主人公の自己紹介含めたお話です!
ではどうぞ!
昼下がり。
BAR BLUEBELLの扉が開き、二人の来客が店内へと足を踏み入れた。
「こんにちはー。月刊テラスの佐藤です。本日はよろしくお願いします」
「はい、こんにちは。わざわざありがとうございます。どうぞ、入ってください」
出迎えたのは、黒と灰色が半分ずつになった、少し大きめのジップパーカーを羽織った青年だった。
古谷凪。
BAR BLUEBELLの店主である。
「本日はお時間をいただき、ありがとうございます」
佐藤が名刺入れを取り出し、名刺を差し出す。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
凪は名刺を受け取り、軽く目を通してから丁寧にしまった。
「えーっと、俺も名刺を……あ、ありました」
パーカーのポケットを探り、凪も名刺入れを取り出す。
「BAR BLUEBELLの古谷です。よろしくお願いします」
「ありがとうございます。こちらこそ、よろしくお願いいたします」
続いて、カメラマンの鈴木にも名刺を交換する。
「カメラマンの鈴木です。本日は店内や、お仕事中のお写真を撮らせていただきます」
「はい、お願いします。変な顔してても、そこはうまいことお願いしますね(笑)」
「ははっ、できる限り自然な表情を撮らせていただきます」
「助かります。自分の写真って、どういう顔すればいいのか分かんないんですよねぇ」
「普段どおりで大丈夫ですよ」
「それが一番難しいんですけどね」
凪は苦笑しながら、二人を店内へ案内した。
「お荷物、そちらに置いてもらって大丈夫ですよ。あ、先にこれどうぞ」
カウンターの下からタオルを取り出し、二人に手渡す。
「ありがとうございます」
「あと、飲み物も用意してあるんで。シトラスウォーターです。自分で作ったやつなんで、口に合うか分かりませんけど」
「わあ、ありがとうございます!」
「いやいや。取材に来てもらってるんですから、これくらいは」
凪は軽く笑いながら、グラスを二つ並べた。
店内はこぢんまりとしている。
カウンター席が六席。奥には四人掛けのテーブル席。
そして、道路に面した店の外には、昼間に使うための小さなテーブル席が設けられていた。
華美な装飾はない。
けれど、手入れの行き届いたカウンターや、壁に飾られたロゴが、店主の人柄を感じさせる。
「それじゃあ、まずは店内の撮影から始めさせていただきますね」
「はい、お願いします。俺は邪魔にならないようにしてますんで」
「いえ、店主さんも一緒に写っていただく予定ですよ」
「……あ、そうでしたね」
凪は一瞬だけ固まった。
「自分の店の紹介なのに、完全に店の写真だけ撮るもんだと思ってました」
「店主さんも含めての特集ですからね」
「なるほど。逃げられないやつだ」
「逃がしませんよ?」
佐藤が冗談めかして返すと、凪は小さく笑った。
「怖いなぁ、雑誌の人って」
そう言いながらも、凪は撮影に協力する。
カウンター、テーブル席、壁のロゴ、店の入口。
鈴木は構図を変えながら、店内の雰囲気を丁寧に写真へ収めていった。
「このロゴ、特徴的ですね。花と錨が組み合わさっているんですね」
佐藤が壁のロゴを見上げる。
「そうですね。元々は花だけだったんですけど、俺が錨を追加したんです」
「後ほど、そのあたりも詳しく聞かせてください」
「はい。まあ、そんな大した理由でもないですけどね」
凪はそう言って、柑橘水をひと口飲んだ。
撮影がひと段落すると、佐藤が手元の資料を確認した。
「それでは、そろそろインタビューを始めましょうか」
「了解です。ちょっと待ってくださいね」
凪は立ち上がり、店の奥へ向かった。
「着替えてきます。さすがにこの格好のままってわけにもいかないですし」
「もちろんです。ゆっくりで大丈夫ですよ」
「はーい」
軽い返事を残し、凪は奥へと消えていった。
しばらくして戻ってきた彼は、先ほどとは雰囲気が少し違っていた。
黒いワイシャツに、ソムリエエプロン。
袖は動きやすいように整えられ、店主としての仕事着に身を包んでいる。
「お待たせしました」
「おお……」
佐藤が思わず声を漏らす。
「先ほどと印象が変わりますね」
「そうですか? まあ、仕事するときはだいたいこんな感じですね」
凪は照れた様子もなく、いつもの調子でカウンターの内側へ入った。
「じゃ、よろしくお願いします」
こうして、取材が始まった。
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■ 店主・古谷凪について
「まずは、こちらのお店について教えていただけますか?」
「BAR BLUEBELLです。基本は夜営業で、営業時間はだいたい17時から深夜3時までですね」
「深夜3時まで! 結構遅くまで営業されているんですね」
「まあ、飲みに来る人って、仕事終わりだったり、どこかで飲んだあとだったりしますからね。
時間が合う人が来てくれればいいかなって」
「昼間も営業されることがあると伺いましたが」
「あー……昼は、気分と都合次第ですね」
凪は少し困ったように笑った。
「一応、昼も開けることはあるんですけど、毎日じゃないです。だから常連には『幻のランチ』って呼ばれてます」
「幻のランチですか(笑)」
「ひどくないですか? ちゃんと作ってるのに」
「それだけ貴重ということでは?」
「そういうことにしておきましょうか」
凪は肩をすくめる。
「昼に開けるときは、だいたいパスタですね。俺が食べたいものを作って、そのままメニューにする感じです」
「ご自身が食べたいもの、ですか?」
「はい。食べたいものを作るのが一番楽しいですからね。もちろん、お客さんに出すものなので、ちゃんと考えて作りますよ?」
少しだけ念を押すように付け加える。
「基本的には『凪のおまかせ』です。食べたいものがあれば相談してもらってもいいですし、こっちから提案することもあります」
「自由度が高いんですね」
「まあ、店主が気まぐれなんで(笑)」
佐藤と鈴木が笑う。
「こちらのお店は、お父様から引き継がれたと伺っています」
「そうですね。親父がやっていた店を引き継ぎました」
「ご両親は、今もこちらに?」
「二人とも元気ですよ。今は世界中を旅してます。定年後の自由時間ってやつですね」
「世界中を! すごいですね」
「俺もたまに連絡は取りますけど、まあ、自由にやってるみたいです。帰ってくる頻度はかなり低いですね」
「寂しくはありませんか?」
「んー……まあ、元気ならいいんじゃないですかね」
凪は少し考えてから、あっさりと答えた。
「その分、俺が店を守っておきますよって感じです」
その言葉には、特別に気負った様子もなかった。
ただ、ごく自然に、自分の役目として受け止めているようだった。
「店名のBLUEBELLは、ブルーベルの花から来ているんですよね?」
「はい。元々、親父が母さんに贈った花らしいです」
佐藤が顔を上げた。
「お父様が、お母様に?」
「そうです。プロポーズのときに贈った花だったって、母さんから聞きました。親父がこの店を始めるとき、その花の名前を店名にしたらしいです」
「素敵なお話ですね」
「本人たちにとっては、まあ、そういう思い出なんでしょうね」
凪は少し笑った。
「俺はその話を聞いてから、余計にこの店の名前が好きになりましたけど」
「それでは、今のロゴに錨を追加されたのは、古谷さんご自身の判断なんですね」
「はい。親父に相談したら、好きに変えていいって言われたんで」
「お父様は反対されなかったんですか?」
「全然。むしろ『お前の店なんだから、お前の好きにしろ』って感じでしたね」
「信頼されているんですね」
「どうでしょう。単に面倒だっただけかもしれません(笑)」
凪は冗談めかして答えた。
「でも、そういうところも親父らしいですけどね」
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■ 古谷凪のプロフィール
「それでは、ここからは古谷さんご自身についても伺っていきます」
佐藤が事前に作った資料をめくった。
「お名前は、古谷凪さん。30歳。お誕生日は3月16日」
「はい」
「身長は163センチ」
「……そこ、わざわざ読み上げます?」
「プロフィール欄ですので(笑)」
「いや、分かってますけど。なんか改めて言われると、ちょっと恥ずかしいですね」
「血液型はA型。出身は新潟県」
「そうです」
「趣味は料理と食べ歩き。好きな食べ物は中華料理とパスタ」
「はい。食べるの好きなんですよね。作るのも好きですけど」
「お酒もお好きだとか」
「好きですけど、弱いんですよねぇ、俺(笑)」
「BARの店主さんなのに?」
「いやいや、お酒の知識と、自分が飲める量は別ですから!」
凪は思わず笑った。
「仕事ではちゃんとお酒のことを考えてますよ。自分で飲むときは、まあ……ほどほどに、ですね」
「なるほど。そこは意外な一面ですね」
「意外ですかねぇ?」
凪は首を傾げた。
「それでは最後に、読者の方へメッセージをお願いします」
「メッセージですか……」
少しだけ考え、凪はカウンターへ軽く手を置いた。
「初めての方でも、気軽に来てもらえたら嬉しいです。お酒を飲みに来るのもいいですし、何か食べたいものがあるとか、ちょっと話したいとか、それくらいでも」
そして、いつもの調子で続けた。
「無理に話さなくてもいいですしね。ゆっくり飲んで、好きなように過ごしてもらえれば。まあ、俺もずっと喋ってるタイプじゃないんで(笑)」
「お店の雰囲気が伝わる、素敵なメッセージだと思います」
「そうですか? ならよかったです」
凪は照れ隠しのように笑った。
インタビューは、ひとまずここで終了となった。
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取材の終わりに
機材を片づけながら、佐藤がふと思い出したように声をかけた。
「あ、古谷さん。最後にひとつだけ、個人的に聞いてもいいですか?」
「はい? なんでしょう」
佐藤は壁のロゴへ視線を向けた。
「さっきの錨の話なんですが……どうして錨を選んだんですか?」
「ああ、それですか」
凪はロゴを見上げた。
青いベルの花。そして錨。
「錨って、船が流されないようにするものでしょう?」
「そうですね」
「だから、なんとなくいいなって」
凪は少しだけ考えるように間を置いた。
「この店も、そういう場所であればいいなと思ったんですよ」
「そういう場所、ですか?」
「仕事でも何でも、外に出てるといろいろあるじゃないですか。頑張らなきゃいけなかったり、誰かに気を遣ったり」
凪はカウンターを指先で軽く叩いた。
「でも、ここにいるときくらいは、そういうのをちょっと置いておける場所であってほしいなって。疲れたときに戻ってきて、落ち着いて、また明日からやっていけるような」
「……なるほど」
「親父が俺に残してくれた場所が、そういう場所だったんで。俺も、そういう店にできたらいいなと思ってます」
口調はいつもと変わらない。
大げさに語るわけでもなく、格好をつけるわけでもない。
ただ、凪にとっては当たり前のことを話しているようだった。
「……なんか、ちょっと後付けっぽいですけどね」
ふっと笑って、凪は付け加えた。
「錨が好きだったのも本当なんで。意味はあとから考えた部分もあります(笑)」
「いえ、とてもいいお話だと思います」
「いやいや。今の話、記事にはしないでくださいね?」
「えっ?」
「親父に知られたら絶対からかわれるんで。『お前、そんなこと考えてたのか』って」
凪は困ったように笑った。
「それだけは勘弁してほしいです」
「分かりました。これは取材とは別のお話として、胸にしまっておきますね」
「助かります(笑)」
佐藤は小さく頷いた。
店のロゴに込められた意味は、記事には載らない。
けれど、取材を通して見えた店主の人柄は、きっと読者にも伝わるだろう。
「本日はありがとうございました」
「こちらこそ、ありがとうございました。お疲れさまでした」
名刺を交換したときと同じように、凪は丁寧に頭を下げた。
二人が店を出ると、BAR BLUEBELLには再び静かな昼下がりが戻ってきた。
「……さて、と」
凪はワイシャツの袖を軽く整え、店内を見回した。
「着替えたし、飯でも食うかぁ」
取材の緊張から解放された店主は、いつもの日常へと戻っていった。
⸻
■ 月刊テラス、発売
それから数週間後。
街の書店やコンビニに、月刊テラスの最新号が並んだ。
今月の特集は――
『街で見つけた、何度でも帰りたくなる場所』
その特集ページの一角に、BAR BLUEBELLが掲載されていた。
店内の写真。
カウンターに立つ、黒いワイシャツとソムリエエプロン姿の凪。
そして、店の外で気楽に笑っている、パーカー姿の凪。
営業時間や店の紹介文、プロフィールも掲載されている。
『BAR BLUEBELL』
営業時間:17:00~翌3:00
店主の気分と都合によっては、昼営業も。
昼のメニューは主にパスタ。店主が食べたいものを中心に、その日の内容が決まる。
料理は「凪のおまかせ」。
気取らず、肩の力を抜いて過ごせる小さなBAR。
店主の古谷凪は、30歳。3月16日生まれ。身長百163センチ、血液型A型。新潟県出身。
趣味は料理と食べ歩き。好きな食べ物は中華料理とパスタ。
コーヒーも好きで、お酒も好き。ただし、本人いわく「好きですけど、弱いんですね」とのこと。
記事の最後には、凪の言葉が添えられていた。
『初めての方でも、気軽に来てもらえたら嬉しいです。ゆっくり飲んで、好きなように過ごしてもらえれば』
凪自身が語った、錨に込めた本当の意味は載っていない。
そこは、取材の最後に交わした約束どおりだった。
そして、発売日当日。
「……うわぁ、ほんとに載ってる」
カウンターの内側で雑誌を開いた凪は、思わず声を漏らした。
「そりゃ載るだろに」
常連客が笑う。
「いや、そうなんですけどね。実際に見ると、なんか……変な感じですね」
「お、店主が雑誌デビューか。こりゃ有名人だな」
「やめてくださいよ。明日から急にサイン求められたらどうするんですか」
「書けばいいだろ」
「何を? 『古谷』って?」
「自分の名前くらい書けるだろうが!」
「いや、書けますけど!」
カウンターに笑い声が広がる。
別の常連が雑誌を手に取り、プロフィール欄を覗き込んだ。
「おー、身長まで載ってんじゃん」
「……そこは読み上げなくていいです」
「163センチ。意外と小柄なんだな」
「意外とって何ですか。実物見てるでしょ、いつも!」
「写真だと大きく見えたんだよ」
「カメラマンさんの技術がすごかったんでしょうねぇ!」
凪は雑誌を取り返し、ぱらぱらとページをめくる。
「でも、店の写真はいい感じですね。さすがプロだなぁ」
「お前の写真写りもいいじゃねぇか」
「そうですか?」
「ちゃんと店主っぽいぞ」
「普段は店主っぽくないみたいな言い方ですね?」
「普段は店主っぽいときと、そうじゃないときがある」
「それ、ほぼ全部じゃないですか!」
再び笑い声が上がった。
凪も笑いながら、もう一度ページを見つめた。
自分の店が雑誌に載る。
たったそれだけのことなのに、少しだけ誇らしい。
「……まあ、載ってよかったです」
ぽつりとこぼした言葉は、賑やかな店内に溶けていった。
⸻
■ ホロライブ事務所、ある日の休憩時間
一方、その頃。
ホロライブ事務所の休憩スペース。
テーブルの上に置かれた月刊テラスを、宝鐘マリンが手に取った。
「ん? なになに? 今月の特集、『何度でも帰りたくなる場所』?」
何気なくページをめくり――
「あっ!」
突然、大きな声を上げた。
「ちょ、ちょっと! これ見て!」
「んー? どうしたぺこ?」
兎田ぺこらが顔を上げる。
「何かあったの?」
白銀ノエルも近づき、不知火フレアも手元を覗き込んだ。
マリンが開いていたページには、見覚えのある店内と、見覚えのある店主の姿があった。
「……えっ、これ凪くんじゃん!」
ノエルが目を丸くする。
「ほんとだ! 凪くんのお店だ!」
フレアも思わず声を上げた。
「え、待って待って! 凪って雑誌に載ったの!?」
ぺこらが身を乗り出す。
「そうみたい! ほら、店の名前もBAR BLUEBELLって書いてある!」
マリンは雑誌をテーブルに広げた。
そこには、カウンターに立つ凪の写真が大きく掲載されていた。
黒いワイシャツにソムリエエプロン。
いつも見慣れた姿なのに、雑誌の中では少し違って見える。
「なんか……仕事してる凪くんって感じだね」
ノエルがしみじみと呟いた。
「いや、普段も仕事してるでしょ」
フレアがすかさず突っ込む。
「そうなんだけど! ほら、いつも私たちが会うときって、もうちょっと気楽な感じじゃない?」
「あー、分かるぺこ。こっちの写真だと、なんかちゃんとしてるぺこ」
「普段もちゃんとしてるでしょ!?」
「いやぁ、なーくんだからなぁ……」
マリンが妙に納得した顔で頷いた。
「なんか、分かるような分からないような……」
フレアは苦笑した。
四人は雑誌を囲み、写真やプロフィールを順番に眺めていく。
「営業時間、17時から深夜3時……。やっぱり夜のお店だね」
「昼も開けることがあるんだって」
ノエルが紹介文を読み上げた。
「ただし、店主の気分と都合による、だってさ」
「それ、凪らしいぺこ!」
ぺこらが笑う。
「昼のパスタも、凪が食べたいものを中心に決まるんだって」
「えっ、じゃあ、なーくんがパスタ食べたい日じゃないと食べられないの?」
マリンが首を傾げる。
「そういうことなんじゃない?」
「幻のランチって書いてあるぺこ!」
ぺこらは記事の一文を指差した。
「幻って……お店のランチが幻って何なの!?」
「だって、実際に開いてるかどうか分からないんでしょ?」
フレアが笑う。
「凪くんらしいなぁ。食べたいものを作るのが好きって、前にも言ってたし」
ノエルは嬉しそうに写真を眺めていた。
「でも、こうして雑誌に載ってるのを見ると、なんだか嬉しいね」
「分かるぺこ。知ってる人が載ってると、ちょっと自慢したくなるぺこ」
「でしょ! これ、あとでなーくんに見せて『見たよー!』って言おうよ!」
マリンが得意げに言う。
「いや、もう本人は知ってるでしょ……」
フレアの冷静な突っ込みは、誰にも聞かれていなかった。
そのままプロフィール欄に目を落としたマリンが、ふと動きを止める。
「……あれ?」
「どうしたの?」
ノエルが覗き込む。
「お酒、好きだけど弱いって書いてある」
「……あっ」
フレアが納得したように頷いた。
「そういえば、凪くんってそんなに強くなかったね」
「BARの店主なのに?」
ぺこらが首を傾げる。
「お酒の知識があるのと、たくさん飲めるのは別なんじゃない?」
ノエルが答える。
「なるほどぉ……」
マリンは妙に感心した顔で頷いた。
「なんか、知ってる凪の情報なのに、雑誌で読むと新鮮だね」
「分かる。プロフィールって、そういうところあるよね」
フレアも頷いた。
四人はしばらく、写真や記事を見ながら楽しそうに話し続けていた。
――そこへ。
「お、何見てんだ?」
通りかかった大空スバルが、テーブルの雑誌を覗き込んだ。
「ん? ああ、なんだ凪の店か」
あまりにも自然な一言だった。
「……え?」
四人の動きが止まる。
スバルは特に気にした様子もなく、雑誌を指差した。
「いやー、ここいい店なんだよな。落ち着くし、飯もうまいし」
「……スバル?」
マリンの声が低くなる。
「ん?」
「なーくんのお店、行ったことあるの?」
「あるぞ?」
スバルはきょとんとした顔で答えた。
「え、いつ!?」
ぺこらが勢いよく立ち上がる。
「いつって……普通に飲みに行ったとき?」
「普通にって何!?」
ノエルまで身を乗り出した。
スバルは四人の反応に首を傾げる。
「いや、店もいいけどさ。家の方がもっとラフなんだよな」
――沈黙。
「…………は?」
四人の声が、見事に重なった。
スバルはようやく何かがおかしいと気づいたらしい。
「え? いや、だから……」
「ちょっと、スバル?」
背後から、穏やかな声がした。
星街すいせいだった。
にこにこと笑いながら、スバルの肩に手を置く。
「今の話、もうちょっと詳しく聞かせてもらってもいいかな?」
「えっ、すいちゃん? いや、別に変なこと言ってねぇって!」
「うんうん。そうだね。だから、ゆっくりお話ししようね?」
「待って待って待って! なんでそんな笑顔なの!?」
すいせいは笑顔のまま、スバルを連れて休憩スペースの外へと歩き出した。
「ちょ、スバル本当に何もしてねぇって!!」
「うん。そういうことも含めて、お話しようね?」
「こえーよ!!」
二人の声が廊下の向こうへ遠ざかっていく。
残された四人は、しばらく無言だった。
「……スバル先輩、凪くんの家にも行ってるんだ」
ノエルがぽつりと呟く。
「しかも、さらっと言ったぺこ……」
ぺこらが雑誌を握りしめた。
「店に行ったことがあるだけなら、まだ分かるんだけどね」
フレアは額に手を当てた。
「家の方がラフって、何を知ってるのよ……」
マリンが遠い目をした。
そこへ、獅白ぼたんが通りかかった。
「お、何この空気」
「ぼたんちゃん……」
ノエルが助けを求めるような目を向ける。
「スバル先輩が、凪くんの家に行ったことあるって……」
「あー、またか」
ぼたんは、実にあっさりと頷いた。
「……また?」
四人が一斉に顔を上げる。
「スバルって、凪先輩と結構仲いいからね。本人に悪気はないんだけど、距離感が近いっていうか」
「近いってレベルじゃないぺこ!」
「まあ、あいつは思ったことをそのまま言うから。本人が気づかないうちに、いろんな地雷を踏むんだよね」
ぼたんは肩をすくめた。
「今回も、たぶん本人は何が問題なのか分かってないと思うよ」
「……あの人、ある意味すごいね」
フレアが呆れたように呟いた。
「まあ、スバルらしいっちゃ、らしいけどね」
ぼたんは雑誌へ目を落とした。
「それにしても、凪先輩の店か。いいじゃん、ちゃんと特集されてるんだ」
「ぼたんちゃんも行ったことあるんですか?」
ノエルが尋ねる。
「あるよ。落ち着くし、料理もうまいしね。あの店、妙に居心地いいんだよ」
「やっぱりそうなんだ……」
マリンは記事を見つめた。
「なーくん、こういうところはちゃんとしてるんだよねぇ」
「こういうところは、って何ぺこ」
ぺこらが笑う。
「いや、普段の凪を考えると、ちょっと不思議じゃない?」
「それは否定できないぺこ」
「本人が聞いたら怒るよ、それ」
フレアの言葉に、四人はまた笑った。
「みんなで楽しく何の話?」
突然、明るい声が響いた。
とことこと近づいてきたのは、ときのそらだった。
「何々? みんなで何見てるの?」
「そら先輩、これです!」
ノエルが雑誌を差し出す。
「あっ! 凪くんだ!」
そらはページを覗き込み、嬉しそうに笑った。
「凪くんのお店、載ったんだね!」
「そら先輩も知ってるんですか?」
「うん! 行ったことあるよ。落ち着くし、ご飯もおいしいんだよねぇ」
「やっぱり行ってる人、結構いるんだ……」
フレアが感心したように呟く。
「うん。あのお店、なんだかほっとするんだよね」
そらは写真を見つめながら、柔らかく笑った。
「凪くんも、いつもどおりだし」
「いつもどおり?」
マリンが首を傾げる。
「うん。無理に気を遣わなくていいっていうか。お店にいると、自然とゆっくりできるの」
その言葉に、ぼたんも頷いた。
「分かる。あそこは変に気取らなくていいんだよね」
「へぇ……」
ノエルは記事をもう一度眺めた。
「こうやって読むと、凪の店って本当にいい場所なんだね」
「……あ、凪さんの店ですね」
新たに声がした。
振り返ると、儒烏風亭らでんが雑誌を覗き込んでいた。
「おやおや、これはこれは。凪さんのお店が載っているじゃありませんか」
「らでんも知ってるの!?」
マリンが驚く。
「ええ、もちろん。いいお店ですよねぇ」
らでんは写真を眺めながら、興味深そうにページをめくった。
「店内の写真もいいですね。ごちゃごちゃ飾り立てていないのに、ちゃんとお店の雰囲気が伝わってきます」
「そうそう! なんか落ち着くんだよね!」
そらが嬉しそうに同意した。
「それに、このロゴ」
らでんは花と錨の組み合わされたロゴを指差した。
「元々のブルーベルの花を残しつつ、錨を加えているんですね。お店が引き継がれてきた歴史を残しながら、今の店主さんの個性も加わっている。いいデザインだと思いますよ」
「おお……らでん、そこまで見るんだ」
ぼたんが感心したように声を漏らす。
「そりゃあ、こういうのは見ちゃいますよ。元の雰囲気を壊さずに新しい要素を加えるって、なかなか難しいですからねぇ」
らでんは満足そうに頷いた。
「それに、凪さんのお店は居心地がいいんですよ。気がついたら長居してしまいそうになるというか」
「分かるぅ!」
そらが大きく頷く。
「凪くん、話していても気楽なんだよね」
「そうそう。変に格好つけないし」
ぼたんも笑った。
「店主としての顔もあるけど、普段の凪もちゃんとそこにいる感じなんだよね」
「……みんな、なーくんのこと好きすぎない?」
マリンが呆れたように言う。
「いや、マリンもその一人でしょ」
フレアが即座に返した。
「……まあ、それはそう!」
マリンはあっさり認めた。
そのとき、廊下の向こうから足音が聞こえてきた。
すいせいが戻ってきたのだ。
……ただし、スバルの姿はない。
「おかえり、すいちゃん。スバルは?」
ノエルが尋ねる。
「ちょっと反省してもらってる」
すいせいはにっこりと笑った。
「……何を?」
「距離感について?」
「疑問形!?」
フレアが思わず突っ込んだ。
すいせいはそんな反応を気にも留めず、テーブルの雑誌へ目を向けた。
すいせいは雑誌を手に取り、ページを開いた。
カウンターに立つ凪。
店の前で笑う凪。
そして、プロフィール欄。
すいせいはじっと写真を見つめた。
「……いいね」
「え?」
ぺこらが顔を上げる。
「この写真、いいね」
すいせいは真剣な顔で頷いた。
「仕事してる凪もいいし、パーカーの凪もいい」
「すいちゃん?」
マリンが少し不安そうに声をかける。
「この雑誌、どこで買えるの?」
「……え?」
「何冊か欲しいんだけど」
「何冊!?」
ノエルが思わず声を上げた。
すいせいは指を折りながら考え始める。
「読む用でしょ。それから保存用。あと予備も欲しいかな」
「いや、待って待って! 何の予備!?」
フレアが慌てる。
「何かあったとき用?」
「雑誌に何があるの!?」
「分からないじゃん?」
すいせいは真顔だった。
「こういうのは、手に入るときに手に入れておかないと」
「何その本気の収集家みたいな理論!?」
マリンが叫ぶ。
「いやぁ……」
ぼたんは苦笑しながら肩をすくめた。
「すいちゃん、そういうとこあるよね」
「だって、凪だよ?」
すいせいは当たり前のように答えた。
その一言で、周囲は妙に納得してしまった。
「……まあ、凪くんだもんね」
フレアがぽつりと呟く。
「いや、納得しちゃダメでしょ!?」
マリンの突っ込みが休憩スペースに響いた。
⸻
■ そして、いつものBAR BLUEBELL
そんな騒動が起きていることなど、当然ながら凪は知らない。
BAR BLUEBELL。
店主はカウンターの内側で、ひとり遅めの食事を取っていた。
「……うん、今日の炒飯はいい感じだな」
自分で作った炒飯をひと口食べ、満足そうに頷く。
雑誌に掲載されたことは嬉しかった。
常連にからかわれるのも、まあ、いつものことだ。
ホロライブの面々が記事を見て盛り上がっていることも、スバルがすいせいに連れていかれたことも、まだ知らない。
凪はグラスに水を注ぎ、窓の外へ目を向けた。
昼下がりの道路を、人々が行き交っている。
「……さて、食べ終わったら仕込みするかぁ」
のんびりと呟き、再び炒飯を口へ運ぶ。
その頃、どこか遠くの廊下では――。
「だからスバルは何もしてねぇぇぇぇ!!」
大空スバルの悲鳴が響いていた。
「うんうん。分かったから、もうちょっとお話ししようね?」
星街すいせいの声が、それを追いかける。
BAR BLUEBELLの店主は、今日も平和だった。
……少なくとも、本人の周りは。
こうして、雑誌に載った店主の知らないところで、ホロライブ事務所の一日は騒がしく過ぎていくのだった。
いかがでしたか?
今回は少しだけ
お店感を出した
取材形式の自己紹介でした!
次回は誰が出るか当ててみてください!
それでは次のお話で!
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