配偶者が手榴弾で王政打倒を起こしちゃいましたのよー!(最強お嬢様)   作:匿名の筆者

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第一執政親衛隊

 

 時刻は日時計で、ちょうど14時を指していた。建物の構造上、あまり正確ではない。

 レオニスは疲労のあまり、影がゆっくり動くのを二時間以上見るなどして時間を潰した。

 

 仕事が無い日はない。しかし、現実逃避には良い晴れだった。

 

 少し遅れて鐘の音がすると、レオニスの鬱屈とした思いが少しは取り除かれた気がした。

 雲ひとつなき青空、快晴と共に響き渡る鐘の音は、聞き入る人々にとって、とても心地が良いものだ。

 

 毎日聞くと鐘の音にうんざりし、毎日照られると雨が降るように望むが、長く続いた雨雲で時間が分からなかった不安を思えば、誰もが雨雲のない空と鐘の音にスッキリとした気分である。

 

 そんな幸せの中、誰かがレオニスの応接室のドアに手を掛けた。

 

 はて、この時刻に来客はあっただろうか? と思いながら、レオニスは流れるように豪華な紋章が入った柄へ手を掛け、短剣を鞘から抜き放つと、その刀身と視線をドアの先へと向けた。

 

 このノックは、親衛隊の隊員の誰かかもしれない。

 

 しかし、実の弟に暗殺を企てられてからレオニスはありとあらゆる来客に、あるいは予定のない来客に警戒を払うようになった。

 

 それもそのはず、つい五か月前に毒を塗られたナイフで斬られたのである。右の上腕から肩にかけて斬撃を受けたが、下手人もまた彼に衝撃を与えた。

 

 正々堂々と実の弟が自らの暗殺を企て、実行したということで不信に陥ったのだ。

 

 レオニスは食中毒での療養ということにしたが、おかげで宮中の人員は概ね入れ替わることになった。

 

 主に、材料を選定した係、調理を担当した係、配膳を担当した係、ありとあらゆる人の首が飛ぶ月であった。

 

 

「誰だ! 答えよ! 答えぬなら斬る!」

 

 扉の向こうから声がした。

 

「私ですよ!」

 

「おお、なんだマイケルか! もしや、火急の用事か?」

 

 レオニスは、体験したことを一度も忘れたことがなかった。今までの四十年あまりの人生において、誰が何をしたか、完全に覚えている。

 

 それは声も同じで、レオニスは生まれつき、声だけで人を判別できた。日常的に会話を交わす人間は、役人だけでも数百にも及ぶというのに、誰一人として間違えたことが無い。

 

「はい……その、中で喋りませんか」

 

「べつにいいが、その話に人払いは必要か?」

 

「いえ、必要ありません」

 

 来客がそう応答すると、レオニスは目で合図を送った。それを受け取った親衛隊の兵士、プブリウスは扉を開ける。その腰に着いた鞘には長剣が納められていたものの、今剣を使う必要は無いと判断した。

 

 

「さて、レオニス様、エンクロージャーは万事順調です! 収穫量も劇的に増え、あなたの改革によろこぶばかりです!」

「旧来の無駄を省くことで、農地の広さは格段に上がりました!」

「ウサギを放つことでしか価値が得られないような土地は消え去り、農民たちも豊作に喜び、私もレオニス様の改革がすばらしいと家族に説く日々を過ごしております!」

「小麦が1ヘクタールに0.9トン、あるいは0.6トンしか取れないような土地が、私の領地には多くありました。しかし、それがいまやほぼ全ての農地で、1ヘクタールにつき1.2トンも取れるようになったのです!」

「もはや、ご慧眼に驚きを隠せません!」

 

「しかし、私には、ひとつ問題がございます。私が任命したコミッショナーの怠慢ではありません、土地の問題なのです! 農民たちが指導された通りに輪作を行おうにも、重要な点として、そもそも我が領では泥灰土が地下に豊富ではなく……」

 

 なるほど、と相槌をした。レオニスは、マイケルの遊説を聞き届けるつもりだ。

 

「収穫量の予想によれば、1ヘクタールにつき1.5トンの小麦が収穫できると想定されていました」

「しかし、農地の生産力は目標に届いておりませぬ!」

「レオニス様の農業計画を遂行するために、この私、死力を尽くしました! 山ほどの小麦を納める日を夢にまで見るほどに!」

 

「しかし! しかし! どうしても、どうしても!」

 

「納めるべき小麦が足らないばかりか、レオニス様にこのような報告をしてしまう……当主として、なんたる恥を晒してしまったのかと、私はそう感じております!」

 

 マイケルは、レオニスに対して熱烈にアピールをしていた。

 

 農業改革の効果のすばらしさを理解する者として過剰な程に振る舞い、己の未熟さを反省していると繰り返し告げる。

 

「さて、本題に移りまして。レオニスさまは方針として計画の変更を認めていません」

 

 計画の話題になったとき、レオニスは突如として表情を一変させた。

 プブリウスは、この表情を何回も見てきた。まだ鞘から剣を抜いていないが、主人たるレオニスが命じれば、何回でも、何もかも成すつもりであった。

 

「どうか、ご支援を! レオニス様は評議会では5000ヘクタール未満の土地を持つ貴族は免除すると仰って、レオニス様は、そのとおりに農業計画も作られました……」

「我が領は7200ヘクタールと巨大ですが、その多くが湿原と山脈に阻まれる地なのです……」

 

 事実、そうだった。

 

 かつてレオニスの子孫が分家に巨大な土地を与えたのは、当時の基準で未開の土地として見なされたからであり、測量も周辺の領地の境だとか、簡便な地図しか作られず、今に至るまで大規模な測量が行われなかった。

 

「平原は、平原は意地悪にも聳え立つ支脈たちに分断され、農地は平原の幾ばくかでしかありません!」

「どうか釈明を! この環境では、工夫では目標に届かないのです!」

 

 

 マイケルが頼み込む。しかし、彼であってもいつ衣服の隙間から刃を取り出すか分かったものではない。

 レオニスは短剣を握ったまま会話をしていた。

 

 机の下には左手を隠し、椅子にも浅く腰掛けている状態だ。

 右手は徒手に過ぎないが、レオニスには最も忠実な護衛、プブリウスが居た。

 

「共和主義の基本原則に則れば、僕……ええと為政者は、公共善の追求をしなければならない。だから、支援はあまり約束できない」

「計画のみ達成が公共善にそぐわないと言っているんじゃない、贔屓がダメなんだ」

 

 為政者として、あるいは一人の共和主義者としてレオニスはそう語った。仮面の線引きは今や曖昧になっている。

 

 

「それに、土地が拡張できないとしても土壌を改良するモノとして計画書類にいくつか具体的な手順を載せておいたはず……いや、全てできなかった?」

 

 レオニスは、犂や鍬などを筆頭に農具を包括的に支給する支援も作った。肥料、あるいは客土などは支給しきれないが、計画書類の作成には『専門家』が関わった。彼らに具体的な作成方法を筆記させたのだ。

 異世界の知識を持つ人間は軒並み欲気を出し役に立たないが、知識としてなら役に立っている。冶金学と並ぶほど、農業においてはそうだった。

 

「恐れながら、そのとおりでごさいます。豊作にはなりましたが、小麦の徴発で」

 

 マイケルが集村からの徴発を詳しく語ると、レオニスは納得したように頷いて見せた。街道沿いや川沿いの、いわゆる線上集落からも小麦を絞ったと。

 

 レオニスの考えはこうだ、いくら農業生産性が向上したとて、小麦の徴発という言葉は聞き飽きるほどに聞いてきたし、これからも聞くことになると。

 

「なるほど? まあ、飢饉が起きなければ納税優先でいいさ。でも問題は……飢饉が起きないように徴発していては、小麦がそれでも絶対に、絶対に足りないんだね?」

 

 マイケルは、深く頷きながら語り出す。

 

「まず、コミッショナーは最大限頑張ってくれました」

「穀草式農業を転換し、計画書類通りに4つの区画を作り、整理しました。時期をずらしながら作付けすることで、8年後には2回小麦が収穫できるはずでした」

 

 

「今がその8年後だね」

 

 レオニスは語り出すマイケルに向けて、納税の免除は無いぞ、と再び示した。

 

「ところが、ところがです。ここで私に誤算がありました」

「いつまでもかぼちゃを育て、かぼちゃ粥を啜っているのです。パンを食べたがらず、農地で育てる作物を指導しても再びカボチャが育てられてしまいます」

 

「ふむ、まあ人はパンだけ食べるわけじゃないからね、まあそういうことは起きても仕方がないよ。指導の不足だよね」

「大麦や小麦を農民たちは都市に売りに行き、お金を得ます。計画通りに事が進まなくなったのはここからです」

 

「ほう、聞こうじゃないか」

 

「なんとけしからんことに!農民たちは、蒸留器を買って、ジンというお酒を飲み、酔っ払っては暴れました。備蓄していた大麦さえ酒精にするためと言って、他の村から奪う始末です!」

 

「ああ、まあ民衆に指導が足りてないからそうなるよね」

 

「!?レオニス様、もしかして私は、農民を罰してはならなかったのですか?」

 

 愕然とした様子で、マイケルは失態を悟った。納める小麦の量を交渉しようとしただけで、何にも成果を得られず、心象を悪くさせた日になるかもしれない。

 

「いや、道具の支援は充分だろう?大麦が取れるようになったからジンの需要が農村で生まれた、としてみよう」

「農民に退廃的な生活を送らせてしまったら。あとは堕落だけ、指導の時だよ、マイケル」

「罰してはならなかった?いや、逆だよ。従わない奴は吊るして、力で従わせるんだ。その強奪を試みる農民には、より多くの力で分からせてやるしかない」

 

「それは……支援をして下さらない、ということですか?」

 

「ああ、もちろん。だって農業支援は画一的にやらなきゃならないし……まあ、僕個人としての支援すらできないと思う。だって姉が当主なだけで別に僕個人はヴァルカ家の代表じゃないし、裁量の外だしさ」

 

「だけど、地籍調査は頼ってくれて構わないよ。国には優秀な測量士が居るからね、私としては耕作地以外にもありとあらゆる土地の正確な面積の把握をしたいんだ」

 

 まあ、地籍調査に協力と言ってもやっぱり順番があるけれどね、とレオニスは続けた。

 

「計画を達成できなかった時、どうするか? それはね、僕を呼ぶことだ。共和主義の正しさと、共和国の威信にかけて、役人は兵士に守られていなければならないんだ」

 

 そこで言葉を一度打ち切った。

 

 扉の前で沈黙するプブリウスは、来客の背中を斬るには、三回の踏み込みが必要だと考えている。

 親衛隊として、主人に仇なす人間は誰であろうと倒してきた。

 

 農業については何も分からぬ。しかし、襲撃を許したあの時から、仇なすものは主人の親族であれど斬ると心に決めて仕えている。

 

 マイケルは、レオニスの友人でもありながら、血縁的な繋がりも比較的濃く存在する。そもそも実家たるヴァルカ家の分家であることもあってか、幼少期から顔を合わせることがあった。

 プブリウスにとって、それは勘定すべき事柄ではない。暗殺を阻止こそ親衛隊の至上命題、だからこそ何かすれば斬るつもりである。

 

 突然、マイケルは悲しそうな顔をした。何かしらの強請りが来るかとレオニスが考えていたところ、どうやらそうではないようだった。

 

 

「レオニス様、本日はありがとうございました」

 

「ん? もう帰るのか、もう少し長く滞在してもいいのに。まあ……遠いしな。おいプブリウス! 扉を開けてやれ」

 

 外開きに改修された扉を開け、プブリウスは来客に向けて一礼した。

 

 

 

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