巨大ロボに選ばれたら、味方まで追ってきた。 作:シラヌイ321
腕に力が入らないライズは、黒い仮面の背を追って中へ入ります。
止まった機械の中から、また三回、音がした。
側面の板に左手を当てる。
「聞こえてる! 今、開ける!」
返事があった。近い。板一枚向こうなのに、そこへ届くまでが遠い。
ヴェイルが小さな昇降口の縁を探っている。機械が横倒しなので、本来は床にあったはずの蓋が、壁の途中に立っていた。
「中から離れられる?」
「一人、脚が挟まってる! 俺は動ける!」
「動けるほう、頭を下げて。蓋を外へ引くよ」
ワイヤーの刃が留め具の隙間に入り、甲高い音がした。ヴェイルは刃を戻して、蓋に両手をかける。俺も手を出しかけて、右の指が縁を掴めなかった。さっき斬ったのは、巨大な機械の肘だ。その反動が、今度は俺の肘に残っている。
「押さえるほう、できる?」
ヴェイルは、できないとは言わなかった。代わりに、俺にできる仕事を振ってきた。
左のガードを蓋の下に入れる。腕で持ち上げずに、膝と体で下から支える。
「これなら」
「じゃあ、引く」
蓋が歪み、ガードの上を滑って外れた。ヴェイルが最後まで手を添えて、砂利の上にそっと置く。
暗い穴が開いた。中で、作業着の男がこっちへ手を伸ばしていた。
「操縦はしてない! 点検で乗ったら、勝手に動き出して――」
「それは、出てから聞きます」
膝をつく。腰の高さまでしかない入口で、赤い装甲の肩が左右に当たりそうだ。
『外側は私が支えている。だが、長くは保たぬ』
ゴウガの声が、頭の上から降ってくる。巨大な右手が胴の端を押さえていた。左腕は、地面につけていない。
「分かった。中は俺たちで」
顔を上げた俺と、横を向いたヴェイルのヘルメットがぶつかった。コツン。
「お先、どうぞ」
「今その譲り方すると、両方止まるだろ!」
ヴェイルが先に潜った。俺も一呼吸遅れて続いた。
◇
機械の中は、上下がおかしかった。
椅子が壁から生えている。床だった鉄板は片側に立ち上がり、天井の灯りが俺の膝の横で点滅していた。
動ける男が、奥の座席を指さす。もう一人が、倒れた枠と座席の間に脚を挟まれていた。呼吸はしている。声も出る。ただ、無理に引っぱれる角度じゃない。
「ライズ。そこ、光をもらえる?」
ヴェイルが枠の下を指した。床に沿って薄い光を一枚出す。足場にするほど硬くせず、手元を照らすだけ。赤い配線、太い管、曲がった支柱。どれを触ればいいのか、俺には全然分からない。
「この棒、動きます?」
ヴェイルが男に聞いた。
「椅子の枠だ。後ろの留め金が外れれば……工具箱に、小さいジャッキがある」
指された箱は、入口の反対側に転がっていた。腹を低くして、その下に腕を伸ばす。右じゃ引けない。左の指を取っ手に通して、後ろへ下がりながら引きずった。ガードが床に擦れて、直したばかりの白にまた筋がつく。
いい。こういう傷なら、つけてもらうために持ってる。
箱から器具を出してヴェイルの手元へ押し、男が使う場所を教える。ヴェイルがジャッキを差し込んでハンドルを回すと、枠がわずかに浮いた。怪我をした男の肩から、力が抜ける。
「まだ引かないで。もうちょっと」
俺は畳んだ作業着を、膝の下に差し入れた。脚を抱え上げる力は今の俺にはない。せめて、引き出すときに角に当たらないようにする。
ヴェイルの右肩が、細かく震えていた。外殻には、前の戦いで俺がつけた傷も残っている。今日は人を運んで、仲間を止めて、機械の覆いまで剥がした。こいつだって、元気なままじゃない。
「代われるとこ、言えよ」
「じゃあ、そこの木片。浮いたところに入れて」
言われたとおりに差し込む。枠の重さを受ける場所が増えた。
その瞬間、ジャッキの下の薄い板が曲がった。
嫌な音だった。
「下、ずれる!」
ヴェイルの足元から、影が起き上がった。一体だけ。狭い中で頭を屈め、枠の反対側に手を差し込む。ヴェイル本人も、ハンドルから片手を離して支えた。
「長くは無理。今、箱を」
空になった工具箱を、ガードで押し込んだ。頑丈な底が、枠の下に入る。
「入った!」
影が膝からほどけた。枠が箱に乗って、止まる。ほんの数秒のために出した影が消えると、ヴェイルの息がひとつ深くなった。
「よし。ゆっくり、こっちへ」
動ける男に背中を支えてもらい、ヴェイルが脚を受け、俺が膝の下の布を引いて案内する。男の歯が鳴った。
「もう少しです。止めてほしかったら言ってください」
首を振られた。進めてくれ、とかすれた声。
踵が、枠を抜けた。息が漏れた。俺も、男も、同時だった。
その直後、頭の上で金属が跳ねた。
◇
さっき浮かせた枠につながる留め金が、外れた。曲がっていた長い板が、ばねみたいに戻ってくる。男の顔に向かって。
ガードを上げた。上がりきらなかった。
黒い肩が、間に入った。
ヴェイルの仮面に、板の端が当たった。
黒い頬が、割れた。
「っ、ぁ……!」
聞いたことのない声だった。
いや、違う。仮面越しの低い響きが途中で切れて、息を押し出した若い男の声だけが残ったのだ。
板はガードの上に落ちた。俺は体を沈めて、それを床に滑らせた。
「大丈夫か!」
「平気。そっち、先に……」
仮面の頬が外れかけていた。額の端まで割れ目が走っている。その隙間から見えたのは、汗で濡れた肌と、左の眉にある小さな傷だった。
滑り台の下。逃げる俺。追いかけてきて転んで、泣かないふりをした子ども。
記憶が、変な順番で戻ってきた。
八年も前だ。顔も声も変わっている。眉の傷ひとつで、決めつけられるはずがない。
でも。
「……リク?」
言ってしまった。
黒い仮面が、止まった。こっちを見る。
「なんで、その名前……」
その声で、目の前にいるのがリクなのだと分かった。八年会えなかった幼なじみが、今は手の届くところにいる。
外の穴から、カメラは見えない。頭の上も周りも、機械の内側の板で塞がれている。ゴウガの声は首元に届くだけで、俺の無線は本部を出てから切ったままだ。
震える左手で、バックルを解除した。赤い装甲が光にほどけて、右腕の重さが戻ってくる。歯を食いしばって、顔を上げた。
「俺だよ」
リクの目が、開いた。
「……ハル?」
その呼び方だった。八年前に、何百回も聞いた。
「お前、なんで」
声が変になった。聞きたいことが多すぎる。なんで怪人なんだ。どこに行ってたんだ。元気だったのか。
リクも口を開いた。
「君こそ、なんで赤いの」
「赤いのって言うなよ!」
思わず返した。そこだけは、昔と同じ速さで言葉が出た。
床の上で、男が咳き込んだ。二人で振り向いた。まだ、終わっていない。
俺はレバーを引いた。
繊維が腕を支え、赤いヘルメットが戻る。リクも、外れかけた頬の板を手で押さえた。
「先に、この人たち」
「……ああ」
八年ぶりの話は、そこまでだった。
◇
入口に、救護の人たちが来ていた。ゴウガが機械を支えているのを確かめて、外から担架を差し入れてくれる。俺は通り道の板をどけ、リクは怪我人の脚のそばに残って位置を伝えた。
先に、怪我をした男。次に、歩ける男。最後に、俺たちが出た。
外の光が、まぶしかった。担架の上から、男が手を上げた。俺も左手を上げる。リクも上げる。
ついさっきまで、あいつの足音は後ろから迫ってくる音だった。今は隣で鳴っているだけで、つい顔を向けたくなる。向けるたびに、割れた黒い仮面がある。その下を、俺は知っている。何度も確かめたくなって、何度も前に目を戻した。
報道のドローンは警備員に下げられて、空き地の向こうにいた。
リクは割れた頬に手を添えたまま、機体の陰に入った。俺もついていった。
「ついてこなくていい」
「話すだろ」
「今は、顔を見られたくない」
立ち止まった。そうだった。俺が話したいことだけで、頭がいっぱいだった。
リカさんが、黒い布を持ってきてくれた。リクはそれを頬に当てて、仮面の上から結ぶ。声の装置は戻らない。返事をするとき、口元に手を添えていた。
「二人とも、こっち。座れるところを作ったから」
工房へ続く搬入口に、荷役用の厚いシートが下りていた。その奥で、ようやく変身を解いた。
リクの首元には、外す装置がなかった。胸に手を当てると、黒い外殻が肌に沿って消えていく。頬の傷は消えなかった。割れた仮面の外板だけが、床に残った。
埋め込まれたものは、そのまま体の中にある。ヒーローをやめろと言われてバックルを外すのとは、わけが違う。
俺は左手で右肘を抱えていた。リクが、その手を見た。
「さっきより悪化してる?」
「今は、ちょっと」
「君の『ちょっと』は、量が信用できないんだよな」
それも、聞いたことがある。子どもの頃の俺は、膝が血まみれでも「ちょっとしか転んでない」と言っていた。
リクは背が伸びていた。顔が細くなった。俺の知らない傷が、俺の知らない場所についている。それでも、そこにいた。
「帰ってこいよ」
口から出ていた。考えるより先だった。
リクは、笑わなかった。
「どこへ?」
次の言葉が、止まった。
家。昔の町。二人で遊んだ道。言おうとしたものが、全部八年前のものだった。
「そんなとこにいたら、駄目だろ」
「そんなとこで、俺に飯を食わせてくれた人がいるんだよ」
静かな声だった。
「発掘場で君が引っぱり出したのも、そこの仲間だよ」
言い返せなかった。俺はあいつらを助けた。それなのに今、そこにいた時間ごと捨てろと言った。
「……悪い。そういう意味じゃ」
「分かるよ。言いたいことは」
リクは自分の膝を見た。
「でも、ハル。八年だよ」
俺も膝を見た。
立ち上がって肩を叩けば、それで元どおりになると思っていたのかもしれない。昔は帰り道で喧嘩をしても、次の日には同じ場所で待っていたから。今は、待っていた場所そのものが違う。
胸元から、ゴウガの声がした。救護の人たちに機械を引き渡してから、空いた場所で格納空間に戻ってきたばかりだった。
『君たちは、どういう関係なのだ』
「幼なじみ」
「昔の知り合い」
同時だった。
「知り合いはないだろ!」
「昔知ってたんだから、合ってるでしょ」
「毎日うちに来てたじゃねえか!」
「雨の日は、そんなに外で遊んでない」
「だから雨の日は、うちで遊んでたんだろ!」
リクが黙った。そこは覚えていたらしい。
嬉しくなりかけて、すぐに顔を引き締めた。言い合いに勝ったところで、何かが戻ってくるわけじゃない。
「友達でもなかったみたいに、言うなよ」
リクが、今度はこっちを見た。
「昔は、友達だったよ」
昔は。
今も同じだと決めつけないように、一度、息を吸った。
「今の話も、聞きたい」
リクは、すぐには答えなかった。外で救護車の扉が閉まり、誰かが誰かを呼んでいる。
「君も、話す?」
「話す。赤いのになった話も」
「それ、ちゃんとした名前あるんでしょ」
「今さらそこに戻るな!」
リクの肩が揺れた。笑ったのだと分かった。
◇
リカさんが戻ってきて、俺たちの間に水と清潔な布を置いた。
「まず手当て。八年分の話は、顔を洗ってから」
どこから聞かれていたんだろう。確かめる前に、リクが水を取った。
「右、出して」
「お前も顔、こっち」
二人で同時に動いた。俺が差し出した布と、リクの持った水がぶつかった。冷たいものが俺の膝に広がり、リクの膝にも同じ形で広がった。
止まった。
『また、同時に始めたのか』
ゴウガが言った。
「二人だと早いはずなんだけどな……」
「順番を抜かすからじゃない?」
リクが濡れた膝を見て、短く笑った。
今度は、俺が先に手を出した。洗ってもらう間、じっとしている。傷がしみると、ちゃんと顔に出た。
「痛い?」
「痛い」
「うん。そのほうが分かる」
それから、俺が左手でリクの頬を拭いた。傷のすぐ上に、昔の傷。新しいほうも古いほうも、こいつの顔だった。
外で、夕方を知らせる音楽が鳴った。
八年は、一日で話し終えるには長すぎる。工房の奥で休ませてもらって、続きは明日の朝ということになった。リクの仲間にも、無事だと連絡が入ったらしい。
同じ部屋に、椅子を二つ並べた。俺は右腕を支え、リクは頬の布を押さえている。
「今度は、途中で帰るなよ」
言ってから、また言いすぎたかと思った。
リクは目を閉じて、椅子の背に頭をつけた。
「今日は、立つのが面倒」
そういう返事だった。
俺も、椅子の背に寄りかかった。天井に、細いひびが一本走っている。昔、二人で寝転んだ俺の部屋の天井にも、似たようなのがあった。
そこまで考えて、やめた。ここはリカさんの工房で、隣にいるのは十九歳のリクだ。
八年前の続きを急ぐより、明日の朝なんて声をかけるかを考えた。
今日は、それでよかった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
名前を知っていることと、今の相手を知っていること。
二人の再会で心に残った言葉があれば、ぜひ感想をいただけるとうれしいです。
次回、二人は「今、誰の隣に立つか」を選びます。