巨大ロボに選ばれたら、味方まで追ってきた。 作:シラヌイ321
工房で迎えた穏やかな朝を、巨大な回収機が踏み砕きます。
空箱は八個あった。
四個ずつなら二回で終わる。八個なら一回で終わる。
「二回で」
持ち上げる前に、リカさんに言われた。
「まだ何もしてません!」
「顔がしてた」
上から四個を取り上げられた。俺の腕に、ちょうど四個が残る。
言われたとおり、二回で運んだ。右手はちゃんと箱の縁を握れた。ゴウガと会ってから、だいたい一週間。腕の重さを気にせずに起きられた、初めての朝だった。
この仕事が済んだら、アキラに電話する。俺もゴウガも、逃げ回りたいわけじゃない。話をするなら、こいつ自身の声が届く場所でしたい。
ゆうべの話を、リカさんにはもうしてあった。入口を探られている気がする、とゴウガが言ったこと。リカさんは「今日は外に出る仕事を減らす」とだけ言って、近所の工場に回覧を一枚頼んでくれた。
箱を下ろした途端、床が鳴った。
棚の工具が触れ合い、吊り鎖が揺れる。
「……これ、俺じゃないですよね」
「分かってる。外へ」
リカさんはもう電話を掴んでいた。
戸口へ走る。工房の向こうの道路で、鈍い灰色の脚が動いていた。
◇
ゴウガより、頭ひとつ低い。それでも工房の屋根を軽く越える、四角い胴体だった。
二本の脚が道路を塞ぎ、両腕の先に三本ずつの分厚い爪。背中には荷台みたいな金属の枠が畳まれている。回収用の機械だ。ただし、持って帰るつもりの物の大きさがおかしい。
道路の端で配達車が立ち往生し、その後ろで止まった乗合車から、人が歩道を引き返していく。
『格納装置の反応を確認。対象を回収する』
平たい声が、機械の胸から流れた。
ゆうべの「探られている」の正体は、こいつだ。巨大な爪が、まっすぐこっちを向いた。
「工房まで来るなよ!」
ジャケットを跳ね上げ、銀色のバックルを押さえてレバーを引く。
黒い繊維が脚を支え、朱赤の胸甲が重なって、金の線に光が走る。左腕に白いガード。補修したところだけ、白の色が違う。もう試すことになるのかよ。
「リカさん、人を裏へ!」
「東の資材置き場から歩道に出せる。そっちへ通して!」
指された先に、低い柵と荷物の間の通路、小さな門。西側には広い砂利の空き地がある。出すなら、あっちだ。
『マスター、道路の上では出られぬ』
「分かってる。空き地まで引っぱる!」
爪が下りてきた。横へ跳ぶ。
舗装が割れ、爪の間に挟まった標識がひしゃげて倒れた。
足元に一枚、次を高く。光を二段蹴って、機械の腕に飛び乗る。
「こっちだ!」
爪が裏返った。肩まで走るつもりが、足元ごと傾く。三枚目を外側に出して飛び降りた。
銀色の刃が、視界の横を走った。ワイヤーが敵の爪に巻きつき、張った線の先に黒い仮面がいた。
「避けるなら早めに言って」
「避けるって言ってから避けられるか!」
ヴェイルが線を外して、俺の隣に着地した。
「知り合いか、あれ!」
「仲良くなった覚えはないよ」
「呼んだのかって聞いてんだよ!」
あいつの耳元から、無線の声が漏れた。
『ヴェイル。回収路の確保を優先しろ。民間人には避けさせろ』
目の前で、乗合車の扉が歪んで動かなくなっていた。中に子どもがいる。機械の足が、そっちへ寄っていく。
ヴェイルが、通信を切った。
「避けてもらうのを待ってたら、遅いんだよね」
黒い体が乗合車へ走る。俺は逆側へ走った。
◇
【ヴェイル】
乗合車の扉は、側面から押されて歪んでいた。
刃を隙間に差し入れる。力任せに引けば、中へ金属片が跳ねる。下の留め具だけを切って、片手で扉を支え、外へ倒した。
「降りて。東の門、見える?」
運転手が頷く。子どもを抱えた人が出てくる。
背後で、重い足音がした。回収機について歩いてきた怪人が二人。一人は棒状の拘束具、もう一人は鎖のついた鉤を持っている。
「そこは回収機の進路だ、ヴェイル!」
「だから空けてるところ!」
俺の後ろから影を一体走らせ、先に来た棒を横へ押す。本体の俺は車のステップを蹴って、鉤を持つ腕に踵を入れた。鉤が地面に落ちる。
殴り合っている横を、人が通っていく。その人に腕が届く位置だけは、絶対に空けなかった。
「任務放棄と見なすぞ!」
「見ながら、そこの扉も持ってて!」
外した扉を押しつけた。相手は反射的に受け取って、重さで棒の先が下がる。その隙間に肩を入れて、もう一人を車から押し離した。
仕事を増やすなと、いつも言われる。今日は増やした。
「足元、段があるよ」
最後に降りてきた子に、指を二本、脚みたいに歩かせて見せる。子どもが真似をして、低いステップを下りた。影がその背中を支えたところで、輪郭が薄くなる。戻ってきた力で肩を覆い直し、追ってきた鉤を外殻で滑らせた。
俺たちと二人の間に、回収機の足が下りてきた。扉を抱えたほうが舌打ちして、もう一人を引っぱって下がる。
「こっちは味方だ!」
叫びは、機械には届かなかった。足は予定どおりの位置を踏み、灰色の壁を作った。進路にいる人間は、仲間でも気にしないらしい。
子どもが門の中に入ったのを見届けてから、刃を持ち替えた。影は消えた。すぐもう一体出す余裕はない。機械の足の届かない側へ走る。
向こうで、赤いヒーローが空を走っていた。
◇
【ライズ】
西の空き地へ、爪を引っぱってくる。正確に言うと、狙われながら逃げている。
一枚を蹴る。通り過ぎた一枚を消す。次を出す。無駄に高くは跳ばない。こいつの腕が届くぎりぎりを、横に走る。
巨大な爪が閉じて、俺がいた場所の光を噛み砕いた。破片が散る前に、次の一枚に足を置く。背中が冷たい。あと半歩遅かったら、赤いのが挟まっていた。
「ゴウガ、ここだ!」
空き地の奥に降りる。人はいない。上に電線もない。残った光を解いて、前を空けた。
ペンダントの光が、縦に開いた。
銀の足が砂利を踏み、獅子の顔が立ち上がる。金色のバイザーが敵を捉えた。
……今の、絶対どこかで練習してたな。
差し出された掌に飛び乗り、胸の座席へ入って両手を握りに置いた。今日は握れる。昨日までより、ちゃんと。肘を支えに預け、曲がりたい方向だけを示して、ゴウガの踏み込みに体を合わせる。初めて乗った日に言われたことを、今日は少しだけ先にできた。
「まず、道路から離す!」
『合わせろ!』
ゴウガの右手が機械の手首を、左手が肘の外を押さえた。両足で砂利を踏んで、引く。敵も逆に引っぱった。視界が前に持っていかれる。こいつ、重い。
背中の荷台が開いた。金属の枠が左右から回り込んで、ゴウガの脇腹に留め具が迫る。
「後ろもついてきた!」
『腕も来ておる!』
「待て待て、順番! 一個ずつ困らせろ!」
道路の端で、ヴェイルが一瞬こっちを見た。すぐに走り出す。
ゴウガが右足を外に置いて半身になり、片側の枠を避け、残った枠に肩を当てた。
座席が震えた。留め具が銀の胸を擦る。
『囲われる前に、回す!』
「そっちは工房!」
『では逆だ!』
反対へ踏み込む。俺は握りを押すだけじゃなく、足元の映像を見た。回る先は、砂利の広いほう。ゴウガの腰がねじれ、敵の片足が浮いた。
倒せる。
そう思ったところで、三本爪が、ゴウガの左腕に閉じた。
嫌な音がした。昨日リカさんにつけてもらった板が、外へ浮く。
「左!」
『分かっておる!』
腕を離せば、機械は道路に戻る。握り込めば、左肘が壊れる。息が詰まった。
そのとき、黒い線が敵の膝に巻きついた。
「その足、上げさせられる?」
ヴェイルだった。爪と違って、脚の関節の覆いは開いている。中の太い棒が、踏み込むたびに上下していた。
ゴウガが敵の肩を押した。重さが反対の脚へ移る。ワイヤーが、浮いた脚の覆いを引き剥がした。
「ここを止めれば、前に出てこられない!」
「胴体の中は!?」
「分からない。だから外側だけ!」
俺は、爪を閉じ続けている腕を見た。脚を止めても、左腕は離さない。先に、こっちだ。
「ヴェイル! 右の肘の下、そこの覆いもいけるか!」
「頼むね、より先に注文が増えた!」
「頼む! すごく頼む!」
ヴェイルが走った。俺はゴウガに短く言う。
「外に出る。腕を斬る」
『押さえておこう。長くは保たぬが』
握りから手を離した。ゴウガが自分の右腕で、さらに深く敵を抱え込む。俺が力を抜いても、巨体の力は抜けなかった。
胸が開く。ベルトを外して外へ出ると、目の前いっぱいに巨大な肘があった。ヴェイルの刃が、その裏側の薄い覆いに入る。裂けた板が剥がれて、太い回転軸と束になった管が見えた。人が乗っているかもしれない胴は、さらにその奥だ。
斬るなら、外へ振る。ゴウガの腕にも、胴体にも入れない角度。
赤い柄を右手で握り、左を添える。まだ震えない。
光を一枚、胸の外へ。次を敵の肘より高く。最後を、外へずらして。
登った。使い終えた下の二枚を解いて、刀身に戻す。刃が白くなる。肩の奥に、覚えのある熱が生まれた。撃ったあとの俺じゃ、重い物は持てない。分かっている。
「ゴウガ、斬った腕を落とすなよ!」
『任せよ!』
「ヴェイル、あとで俺も拾ってくれ!」
「そっちも荷物なの!?」
返事を聞いて、跳んだ。最後の光まで、刀身に集める。
空中で体を開き、剣先を外側に向けたまま振り抜いた。
白い刃が、露出した肘を斬った。装甲の縁が裂け、太い軸が火花を噴く。
爪のついた前腕が、肘から切り離された。ゴウガの左から重さが抜け、右の掌が落ちていく前腕を受け止めて、地面に落ちる勢いを殺す。
俺は空中で剣を抱えた。
痛い。右の指が開く。左の手まで、一緒に緩みかける。剣を落とす前に、レンズに親指を押しつけて光に戻した。肩が、下へ引き抜かれそうだった。
着地用の光を一枚だけ作る。乗った。膝が折れた。そのまま前に転げた。
黒い腕が、脇に入った。
「はい、追加の荷物」
「扱いが雑!」
「注文が急!」
ヴェイルが俺を肩で支えて、板の下の砂利に降りた。光を消す。足は踏ん張れる。でも、腕を持ち上げようとすると息が止まった。
頭上で、巨体同士がぶつかった。
◇
敵には、まだ左の爪があった。それがゴウガの胸を狙う。
ゴウガは斬り落とした腕を地面に置き、上半身を横へずらした。爪が空を掴む。右の拳が、敵の肩に入った。
灰色の胴が揺れた。開いた荷台が砂利に爪を立てて、後ろへは倒れない。
『ならば、横だ!』
ゴウガが敵の脇へ回り、片足で荷台の端を押さえ、右腕を胴の下に入れる。左腕は押し込まず、肩に添えるだけ。
「中を潰すな! 人が乗ってるかもしれない!」
『下ろす場所を見よ!』
言われて、足元に目を戻した。右側の砂利は空いている。ヴェイルも、道路のほうへ手を振って人を下げていた。
「空いた!」
ゴウガが腰を落とす。灰色の片脚が地面から離れ、荷台の角を支点に巨体が傾いた。
そのまま叩きつければ終わる。ゴウガは膝をつき、腕を下げた。砂利が大きく跳ねる。横倒しの機械を、銀の肩と右腕が受け止めていた。まだ動く足が、空を蹴る。ゴウガは胴じゃなく、その外側の脚の付け根に足を置いて、踏み込んだ。金属が潰れて、回転音が止まった。
残った爪が土を掻く。ゴウガが空いた右手で手首を押さえ込むと、腕に力を送る太い管が裂けて、三本の爪は開いたまま動かなくなった。
急に、周りの声が聞こえてきた。
「道の人、全員出た!」
ヴェイルが戻ってくる。リカさんが、空き地の入口から大きく腕を振っていた。救護車の音も近づいてくる。
俺は息を吐いた。膝に手を置こうとして、やめる。腕に力が入らない。代わりに、砂利に尻をついた。
「撃ったら、そうなるんだね」
ヴェイルが俺の手を見た。
「今日は当てた」
「見てた。派手だった」
胸を張った。肩が痛くて、すぐ戻した。
上空で、報道のドローンが旋回していた。スピーカーから、明るい声がする。
『ご覧ください、赤いヒーローと黒い怪人が、協力して大型機を――』
「協力してない!」
「一緒にいたけど、同じ所属じゃないよ!」
声が重なった。重なったせいで、余計に協力しているみたいになった。
ゴウガが、道路のほうを見た。
『道路上の避難を確認。共同救助、完了』
俺とヴェイルは、揃ってゴウガを見上げた。
「そこ、今言う!?」
「報告が一番はっきりしてるね……」
ドローンが、満足そうに高度を上げていった。
そのとき。
横倒しになった胴の内側から、音がした。三回。間を置いて、また三回。
ゴウガが動きを止めた。俺は立ち上がった。
「中にいる!」
ヴェイルが低い点検口へ走り、刃は差し込まずに、まず声をかけた。
「聞こえる? 何人!」
薄い板の向こうから、返事が来た。
「二人! 一人、脚が……!」
俺は、震える右手を胸に戻した。持ち上げることは、今の俺にはできない。でも、声は出る。足も動く。
「ヴェイル。中に入るぞ」
黒い仮面が、こっちを向いた。
「今度は、最初から分担して」
お読みいただき、ありがとうございます!
ゴウガが押さえ、ヴェイルが道を作り、ライズが一撃を通す。
三人の戦いで印象に残った場面があれば、ぜひ感想をいただけるとうれしいです。
次回は、止まった機械の中へ。救助は、まだ終わっていません。