巨大ロボに選ばれたら、味方まで追ってきた。 作:シラヌイ321
頼りになる修理屋へたどり着いた二人に、今度は見積書が迫ります。
修理屋の看板には、大きく書いてあった。
持ち込み歓迎。
その下に、小さく書いてあった。
寸法は先にお知らせください。
「ゴウガ。歓迎のほうだけ信じていいと思う?」
『小さい字も読め、マスター』
読んだから聞いている。
街外れの工房には、古い運搬車が三台並んでいた。奥は屋根のない作業場で、高い柱に渡した梁から太い吊り鎖が下がっている。ヴェイルに教わったとおり運河沿いで聞いて回り、ようやくたどり着いた。
赤いヘルメットのまま、入口から声をかけた。
「修理、お願いできますか」
「物を見てから」
作業台の下から、女の人が這い出してきた。袖をまくった腕に油がついている。工具を布で拭きながら、俺の左腕に目を止めた。
「深いね」
「はい。それと、大きいほうも」
「大きいほう?」
ペンダントを持ち上げた。
『護牙と申す』
工具を拭く手が、止まった。
「……昨日の」
「見てました?」
「砲台を持ち上げたやつだろ」
そう。そこ。できれば一生、そこを覚えていてほしい。
「手に弁当並べてた」
そっちも消えないらしい。
「私はリカ。まず大きさを教えて」
『全高、十八メートル』
リカさんは工具を置いた。俺ではなく、看板を見た。俺も看板を見た。
「今、お知らせしました」
「そうだね。出す前でよかった」
◇
人をどかし、吊り鎖を上まで巻き、荷台を作業場の端へ寄せる。十分な広さができてから、ゴウガに出てもらった。
光の裂け目を、銀色の足がまたぐ。獅子の顔が工房の屋根より高いところに現れ、両肩が出たところで、リカさんが地面の白線を指した。
「そこに座って。左手はつかない」
『承知した』
「肘を張らない」
『うむ』
「胸を張るのは、あと」
ゴウガが静かになった。今、ちょっと張ろうとしていた。
座っても頭は屋根より上にある。なのに、作業台を押していくリカさんのほうが大きく見えた。
左前腕の裂け目が、俺の目の高さまで下りてくる。銀色の外装がめくれて、下の配線を擦っていた。昨日、砲身を掴んだ腕だ。胸がひやりとした。
「格納すると、見えなくなるだけなんだな」
『寝床へ戻っても、傷は塞がらぬ』
「俺もそうだった」
リカさんが、今度は俺の右手を見た。
「指、開いて」
開いた。
「閉じて」
途中で止まった。
「そっちは機械屋の仕事じゃない。知り合いの救護所があるから、先に診てもらいな」
「でもゴウガが」
『私は逃げぬ』
「修理を待つ間に、持ち主に倒れられたら困るんだよ」
二人がかりで言われた。ここでは順番を抜かせそうにない。
工房の奥を借りて変身を解き、教わった救護所で肩を診てもらった。固定の仕方を教わって、冷やすものをもらって、最後に「しばらく運動は控えて」と言われた。固定は覚えた。最後の一言が、一番難しい。
◇
「中枢も、格納空間も触らない。外側だけだよ」
戻ると、リカさんはゴウガに先にそう言っていた。
「割れた板と、擦れた線の覆いと、ずれた留め具。そこなら直せる」
『頼もう』
「動かす前に言って」
『君も、外す前に知らせてくれ』
「もちろん」
それで作業が始まった。昨日、本部であれだけ揉めた相手が、今は言われたとおりに自分の指を開いたり閉じたりしている。
「手伝います」
「右腕を使わないやつね。まず、その紙」
受け取った。部品の数を書き込む紙だった。
俺は十九歳で、ヒーロー歴一年で、今、巨大ロボの左手の横でボルトを数えている。
「十六!」
「声は普通でいいよ」
「はい」
ゴウガの胸が、小さく震えた。
「笑った?」
『呼吸音だ』
「お前、呼吸してないだろ」
台車の車輪が止まった。リカさんが長い外装板を一枚外す。近くで見ると、一枚で俺の体くらいある。端を吊り鎖にかけてゆっくり下ろしていくと、台車が半歩ずるりと動いた。
反射的に、右手が出かけた。
「触らない!」
リカさんの声のほうが早かった。ゴウガの右の指が下りてきて、台車の後ろに壁を作る。車輪が指に当たって止まった。
『止めた』
「助かった。今、車輪を固定するから」
俺の右手は、空中で固まっていた。守られる側になった途端、置き場所が分からなくなる。
「ライズ、それ持って」
振り向くと、リカさんが差し出していたのは輪止めだった。
「左でいい。車輪の後ろ」
言われた場所に差し込んだ。今度は、ちゃんと役に立った。
◇
昼を過ぎた頃、入口に黒い仮面が立った。
俺は作業台から飛び下り、左手をバックルにかけた。
「お前、ついてきたのか!」
「紹介した店に寄ったら、いた」
「言い方!」
ヴェイルはひらひらと手を振った。刃は出していない。
リカさんが工具を置いた。
「喧嘩なら外で。ここで壊した物は、その場で払ってもらうよ」
俺とヴェイルは顔を見合わせた。仮面越しでも、たぶん同じことを考えている。
「払える?」
「お前こそ」
「じゃあ、喧嘩はなし」
リカさんが決めた。ものすごく強い。
ヴェイルは、壁に立てかけてある交換用の外装板を見た。持ち上げようとして途中で腰を落とし、板の下に足を入れないようにして、膝からまっすぐ伸びる。
「どこに置く?」
「そこの台の上」
運びながら、あいつが言った。
「持つ前に、降ろす場所を決めろって。うるさい人がいるから」
「いいこと教わってるじゃない」
「本人に言うと、次の仕事が増えるんだよね」
板が台に乗った。俺なら先に持ち上げて、それから置き場所を聞いていた気がする。いや、さっきの台車は、持ち上げるところまでも行けなかったけど。
ヴェイルの首が、俺の右腕へ向いた。
「診てもらった?」
「もらった」
「よかった」
素直に言われた。からかう声じゃなかったので、返事が一拍遅れた。
「……お前、何しに来たんだよ」
「首飾りが本当に十八メートルなのか、確認」
『疑っていたのか』
「持って帰る大きさじゃないなって」
『やっと気づいたか』
ゴウガはちょっと得意そうだった。
俺はペンダントと、屋根の上の顔を見比べた。首に下げれば持って帰れる。問題は、持って帰ったあとどうするかだ。昨日の透明な箱を思い出して、嫌な感じがした。
◇
最初の板をつけ直す前に、汚れを落とすことになった。外したままでは触れない場所も多いから、磨くのは両すねの外側だけ。俺は左手に布を持ち、ヴェイルは右脚の前にしゃがんだ。
「勝負する?」
「片手のやつに言うか?」
「じゃあ、俺も片手で」
あいつの隣に、黒い影が立った。布を一枚受け取る。
「片手が三本あるんだけど!」
「本体は片手だよ」
「合計で数えろ!」
ゴウガが、俺たちを見下ろした。
『丁寧さを競うのだな』
「速さのつもりだった!」
影がすねの上のほうを拭き、ヴェイルが下を拭く。俺は左手で真ん中を拭いた。右脚だけ、みるみる光っていく。ずるい。
光の板を一枚、低く出して乗った。高さを稼げば、一度で広いところまで手が届く。
「その足場、作業台として貸せない?」
リカさんが言った。
「人を乗せて長く保つなら、普通の台のほうがいいです」
「そう。なら、その上で夢中にならない。疲れたら下りる」
見られていた。右腕の代わりに能力を使えば、休んでいることになると思っていたのも。
下りて、板を消した。隣で、影の輪郭が薄くなる。布が落ちる前に、ヴェイルが受け止めた。それきり、影は出さなかった。
「ずっとは使えないんだな」
「便利に使うと、俺のほうが先にへばるから」
「じゃあ、同点」
「まだ俺のほうが光ってるよ」
顔を上げた。本当に光っていた。腹が立ったので、残りは丁寧に磨いた。
途中から、ヴェイルが左脚に回ってきた。俺の届きにくいところを拭いていく。
「勝負は?」
「片側だけ汚いと、全体が変でしょ」
俺も、右脚の拭き残しを見つけた。そこだけ布を当てる。終わる頃には、どこを誰が磨いたのか分からなくなっていた。
ゴウガが満足げに立ち上がりかけ、自分の胸に手を当てた。
『見よ。私は再び――』
「その手!」
リカさんの声。俺の声。ヴェイルの声。
三つ重なって、間に合わなかった。
銀色の胸に、油でできた巨大な手形がついた。
しばらく、全員黙った。
『……輝く予定であった』
「予定を延期すんな!」
ヴェイルがバケツを持った。俺は新しい布を取った。
「今度は共同作業ね」
「最初からそうしとけばよかったな!」
◇
日が傾く前に、ゴウガの左前腕には新しい留め具と保護板が入った。割れ目は埋まっても、元どおりに見えるわけじゃない。リカさんが指の動きまで一本ずつ確かめる。
「強い力を受けたら、また見せて。直ったから乱暴にしていい腕じゃないよ」
『心得た』
「そっちの人もね」
俺だった。
白いガードにも、補強板が入った。溝を埋めたところだけ、白の色が違う。左腕に戻すと、重さが増したのが分かった。でも、何もなかったみたいにされるよりいい。ここに刃が入ったことを、覚えていられる。
ヴェイルが、机の上の紙を眺めていた。部品の注文控えだ。
「これ、出荷印?」
上の欠けた輪を、三本の横線が横切っている。黒い印だった。
「古い継ぎ手を扱ってる業者のだよ。見たことある?」
「同じ印の箱を、運んだことがある」
「中身は?」
「見てない」
返事は、それだけだった。
ヴェイルは紙から顔を上げ、俺に手を振った。
「今日は帰る。借りる話は、また今度」
「喋って歩くやつを、借りる物にすんな」
黒い仮面が、わずかに傾いた。
「……そうだね。そこは、考えとく」
角を曲がって姿が消えるまで、俺は変身を解かなかった。リカさんも、俺の本名は呼ばなかった。敵のまま、工具を片づけた。そういう一日もあるらしい。
◇
計算の時間は、戦闘より静かだった。
紙の上に数字が並ぶ。部品代。工賃。大きい部品には、大きい値段がつく。
「手伝ってくれた分は引くよ」
線が一本引かれた。それでも、まだかなり大きい数字が残っていた。
「あの……正義の活動ってことで、ちょっと」
「正義で配線は買えないね」
「はい」
払う。そこは決めた。財布を見て、一度では払えないことも、すぐに決まった。
リカさんは、ヘルメットを外した俺の顔を見て言った。
「しばらく泊まって、体を休めな。工房の奥なら使っていい。ただし勝手に道具を触らない。近所への説明は私がする。隠れていたいからって、急に十八メートル出さない」
「ありがとうございます!」
『私からも礼を言う』
「そのかわり、治ったら働いて返して。急いで治ったことにしないでよ」
上げかけた右手を、下ろした。返事まで見栄を張るところだった。
その夜、アキラに短い連絡を入れた。無事でいる。手当ては受けた。ゴウガの意思を止めない条件なら、話はしたい。居場所は書かなかった。リカさんの工房を、勝手に交渉の場所にはできない。
返事は早かった。
『分かった。処置の件は確認する。逃走を認めたわけじゃない』
続けて、もう一通。
『治療の指示は守れ』
端末を伏せた。画面越しでも、姿勢を正される。
◇
それから何日か過ぎた。
ゴウガはふだん格納空間で休み、点検のときだけ空けた作業場へ出た。入口は荷役用のシートで囲ってある。俺は昼間、部品を数え、台車の車輪を掃除した。片手でできる仕事も、工房にはけっこうある。
追跡の知らせが出ていることは、リカさんも知っていた。
「ここに来たら、事情は話す。あんたを売る気はないけど、工房を戦場にするのも断るよ」
隠し通せるとは、俺も思っていなかった。アキラからは「確認中」という返事が何度か来た。ゴウガを箱に入れる話は、まだ取り下げられていない。
肩は、日を追って熱が引いた。四日目には、箸を落とさずに飯が食えた。次の日には、空のコップを持ち替えずに洗えた。嬉しくなって、満杯のバケツに手を伸ばした。
「段階!」
叱られた。
落とさずに持てたコップを、棚に戻す。誰も拍手しない。俺も大声では言わない。それでも、昨日できなかったことが今日はできた。こういう勝ち方なら、次の朝にもちゃんと残っている。
六日目の夕方、低い光の板に片足を置いて、バックルのレンズを押した。
右の掌に、赤い柄が収まる。呼び出すところから、ゆっくり。刃を上げる。下ろす。指は開かなかった。肩にも、あの焼けるような痛みは来ない。
重い一撃を受けたらどうなるかは、別の話だ。そこまで試す前に剣を戻して、足場を消した。
『止めたな』
胸元で、ゴウガが言った。
「明日も動かしたいから」
言ってから、ちょっと照れた。こんなこと、今まで当たり前にできているつもりだった。
『では、明日もだ』
ゴウガの声は、嬉しそうだった。
その夜、工房の戸を閉めて、奥の毛布にもぐり込んだときだった。
枕元のペンダントが、ふっと光った。
『マスター』
「ん……寝る前の話なら、短めで」
『違う。誰かが、私の入口を探っている』
目が覚めた。
ゴウガの声は低かった。格納空間の縁を、外から指先でなぞられているような感じがするのだという。
「どこから」
『分からん。だが、こちらへ向かっている』
窓の外は静かだった。運河の水音と、どこかの犬の声がするだけだ。
俺は毛布の中で、左手をバックルの上に置いたまま、朝まで浅く眠った。
お読みいただき、ありがとうございます!
今回は、立ち止まって直す時間。ゴウガもハルも、格納や変身だけで元どおりにはなりません。
リカとのやり取りや、気に入った場面があれば、ぜひ感想で教えてください。
次回は、休んだ腕で迎える大きな戦いです。