刻まれたもの。それらの影を、巨大な歯車の影がゆっくりと横切ってゆく。
空の高みから、低い軋みが降りていた。岩柱も、奥の戦いの音も消えていた。三騎だけが、弓兵の心象へ取り残されている。
セイバーは剣を構え直す。
「……これが」
「私の工房だ」
アーチャーの声がした。弓兵は息を整えながら、傍らの剣を一振り抜いた。投影の光はない。剣は、初めからそこにあった。
ランサーは周囲を見渡したが、笑いは消えなかった。
「……はは。おいおい。こいつはまた、景気がいいじゃねえか」
地平まで並ぶ刃を眺め、槍兵は朱槍を担ぎ直した。
「槍一本で相手してもらうには、ちょうどいい!」
槍兵が地を蹴り、紅い大地が砕けた。セイバーの前へ突き出された朱槍を、アーチャーが側面から剣で打ち返す。打ち返した刃が折れ、その先から飛び出した次の剣をアーチャーが掴む。セイバーが踏み込むと、ランサーは槍を返した。
三人の影が、無数の剣の間を駆けた。足元の砂が赤い尾を引き、刀身に映る姿だけが半拍遅れて砕け散る。剣の林を抜ける響きは、どこまでも乾いていた。
*
アーチャーが一歩動くたび、違う場所から剣が立ち上がる。背後から現れた剣は、必ずしも相手の背を貫くためではない。右へ退けば刃の縁へ足が当たり、左へ向けばセイバーの剣が待ち受ける。
矢避けの加護を持つ槍兵は、飛来する鋼をわずかな動きで躱す。その着地点へ、セイバーの剣が入った。ランサーは槍で受ける。穂先と刃の間に金色の火花が散る。
次の一撃はアーチャーから来た。ランサーは槍を旋回させる。一撃目、二撃目、三撃目。弓兵の刃を弾き、セイバーの踏み込みを足で受け、強引に間合いを作り直す。その途中で、浅い傷が脇腹へ走った。青い衣へ滲んだ赤が、走る身体の曲線に沿って細く引き延ばされる。槍を返す手の速さは変わらなかった。
ランサーは笑った。
「やるじゃねえか!」
アーチャーは返事をしない。中ほどの長さを持つ重い刃を抜き、回転させて投げた。剣がランサーの足前へ刺さる。槍兵の足が止まった。止まったところへ、セイバーの剣。
ランサーは後ろへ跳ぶ。剣を引き抜かず、跳んだ先の地面を槍の石突で砕いた。突き立っていた数本が衝撃で傾く。包囲の一角が崩れた。
「剣の森なら、道を作りゃいいだけだ!」
赤い弓兵は薄く笑う。
「……そう来るだろうな」
砂塵の向こうに、次の刃が見えた。傾いた切っ先が夕焼けを切り分け、その狭い隙間へ、騎士王が剣を構えている。
槍兵の目が輝いた。道を一つこじ開けるたび、次の刃が待っている。退屈する暇などなかった。
*
赤い荒野で、アーチャーは一本の剣を抜いた。抜いた瞬間、その足元から別の刀身が生まれる。一振りを投げる。投げた刃が槍兵へ届く前に、次の剣へ手が伸びる。振り下ろし、踏み込む。
ランサーはそれを槍で弾いた。弾いた勢いのまま、穂先を赤い弓兵の喉へ走らせる。アーチャーが肩を引き、穂先をわずかに避ける。外套が裂け、赤い布が空へ舞った。
そこへセイバーが斬り込み、ランサーは槍の石突で受ける。だが騎士王の剣は、長い槍の柄へ真横から力をかけた。
槍兵の右腕が押される。反対の手が握りを変える。そこをアーチャーの投剣が狙った。
ランサーは笑い、片足で大地を蹴る。赤い砂が弾け、土埃の中で剣が一本、二本と折れる。その折れた場所へ、また剣が立った。ランサーは息を吐く。
「剣が尽きねえってのは分かった。だがな、いくら出しても使う奴が追いつかなきゃ同じだろ!」
槍を頭上へ回す。朱の円弧が、四方から来る刀身を弾いた。
アーチャーは応じない。真正面から槍の先へ近づく代わりに、セイバーの左へ回る。攻撃する剣を一振り変えた。長い曲刀が、ランサーの着地点へ先回りして刺さる。槍兵が足を引き、穂先を上げた。その下へ、セイバーの剣が入った。
槍兵が身体を引く。頬へ細い傷が走る。血が一滴、地へ落ちた。落ちた血を見て、ランサーは大きく笑った。
「――ははっ! いいねえ! 二人で俺を追い詰める気か!」
セイバーは答えず、剣を構え直す。
アーチャーの口元に、ほんの少し皮肉な笑みが浮かんだ。
「ようやく理解したか。君を楽しませるために来たわけではないのでね」
「そいつは悪かった。だが、楽しませてもらうぜ!」
ランサーは槍を握り直した。青い影が地を蹴る。朱槍が走る。今度は曲刀も双剣も狙わず、アーチャーの胸をただ一直線に。
セイバーが剣を振る。ランサーは受けず、身を低くした。低くした身体の上を見えない剣が通る。
穂先はアーチャーへ届く。赤い弓兵が後退した。退いた先に呼び寄せた剣を握り、槍の横へ叩きつける。穂先が逸れる。
セイバーが槍兵の背へ入る。ランサーは体勢を変え、剣を槍の柄で迎え撃った。衝撃が、三人の間で炸裂した。
アーチャーが左へ動き、セイバーの踵が砂を噛む。そのどちらが遅れても槍は届く。二人を同時に捉えた穂先が、また低く沈んだ。
*
刃が雨のように降った。鋼の稜を伝う赤い照りが、幾筋もの斜線となって荒野を走る。赤い空の下、アーチャーが指先を一度曲げるたび、地面に突き立った剣が傾き、跳ね上がり、鉄の群れとなって飛び出す。
青い槍兵は刃の雨を縫った。肩を、首を、足を、鋼の隙間へ滑らせる。その先へ抜けた一歩を、騎士王の影が塞いだ。
セイバーの剣は姿を隠したまま、風を割って襲いかかった。ランサーは槍を交差させる。甲高い金属音。見えない刀身へ、朱の穂先が噛み合う。
彼はそこから、さらに一歩を選ばなければならない。後ろは投剣、右には地面から伸びた長剣、左には赤い弓兵自身が持つ二つの刃。
ならば正面。
ランサーは剣を受けたまま踏み込み、騎士王との距離を詰めた。槍の柄を回転させて身体を押す。セイバーの靴が赤い砂を削った。しかし倒れない。騎士王は柄に押された力を足で受け、剣を持つ手を開かず、ただ前へ進んだ。ランサーが笑う。
「そう来なくちゃな! 押しただけで退かれちゃ、張り合いがねえ!」
手首を返す。穂先が喉元を狙う。セイバーは肩を入れ、身を捻る。通り過ぎた穂先が、首筋へ冷たい風を残した。切れた金髪がひと房、赤い空へほどける。セイバーはその行方を見ず、踏み込んだ足へ体重を乗せた。
そのまま彼女は剣を払った。槍兵の右肩へ浅い斬撃が入る。血が飛ぶ。血が砂へ落ちるより前に、ランサーは石突を横へ振った。鎧の脇へ衝撃が走り、セイバーが押される。
アーチャーの投剣が、押し込む槍の柄へ飛ぶ。ランサーが槍で剣を弾く。そのたった一瞬の間に、セイバーは足を立て直した。砕けた投剣が落ちるより早く、見えない刃がもう一度朱槍を叩いた。今度の衝撃は、二人の足下から赤い砂を柱のように吹き上げた。
ランサーが、その砂を通してアーチャーを見た。赤い弓兵は笑っていないが、その目は、槍兵の次の一手を見ようとしている。その目を見て、ランサーは一際嬉しそうに笑った。
「――いいねえ。どっちも、最後まで付き合ってもらうぜ!」
*
石柱の根元で、最初の氷剣が白く曇っていた。刃に沿って育った霜が、岩の窪みへ細い縁取りをつけている。床の亀裂へ差した二本目からも冷気が流れ、石の低いところに薄く溜まった。
六本目を握る士郎の靴先が、その靄を割る。乾いた石を踏む音に混じり、ときおり薄氷の砕ける音がした。
言峰は少年の手元を見ていた。剣を失っても、次が出る。ならば握る腕を崩せばよい。踏み込まれた時の反応は、まだ遅い。そこを攻める。
胸元への黒鍵を士郎が受けた。言峰はその下へ身体を沈め、八極拳の歩法で足を滑り込ませる。剣を振る間合いが消えた。肘が脇腹へ入り、士郎の身体が折れる。
「……ぐっ!」
士郎は足を踏ん張る。しかし、自分の剣が作った霜の上で、足がわずかに滑った。言峰の拳が、追い打ちに来る。
その瞬間、銀の糸が二人の間へ走った。言峰は首を引き、黒鍵で糸を切ろうとする。銀糸が切れる。だが、その直前にイリヤは糸を引いていた。反対端に肩を支えられた士郎が、拳の軌道から外れる。
士郎は呼吸を取り戻し、イリヤへ振り向きかけた顔を言峰へ戻した。今度こそ、動ける場所へ。
凛の声がした。
「衛宮くん、左の石柱! そこまで下がれば次がある!」
士郎は剣を引きずるようにして左へ跳んだ。言峰が追う。追った先へ、凛が別の石を投げた。
「Es läßt frei!」
弧を描いた赤い宝石が、言峰の足前で割れた。炎が低く広がる。赤い舌が岩を舐め、石の縁を焼いた。神父の黒衣がその照りを受け、一瞬、血を浸したような色になった。
神父が跳び退く。熱せられた石へ、士郎の剣から冷気が届く。濡れた岩から白い霧が噴き上がった。熱を奪われた表面が鳴り、小さな欠片が飛ぶ。炎の赤が霧の内で淡い薔薇色に薄れ、その奥を、少年の影がよぎった。
言峰は目を細める。白い霧は隠れ蓑になる。だが、その中で剣が振られれば、空気を裂く音がするはずだった。言峰は耳を澄ます。
音が来ない。代わりに、石を打つ硬い音がした。
士郎が六本目の剣を石柱へ突き立てたのだ。右手を離すと同時に、残りの四つへ意識を向けた。握れば、また腕を狙われる。ならば、手に収める前に放つ。一本を弾かれる間に、その次を。白い霧の向こうへ、最初の切っ先を向ける。
「――停止解凍、全投影連続層写(ソードバレル・フルオープン)」
七本目が形を得て、霧の中へ飛ぶ。
言峰が黒鍵で弾いた。その一撃が戻る前に、八本目が足元へ走る。神父は靴を引き、石柱の脇へ逃れた。
九本目が、その逃げ道の床へ突き立つ。凍り始めた石を避け、言峰の身体が正面へ戻った。
士郎は最後の一本を撃ち出さず、手に収めた。十本目の刃が、白い霧を裂いて立つ。
士郎は剣を振り上げる。言峰は霧の中へ一歩踏み込んだ。しかし振り上げた剣が向かったのは、神父の身体ではなく斜め下の床だった。冷気が伸び、石柱と柱の間へ白い筋を作った。
言峰はその手を見た。神父の次の一歩が、白い筋の手前で止まった。士郎はその足を見て、まだ乾いている石へ自分の踵を置き直した。
*
赤い荒野では、金色の騎士と青い槍兵が激突していた。アーチャーは無数の剣を従え、退路を切る。
しかしランサーは、剣の群れを見ただけで足を止めるような男ではない。彼は切っ先の向きから危険を読んだ。飛んで来る刃を避け、地に刺さったものは槍で砕き、必要なら自分から正面へ突っ込む。
セイバーは後退を強いられた。アーチャーの投影剣が一本、槍の後ろへ差し込まれる。ランサーはそれを避ける代わりに、セイバーの斬撃をあえて肩で受けた。装甲のない青い衣が裂け、血が飛ぶ。その負傷を代償として、槍の穂先がアーチャーの胸へ向かう。
アーチャーは剣を呼ぶ。一振り目が砕ける。二振り目が穂先を逸らす。三振り目を握る前に、槍兵の足が彼の足首を払った。逸れた穂先が左肩を裂いた。赤い弓兵が転がる。セイバーが追撃を遮った。
「アーチャー!」
「問題ない。……まだな」
言いながら、弓兵は片膝を立てた。右手には次の剣がある。だが彼の呼吸は浅くなり、肩が僅かに上下していた。
結界を維持する回路が、絶えず魔力を食っている。凛から届く流れにも限りがあった。彼女には、この後にも果たす仕事がある。アーチャーは浅く息を吐いた。
槍兵は、その呼吸の乱れを見逃さない。
「おい、赤いの。そろそろ苦しくなってきたか?」
「君に心配されるとは、光栄の至りだ」
「そいつはよかったな!」
ランサーは笑いながら、足元の剣を一振り蹴り上げた。刃がアーチャーへ飛ぶ。弓兵は片手で払い、続く槍を受ける。セイバーが横から斬り込む。ランサーは槍の柄を持ち替え、二人の間を滑り抜ける。
赤い荒野の地平に、薄い火の粉が舞った。乾いた砂を蹴る音が詰まり、朱槍の残光が一つに繋がってゆく。傷を負う前よりもなお深く、槍兵は踏み込んでいた。
そしてランサーは、セイバーではなくアーチャーへ槍の穂先を向けた。握りを変える。
ただの突きではなく、投げるための構えだった。
*
大洞窟の奥では、石柱の間へ白い霜が広がっていた。
凛は、残りの宝石を指先で数える。アーチャーへ魔力を送る回路が熱い。凛は息を整え、儀式用の石を指先から外した。桜たちのために残すと決めた分には手をつけなかった。
士郎は十本目の剣を握ったまま、言峰の動きを見ている。最初の一本とは違う構え。剣を振る前に足場を確かめ、相手の動きが変わるのを待つ。
さっきまで、剣を離すことさえ恐れていた。その手が今は、惜しまず刃を捨て、次を引き出している。凛が何度も見た、赤い弓兵の戦い方に重なった。
見入ってしまいそうになり、彼女は自分を叱った。似ているからといって、あの男と同じつもりで任せられない。次に援護を外せば、士郎は殴り倒される。
銀の糸が一本、彼女の横を通った。
「リン。次、わたしが合わせるわ」
イリヤだった。湿った大気と岩盤を渡る魔力が、イリヤの回路へ引かれていた。自身の魔力と合わせ、士郎が受け取れる流れへ整える。その先ではセイバーも戦っている。集めた分を一度に押し込まぬよう、彼女は流量を絞っていた。銀糸を操る指には、かすかな震えがある。
「無理しないで。今は短くでいい」
「うん。一本あれば足りるわ」
赤い目が、士郎へ向いた。
「踏んでも滑らないところ、わたしが教えてあげる」
イリヤが糸を一本、石柱の足元へ落とす。光をほとんど放たない細い線だった。霜の上では見失いそうになり、黒い石を渡るところで、やっと銀の輪郭を取り戻す。士郎の視線が、その線の端へ動いた。糸は言峰の足に触れず、滑る石と乾いた石の境をなぞっていた。士郎が、その意味に気づく。
凛が魔力弾で言峰を牽制する二呼吸。士郎は剣を構えたまま、次の刃を仕込んでいく。六つまで留め、そこで止めた。意識を言峰へ戻しても、今度は輪郭が薄れなかった。
イリヤが送り方を細かく変えると、士郎の肩に溜まった熱が少し散った。凛は宝石を握る指から、わずかに力を抜いた。
言峰が腰を落とす。黒鍵の光に、士郎は氷剣を引いた。凛が目を凝らした白い霧の中を、銀が走った。士郎の靴が、糸の示す石を踏む。引いた剣の刃先から霜がこぼれ、迫る黒鍵と触れた瞬間、薄い光に散った。
凛は宝石を握り込んだ。次に割る、その時だけを見ていた。