配偶者が手榴弾で王政打倒を起こしちゃいましたのよー!(最強お嬢様) 作:匿名の筆者
「共和国、評議会、そして連帯!」
議場の天井に、ピエロの声が跳ね返った。
「よろしい! よろしい! では、みなさま。共和国のために乾杯しよう。評議会のために乾杯しよう! 連帯のために! おっと? 連帯は酒を飲まぬのだった! 貧乏人の徳目だ! しかし、貧者に酒樽を持ち上げる腕があるなら、畑でも耕している方が国のためになるけれど!」
議場のあちこちで、ささやかな笑いが起こった。笑わなかった者もいたが、笑わなかったことを誰かに見られたくない者は、遅れて口元を緩めた。
そんな口下手なピエロの雇い主、レオニス・ヴァルカは満足げに頷いた。彼は共和国の執政官という肩書きを持つ、いわゆる最高権力者である。
四十をいくらか過ぎていたが、年齢に似合わぬ身軽さで椅子の肘掛けに腰を乗せ、ピエロの話を聞いていた。とてもではないが、共和国の規範にあるべき座り方ではない。
そもそも、彼が正規の座り方をしているところを見た者は少ない。長い会議の途中で靴を脱いだこともあれば、各席を回っている最中に自分の上着を議長席まで近くの議員に運ばせたこともある。さらには、暑いという理由で議事を中断させたことさえあった。
革命の指導者。共和国の創設者。評議会の首長。
新聞は彼をそう呼び、反対派は独裁者と呼んだ。
いずれも間違いではない。
共和国には、執政官の任期を定める法律がある。しかし、その法律を改めるのは評議会であり、元老院の采配が及ばない領域であった。評議会の議席を配分するのも評議会だった。そして、その評議会の半数以上は、レオニスが革命のさなかに拾い上げた者たちによって占められていた。
議員たる彼らは、もともと自由な討議を好んだ。自分たちが勝てる討議を、なおさら好んだ。
レオニスは自分が死ぬまで執政官でいるつもりだったし、そのために元老院へ融通するつもりだ。
それを清廉な政治と呼ぶかどうかは、共和国の仕事である。
「ささ、諸君。ピエロの楽しい話は終わりだ。東方からの報告を聞こう! ささ、マルセルよ、なるべく愉快なものを頼むぞ? 退屈な報告をした者には、東方へ赴任してもらうからね!」
どっと笑いが響いた。
東方行き。このところ、レオニスがよく口にする言葉だった。冗談として扱われてはいたが、誰もがそれを完全な冗談だと決めつけているわけではない。
「閣下。東方の騒擾について、追加の報告が届いております」
大酒飲みで知られる内務卿のマルセルが、異名通りに酔いもせず、まっすぐ立ち上がった。
彼は革命以前から徴税制度に携わっていた男で、革命後も同じ仕事に携わっていた。王政時代には、二十二人の特権商人たちに徴税代理権を差配していた。
いわゆる宰相という役職に就いていた高位の貴族である。
現在は国王ではなく執政官に頭を下げている。本人は、頭を下げる相手が変わっただけで世の中はずいぶん良くなった、と真顔で主張していた。
レオニスは共和制の実現のため、元老院と共に様々な改革を主導した。形骸化した護民官の復活に、王政にまつわる建物の破壊、財産の没収……レオニスが復活させた護民官は、徴税代理権で膨大な粗利を得ていたとして糾弾した。
マルセルは失脚が近いのではないか、と噂もされるような、近頃は北風の厳しい立場にある。
「冷夏による穀物の不作、そして価格の暴騰をめぐり、二つの都市で市民らの蜂起と、商人らに向けた襲撃が起きております。しかし、すでに鎮圧され、事態は治まっているようで、我々が軍を送る必要は無いでしょう」
「市民らに破壊された物品の補填を含む包括的な保護を求め、都市の首長らが役人に報告書を送っております」
「それによれば、穀物の備蓄倉庫が手榴弾を投げ込まれるなどして襲撃され、御用商人の屋敷には火炎瓶を投げられたようです」
「さらに、焼けた屋敷には借用書などがあったと主張し、市民らはそこまでの額を借りていないのにと、返済金額が妥当ではないとして……」
マルセルが報告した内容に対して、レオニスは言い切った。
「ああ、いわゆる一過性の暴動だね?」
「第一執政様、暴動を選択した理由を考察するに……借金の救済を知っているからこそ、ではないでしょうか?」
「市民らは不当な搾取が、革命後にも名称を変えて存続しているように見えるのです」
「平民会の議員は旗の色が変わっただけだと申し、陳情書を届け出て激怒しております……このまま暴動の伝播を許せば、護民官も、第一執政様へ否認を行うのではないでしょうか」
「旗の色は大事だぞ、マルセル? それに平民会の議員と市民とでは心持ちが違う」
「大半の都市市民は、心持ちよりも軍役を気にしております。借金をする少数の都市市民は、心持ちよりも納める金額を気にしております」
「それは、まことに嘆かわしい」
「心持ちを給付してあげられればよいのだが、人の心はモノではないからなあ」
レオニスがそう述べた時の笑いは、先ほどより小さかった。
周囲の議員たちは、内務卿が困った顔をしていることから事態を分析しようとした。しかし、マルセルの処刑はありえないとも考えていた。
彼らの思考はこうである。
レオニスの考えている改革は枚挙に遑がないが、内務卿の業務は緩やかに解体されるはずである。少なくとも、マルセルの任期が終わるまで、失脚は延期されるはず。
執政官の冗談を真に受ければ仕事が増え、冗談だと決めつければ、もっと面倒な仕事が増える。たとえば処刑の手配だとか、開催するパーティーの招待だ。
長年の経験から、評議会の議員たちはその中間を歩く術を身につけていた。
「それで、その都市の市民らは……各所に檄文を貼り付けるなどしたそうじゃないか?」
「首長が送ってきてくれた、あの紙だ。まったく同じ内容の」
「これは確かな情報ではありませんが……檄文の資金源について、隣国ヴェルザが関与した疑いがございます」
「しかし、ヴェルザは東部の有力家門と交易関係を持っております。金銭が渡ったという証言もありますが、報復を確証なしに行えば反発は確実かと」
「正式な懲戒に僭主が反発するのか?」
その一言で、議場に緊張が走った。
ハッキリと僭主とまで言ったのだ。具体的にバスティアン家と言うでもなく、マルセルが婉曲表現を用いて有力家門と言ったのが功を奏した。
「外国が我が国の民衆に金を配っている? とんでもない事態だな」
「その可能性がある、ということでございます」
「けしからんな。民衆に金を配る権利は、共和国政府にこそある! 次の予算で、反政府的な民衆に限り、政府から直接金を配る制度を設けよう。反政府活動の助成金だ!」
レオニスは真剣そうに、真顔で指を立てた。
「支給条件は、反政府活動の届出を事前に提出すること。どうだ、これは行政の透明性に資するだろう?」
議場は笑いに包まれた。今度は本当に冗談かと思って笑う者が多かった。レオニスも議場の笑いにつられたのか、腹を抱えて自ら笑った。
「閣下、ご冗談を」
「冗談? 私は国家財政について真剣に考えているのだぞ。外国に払わせるくらいなら、自分で払った方が安上がりではないか」
「問題は金額ではございません……暴動を支援したという可能性です」
議員たちはマルセルに対して、半ば信じられないといった感想を抱いた。
よりによってこのタイミングで何を言っているのか、正気を疑うような言動に衝撃を受けつつも、静観することにした。
「ならば、問題はお前の顔だなぁ? マルセル、鏡を買え! 立派な髭を整える金くらい、私の財布から出していいぞ」
また笑いが起こった。
マルセルは座った。報告は終わっていないが、ここで続きを述べても何も得られない。彼はそう判断したのである。
マルセルの判断を、レオニスはじっと見ていた。ここで茶化して無理やり話題を終わらせることで、レオニスは議場を血祭りに終わらせることがないようにした。
先程からやっていた配慮をずけずけと破る行為に感心はしなかった。マルセルはいつもあのように振る舞い、従うことがない。彼が本当に困ったときにどうするかは、まだレオニスの見ていないところだ。
「では、軍務卿? 東方の国境について、この場で尋ねようか。ああ、東方といってもヴェルザと面する国境の方だ」
軍務卿のドレヴァンは、立ち上がる前に一度だけ、隣席の男を見た。
左側にいるその男は、古い諸侯の一人であり、ドレヴァンにとっては信用ならない男だった。
姓をバスティアンとするその男は、革命前から東部の広大な土地を所有し、一大勢力になるのではないかと思われていた。しかし、実際には革命が起きると中立を宣言し、革命軍が勝つと三日目には共和国への忠誠を誓った。
彼こそがマルセルが話題にした東方の有力家門、バスティアン家の当主に他ならない。
ドレヴァンは彼の家にまで乗り込み、「貴様は風見鶏か」と問答した末、軍門に降らせたが、ここまでコケにされたのである。
この場でいつ立ち上がってマルセルを殴り殺すか、ドレヴァンは心配でならなかった。刃物の類いは持ち込めないようになっているが、膂力に任せれば人は殴り合いで簡単に死ぬ。
しかも議場を去っても問題がある。彼の家門は、ドレヴァンの騎兵の四分の一を供出している。無数の諸侯を革命の旗の下に下したドレヴァンでさえ、真正面から戦うことを拒否したほどの騎兵の数だった。もしもこの発言を理由に直接的な戦争になれば、と考えてしまうのは決して杞憂ではない。
「マルセル氏が発言した通り、東方の情勢は、現時点では大規模な軍事行動を必要とするものではございません。ただし、ヴェルザが騒擾を支援していることが確認されれば、対応を検討する必要があります」
「対応とは?」
「外交的抗議、交易の制限、国境警備の強化。場合によっては、限定的な軍事行動も選択肢となります」
「限定的な軍事行動!」
レオニスは椅子から飛び降りた。
「いいぞ! いいぞ! 最高に……そう、最高にいい響きだ。限定的に国境を越え、限定的に敵の町を占領し、限定的に敵の王宮を焼き、限定的に勝利を祝おうか! 戦争というのは、なんと慎ましい事業なのだろうなぁ? ああ?」
「閣下」
レオニスはドレヴァンのそばへ歩み寄り、何か耳打ちしてから議場の議員たちに向き直った。
「よし、決めたぞ! ヴェルザを滅ぼそう」
ドレヴァンは表情を変えず、座った。当主として議場に来ていた諸侯たちは、互いの顔を見た。
諸侯たちは密談を、この後やるかもしれない。戦争となれば兵士を動かす必要があり、軍事通行権を巡ってたびたび争いになる。
何かとんでもないことが起こっているのでは、と議場の隅に座る若い将校は思わず身を乗り出しかけたが、その様子を見た親族に袖を引かれた。
レオニスはその様子を眺め、にやにやしていた。特に将校の様子を見て、ニヤァっと意地悪げに笑った。
「なんだ、諸君。共和国の敵を滅ぼすのだぞ! 理想に燃えている者はいないのか! 革命の旗を掲げ、国境を越え、ヴェルザの民衆を解放してやろうではないか。ヴェルザの財政は相当に苦しいようで? 彼らの王は財産税を取っているそうだぞ」
レオニスは、さも重大な問題を指摘するように続けた。ここは話題を継続し、冗談めかしてなんとか話にケリを付ける必要がある。
「ヴェルザでは家畜や土地や家具も含めて、財産として一纏めに課税されるらしい!」
「課税して、そのお金をどこに使うか? まさかまさか隣国の、つまり共和国の政情を不安定にする資金にするつもりなのかな?」
レオニスなりの皮肉だったが、誰も反応しなかった。
そこで、ドレヴァンが一手を差し込んだ。
「ヴェルザには王がおりますが、共和国の敵であるとは、まだ断定できません」
声は慎重だった。しかし、その発言はあまりにも大胆だった。
レオニスは不機嫌そうに続けた。
「まだ、か。つまり、敵になれば滅ぼしてよいということだな?」
「わたくしは、そうは申しておりません!」
「では、敵になっても滅ぼしてはならぬと?」
「閣下、言葉遊びをなさるのであれば、別の議題に移っていただきたく存じます」
レオニスは、なんたる渡し舟かと思い、目を丸くした。それから、実に愉快そうに笑った。
「よろしい! ドレヴァン、君はいつも私を失望させない。軍人が言葉を慎重に扱うとは、なんと不気味なことだ。剣を持つ者は、もう少し剣のように喋るべきだと思わんか?」
「剣は喋りません」
「だからこそ、軍人に持たせるのだ」
ちょっぴり溜めて言ったその言葉は、レオニスにとって良き一手だった。
また笑いが起きた。先ほどよりは自然な笑いだったが、議場で笑っている議員は少なくなってきた。ドレヴァンが、ごくわずかに口元を緩めたとはいえ。
だが、レオニスは笑いながらも、議場の反応を忘れてはいなかった。視線の先に居た若い将校は笑みを浮かべながら頷き、老いた将校はとくに笑うことなく頷いた。
共和国には、統一された国軍がある。少なくとも、法令の上ではそうなっているが、現状は極めて詐欺に近い。
レオニスの直轄兵は首都を守る程度で、戦時に兵を集めるとなれば、あまりにも遠すぎて諸侯が差し出す軍勢に頼らざるを得ない。
賦役黄冊に則って軍戸に属する人々は多いが、兵役の金納化に従って、諸侯の軍勢はその規模が凋落している。
かといって、革命に際して金納を辞めるなどできようはずもなかった。結果として、諸侯の軍勢を集め、諸侯の利害を調整しなければ、戦争ができぬようになった。国の軍とは名ばかりの、諸侯の軍である。
国軍のその事情を、レオニスは誰よりもよく知っていた。
「仮に、だ。仮にヴェルザとの戦争を始めるとしよう。誰が兵を出す?」
「諸侯の参列を要請し、まず会議を開くことを知らせ、また彼らの承認を得る必要があります。東部の家門は兵を出す可能性がありますが、遠征軍となれば話は別です。西部は……」
「西部は! 西部は何を要求する?」
「東部の諸侯が得る利益と同等のものを要求するかと」
「素晴らしい。国を守るために戦うのではなく、隣人が儲けるのを防ぐために戦うわけだ! おおっ、なんと伝統的か! これぞ連帯だな」
ドレヴァンは、興奮するレオニスを前に、その冗句に答えなかった。
「それで、兵を集めるのに何日かかる?」
「規模によります。各家門との交渉を含めれば、8ヶ月は必要でしょう。東方の家門と一括りにしても、まず四人の侯爵位を持った貴族家が居ますし、彼らとの協力関係なしにヴェルザとの戦争は不可能かと」
「なるほど? 一年未満なら、我々は大いに安心できるな! では、敵が侵攻してくる前に、こちらから侵攻すればよいのではないか?」
「閣下、それは戦争を始めるということです」
「おーやおや、君は優秀だな」
レオニスは机に置かれた葡萄を一粒つまみ、口に放り込んだ。皮を噛み、吐き出すことなく、そのまますべて嚥下した。
「ところで、ドレヴァン。東部の騒擾が外国の仕業でなかった場合は?」
「その場合、軍事行動を正当化する根拠は失われます」
「では、外国の仕業だった場合は?」
「証拠を確保し、まずは評議会にて諮る必要がございます。その後、諸侯会議を開くにせよ、何にしても、まず評議会を開く必要が……」
レオニスは、おどけた様子のドレヴァンに背を向け、椅子に戻って深々と腰を下ろした。
「よし。ヴェルザは滅ぼさない」
「少なくとも、当分の間は控えよう」
議場の空気が緩んだ。バスティアン家の当主は安堵したが、その周りには拍子抜けした者もいた。若い将校は、残念そうな顔を隠すのが遅れた。
ドレヴァンは一瞬、目を細めた。
「……閣下は、どれほど遠征をお考えなのですか?」
「さてな」
レオニスは笑った。
「私はたしかに先ほどヴェルザを滅ぼすと言った。だが、滅ぼすとは言っても、どこまで滅ぼすかは決めていない。王宮だけか、軍隊だけか、税制だけか。それとも、あの国の料理だけか。最後の案は捨てがたいぞ。東方の料理は、共和国の食文化に対する重大な脅威だからな……とくにハンバーグと言ったか。あれは……その、本当に美味しい。どこの国の料理かは分からんが、ハンバーグという名前の料理はとても美味かった」
「閣下」
「もちろん冗談だ、ドレヴァン。それに……ああ、なんでもない」
レオニスは片目をつぶり、評議会の解散を告げ、最初に議場を出ていった。
残されたドレヴァンは、しばらく扉を見つめていたが……レオニスが何を考えているのか、わからない。
だが、レオニスが何も考えていないわけではないことだけは、理解できる。
問題は、執政官という立場にある人間が、つまりレオニスがどこまで本気なのかということだった。
レオニスは、ヴェルザを滅ぼすと口にした。だが、実際に戦争を始めるには、評議会の承認が必要であり、諸侯の利害を調整し、兵を集めなければならない。軍務卿が命令書に署名したところで、諸侯が兵を出すとは限らない。
その一方で、国内には改革への不満が積み上がっている。導入した集団農場は軒並み導入直後から莫大な収穫量を上げているが、それは集団農場の農民たちにとって……確執のある隣村やら、そういう連中と働くことを意味した。
レオニスはそれを知っている。だからこそ、マルセルに三日で税制改革案を出せと命じたのだろう。
だが、小麦の不作を知っていることと、ノルマ達成を避けることは同じではない。
ドレヴァンには、レオニスがどこまで計算しているのか、まだわからなかった。すべてが一つの計画につながっているのか。それとも、その場その場の思いつきにすぎないのか。
レオニスは、笑いながら相手を試す。冗談の中に命令を混ぜ、命令の中に冗談を混ぜる。周囲の者は、どこまで真に受けるべきかを判断しなければならない。
そして、判断を誤れば、仕事が増える。場合によっては、首が飛ぶ。
議場に響いていた笑い声は、もう聞こえなかった。
残っているのは、まだ決着のついていない問題ばかりだった。ヴェルザとの関係、東部の騒擾、税制改革、諸侯の利害、そして共和国そのものの行く末。
レオニスがそれらを解決するつもりなのか、それとも、解決できるかどうかを試しているのか。
ドレヴァンには、まだわからなかった。