もし奇跡や魔法……それに似た力があるのだとしたら私はそんなことを言い出した野郎の顔面をぶん殴ってやりたい────
ここはI県の繁華街の一角にある廃ビルその屋上。一人の少女がそこにはいた。
「暗いな……まるでアタシの人生みたい……ハッ、なんて言ってみたりしてな。」
冗談交じりに独り言ちりながら手すりの方へ向かっていく。少女──初月さくらのこれまでの人生は不運の連続であった。現在彼女は17歳である。学校には通っていたがあらぬ嫌疑をかけられ追放もとい退学されてしまった。その上アルバイトすらしていない。過去に何度かしてみたもののどれも長くは続かなかった。それのいずれもが彼女の不幸体質が起こしてしまったどうしようもない理由で。
「そしてアタシは今日その不幸に終止符を打つ。」
彼女の両親は共働きで今は首都圏にある本社に出張しているため家には誰もいない。が、彼女にとっては普段と変わらないことでもある。
「どいつもこいつもアタシを忌モノ扱いしやがって……」
さくらは幼少期から孤独であった。友人は出来たがその度に失った。ある友人は「不幸が移るから」と言い、また別の友人からは「お前といると自分まで厄介者扱いされる」など彼女の努力ではどうすることもできない理由で避けられ続けてきた。それは両親も例外ではなかった。触れ合うことでその不幸を押し付けられ共有される。しかもそれは抵抗不可能。唯一彼女に愛情を注いでくれるかもしれなかった彼らにとっても彼女の性質は耐えがたい。
「だから……アタシが死んでも悲しむ人はいないんだ……」
屋上を囲うようにして設置された鉄柵に手をかける。誤って落ちてしまわぬようにした設計者の配慮と優しさの塊を彼女は今踏みにじり飛び越えようとしているのだ。
「これで……終わりにする…!」
右足を高く上げまず第一関門突破。次にそこを支点にして体を持ち上げていく。
(よし……このまま行けば……)
彼女がそう思った瞬間だった。
「うわぁっ!」
さくらは突如前方から吹いてきた突風に突き飛ばされ屋上のコンクリートに叩きつけられる。わけも分らず暗闇を見つめているとそこに豆粒サイズの何かが二つあるのが見えた。それらは近づき離れるたびに衝撃波のようなものを放っている。
「…あれはなんだ……?」
「魔法少女ムニ。」
「へー、魔法少女ねぇ…………ってダレェ!?」
さくらは大きく仰け反って驚く。足元を見ると缶ジュース程度のサイズの何かがいた。その何かは白黒のチェック柄をしている上ピョコピョコ跳ねているため気色が悪い。
「魔法少女っていうのはみんなのために魔獣や魔女と戦う少女たちの事を言うムニ。ちなみにムーはムムというムニ。」
「まぁ、ありきたりな魔法少女って感じだな。」
(こいつ語尾が”ムニ”かよ気持ちわりぃな。それに一人称が”ムー”って……某雑誌の名前かよ……!!)
さくらは処理しきれないレベルの情報量に圧倒されるどころか呆れすら感じられてくる。
「んで、アタシはどうすりゃあいいんだ?」
「もちろん、ムーと契約して魔法少女になってほしいムニ。」
「うわぁ…どっかで聞いたことあるセリフぅ(うわぁ…どっかで聞いたことあるセリフぅ)」
「心の声ダダ洩れムニ。」
ムムが体の表面に表示された電子的な目が細められる。これをさくらは流し目でこれをスルー。
「で、アタシが魔法少女になって何してほしいわけ?」
「あそこで戦ってる二人を止めてほしいムニ。」
「は?できるわけねぇだろ。」
さくらはため息まじりにムムの言葉に対応する。
「でも、君にやってもらわないとだめムニ。」
「なんでだよ。あたしなんかよりもっと魔法少女に向いてる奴はいるぜ。他を当たりな。」
さくらは立ち上がるとまっすぐに扉に向かう。ムムにはもうすでに興味がないようだ。そうしている間にも夜空に浮かぶ二人の魔法少女は激しい金属音を鳴らしながら戦い続けている。
「待つムニ!これは…これは君にしかできないことなんだムニ!」
ムムはその小さな体をバウンドさせてさくらのあとを追う。あくまでさくらを魔法少女にさせるつもりだ。
「何度言わせるんだ!このゴミクズ野郎が……アタシなんかな。アタシなんかに出来るわけがねぇっつってんだ……」
「そうしてそこまでヒカンテキになるムニか?」
「アンタはアタシの事なんも知らねぇだろ?そんなアンタがごちゃごちゃ言ってんじゃねぇんだよ。いい加減にしろよ?テメェ……ええ?」
さくらは振り返り足元にいる奇妙な生物を睨みつける。それは怒りの込められた視線。今にもムムに殴り掛かかってきそうな気迫を感じさせる。それでもムムは怯むことなく大きく跳ねると今度はさくらの肩に乗る。
「ちょっ……アンタどこ乗って……」
さくらが振り払おうとした瞬間彼女のすぐそばに槍が突き刺さる。コンクリートの床に容易く突き刺さったそれは衝撃で煙を吹かす。もとからそこにあったのではない今空から落ちてきたのだ。
「…………っ。」
唾を飲み込む。呼吸が小刻みになり脈が早くなる。足が震え体温も下がったように感じられる。
(まずい……ここにいたら……確実に死ぬ!)
さくらは直後そう実感し逃げ出そうと試みる。がしかし思うように体が動かない。恐怖に支配されてしまった体はもう自由には動いてくれない。
「ねぇムム……。魔法少女になればこの体の震えも収まる?」
「当然ムニ。魔法少女っていうのはそれになるだけで本人に勇気と力を与えるムニ。」
──やらなきゃやられる……
──そう……この一回だけ一回だけ魔法少女になってそれでさっぱりやめればいい
さくらの思考がだんだんと揺らいでいく。彼女の脳内の天秤は先程までと逆の皿へ傾き始めていた。いや既に傾いてしまっていたようだ。
「私、魔法少女になってやるよ。あの二人を止める。だから………力を貸して。」
「もちろんムニ!」
ムムはそういうとさくらの周りを虹の光をきらめかせながらくるくると飛び回る。あまりの光の強さにさくらは目を瞑ってしまう。
「これでオーケームニ。目を開けて。新しい自分とのご対面ムニ。」
「ん……あぁ……ってえええええええええええ!?!?!?!?」
さくらが目を開けると自分の見た目が随分と変わっていることに気づく。今の彼女は先程まで着ていたパーカーではなく黒を基調としたセーラー服にロングスカート……そして黒く大きな翼しかも片翼だけ。そして手に持っている武器
「か……鎌?」
さくらの手には彼女の身長に匹敵するほどの大きさの鎌を持っていた。これでは魔法少女ではなく死神といった方がお似合いだ。
「やっぱりぴったりムニね『懲罰者』さんムニぃ?」
「え?なんて?」
「なんでもないムニ。ほら!行くムニ!あの二人を止めるムニ!?」
さくらはムムが言った言葉が気になったが勢いに任せて流してしまった。
「あ、ああ!でもどうやって!?」
「とにかく飛ぶムニ!ジャンプするムニよ!」
「わ、わかった!」
さくらは半信半疑になりながらも足に力を込めて飛び上がる。すると普段では考えもできないほどに飛び上がることが出来た。常人の数十倍の跳躍力はあるだろう。
「え……えええええ!?!?なんでこんなに飛べんの?」
「魔法少女になったことで身体能力が爆上がりしたからムニ。何も不思議がることはないムニ。さあそのまま二人のところに飛んで行ってその鎌で制裁を加えてやるムニ!」
「なんか良く分からんがやってみる!」
さくらは浮いたまま体重を前へ乗せると思った通り前方に滑るように動き出す。しかも猛スピードで。
「ん?なんだありゃ。」
気配を感じ取ったのか剣戟を続けていた二人のうち一人がこちらに気づく。しかしさくらは止まり方が分からないのでその勢いのまま鎌を振り上げその人物に向かって振り下ろす。
「と……とりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「え……あ?うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
悲鳴をかき消すかのように振り下ろされた彼女の鎌は目標の胴体を真っ二つに切り裂く。空中にとどまり続ける力を失った下半身は重力に従って垂直落下していく。遅れて上半身もゆっくりと落下を始める。
「え、ちょっと……これは……グロくない……?」
落ちていくその少女の上半身とさくらは一瞬だけ目が合う。驚きで目を見開いたままの顔には恐怖が張り付いておりさくらは思わず目を背けてしまう。今まさにさくらはその手で一人の魔法少女を始末してしまったのである。
「よくやったムニ!次は目の前にいるあいつムニ!」
「今のをもう一回やるの?結構嫌なんだけど。」
鎌を持つ手が小刻みに震える。空中にいるはずなのに足が竦んでいる。
「さっきのあいつは油断してたけどな。私はそうはいかないぞ。」
目の前にいるもう一人の魔法少女は剣を構えさくらに対峙する。
「ま、まって!アタシに戦う意思はない!な?ここはひとつ引き分けで手を打たないか!?な!?」
「あ?『懲罰者』サマが何言ってんだ?そんなこと言ってさどうせさっきみたいに不意打ちするんだろ?」
「ちょ…ちょっと何言ってるかわかんないよ……?」
「あぁ!?しらばっくれてんじゃねぇよ。ちっ、なら仕方ねぇ。殺す。」
さくらの説得には一切応じずこちらに斬りかかってくる。さくらは何をすればいいのか分らず咄嗟の判断で鎌の持ち手を使って防御する。
「くうっ……」
斬撃の直撃は避けれたものの衝撃までは受け流すことはできず吹っ飛ばされる。持ち手を伝ってくる衝撃に体全体が震える。そして改めて実感させられる。自分が魔法少女になった時点で死に片足を突っ込んでいたことに。
「何もしてこないんだったらこっちから仕掛けるぞ!」
相手は戦いなれているのか全く躊躇することなく突進してくる。剣を後ろへ流して溜めを作っている。射程距離に入った瞬間に切りつける算段らしい。だんだんと迫ってくる死の結末を前にさくらは覚悟を決める。
(チャンスは一瞬……見逃しちゃダメ……!)
「うおおおおおおおっ!くらえッ!」
「今っ!!」
相手が剣を振り下ろす直前、体の体重を左に預けて一気に傾く。そしてそのまま鎌を反時計回りに振りぬく。さくらの決死の賭けである。その直後肉を裂くような音が夜空に響わたり戦闘の終了を告げる。
「ガハァッ!私が……こんな三下に負けるなんて……」
「ハァッ……ハァッ……ハァッ……」
さくらが腹部に突き刺さっている鎌を抜くとその魔法少女は力なく真下へ落ちていく。
「よくやったムニ!これで任務完了ムニ!」
「ねぇ……明らかに死んじゃってるんだけどこれでいいの?このままじゃアタシ殺人罪で捕まっちまうぜ?ま、それでもいいがな。」
さくらは息を整え心拍を戻しながらムムに話しかける。
「そこは安心してほしいムニ。あれは魔法少女としての死を迎えたに過ぎないムニ。人間としては死んでないムニ。」
さくらの心配事をごまかすようにムムが説明を加える。このクソキモ生物によると彼女の力によって殺された魔法少女はそれとしての役割を終えて普通の少女に戻るらしい。しかも魔法少女としての記憶がすべてなくなっているというご都合オマケ付き。
「なら大丈夫か。」
「そうムニよ!安心安全ムニ!」
「アンタが言うと一々胡散臭いのよね……」
さくらはため息を一つつくと踵を返してドアの方へ向かう。
「じゃ、これでアタシとアンタの関係は終りね。さよなら。」
「そうはいかないムニ。」
「え?」
ムムの言葉にさくらは足を止め振り返る。
「もうキミは魔法少女になってしまったムニ。なった以上キミのその命尽きるまで魔法少女として働いてもらうムニ。」
「は……はぁぁぁぁぁ!?!?!?」
さくらは両手を広げ体全体で驚きを表現する。この得体の知れない生物の話す言葉にさくらは先ほどから何度も感情をぐちゃぐちゃにされているため怒りは3割増し。
「意味わかんないって!そんなの聞いてない!」
さくらは全力で抗議するがムムには全く効いていない様子だ。彼女はついに頭を抱えた。自分がしてしまったことが後戻りのできない最悪の選択肢であったことにやっと気づかされたのである。
「そうよ。その使い魔のとおりね。聞かなかった貴方に責任はあるわ。」
「今度は誰ぇ!?もう疲れたってぇ!」
さくらの思考がまとまる前に新たな情報が流し込まれる。そろそろさくらもキャパオーバーになりそうだ。というよりすでになっている。声のした方向に敵意マシマシの視線を送る。その視線の先には軍服風の衣装を身にまとった少女が一人立っていた。
(気づかなかった……!もしかしてこの人も魔法少女!?)
「あ!シモンだムニ!やっと話が分かる人が来てくれたムニ!」
「久しぶりねムム。また新しい子見つけたの?」
シモンと呼ばれたその少女はムムを見かけると親しげに話し始める。
「アンタら……知り合い?」
「まぁそんなところね。そして貴方はこれから私の同僚……つまり後輩ってことになるわ。」
「そうだモン!これからよろしくモン!」
シモンの肩からムムによく似たこれまた気色の悪い色をしたスライムじみた生物が現れる。
「私はシモン。貴方と同じ魔法少女よ。そしてこっちがモンブラン私の使い魔よ。」
シモンは簡単な自己紹介を終えると小さくお辞儀する。咄嗟にさくらもそれに応じてお辞儀する。礼儀は大事だ。
「やっぱり魔法少女か。……なんかもういいや。考えるのめんどくさいしそっちに合わせるよ。」
「随分と適当なのね。」
「なんつーか、逃げれない雰囲気?って感じするしな。」
「話が早くて助かるわ。とりあえず何から話そうかしら。」
シモンは顎に指を当て考える仕草をする。数秒して何か思いついたのか指を立てて
「そうだわ。貴方が質問すればいいじゃない。」
「え?アタシが?」
「そうよ。他に誰がいるっていうのよ。」
「う……うーん。」
今度はさくらが考える番になった。頭の中で今日起きたことを整理し聞きたいことを選別する。しばらくしてさくらが口を開く。
「じゃあ聞くけどさ。アタシも魔法少女なんだろ?」
「そうね。」
「なのになんでアタシはさっきムムに魔法少女を殺せって言われたんだ?普通ならもっと…こう、やばそうな怪物倒すとかさ……あるじゃん?そういうの。」
「あーそういうことね。それの答えは簡単よ。」
シモンは何度も頷きさくらの疑問に同調するような仕草を見せる。
「な……なんだよ。もったいぶってねぇで早く教えろよ。」
「いいわ教えてあげる。いい?私たちの仕事はね……」
────魔法少女を“殺すこと”なのよ────
お久しぶりです。作者です。現在連載中のものが終わってませんがまどマギを見ていたら魔法少女の話が書きたくなってきたので書きたいと思います。そこまで長い話ではないと思うので(今の予定では)どうかお付き合いいただけると幸いです。ではどうぞよしなに……
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