巨大ロボに選ばれたら、味方まで追ってきた。   作:シラヌイ321

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おはようございます。第2話をお届けします。
ゴウガと出会った、その日の夕方。現場から戻ったハルを待っていたのは、もう一つの選択でした。


第2話 そこはさっきまで、味方の場所だった

 昼飯を食い終えたら、夕方だった。

 

 俺のせいではない。

 列を二本にした銀色の獅子にも、悪気はない。

 ただ、空になった弁当箱をようやく返したとき、おばちゃんに「夜の分もいる?」と聞かれた。

 

 早く帰って、寝たい。

 

 本部の受付で名前を書こうとして、ペンを落とした。

 屈むより先に、アキラが拾う。

 

「右は使うなって言われただろ」

「署名まで左で書いたら、誰だか分かんなくなる」

「社員証を出せ」

 

 正しい。

 正しいが、十九年生きてきた俺の字より社員証のほうが信用されている。

 

 救護で巻いてもらった固定帯の下へ、右腕を戻す。

 動かさなければ、そこまで痛くない。動かそうとすると、肩の奥に昼の一撃がまだ居座っていた。

 

 ライズブレイカー。

 名前をつけたときは、撃ったあとの署名まで考えなかった。

 

「回収された遺物は、どちらに?」

 

 受付の人に聞かれ、首元のペンダントを見せる。

 獣の顔をした銀色の飾りが、照明を受けて光った。

 

『護牙と申す』

 

 受付の人が、俺からアキラへ目を動かした。

 アキラが頷く。

 俺のときより、話が早い。

 

「……ご本人で、よろしいでしょうか」

『うむ。体は格納空間にある』

 

 現場を離れる前、人のいなくなった空き地で、ゴウガは光の裂け目へ戻った。

 傷んだ左腕を胸へ寄せ、一歩ずつ。

 しまったから治るわけじゃない。俺が右腕を固定帯へ入れているのと、そこだけは同じだ。

 

 修理できる人が、いるといい。

 

 受付から呼び出しが入るまで、ロビーの椅子へ座った。

 アキラが紙コップをくれる。左手で受け取った。

 

 正面の画面に、銀色の巨体が映っている。

 砲身が上がる。

 空へ光が抜ける。

 

 おお。

 外から見たら、こんなだったのか。

 

『箸、そっちです!』

 

 次の場面になった。

 俺が弁当を配っていた。

 

「切り替え、早くない?」

「お前が配ってた時間のほうが長い」

「そういう編集の仕方なの?」

 

 アキラは笑い、水を飲んだ。

 昼からずっと一緒だったのに、こいつが座ったところを見るのは、これが初めてだった。

 

     ◇

 

 通された部屋には、透明な蓋のついた箱があった。

 中のくぼみは、首元のペンダントを置くのにちょうどよさそうだ。

 

「まず、専用施設へ移送する」

 

 回収責任者が、箱を俺の前へ寄せた。

 研究部門の人が二人、壁際に立っている。

 

「左腕を傷めてます。修理もお願いしたいんですけど」

「機構を確認してからだ。未知の兵器を、起動できる状態で放置はできない」

 

 それは分かる。

 あの大きさだ。寝返りだけで駐車場がなくなる。

 

『確認とは、何をする』

「応答を停止して制御系を検査する。その後、管理者の指示を優先するよう調整する」

 

 鎖へかけていた指が、止まった。

 

『その調整が済んだ私は、命令を断れるのか』

「安全基準に従う」

『誰が決めた安全だ』

「人間側がだ」

 

 ゴウガは、少し黙った。

 

『断る。体を調べることは相談しよう。だが、私の返事を先に決める処置は受けぬ』

 

 俺はペンダントを胸へ戻した。

 

「止めない検査から、できませんか」

 

 隣のアキラも、机へ身を寄せた。

 

「彼は、検査自体を拒んでいません。どこまで処置するのか、はっきり説明してください」

「それは移送先で決める」

「移送してから断れるんですか」

 

 俺の問いに、返事はなかった。

 代わりに、責任者の指が通話器を押した。

 

「搬送班を」

 

 壁際の研究員が口を開く。

 

「外部計測なら、応答を維持したままでも――」

「その判断も現地で行う」

 

 扉が開いた。

 防護具を着けた職員が二人、運搬台車を押して入ってくる。

 

 アキラが立った。

 

「待ってください。今の提案を確認してからでも」

「移送命令は変更しない。ライズ、装置を渡しなさい」

 

 箱の蓋が開いた。

 

 さっき、受付で自分の名前を言ったやつだ。

 俺の弁当が減らないのを、本気で心配していた。

 その声を止めてから話すって、誰と話すんだ。

 

 俺は銀色の顔へ指を添えた。

 

「ゴウガ。ここ、出たいか」

『出たい。君と、話の続きをしたい』

 

 頷いた。

 

「処置を止める話、お願いします」

 

 アキラを見る。

 アキラは、俺の左手が腰へ下がったのを見た。

 

「ハル。ここで待て。俺も一緒に残る」

 

 搬送班の手が、肩へ触れた。

 右だった。

 

 息が止まる。

 

「あ、悪い、怪我を――」

「すみません!」

 

 謝りながら身を引き、固定帯から右腕を抜いた。

 ゴウガを服の内側へ入れる。

 左手でバックルの側面レバーを引き下ろした。

 

「変身ッ!」

 

 黒い繊維が腕を支え、朱赤の装甲が胸を閉じる。

 白いガードの傷が、照明の下を横切った。

 

 職員の脇を抜ける。

 押し倒さないよう、肩を引く。

 

「止まれ!」

 

 知っている声ばかりの部屋を、俺は飛び出した。

 

     ◇

 

 警報が鳴るより早く、廊下の向こうに警備員が出た。

 俺の胸へ、拘束用の帯を向ける。

 

「ライズ! 動くな!」

 

 こっちも制服を見慣れている。

 朝、入口で挨拶した人だ。

 

 床を蹴った。

 壁際に出した一枚の光を踏み、帯の上を越える。

 天井が近い。顎を引いたまま、背中を丸める。

 

「すみません、通ります!」

「通さん!」

 

 着地した目の前へ、二人目が回り込んだ。

 盾が迫る。

 受けたら止まる。押し返したら、相手が後ろのガラスへぶつかる。

 

 俺は膝を落とした。

 左のガードを床へ擦りつけ、盾の横を滑り抜ける。

 背中で金属音がした。

 

 さっき作った足場を消す。

 正面玄関は、もう無理だ。

 

『マスター、右へ』

 

 胸から声がする。

 訓練棟の入口。通路の表示が、緑になっていた。

 使用予約のない時間を示す色だ。

 

 扉を押して入り、足を止める。

 

 広い床。高い天井。

 壁に沿って、二階の見学通路が回っている。

 奥の搬出扉を抜ければ、搬入ヤードだ。二階の通路にも、外階段へ出る扉がある。

 

 一階の出口を塞ぐように、アキラがいた。

 

「そっちを通ると思った」

 

 背後の職員用連絡扉が、ゆっくり閉じる。

 あれだ。俺が警備員を避けている間に、中庭側の近道を抜けてきた。

 

 腰のホルスターから、短い柄を抜く。

 

 ああ、くそ。

 学校で俺が逃げ道を探していたときも、こいつはいつも先で待っていた。

 昔は、その後ろへ飛び込めばよかった。

 

「アキラ。そこ、空けてくれ」

「今なら、俺と戻れる」

「ゴウガは?」

 

 アキラの口が閉じた。

 返事を待つあいだにも、後ろの廊下で足音が増えていく。

 

「……処置を保留させる。お前を外へ出して、その間に何かあったら、話を聞かせることも難しくなる」

「箱に入ってからじゃ、こいつは話せないかもしれない」

 

 俺は出口を見た。

 アキラが半歩、そこへ寄った。

 

「だから、俺がいるだろ」

 

 短い声だった。

 

 右手を閉じようとして、指が途中で止まる。

 アキラの目が、その動きを拾った。

 

「その腕で、どこまで行く気だ」

「まず、門の外」

「行かせない」

 

 柄の石突にある留め具を回し、グリップのレバーを引く。

 

「変身!」

 

 ガコンッ!

 

 短い柄が伸びた。

 先端から、角張った大きな槌頭がせり出す。

 

『グラントハンマー!』

 

 紺の装甲が肩と胸を覆い、銅色の補強板が前腕から拳へ重なった。

 ヘルメットが閉じる。

 横一文字の白いバイザーが、俺を捉える。

 

 さっきまで水をくれた手に、大槌があった。

 

「訓練場へは入るな。俺が止める!」

 

 アキラが廊下へ言った。

 扉が閉まりきる前に、俺は走った。

 

 正面へ。

 出口じゃない。大槌の柄が届かないくらい、近くへ。

 

 アキラは槌を振らなかった。

 石突を前へ突き出した。

 

「ぐっ!」

 

 白いガードに受ける。

 左腕が胸へ押され、足が止まった。

 

 その間に槌頭が回る。

 すねを払う低い一撃。

 

 光を一枚、足元へ出して跳ね上がる。

 槌は空振りせず、床すれすれで止まった。

 

 見上げられた。

 

「二段目は左だ」

 

 出そうとした位置へ、先に柄が伸びてくる。

 俺は光を右へ作り直し、足をかけた。

 その踵へ、大槌の側面が迫った。

 

 読まれている。

 最初の左も、その次の右も。

 

「練習しすぎた!」

「足りなかったんだろ!」

 

 蹴った足場を消し、三枚目を背中の下へ。

 尻から転がって衝撃を逃がす。赤い装甲が光の上で鳴った。

 槌頭が、その縁を叩き割った。

 

ガァンッ!!

 

 落下。

 空いた一枚を床のすぐ上へ出し、両足で着く。

 頭のあった場所を、銅色の塊が抜けていった。

 

「今の、当たったら!」

「だから、止まれ!」

 

 止まったら当たらない、という信用はある。

 でも、捕まらないという信用は、まったくない。

 

 左手で中央のレンズを押す。

 

 キィィンッ!

 バックルの機械音声が、訓練場へ響いた。

 

『ライズセイバー!』

 

 右手に赤い柄を収める。

 握った途端、指の付け根が震えた。

 左手を添えるより先に、アキラが踏み込む。

 

 斬らない。

 銀の刀身を斜めに立て、柄の横から来る一撃を滑らせる。

 

 剣が、手の中でずれた。

 

 まずい。

 

 右の掌が開く。

 放り出された剣を、左のガードと胸で挟んだ。

 

「剣を出すな!」

「出さないと届かねえだろ!」

「そういう話じゃない!」

 

 石突が腹へ来た。

 剣を抱えたまま、後ろへ跳ぶ。

 床を滑り、膝をついた。

 残った足場の光を解く。

 

 息が漏れる。

 繊維は体を押してくれる。でも、俺の指まで代わりに握ってはくれない。

 

『マスター』

「分かってる。持ち替える」

 

 左手へ柄を移した。

 ガードがあるぶん、手首を返しにくい。

 格好いい構えにならない。

 

 アキラは、それを笑わなかった。

 槌を短く持ち、俺の左側へ回る。

 

 こっちも使えなくなったら、終わる。

 

 槌が走る。

 剣で受けずに、足場を壁のように斜めへ置いた。

 槌頭が光を擦り、斜めに逃げる。

 

 逃がした先で、アキラが手首を返した。

 床の打撃訓練用の板へ、槌頭を落とす。

 

 鈍い音。

 銅色の筋が、槌の頭に灯った。

 

 貯めやがった。

 

 こいつは殴った衝撃の一部を、大槌に残せる。

 学校で一度、受けるたびに重くなる相手だと勘違いして、正面から十回も付き合った。

 翌日は箸が持てなかった。

 

 今日も持ちにくいのに、上乗せされてたまるか。

 

 アキラが柄を引いた。

 俺は残った板を解き、三枚の光を、一段ずつ上へ並べ直した。

 

 一段目を蹴る。

 二段目へ飛ぶ。

 

 斜めに振り下ろされた槌が、一段目を砕く。

 槌頭は光を抜け、その下の厚い打撃板まで叩いた。

 蓄えた力が一気に放たれ、鈍い音が訓練場いっぱいに響いた。

 

 二階の手すりが、小さく震えた。

 それを掴もうとした右手が、空をかいた。

 

 しまった。

 

 肩から落ちる。

 三枚目を平らにして、左のガードを叩きつけた。

 肘が折れそうな角度になる前に、腹から這い上がる。

 

 真下で、アキラが槌を持ち直していた。

 

「いつもの手、出すなよ!」

「だったら、いつもの高さに来るな!」

 

 学校じゃ、あの手すりの高さにこいつの手があった。

 俺が飛びすぎると、襟を掴んで引っ張り込む手が。

 

 危ない。

 敵の場所へ帰ろうとしている。

 

 アキラが跳んだ。

 俺は三枚目を蹴り、見学通路へ滑り込む。

 大槌が光を打ち抜き、金色の光の粒が頭の上へ散った。

 

 外階段の扉まで、あと少し。

 

 剣を握ったまま、左の親指で中央レンズを押す。

 刀身が光にほどけ、バックルへ収まった。

 空いた左手で手すりを掴んだ。

 その向こうへ身を投げる。

 

「そっちは戻る――」

 

 アキラの声が途切れた。

 

 空中へ一枚。

 蹴って、向きを変える。

 俺は通路の下をくぐり、さっきアキラが立っていた出口へ飛んだ。

 

 上から追えば、手すりを回る分だけ遅れる。

 その一瞬が欲しかった。

 

 扉を肩で押そうとして、左へ向き直る。

 背中で押し開けた。

 

 風が来た。

 夕日が赤い装甲へ差す。

 

 後ろに残った光を消し、搬出用の短い坂を駆け下りる。

 右腕が揺れるたびに、奥歯を噛んだ。

 

『あと少しだ』

「言うな。それ、だいたい増える」

 

 下へ降りた。

 

 搬入ヤードは空いていた。

 警報で作業をやめた人たちが、建物の出入口へ退いている。

 停車した運搬車が二台。閉まった門。

 

 その門の前へ、大きな影が落ちた。

 

ドンッ!!

 

 グラントが、膝を沈めて着地した。

 二階の外扉から、荷役用足場を伝って先回りしたのだ。

 

「増えた!」

『一人のままだ!』

 

 アキラが槌を引きずるように構える。

 さっき放出した銅色の光は、もう薄い。

 だが、俺の肩は、それより悪い。

 

「ここまでだ」

 

 呼吸が一つ、マスクの中で響いた。

 逃げ道は門の上。

 あいつの前で階段を作れば、下から順番に落とされる。

 

 俺は左手で、中央レンズを押し込んだ。

 

 キィィンッ!

 

『ライズセイバー!』

 

 バックルの声に合わせ、今度は左の掌へ柄を呼ぶ。

 刀身へ光を寄せる。

 足場へ回すぶんを少しずつ、白く細く。

 

 アキラの足が止まった。

 

「ハル」

 

 剣を持ち上げる。

 右手も、柄へ添えた。

 

 肩が震えた。

 それを見られたと分かった。

 

「撃てる腕じゃない」

「撃つかもしれないだろ」

「お前が、俺に撃つか」

 

 返事をする前に、アキラが来た。

 

 迷ってくれない。

 俺を、そんなところまで知っている。

 

 槌頭が下から跳ね上がる。

 俺は剣を振り下ろさず、左へ倒した。

 刀身に集めた光を、一枚の板へ引き伸ばす。

 

 槌の横へ、斜めに。

 

 激突。

 板が割れる。

 でも、大槌の進路は少し上へずれた。

 

 俺はその下へ潜った。

 左の親指でレンズを押し、剣を光へ戻す。

 左のガードを前へ出した。

 

「悪い!」

 

 ガードを柄へ当て、殴る代わりに体ごと押し込む。

 両足で地面を蹴る。

 

 アキラの爪先が、後ろへ滑った。

 

 押し切れない。

 右肩が先に抜けそうだ。

 

 俺は右腕を胸へ戻した。

 膝を曲げる。

 足元へ、低い光を一枚。

 

 真横へ蹴った。

 

 大槌とアキラの腕の下を、赤い装甲が抜ける。

 門へ向かって走る。

 蹴り離した光を消した。

 

 背後で、金属が鳴った。

 さっき逸らした槌が、荷役用架台へ触れていた。

 留め金が外れ、積み重ねた練習用の樹脂板が傾く。

 

 俺の進路へ、落ちてきた。

 

 足を止めれば、捕まる。

 避ければ、門から離れる。

 

 横から大槌が飛び込んだ。

 樹脂板を、誰もいない壁際へ押し返す。

 

「前、見ろ!」

 

 怒鳴られた。

 いつもの声だった。

 

 俺は振り返らず、左へ避けた。

 次の瞬間、さっきまで頭のあった場所を、石突が抜けた。

 

「助けてから殴るな!」

「助けたんだから止まれ!」

 

 止める気は、少しも減っていない。

 むしろ増えている。

 

 門が近づく。

 高い金網の向こうに、歩道。

 人はいない。車道は、その向こうだ。

 

 アキラは俺の右後ろ。

 昔なら、俺が跳ぶのを守る位置。

 今は、そこから足場を叩く。

 

 同じように跳んだら、捕まる。

 

 俺は門ではなく、アキラへ半歩寄った。

 

「近い!」

 

 槌が上がる。

 柄が胸を押す前に、その外側へガードを沿わせた。

 

 学校で何百回もやった。

 飛び込むときは、こいつの槌の外。

 邪魔をしない位置。

 

 今は、振り直せない位置。

 

 俺はそのまま、一枚目を蹴った。

 

 アキラが柄を短く持ち替える。

 槌頭を上げるには、一歩引かなきゃならない。

 その一歩のあいだに、二枚目へ。

 

 剣は、もう呼ばなかった。

 右腕は胸へ押しつけた。

 左腕を振って、体を前へ送る。

 

「止まれ、ライズ!」

 

 三枚目を、門の外へ出した。

 

 跳び越えた。

 

 歩道が近づく。

 膝を深く曲げて着地する。右肩を揺らさないよう、腰を落として衝撃を逃がす。

 足場を消して、走った。

 

 大通りへは出ない。

 外周を曲がり、建物の陰へ。

 もう一度曲がるまで、後ろを見なかった。

 

     ◇

 

 【グラント】

 

 門の外へ、赤い姿が消えた。

 

 アキラは大槌を下ろさず、見張り用の通路へ続く階段を見た。

 あそこからなら追える。

 ただ、次は人通りのある道だ。

 

『対象は武装したまま逃走。周辺へ攻撃の恐れ――』

 

 通信が入った。

 

「訂正。逃走中、職員への斬撃はない。確認できた負傷者もいない」

 

 槌を握る指が、じんじんした。

 最後に柄へ沿って入ってきた、白いガードの感触が残っている。

 

 あれだけ練習で見てきた動きなのに、止め損ねた。

 

『グラント、現場報告は後でいい。追跡を』

「交戦記録は、このまま提出します。面談室と訓練場の記録も保全してください。移送命令が出る前からです」

『お前は何を――』

「戻ったときに、全部確認できるようにです」

 

 ハルが戻るかどうかを、ハルだけに決めさせるつもりはなかった。

 まだ、捕まえるつもりでいる。

 

 だからこそ、捕まえてゴウガをあの箱に入れるだけで済ませていいはずがない。

 

 アキラは通信をつないだまま、外周へ続く階段を駆け上がった。

 

     ◇

 

 【ライズ】

 

 使われていない搬入口の陰で、壁へ背中をつけた。

 左右を見る。

 誰もいない。

 

 変身を解くと、右腕が落ちた。

 

「いっ……!」

 

 左手で肘を抱える。

 繊維の支えがなくなったぶん、腕の重さが全部戻ってきた。

 首元から出したペンダントまで、いつもより重い気がする。

 いつも、なんて呼べるほど、まだ一緒にいないのに。

 

『マスター。私のために』

「それ、さっき俺が言って怒られたやつ」

 

 ゴウガが黙った。

 壁を背中で擦りながら、ゆっくり座る。

 

「少しだけ。肩、休ませる」

『うむ』

 

 呼吸が落ち着くまで、何も言わなかった。

 遠くで車が通る。

 本部の門を越えただけで、町の音まで違って聞こえた。

 

 腕を見てもらう場所。

 ゴウガを直せる人。

 今夜、横になれるところ。

 

 どれも、ここでは見つからない。

 

「お前の腕も、ちゃんと何とかするから」

『一緒に探そう。君は、まず立てるか』

「まだ座ったばっか」

『追手を待つ場所には、向いておらん』

 

 もっともだった。

 俺は左手を壁へつき、立った。

 

 ポケットで携帯が震える。

 

 アキラか。

 慌てて出しかけ、右で掴めず、左で受け直す。

 

 画面には、学校の同期から通知が来ていた。

 

『今日のライズ見た?』

 

 その下に、弁当を配る俺の写真。

 

『接客うますぎ』

『今度の同窓会、受付頼んでいい?』

 

 俺は画面を見た。

 背後の角を見た。

 アキラも、同じ連絡グループにいる。

 

『マスター。返事をせぬのか』

「出席するって言ったら、入口で捕まる」

 

 画面を閉じた。

 顔を上げ、路地の先へ歩き出す。

 

 学校を卒業して一年。

 初めて、同窓会の出欠で身の危険を感じていた。

 




第2話をお読みいただき、ありがとうございます。
止めたいアキラと、止まれないハル。二人の攻防で印象に残った場面や台詞があれば、ひと言でも感想をいただけるとうれしいです。
次は、第2話の翌朝9時に掲示板・配信形式の幕間をお届けする予定です。
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