配偶者が手榴弾で王政打倒を起こしちゃいましたのよー!(最強お嬢様) 作:匿名の筆者
毎日毎日着替えやら沐浴やらでまったく楽しくないなあ、とか考えてしまう。豪華な暮らしといえばそうなんだけど、忙しすぎるというか。
私は異世界で第二の青春を送るとかそういうのを全くしていない。婚期を逃す前にと、たしか16歳のときに結婚した。結婚といっても、遠い遠い誰かとだ。
乗り物といえば馬車しかないし、その馬車で一ヶ月も使って首都に行く。なんでも首都のお偉い人と結婚したから、宮殿で扶養されるらしい。
いつもの通りに朝の身支度をして、いつもの通りに寝る。そんな生活ばっかで、夫の顔なんて見たことがない。
服を見てみれば袖やら胸元やらにボタンが大量に着いてるし、素材は象の牙っぽいやつだ。ずいぶん豪華……しかも首元にはよく分からないスカーフみたいなものがある。
何かしらの祝典とかそういうのに出るのかな?
着替えが終われば、爆発する髪の毛を解していく時間だ。くせっ毛が特に酷くて、くるんくるんいつも丸まっているのを、少しづつ櫛で梳かす。
前世では直毛だったのに、こんなにパーマが効いた髪の毛に生まれるなんて……侍女がいなきゃ、朝の身支度すらたぶん1人じゃできないはず。
そんなどうにもならないことを考えていたら、髪を梳かす途中で侍女の櫛が止まった。
「奥様。昨日の評議会のことで、宮じゅうが持ちきりです!」
「評議会? 私たちには関わりのない話でしょう」
「それが、ヴァルカ閣下が議場で、奥様の作ったお料理のことをおっしゃったそうで……」
「ハンバーグという料理が、とても美味しいと! 奥方様がお作りになっているものと、同じ名前ではありませんか?」
侍女の櫛が髪を撫でるように分かち、梳かしていく。
「……誰?」
ミレーユには、まったく心当たりがなかった。子爵家に生まれて、政略結婚をしておきながら、その配偶者の名すら覚えていない!
(閣下と呼ばれる人なんて、この宮殿に居ただろうか? 今まで見聞きした中でも一番偉い人は侍従長だったし、閣下とは誰なのか?)
そう考えるほど、その人物に全く心当たりがない。
「ほら、レオニスさまですよ! 第一執政の! 元老院の方々が第二執政から第一執政に任命した、あの人ですよ!」
興奮する侍女たちは、ミレーユに向けて彼がどんな人物を語る。曰く、侍女の給金を上げただとか。曰く、顔がたいそう良く、産まれる前から三千人を嫉妬のあまり死に追いやる美貌だとか。
誇張が多分に含まれていそうな風評を聞き、ミレーユは冗談として受け流した。
(昨日や今日で噂がここまで伝わるのなら、レオニスという人物も相当な話題性がある……言い換えれば、偉い人?)
「ハンバーグなんて、ただの思いつきの創作料理よ、それに偶然かもしれないわ。誰かの口から口へ伝わって、レオニスさまのお耳に入ったのでしょう」
「たしかに、似たような料理くらい幾らでもありますけど……でも、あの名前を最初に使ったのは奥方様の注文書だと思います」
侍女のナタリは、レオニスがハンバーグを知ったのは注文書由来ではないかと考えていた。
注文の仕組みは人を介し、とにかく途中でさまざまな人に見られるものだった。
しかし、誰が、どんな内容の料理を頼んでいるのか……その紙が厨房へと届くまでに、侍女のナタリからは想像が付かない。
妾は、厨房がどんな様子なのか見たことがないし、見る必要もない、そのような仕組みになっている。
料理を作るような人間は、宮中にいるとはいえ……そもそも姿を見ることを許される身分でもない。
貴族が平民に顔を見られば恥である。
親からそう言い聞かされたミレーユは、そういう世界だと納得した。
櫛で梳かして終わり、裾やらなにやらを侍女が整えていると、突然ノックの音がした。
侍従長は洗練された礼儀作法で部屋へと入室すると、ミレーユに一礼し、礼儀を尽くしたうえで、こう尋ねた。
「奥様、会合の招待はいかがですか」
「実家からの返答が来ません。子爵家の当主が、私に勧めない限り、私は会合に出れません」
「左様でございますか」
侍従長は、次に続けてこう言った。
「レオニス様は会合に出席し、声をかけていきます。正妃さまは決まっておりません」
「……」
ほとんど、侍従長が出席しろと強く伝えているようなものだ。
その意を感じ取ったミレーユは、いつも通りに過ごせるはずがなかった。嫁いでいる人々のうちの、たった一人しか正妻になれないのだから。
「出席します」
かつて交わした父との約束を意図的に、ミレーユは無視した。
どんな内容のパーティーでも、許可を出すまで出席してはならない、とは言われたが、宮殿からでは郵便馬車でしか連絡が取れない以上、簡単なやりとりさえ往復すれば二ヶ月のズレがあるからだ。
満天の晴れ、雲ひとつない快晴、美しく晴れ渡る青空を背にしてレオニスは来た。
「やあ。待たせてすまないね。そのままの場所で椅子に掛けておいてくれ」
待たせた、と言われても今は日時計で13時だ。席に着いてからちょっとしか、1時間しか経ってない。日本と比べてそこまで暑くない気候というか、地中海性気候のすばらしさをしみじみ感じる。
付近の席の令嬢を、待ち時間で暇な時にチラチラ見て暇を潰した。衣装はみんな揃っているようで、ちょっぴり違うから、そういう差を見てなぜなのか考えるのが楽しい。
カツラを被っているのだろうけど、隣の席の令嬢は髪の色がなんと金色だ。みんなパウダーをまぶして刈り上げた頭で、淡い白色になっているところへ強烈な金色。
「興行をしてみたくなってね? いやあ、弓を披露しようかなとも思ったりしたんだけど……今日はこういう趣向がいいかなってさ」
レオニスは、そう言うと何かを取り出した。
「今から、的をこれで撃とうかなってね。なんと新品で、一度も使ったことがない品だよ!」
じっくりと観察して、ミレーユはそれが何か分かった。だいたい一メートルほどの長さの銃だ。
ミレーユは、実家でも遊びで使ったことがあるから、すぐに用途を思いついた。
(鳥でも撃つのかな? でも、一回撃ったらなかなか集まらないし、待ち時間は長いし、ひたすら地味なのに……それで遊興?)
「あ、もしかしたら似たような品物を贈答物とかで見たことがある人もいるかな?」
「雷のような音が聞こえるから、耳に悪いしすぐに終わらせよう」
そう言って私の配偶者は、銃のパーツやらなにやらについて詳しく解説していく。私にはちんぷんかんぷんだけれど、なんか凄いものだ、というのは分かる。
「じゃあ、装填するよー」
(なにやら驚いている令嬢もいるけど、なぜ弾を見ただけで驚くんだろう? ドングリみたいな形状だし、ふつうの銃弾じゃないの?)
(薬室を跳ね上げて、また閉じて、なにやら奥の方を狙っている。的とはなんだろう? 見えないけど)
「これから、森から動く的が出てくる。それをぜーんぶ撃ち抜いていくよ」
レオニスが合図をすると、本当に奥の方から的が出てきた。おそらく布製の、ピンと張られた……青いユリの紋章らしきもの。
隣の金髪の令嬢は、レオニスが王政廃止の功績によほどお熱なのだなと、冷笑気味に考えていた。哲人王思想に従えばレオニスの行動は教条主義に当たり、まったく哲学者の要件を満たさないと。
一方ミレーユは殆ど何も考えていなかった。同じ光景を見ていても、朴訥な脳みそから出力される内容は総じて並な感想である。
的たる旗、それを掲げているのは人。
「おお、人かあ」
ミレーユは思わず悪趣味さに感嘆し、レオニスは、そういう趣味か、とも思った。
「うん? あ、いや違うか……」
しかし、旗を両手を使って掲げて、左側の森から右側の森へと敷地をシャトルランのように走っている。この光景を見ては、ミレーユもさすがに邪悪な考え、というより邪推を撤回した。
「ちょっとあなた、そんなに騒いでいたら銃声を集中して聞けないわ」
カツラの女は、ミレーユに最低限の注意をした。銃は彼女にとって、鞭の音とも雷の音とも違う、固有の音を立てるものだった。音楽家を雇いに雇い、全く新しい音楽を聞きたいと考えていた時、銃に辿り着いた。
カツラの女にとって、銃声は常にキンキン騒ぎ立てる人間の音よりも素晴らしいものだった。
「ああ、ごめんなさいね」
素直にミレーユは謝罪をした。
非を認め、大人しく立場を弁えた……そういう構図を、まったく意図せずに作り上げてしまった。
これが吉と出るか凶と出るかは、全く分からない。席次は、トラブルのないように分けられるからだ。
カツラの女の爵位が何なのか、ミレーユには知る由もない。しかし、この謝罪そのものを恥辱のものと受け止めれば、もちろん大騒動へと発展するだろう。