今夜もBAR BleuBellで   作:スバル23

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では後半です!
どうぞ!


2杯目【後半】

 

2話目 いつも一緒 後半

 

――だが、その言葉は当の本人には届いていなかった。

 

「あ、悪い船長。次のドリンクの準備で氷割ってて聞こえなかった。何だって?」

 

「……な、なんでもないわよこの大馬鹿野郎ーーーっ!!」

 

「えぇ……?」

 

突然の怒声に、凪は思わず目を丸くする。

 

一方、ぺこらはそんな二人のやり取りを見て、腹を抱えて笑っていた。

 

「ぷっ……あははははっ! マリン、今のは完全に自爆ぺこじゃん!」

 

「うっさいわね、ぺこら!! アンタも人のこと笑ってる場合じゃないでしょうが!!」

 

「はぁ!? ぺこーは別に何もしてないぺこ!!」

 

「いやいや、二人とも声でかいって。店の外まで聞こえてんぞ」

 

凪が呆れたようにツッコむと、二人は揃って彼を睨みつけた。

 

「「誰のせいだと思ってんのよ!!」」

 

「俺ぇ!?」

 

理不尽な返答に、凪は思わず天井を仰いだ。

 

そんな騒がしい様子を、ノエルは微笑ましそうに眺めていた。

 

「ふふっ。凪くんとぺこらちゃんって、本当に兄妹みたいですよね」

 

「誰がこんなクソガキの兄貴だよ」

 

「はぁ!? 今なんつったぺこ!?」

 

「クソガキ」

 

「二回言うなぁーーーっ!!」

 

ぺこらがカウンター越しに身を乗り出す。

 

凪はひらりとそれを避けると、何事もなかったかのようにグラスを拭き始めた。

 

「はいはい、暴れないの。ほら、フレアも待ってんだから、注文くらいちゃんとしろよ」

 

「むきぃぃぃ……!!」

 

「ぺこちゃん、落ち着いて。ね?」

 

フレアが苦笑しながらぺこらを宥める。

 

「……マスター、私たちにももう一杯お願いできますか?」

 

「おう。ノエルは?」

 

「私は、えっと……チャーハンをもう一皿!」

 

「酒じゃねぇのかよ!」

 

思わず声を上げた凪に、ノエルは悪びれることなく笑った。

 

「だって、凪くんのチャーハン美味しいんですもん!」

 

「いや、気に入ってくれんのは嬉しいけどさ……この時間にまだ食うのかよ」

 

「はいっ!」

 

「いい返事だな、おい……」

 

凪は呆れたように笑いながら、厨房へと向かった。

 

その背中を見送りながら、ぺこらがニヤニヤと笑みを浮かべる。

 

「……ねぇ、船長」

 

「……何よ」

 

「マリンって、ほんっと分かりやすいぺこねぇ?」

 

「だぁーーーっ!! うっさいうっさいうっさい!!」

 

「ふふっ……」

 

ノエルも思わず笑みをこぼす。

 

そんな三人の様子を見ながら、フレアは静かにグラスを傾けた。

 

――いいなぁ。

 

心の中で、ぽつりと呟く。

 

凪と、あんなふうに気兼ねなく話せること。

 

からかったり、怒ったり、くだらないことで笑い合えること。

 

自分にとっても、決して遠い関係ではないはずなのに。

 

それでも、時折ふと感じてしまう。

 

もう少しだけ。

 

ほんの少しだけでいいから。

 

自分のことを、特別に見てほしい。

 

そんな願いを、フレアは胸の奥へとそっとしまい込んだ。

 

「お待たせ。ノエルのチャーハンと、ぺこらの分、それから船長のスプモーニな」

 

戻ってきた凪が、それぞれの前に料理とドリンクを置いていく。

 

「おおっ! 待ってましたぁ!」

 

ノエルは嬉しそうに手を合わせると、さっそくレンゲを手に取った。

 

「ん〜っ! やっぱり美味しいです、凪くん!」

 

「はいはい、ありがとな。喉に詰まらせんなよ?」

 

「もぐもぐ……はいっ!」

 

「いや、食ってから返事しろって」

 

凪が笑う。

 

その何気ないやり取りに、ノエルの頬がほんのりと赤く染まった。

 

いつも優しい。

 

誰に対しても自然体で、気取ったところがなくて。

 

こちらが何かを求める前に、当たり前のように気遣ってくれる。

 

だからこそ、その優しさが自分だけに向けられたものではないことも、ノエルはよく分かっていた。

 

それでも。

 

それでも、好きになってしまったのだ。

 

「……凪くん」

 

「ん? どうした、ノエル」

 

「……いえ。なんでもないです!」

 

「なんだよ、それ」

 

凪は不思議そうに首を傾げたが、すぐに別の注文へと意識を向けた。

 

その様子を見て、ノエルは小さく笑う。

 

――いつか、ちゃんと伝えられたらいいな。

 

そんな想いを胸に、もう一口チャーハンを頬張った。

 

一方、その隣ではぺこらが、グラスを片手に凪の背中をじっと見つめていた。

 

「……ぺこら?」

 

フレアが声をかける。

 

「……ん? 何ぺこ?」

 

「いや、さっきからマスターのこと見てるから」

 

「べ、別に見てないぺこ!!」

 

「そう?」

 

「そうぺこ!!」

 

勢いよく否定するぺこら。

 

しかし、直後に凪が振り返ると、なぜか慌てて視線を逸らしてしまった。

 

「……?」

 

凪は不思議そうに首を傾げる。

 

「お前、なんか今日おとなしくねぇ?」

 

「はぁ!? いつもどおりぺこ!!」

 

「そうかぁ? さっきまであんなにうるさかったのに」

 

「誰がうるさいぺこ!!」

 

「お前」

 

「このぉぉぉっ!!」

 

ぺこらは勢いよく立ち上がり、凪の服の襟元を掴んだ。

 

「ちょっ、おい! 暴れるなって!」

 

「うっさいぺこ! 凪が悪いぺこ!!」

 

「はいはい、悪かった悪かった」

 

凪は苦笑しながら、ぺこらの頭にぽん、と手を置いた。

 

「……っ」

 

その瞬間。

 

ぺこらの動きが、ぴたりと止まった。

 

頭に触れる、大きな手。

 

いつもなら軽口を叩いて、遠慮なく言い返してくる相手。

 

一緒に騒いで、くだらないことで笑って、時には本気で喧嘩することだってある。

 

自分にとっては、気を遣わなくていい相手。

 

まるで兄妹のような、そんな存在だったはずなのに。

 

「……お前、ほんとガキだなぁ」

 

凪はそう言って、もう一度だけぺこらの頭を軽く撫でた。

 

その表情には、からかうような笑みと、どこか優しい色が浮かんでいた。

 

「……っ、う、うっさいぺこ……!」

 

ぺこらは慌てて凪から手を離す。

 

顔が熱い。

 

心臓が、やけにうるさい。

 

どうして今まで、気づかなかったのだろう。

 

目の前にいるのは、いつも自分をからかってくる、口の悪いマスター。

 

でも、それだけじゃない。

 

自分よりずっと大人で。

 

困った時には、何も言わずに助けてくれて。

 

どれだけ生意気なことを言っても、最後には笑って許してくれる。

 

――ああ、そっか。

 

ぺこらは、ようやく気づいてしまった。

 

自分はこの人のことを、ただの兄のような存在として見ていたわけではなかったのだ。

 

「……ぺこら?」

 

「な、なんでもないぺこ!!」

 

凪が首を傾げると、ぺこらは慌てて顔を背けた。

 

「……?」

 

「ほら、凪! フレアの注文もきくぺこよ!」

 

「お、おう? 急にどうしたんだよ……」

 

不思議そうにしながらも、凪はフレアへと向き直る。

 

「フレア、次どうする?」

 

「……あ、うん。じゃあ、スプモーニをもう一杯お願いしてもいい?」

 

「了解。ちょっと待ってな」

 

凪は手際よくグラスを用意し、材料を計り始めた。

 

その様子を、フレアは静かに眺めていた。

 

「……フレア?」

 

「あ、ごめん。なんでもないよ」

 

「そっか。……あ、そうだ」

 

凪はふと思い出したように、手を止める。

 

「さっき飲んでた時トニックウォーターの苦味苦手なのかなって」

 

「……え?」

 

「だから、2杯目はグレープフルーツジュースを少し多めにして、トニックを控えめにしてみた。これなら飲みやすいと思うけど、どう?」

 

そう言って差し出されたグラス。

 

フレアは一瞬、言葉を失った。

 

そんな些細なこと。

 

自分でも、何気ない仕草をしただけのことだった。

 

それなのに、凪は見ていてくれた。

 

特別なことをしたつもりもないのだろう。

 

彼にとっては、客の好みを覚えておくことも、相手が楽しめるように工夫することも、ごく当たり前のことなのだ。

 

それでも。

 

「……ありがとう、マスター」

 

フレアはそっとグラスを受け取った。

 

一口、口に含む。

 

グレープフルーツの爽やかな酸味に、ほのかな苦味。

 

いつもより柔らかな口当たりが、ゆっくりと広がっていく。

 

「……美味しい」

 

自然と、笑みがこぼれた。

 

「そりゃよかった」

 

凪は満足そうに笑うと、再び厨房へと戻っていく。

 

その背中を見つめながら、フレアはグラスを胸元に引き寄せた。

 

――ずるいなぁ。

 

こんなの、好きにならない方が難しいじゃない。

 

優しいところも。

 

さりげなく覚えていてくれるところも。

 

こちらが気づかないような小さなことまで、自然に気遣ってくれるところも。

 

全部、好きだ。

 

気づけば、もう目で追ってしまっている。

 

凪が笑えば嬉しくなるし、誰かと楽しそうに話していれば、少しだけ胸がちくりと痛む。

 

こんな気持ちになるなんて、思っていなかった。

 

「……ふふっ」

 

フレアは小さく笑い、もう一口スプモーニを飲んだ。

 

――いつか、私のことも。

 

ほんの少しだけでいいから、特別に見てくれたら。

 

そんな願いを、今はまだ胸の奥にしまい込んで。

 

真夜中の『BAR BLUEBELL』は、相変わらず賑やかだった。

 

マリンはぺこらをからかい、ぺこらは顔を真っ赤にして言い返し、ノエルは料理を美味しそうに頬張り、フレアは時折、凪の姿を目で追っては小さく微笑む。

 

そして当の本人は、そんな彼女たちの心の内など知る由もなく、いつもどおりにグラスを磨き、注文を聞き、冗談を返していた。

 

四人四色の『好き』の視線を受け流しながら。

 

夜は、ゆっくりと更けていった。

 

* * *

 

「――あーっ! 楽しかったぁ!」

 

店の外に出たマリンが、夜明け前の空気を胸いっぱいに吸い込んだ。

 

「いやぁ、今日も食ったぺこ〜!」

 

ぺこらは満足そうにお腹をさする。

 

「ぺこらちゃん、あれだけ食べて飲んだのにまだ食べられそうな顔してるね……」

 

「当然ぺこ! 凪の料理は別腹ぺこ!」

 

「ふふっ。私も、また食べに来たいなぁ」

 

ノエルが笑いながら振り返る。

 

『BAR BLUEBELL』の扉の向こうでは、凪が片付けをしながら、こちらに軽く手を振っていた。

 

「おう。また来いよ。次は食いすぎて動けなくなるなよ、団長」

 

「だ、団長って……! もう、凪くん!」

 

ノエルが頬を膨らませる。

 

「ははっ、冗談だって」

 

その笑顔を見た瞬間、ノエルの胸がまた少しだけ高鳴った。

 

「……絶対、また来ますね」

 

「おう。待ってるよ」

 

何気ない返事。

 

それだけなのに、ノエルは嬉しそうに笑った。

 

「じゃあ、なーくん。またね!」

 

「おう、マリンも気をつけて帰れよ」

 

「……っ、うん!」

 

マリンは一瞬だけ言葉に詰まると、照れ隠しのように大きく手を振った。

 

「べ、別に心配されなくても大丈夫なんだからねーっ!」

 

「はいはい」

 

「もうっ! ほんっと、そういうとこよ!!」

 

「何がだよ……?」

 

凪は不思議そうに首を傾げる。

 

その反応に、ぺこらがまた笑い出した。

 

「ぷっ……マリン、ドンマイぺこ!」

 

「ぺこらぁぁぁ!!」

 

「はいはい、二人とも。帰り道で喧嘩しないの」

 

フレアが二人を宥める。

 

四人は最後にもう一度、凪へと手を振った。

 

「またね、マスター!」

 

「おう。またな」

 

扉が閉まり、四人の姿が夜明け前の街へと遠ざかっていく。

 

凪はしばらくその背中を見送ってから、店内へと戻った。

 

「……さて、片付けるか」

 

いつもどおりの口調で呟き、カウンターへと向かう。

 

けれど、その背中を見送った四人の胸の内は、もう以前と同じではなかった。

 

* * *

 

店から少し離れた帰り道。

 

東の空が、ほんのわずかに明るくなり始めていた。

 

「……ねぇ、みんな」

 

フレアが、ふと口を開いた。

 

「ん? どうしたぺこ?」

 

「……みんな、マスターのこと好きだよね?」

 

その一言に、三人の足が止まった。

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

一瞬の沈黙。

 

それから、マリンが小さく息を吐いた。

 

「……あーあ。バレちゃったかぁ」

 

「……え?」

 

「いや、だってさ。あんなの好きになっちゃうでしょ、普通」

 

マリンは困ったように笑いながら、頬を掻く。

 

「優しいし、面倒見いいし、こっちが何言っても適当にあしらうくせに、肝心なところではちゃんと気にかけてくれるし……」

 

そこで一度言葉を切り、少しだけ視線を落とした。

 

「……でも、こっちの気持ちには全然気づいてくれないんだよねぇ」

 

「……それは、分かるぺこ」

 

ぺこらがぽつりと呟いた。

 

「いつも子ども扱いしてくるし、からかってくるし……でも、なんかあったら絶対に助けてくれるし」

 

ぎゅっと、服の裾を握る。

 

「……あんなの、ずるいぺこ」

 

その声は、いつものような勢いを失っていた。

 

ノエルも、小さく頷く。

 

「私も……凪くんと一緒にいると、すごく安心する」

 

胸元に手を添え、穏やかに微笑む。

 

「何も言わなくても、自然に気遣ってくれるから。……気づいたら、もっと一緒にいたいって思うようになってました」

 

三人の言葉を聞きながら、フレアは静かに目を細めた。

 

「……そっか」

 

それから、ほんの少しだけ頬を赤くして。

 

「……私も、マスターのことが好き」

 

その言葉を口にした瞬間、胸の奥にしまい込んでいた気持ちが、ほんの少しだけ軽くなった気がした。

 

「……マスターじゃなくて、凪くんって呼びたいなって思うくらいには」

 

「……っ!」

 

マリンが目を見開く。

 

「ちょ、ちょっとフレア!? それ、結構本気じゃない!?」

 

「えっ!? そ、そうかな?」

 

「そうぺこ!! めちゃくちゃ本気ぺこ!!」

 

「ぺこらちゃんまで!?」

 

ノエルも驚いたように目を丸くしたあと、ふっと笑った。

 

「……そっか。みんな、同じなんだね」

 

四人は顔を見合わせる。

 

そして、誰からともなく笑い出した。

 

気まずさも、遠慮も、もうなかった。

 

自分たちは同じ人を好きになってしまった。

 

ならば、答えはひとつだ。

 

「……じゃあ、ライバルだね」

 

フレアがそう言うと、マリンはにやりと笑った。

 

「ふふーん。いいわよ! この宝鐘マリン、恋愛だって全力でいくんだから!」

 

「ぺこらだって負けないぺこ!」

 

「わ、私も……頑張ります!」

 

それぞれの胸にある想いは違う。

 

けれど、向かう先は同じだった。

 

誰かが一歩踏み出せば、誰かも一歩踏み出す。

 

いつか、凪が自分たちの気持ちに気づいてくれる日まで。

 

四人の恋の競争は、ここから始まるのだった。

 

* * *

 

賑やかな嵐が去った後の店内は、嘘のように静まり返っていた。

 

時計の針は、すでに午前4時30分を回っている。

 

「……ったく。あいつら、最後まで騒がしいんだから」

 

苦笑を浮かべながら、凪はカウンターに残されたグラスを片付けていく。

 

ついさっきまで聞こえていた笑い声が、まるで遠い出来事だったかのように感じられた。

 

――楽しかったな。

 

ふと、そんな言葉が頭をよぎる。

 

ノエルも、マリンも、ぺこらも、フレアも。

 

それぞれに違う顔を見せながら、好き勝手に騒いでいた。

 

ああいう時間も、悪くない。

 

そんなことを考えながら最後のグラスを拭き上げた、その時だった。

 

♪〜♪〜♪

 

カウンターに置いていたスマートフォンが、静かな店内に着信音を響かせる。

 

画面に表示された名前を見て、凪は小さく目を細めた。

 

画面に映るのは、見慣れた緑色の髪と、特徴的な髪型。

 

思わず口元が緩む。

 

「はいはい、もしもし?」

 

『……』

 

「ん? どうした?」

 

 

「そりゃな。今さっきまで店に客が来てたんだよ」

 

 

 

「ああ。ノエルたち。三期生の四人が揃って来てさ」

 

 

電話越しの声は、いつもと変わらないように聞こえた。

 

けれど、凪は気にする様子もなく、先ほどまでの出来事を話し始める。

 

「いやぁ、相変わらず騒がしかったよ。ぺこらは相変わらずクソガキだし、ノエルはチャーハンをバクバク食うし、マリンはスプモーニ飲みながらキャーキャー騒いでさ」

 

電話相手も声が弾んで答えた。

 

「だろ? あいつら、ほんと遠慮ってもんを知らねぇんだよなぁ」

 

そう言いながら、凪は楽しそうに笑った。

 

そして、何かを思い出したように、ぽんと手を打つ。

 

「あ、そうそう。お前が好きだったスプモーニさ、フレアがおかわりしてたぞ」

 

『……!』

 

「美味い、美味いって、めちゃくちゃ喜んでたよ。あれ、そんなに気に入るとは思わなかったな」

 

 

「うん。今度お前が来た時にも作ってやるよ。久しぶりに飲むのもいいだろ?」

 

返事を待つように、凪はスマートフォンを耳に当てたまま、カウンターに腰を預けた。

 

電話の向こうは、少しだけ静かだった。

 

けれど、それもほんの一瞬。

 

「……ははっ、なんだよ。お前がそうやって『凪さん、凪さん』って呼ぶ時は、大体なんかおねだりしたい時だろ?」

 

『…………』

 

「ほんとかぁ? ま、いいけどさ」

 

凪はくすりと笑う。

 

そして、何でもないことのように続けた。

 

「寂しくなんかねぇよ。お前が電話してくりゃ、いつでもこうやって話せるだろ」

 

その言葉に、凪自身は特別な意味など込めていなかった。

 

いつだってそうだった。

 

君が話したい時には話を聞くし、会いたいと言うなら、店に来ればいい。

 

それだけのことだ。

 

だからこそ、次の言葉も、いつもと同じ調子で口にした。

 

「だからさ、またいつでも電話してこいよ。――待ってるから」

 

『……ずるいよ、凪さん』

 

その一言に、凪はほんの少しだけ目を細めた。

 

けれど、それ以上は何も言わなかった。

 

言葉の意味を問い返すことも、何かを約束することもなく。

 

ただ、いつもと変わらない声で、静かに告げる。

 

「……じゃあな。またな」

 

通話が切れる。

 

スマートフォンの画面が暗くなり、店内には再び静寂が戻ってきた。

 

凪はしばらくの間、画面を見つめていた。

 

やがて、小さく息を吐くと、スマートフォンをカウンターに置く。

 

「……さて、と」

 

気持ちを切り替えるように呟き、残った片付けを再開する。

 

その脳裏に浮かぶのは、今夜の光景だった。

 

笑い合うノエル。

 

からかうように笑うマリン。

 

いつもの調子で騒ぐぺこら。

 

そんな三人を見ながら、穏やかに微笑むフレア。

 

そして――その輪の中で、少し照れたように笑う、緑色の髪の少女。

 

そこにいたはずの彼女は、今はもういない。

 

それでも、まるで昨日のことのように、鮮明に思い出せる。

 

「……ほんと、賑やかな連中だよ」

 

誰に聞かせるでもなく呟いて、凪は最後のテーブルを拭き終えた。

 

店内をひと通り見渡し、忘れ物がないことを確認する。

 

カウンターの上に置かれたグラスも、椅子も、テーブルも、すべて元の場所へ。

 

いつもの『BAR BLUEBELL』に戻ったことを確かめると、凪は店の明かりを落とし、扉の鍵を閉めた。

 

外へ出れば、東の空はすでに薄く色づき始めていた。

 

夜の名残を残した冷たい空気が、頬を撫でる。

 

「……んー、朝かぁ」

 

軽く伸びをして、凪は二階へと続く外階段に足をかけた。

 

その時だった。

 

ひらり、と。

 

視界の端を、鮮やかな緑色が横切った。

 

「……ん?」

 

足を止めて顔を上げる。

 

一匹の蝶が、凪の周りをゆっくりと旋回していた。

 

朝焼けの光を受けて、緑色の翅が淡く輝く。

 

まるで、何かを伝えようとしているかのように。

 

――みんなのこと、見てたよ。

 

ふと、そんな声が聞こえた気がした。

 

もちろん、実際に声がしたわけではない。

 

ただ、そう思った。

 

あの賑やかな夜も。

 

交わした何気ない会話も。

 

そして、さっきまで耳元で聞こえていた、懐かしい声も。

 

すべてが、そこに繋がっているような気がした。

 

凪は目を細め、蝶の行方を追う。

 

蝶は一度だけ彼の周りを舞うと、朝焼けに染まり始めた空へと、ゆっくり羽ばたいていった。

 

その姿が小さくなっていくのを見送りながら、凪はふっと笑みをこぼす。

 

「……まさに、いつでも一緒、だな」

 

誰に向けた言葉なのか。

 

それは、凪自身にもわからなかった。

 

ただ、その声はどこまでも穏やかで。

 

ほんの少しだけ、懐かしさを含んでいた。

 

どこまでも澄み切った朝焼けの空の下。

 

凪はもう一度だけ空を見上げると、いつものような、少し悪戯っぽい笑みを浮かべた。

 

そして、静かに二階の扉を開ける。

 

夜の喧騒は終わった。

 

けれど、あの夜に交わされた想いまで、消えてしまったわけではない。

 

それぞれの胸に、それぞれの形で残り続ける。

 

――『BAR BLUEBELL』の夜は、こうして静かに幕を閉じた。

 

そして、彼らの物語は。

 

まだ、始まったばかりだった。




といワケで
いかがでしたか?
3期生の皆さんともう1人の話でした!!
あ、どうもスバル23です!
自分が書いてる中で
あまりにもせつねぇーって思いながら
書かせて頂きました。
今回紹介(登場)したドリンクは
スプモーニです。

次回は主人公の自己紹介になると思います。
物語風にしていきと思います。
※少しだけ仕事都合で空くかもしれません。

それでは次回の話でお会いしましょ!
評価、感想など頂けますと自分のやる気に繋がります!
よろしくお願いします!
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