巨大ロボに選ばれたら、味方まで追ってきた。 作:シラヌイ321
ゆっくり話す時間より先に、リクの仲間を閉じ込めたという知らせが届きます。
そしてハルの前には、昔の彼をよく知る槍が。
目が覚めたら、リクがもう靴を履いていた。
右肩を動かす。痛い。昨日よりは軽い気がして持ち上げてみたら、軽かったのは気のせいだった。
「どこ行くんだ」
靴紐の上で、リクの指が止まった。
「仕事」
「昨日の今日だぞ」
「だから、今日の分が来たんだろうね」
口だけは軽い。顔には、まったく合っていなかった。
端末が鳴った。画面に短い名前が出る。コハク。リクは今度は隠さなかったので、俺も隣から読んだ。
コハクを含む仲間四人が、資材集積所の倉庫に閉じ込められている。昨日、乗合車の避難を手伝った連中だ。武器を取り上げられて、処分のための移送を待っている、とあった。行き先は書かれていない。
「俺の命令違反に、付き合ったことになってる」
「じゃあ、お前一人で戻るなよ」
「戻らなかったら、誰があいつらを出すの」
すぐに返ってきた。
危ないからやめろ。俺に任せろ。帰ってこい。喉まで上がってきた言葉を、全部飲み込んだ。昨日、「どこへ?」と聞かれたばかりだ。
「お前は、どうしたい」
リクの顔が、わずかに上がった。
「四人とも、出したい」
「分かった。じゃあ、その話をしよう」
端末を、二人の間に置いた。コハクから次の連絡が来ていた。裏の小窓は開いた。内側の留め金は外せる。移送車が来る前なら、配送用の車が一台使える。
助けを待っているだけじゃない。向こうも、自分で出ようとしていた。
『私の意見も聞け』
首元が光った。
『閉じ込められた者を残したくない。だが、狭い倉庫に私は入れぬ。左腕も、また点検が要る』
「最後はお前を出せば何とかなる、とは思ってない」
『よい。では、考えよう』
俺たちは画面に顔を寄せた。
◇
使われなくなった配送場に、長い倉庫が三つ並んでいた。間の通路に輸送箱が積まれていて、広そうに見えて抜け道は細い。
物陰で、バックルのレバーを引いた。
赤い装甲が肩を覆う。右腕は胸に寄せたままにした。繊維に支えられても、昨日の痛みまでは消えない。
隣でリクが、鎖骨の下に手を当てた。
黒い外殻が広がる。仮面の割れた頬は、黒い布で覆ってあった。声は、まだ素の声に近い。
「中で名前、呼ぶなよ」
「そっちもね、ライズ」
活動名で呼ばれたら、昨日までに戻った気がした。その横に並ぶと、もう違った。
窓の下に、コハクの手が見えた。指が二本。次に、四本。見張りが二人、中に四人。
光を一枚、腰より低く出して踏み、窓の高さへ上がる。リクは地面から壁沿いに走った。見張りが振り向いて、棒が上がる。黒い影が一体、正面から飛び込んで腕を掴み、壁へ押しつけた。本物のリクは、もう一人の足元へワイヤーを回す。
「邪魔。ちょっと座ってて」
足を払い、倒れる体に肩を入れて、頭だけは床にぶつけないように下ろした。手慣れている。
俺は窓の縁に左手をかけた。内側から外れた格子を、コハクが押し上げてくる。
「そっち、受けられる?」
「重いのは無理。板に置いてくれ」
窓のすぐ下に二枚目を出した。格子が光に乗る。俺は一枚目から降りて、格子を乗せた二枚目も地面すれすれまで下げた。光を消すと、格子が低い音を立てて地面に落ち着いた。
大きな扉の内側で、留め金の外れる音がした。窓を開けていたコハクが、中へ戻ったのだ。
扉が開いた。
「急げ!」
出てきたのは四人。一人は肩を貸され、一人は車の鍵を握っている。コハクが最後まで扉を押さえていた。リクが寄ろうとすると、コハクは顎で車を示した。
「こっちはできる。前、見て」
リクがすぐ向きを変えた。俺も出口のほうを向いた。
その先に、細い白い棒があった。
「目撃情報の二人、裏口で確認。ゲイル、出ます」
出口に立っていた隊員が、通信に短く告げた。
◇
「止まって」
聞き覚えのある声に、俺は本当に止まりかけた。
焦げ茶の髪を短くまとめた女が、出口に立っていた。前髪を留める細いピン。こっちの顔より先に、右手を見る目。
篠宮ナツキ。養成学校の元チームメイト。
それから、元彼女。
会うなら、もう少しまともな格好のときがよかった。いや、格好は装甲だから、今そこはどうでもいい。
「ゲイル……」
「ライズ。事情は聞く。まず、武器から手を離して」
バックルから左手を離した。
「中の四人、怪我してる。車を通してくれ」
「確認する。あなたは、そこにいて」
ナツキが後ろの部隊に指示を出し、隊員が車へ走った。その間も、彼女の目は俺から外れない。
「ゴウガの意思を止めないって、約束は」
「私が、ここで勝手には言えない」
「だったら、まだ戻れない」
ナツキの口元が、固くなった。
「また、答えを聞く前に決めるの」
刺さった。
卒業のときにも、似た顔をさせた。配属が違うなら、離れたほうがいい。そう言われて、俺は「分かった」とだけ答えた。引き止めたら邪魔になると思った。彼女が本当は何を相談したかったのかは、聞かなかった。
今、同じことをしているのか。
考えている間に、ナツキが短杖の両端を逆にひねった。
「でも。逃げながら話すのは、今日で終わり」
中央の起動部を押す。
空気を吸い込むような音とともに、短杖が伸びた。白銀の穂先。俺の背丈より長い柄。
細い風がナツキの体に巻きつき、深緑のスーツに白い装甲が重なる。青緑の視覚部が顔を覆い、踵の銀の板が開いた。
入学直後の適性検査で、俺は腰に装置をつけた。ナツキは、この槍を握った。槍さえ奪えばどうにかなる、と思える距離まで、絶対に近づかせてくれない相手だ。
穂先が、俺の足元に下がった。来る。
先に横風が来た。体が左へ押される。踏ん張ろうとした足の前に、槍の柄が走った。光を一枚出して跳ぶ。
「右へ、逃げない」
声がして、右に槍があった。
昔、何度も助けてもらった間合いだ。今日そこに入ると、捕まる。
ゲイルの踵から短い風が噴いた。近い。昨日の回収機よりずっと小さいのに、こっちのほうが怖い。槍の先と足が別々に動くから、どっちを見ればいいのか迷う。いや、両方だ。学校で叱られた。穂先ばかり見ていると、石突を食らう。
思い出した瞬間、爪先を白い柄が掠めた。
「今、復習してる!」
「遅い!」
左手でレンズを押す。
左の掌に呼んだ剣を、槍の柄に沿わせて押し流す。正面からは受けられない。ナツキは持ち手を変え、石突を俺の腹に入れてきた。
「ぐっ!」
ガードで受ける。背中が輸送箱に当たった。
「右手、もう痺れてるでしょ」
「なんで分かるんだよ!」
「隠し方が卒業してない」
槍が横に走った。しゃがむ。頭の上で、箱の角が削れた。
隣からワイヤーが伸びて、槍の柄に絡んだ。
「学校で、そんなことまで習うの?」
リクだった。
「習わない!」
「習わない!」
俺とナツキの声が重なった。
槍は止まらなかった。ナツキが手首を返して風を噴くと、ワイヤーの輪が外へ膨らんで柄から抜け、リクの刃が壁に当たった。
その一瞬に、足場を二枚、三枚と続けた。上へじゃない。低く、横へ。ナツキの目が二枚目を追った。俺は一枚目を蹴らずに、その下へ膝から滑り込んだ。
「その抜け方、知ってる」
槍が腰に回って、引かれた。片膝をつかされる。肩が痛んで、左の剣を動かす前に、白銀の穂先が目の前で止まった。
負けた。ここだけなら、完全に。
でも、背後で車のエンジンがかかった。コハクたちの乗った配送車だ。隊員が運転手と話し、負傷者の乗った側を確かめている。
その車に向かって、倉庫から戻ってきた見張りが、鉤を投げた。
ナツキの顔が、そっちを向いた。槍が俺から離れる。横に一閃。圧縮された風が鉤を押し上げ、何もない庇に叩き込んだ。
「負傷者の車に投げないで!」
隊員も間に入った。
俺を捕まえに来た人たちが、怪人の車を守っていた。
リクが、俺の襟を掴んだ。
「立てる?」
「脚は動く!」
立った。残っていた光を三枚とも解く。
ナツキが戻ってくる前に、胸の所属章を外した。変身装置じゃない。俺がこの組織のヒーローだと示していた、小さな板だ。
「ライズ、何を」
ナツキの前の台に、章を置いた。
「この四人を助けたことまで、敵の行動に数えるなら」
喉が乾いた。それでも、続けた。
「俺も、そっちに数えてくれ」
ナツキは槍を下ろさなかった。
「章を外しても、責任は消えない」
「分かってる。話はする。こいつを黙らせない場所で」
リクも、外殻の胸についていた組織の印を外した。体の中の核は、そのままだ。外せるのは、誰の命令で動いているかを示す印だけ。
「俺の命令違反は、俺のもの。あいつらのぶんまで増やさないで」
二つの印が、台に並んだ。
格好いいことを言った。
その直後、俺は左手で剣を光に戻した。もう長く握っていられない。ナツキには、それも見えていた。
「まだ終わってない!」
風が来る。前に倒れるように踏み込んだ。リクが頭上の梁にワイヤーをかけて、体を横へ送る。俺はその下に光を一枚置いた。黒い靴が踏む。次に俺が踏む。同じ板に、別々の方向から乗った。
「近い!」
「今度は許可もらったつもりなんだけど!」
二枚目を壁の上へ。三枚目を、その向こうの無人の搬入路へ。ナツキの槍が、一枚目の端を掠めた。
リクの背中に左手を押しつける。押し出されたリクが二枚目に着いて、こっちに腕を伸ばした。
掴むのは右じゃない。左だ。今度は間違えなかった。引かれながら壁を越える。着地して、足場を消した。
風が、壁の上を抜けていった。俺たちは、車とは別の道へ走った。
◇
【ゲイル】
壁を越えた二人を、ナツキは追おうとした。踵を沈める。
その瞬間、配送車の後ろで隊員が倒れた。倉庫から出てきた別の怪人が、拘束棒を振り上げている。
ナツキは進路を変えた。槍の柄で棒を払い、足を刈って地面に押さえる。
「立てる? 車を先に」
隊員を起こして、門の脇まで走った。槍を立て、空いたほうの腕で車を誘導する。門が開き、負傷者を乗せた配送車が出ていく。
公道の向かい側で、端末を構えている人がいた。門を塞がない位置から、車と槍の先を追っている。奥の倉庫までは見えないはずだ。聞こえた言葉だけ拾われたら、何が起きたのか誤解されるだろう。
それでも今は、説明より車を通すほうが先だった。
ハルを逃がすために、止まったわけではない。ここで、負傷者を見捨てられなかっただけだ。
黒い怪人に伸ばされた、ハルの左手を思い出す。学校で、あんなふうに引いてもらったことは一度もなかった。いつも自分が先に手を伸ばして、ハルを引っぱる側だった。
「……今日の記録、全部残して」
ナツキは隊員に言った。
「負傷者の車が狙われたところも。二人が戻ったとき、そこから聞く」
槍を握り直す。追うのをやめるつもりは、まだなかった。
◇
【ライズ】
歩道橋の下まで走って、壁に背中をつけた。息がうまく入らない。肩より、今は胸が苦しかった。
リクの端末に連絡が来た。コハクたちは離れた。負傷者は、知り合いの医者に運ぶという。
「よかった……」
言ったら、膝が曲がった。
次に鳴ったのは、通話だった。リクの指が止まる。
「師匠」
短く言って、つないだ。俺にも聞こえるくらい近くで、低い声がした。
『戻れ、リク。俺のところなら、まだ庇える』
リクは目を伏せた。
「四人とも?」
返事は、すぐには来なかった。
『まず、お前が戻れ。話はそこからだ』
「俺だけ戻して、そのあとにするんだね」
向こうで、息を吐く音がした。
『どこへ逃げる。お前が使う道は、全部俺が教えた』
リクの肩が固くなった。冗談を言うときの軽さが、消えていた。
「……じゃあ、知らない道も探すよ」
通話を切った。
誰なのか、名前まではまだ知らない。ただ、リクにとって、逃げ切ればそれで済むような相手じゃないことは分かった。
「行こう」
リクが言った。俺は頷いた。ゴウガも声を出した。
『うむ』
俺は右を向いた。リクは左を向いた。
止まった。
「……どこへ?」
「君についてきたんだけど」
「俺は、お前が知ってるのかと」
『私は、君たちが決めているものと』
誰も決めていなかった。
格好よく所属章を置いてきた二人と、一緒に逃げてきた十八メートルが、歩道橋の下から一歩も動けない。
「こっちは」
「今、逃げてきた道」
「じゃあ、こっち」
「配送場に戻る」
前を見た。信号は赤だった。
『候補は絞れたな』
「残ってねえんだよ!」
リクが吹き出した。俺も、息を吐きながら笑った。
端末で、リカさんの番号を探す。出てもらえた。名乗る前に、声がした。
『今度は、何を壊した?』
「信用です」
横でリクが、今度こそ声を出して笑った。
お読みいただき、ありがとうございます!
知っている相手だからこそ、止められること。知らない今の相手だからこそ、見直すこと。
今回の攻防や二人の選択について、ひと言でも感想をいただけるとうれしいです。
次はこの話の翌朝9時、配信・掲示板形式の幕間をお届けする予定です。