巨大ロボに選ばれたら、味方まで追ってきた。 作:シラヌイ321
それでも、首飾りを狙う黒い仮面は待ってくれません。
今回は、ヴェイルの仮面の内側も少しだけ。
右手でパンを持ったら、袋ごと落とした。
空中に左手を差し入れる。取れた。その勢いで、胸元のペンダントが顎に当たった。
「っだ!」
『私を叩いても、パンの袋は開かぬぞ』
「叩いてねえよ。開けたいのは袋だよ」
昨夜は駅の待合所で明かした。肘の下に丸めた上着を敷き、肩を動かさずに寝たつもりだったのに、目が覚めたら頭まで同じ上着に乗っていた。首まで固い。
昨日のライズブレイカーと、そのあとの救助と、本部での追いかけっこ。腕は全部覚えているらしい。こういうところだけ記憶力がいい。
朝の通りから、荷下ろしの車が出ていく。店先のベンチで袋を膝に挟み、左手で口を開けた。
今日は修理屋を探す。俺のガードと、ゴウガの腕。ついでに俺の肩も。
その前に、食う。
目の前に、細い線が降りてきた。
釣り糸みたいにぴんと張っていて、先端に刃がついている。
「それ、ちょっと見せてもらってもいい?」
パンを袋に押し戻した。振り向くより先に、左手でバックルのレバーを引く。
朱赤の装甲が肩を包む。繊維に支えられて、腕がわずかに軽くなった。バイザーが閉じてから、俺は上を見た。
ベンチの後ろの非常階段。その手すりに、黒い仮面が腰かけていた。
「お前か!」
「おはよう。首飾り、昨日はゆっくり見られなかったから」
「昨日あれだけやり合って、まだ足りないのかよ!」
ヴェイルは返事の代わりに、ワイヤーを引いた。
刃が、胸元へ跳ねた。
◇
【少し前・ヴェイル】
榊リク。十九歳。怪人ヴェイル。
自分で増やした呼び名はひとつだけなのに、朝からその両方で怒られていた。
「リク、座れ」
師匠が、足で椅子を引いた。
久我茂。俺たちはシゲさんと呼ぶ。指の節が太く、右の膝を曲げるときだけ顔が動く。椅子の上に救急箱が乗っていて、俺が座れないのに気づくと、師匠は無言でそれをどけた。
「昨日裂けたとこを見せろ」
「服は縫ったよ」
「服の心配なら針を出す」
袖をまくった。師匠は肩の傷を見てから、左の鎖骨の下へ目を移す。皮膚の奥で、怪核がゆっくり脈を打っていた。
同じ核を入れれば同じ力が出る、という話なら、この商売はもっと単純だったと思う。師匠の核が生むのは闇で、俺のは影だ。俺の影みたいに殴ったり荷物を持ったりはできないくせに、訓練で師匠から逃げ切れたことは、ほとんどない。
「影を出してる間は、自分の守りが薄くなる。忘れたか」
「覚えてる。昨日は、それでも間に合わなかった」
「なら、次は間合いから変えろ」
手当てが終わる前に、端末に命令が来た。
『ヴェイル。格納装置を回収せよ。所持者の身柄は不要』
画面には、赤いヒーローと、首飾りの拡大写真。添付の映像も戦闘の場面だけだ。あのあと俺は怪我人を運んで、足りない寝具を探して、やっと戻って寝た。ニュースで流れたらしい弁当騒ぎは見ていない。
ライズの素顔も本名も、まだ知らなかった。
「首だけ持って帰るなよ」
師匠が画面を覗いて言った。
「首飾りだけだよ」
「帰り道は二本だ」
「ちゃんと通れるやつを、ね」
通路では、コハクが待っていた。短い髪を後ろへ撫でつけて、昨日俺が担いで帰った仲間の具合を教えてくれる。
「起きた。赤いやつにも助けられたって言ってた」
「じゃあ、お礼言っとく」
「殴りに行くんだろ、これから」
そうだった。
襟の内側へ指を入れる。鎖骨の下で、怪核が脈を打った。
黒い外殻が袖を覆い、仮面が閉じる。喉から出したのとは違う響きの声になった。これなら、八年前に別れた知り合いに会っても、まず気づかれない。素の声だって、十一歳の頃からずいぶん変わった。
なぜ今そんなことを考えたのか、自分でも分からなかった。
朝の見張りが送ってきたのは、店先で揺れる獣の首飾りと、ベンチに座る男の後ろ姿だけだ。非常階段に回っても、見えたのは背中だけだった。
幼なじみを探しに行くわけじゃない。首飾りを、取りに行くだけだ。
◇
【ライズ】
左のガードを横に振って、刃の側面を胸から押しのけた。
刃先が、昨日の深い溝に引っかかった。ワイヤーが張って、俺の体が左へ引かれる。
「うわっ!」
「昨日の傷、いい目印になるね」
「修理前に来んな!」
踏ん張ると肩が痛い。だから、引かれる方向へ逆に走った。袋をベンチに置き、非常階段の真下へ滑り込む。角度が変わって、刃がガードから抜けた。
ヴェイルが手すりを蹴る。俺は頭上へ光を一枚、壁みたいに斜めに立てた。
黒い靴が、その壁を蹴った。防いだつもりの板を足場にして、あいつが俺の後ろへ回る。
「足場にすんな!」
「壁だった?」
「今のは壁だった!」
背中に肘が来る。振り向く途中でレンズを押した。
剣を左手で受け取り、柄で肘を止める。そのまま刀身を回すと、黒い仮面が引いた。剣先が鼻先の外装を浅く擦る。
右手なら、もう半歩先まで伸ばせた。そう思った瞬間、ヴェイルの足が俺の右へ来た。
見られた。使いたくない側へ、回り込まれた。
光を消して踵の下へ低く作り直し、そこを蹴って横へ逃げる。運河へ下りる通路。荷下ろしを終えた一角で、人はいない。
ヴェイルが塀の角へワイヤーをかけ、体ごと弧を描いて俺の前へ落ちてきた。急停止。靴底が鳴る。
「貸してくれるだけでいいんだけど!」
「返す予定がねえだろ!」
『私も、行く予定はない』
胸元でゴウガが言った。ヴェイルの動きが、一瞬止まる。
「……ちゃんと自分で喋るんだ」
『護牙だ。昨日の黒い者よ。名乗りの続きは、また今度にする』
「今度があるんだ。覚えてくれて、どうも」
喋る荷物くらいに思っていたのかもしれない。ヴェイルは首飾りを見て、それから俺に向き直った。
「話は、連れていってからでもできるよ」
「だから行きたくないって言ってんだろ! 本人が!」
黒い足元から、影が一体立ち上がった。
拳が来る。白いガードを立てた。左手には剣。受けた瞬間、剣の柄ごと胸に押し戻される。その間に、本物のワイヤーが右の足首を狙ってきた。
低い足場へ跳ぶ。影も跳ぶ。
次の一枚を影の肩より高く置き、もう一枚をヴェイルの頭上へ。三枚。階段に見えたはずだ。
ヴェイルの刃が、いちばん高い板の下へ走る。俺が上がる先を塞ぐつもりだ。
上がらなかった。
乗っていた板から、ただ真下へ落ちた。影の腹の下をくぐり、着地と同時に剣を横へ振る。黒い胴が裂けた。影はすぐには崩れず、俺の肩へ手を伸ばしてくる。その指をガードで押し上げ、もう一歩。
今度は影を挟まずに、本物が目の前にいた。
「っ!」
ヴェイルが身をひねる。刀身が胸を擦った。昨日は白い筋しか残らなかった装甲が、今日は細く削れる。
影を出している間は、本体が薄いのか。
でも、追い打ちは間に合わなかった。戻ってきた刃が俺の剣を叩き、左手が痺れて柄を落としかける。背後で影が伸びる気配。振り向く時間はない。
足場を全部消して、背中のすぐ後ろへ一枚だけ出した。板が、影の足首を下からすくう。ひっくり返った黒い体が、俺の頭の上を飛び越えていった。
「そっち、返す!」
「返却口、ここじゃないんだけど!」
ヴェイルが屈む。影はその背中を越えて、地面に落ちる前にほどけて消えた。
俺は光を解いて、二歩下がった。肩が熱い。左の手首まで、じんじんする。
ヴェイルも胸を押さえていた。黒い外殻の隙間が縮んで、厚みが戻っていく。消した影のぶんだ。俺が光を足場と剣に配るみたいに、あいつにも配り方がある。
「昨日の、でかいのは?」
「見たけりゃ、もう一回――」
肩が、ずきんとした。
「……いや、見せねえ」
「今の、すごく正直だったね」
言い返しかけたとき、石段の上で車輪が跳ねた。
買い物用の手押し車だ。坂になった脇の通路を、重そうな袋を載せたまま転がってくる。持ち手を掴んでいた女の人が、引っぱられるように前へ倒れた。
俺とヴェイルは、同時に走った。
「右!」
「右ね!」
同じ側へ寄った。
肩がぶつかった。
「俺から見て!」
「俺から見ても右だったよ!」
女の人の足が段から離れる。俺は剣を光に戻し、ヴェイルは刃を巻き取り器へ収めた。背中の下へ、光を一枚。低く斜めに、石段に沿わせる。倒れてきた体がそこを滑り、俺が左のガードを差し入れる。ヴェイルが反対側へ回り込み、腰と膝を受けた。
止まった。
女の人が息を呑んだまま、俺の首に腕を回してくる。
「掴まっててください!」
「荷物!」
ヴェイルが上を見た。手押し車が、その頭めがけて落ちてくる。二枚目を車輪の下へ。板の端に車輪が引っかかり、荷物が前へ倒れた。
大きな白菜が、俺とヴェイルの間に収まった。袋の取っ手が、あいつの首に引っかかる。
「……首から外すだけ、だったんだけどね」
「だから言っただろ、簡単じゃねえんだよ!」
さっきまで俺の首飾りを狙っていたやつが、首から白菜をぶら下げていた。笑うと女の人を揺らすので、俺は歯を食いしばった。
「足、つけられますか」
「ひねったみたい。ごめんなさいね」
「謝らなくていいよ。持ってるから」
ヴェイルは膝を支えたまま、あっさり言った。俺も頷く。ここで手を離してほしくないのは、むしろこっちだ。
上の通りまで、十数段。ヴェイルと目を合わせた。
「同時に」
「今度は、そっちの右?」
「女の人が揺れないほう!」
「それ、方向じゃないよ」
「私が数えるわ」
女の人が言った。
「一、二。はい、一、二」
赤と黒の膝が揃った。上がれる。ものすごく素直に上がれる。
『よい連携だ』
「指揮がいいんだよ!」
「君と俺の命令、さっきから雑だしね」
細い通路の途中で、俺の肩が柵に当たった。ヴェイルも反対の壁に当たった。二人で抱えて通るには狭い。止まると、女の人が首から手を離して、二人の肩に置き直した。
「赤い人、後ろへ半歩。黒い人、ちょっと前」
斜めになった。通れた。
怪人とやり合うときより、よっぽど言うことを聞いている。
石段の上から、店の人が駆けてきた。事情を話すとすぐに椅子を出してくれて、女の人をそっと座らせる。救護への電話も、店の人がかけてくれた。
ヴェイルが首から白菜の袋を外す。俺は、そこで初めて笑いそうになった。
「何?」
「いや。似合ってた」
「首飾りを貸してくれるなら、交換してもいいけど」
『私は白菜より軽いぞ』
「値打ちの話じゃなかったんだ!」
女の人が笑った。ようやく、こっちも息を吐けた。
手押し車を取りに戻ったヴェイルに、女の人が深く頭を下げる。
「二人とも、ありがとうね」
黒い仮面が、軽く手を上げた。顔は見えない。でも今は、嫌そうには見えなかった。
◇
店から離れた曲がり角で、また向き合った。俺の左手は空だ。ヴェイルの刃も、まだ巻き取られたまま。
「どうする。続き」
聞くと、あいつは胸の傷に指を当てた。
「今日は、首を引っぱると叱られそうだから」
「俺には昨日から叱られてるだろ」
「効かない叱り方ってあるよね」
ちょっと殴りたくなった。でも、左の手首がまだ痺れている。
「修理屋を探してるんだ」
なぜか、そんなことを言っていた。
「大きいほうも?」
「ああ」
「その手、先に人間のほうも診てもらいなよ」
「分かってる」
ヴェイルが、通りの向こうを指した。
「古い機械なら、街外れの工房に持ち込む人が多い。運河沿いで聞けば分かるよ」
「なんで教える?」
「直したあとなら、次は言い訳が減るでしょ」
黒い手がひらりと上がった。俺が何か言う前に、あいつは別の路地へ消えた。
追わなかった。ゴウガも、追えとは言わなかった。
ベンチに戻ると、パンの袋はそのままあった。端にだけ、俺のガードがつけたらしい泥の筋。左手で持ち上げる。今度は落とさなかった。
『先ほどの者、君の手をずっと見ていたな』
「戦ってるときからな。嫌なとこばっか狙いやがって」
『最後は、違う見方だったように思う』
袋からパンを出した。
違ったかどうかは、まだ分からない。ただ、あの女の人を二人で抱えていたあいだだけは、こいつが手を離すとは一度も思わなかった。
◇
【ゲイル】
アキラから届いた交戦記録は、都合のいいところで切られていなかった。
篠宮ナツキは、最後まで再生してから端末を閉じた。
左手で剣を持つハル。右肩を胸に押しつけたまま、門を越える瞬間。
怪我を隠すときの、あの動き。
「変わってない、じゃ駄目か」
小さく言い直す。卒業して一年。付き合っていた頃の彼が、そのまま画面の中にいるわけではない。
任務は、確保と事情の聴取。問いかける前に逃げられないだけの準備がいる。あの人は、答えを聞く前に走り出す人だから。
腰の短杖に手をかけた。白と銀の筒が、掌に収まる。
『ゲイル。追跡に入れるか』
「行けます。まず、足を止めます」
お読みいただき、ありがとうございます!
戦っていると噛み合わない二人が、助ける側へ回ったらどうなるのか。
好きだった攻防や、笑えた場面があれば、ひと言でも感想をいただけるとうれしいです。
次回は、戦ったあとの修理代のお話です。