どうもスバル23です!
それでは本編へどうぞ!
何気ないランチ営業【前半】
昼下がりのBLUEBELL
朝、八時半。
BAR BLUEBELLの裏口から、白い煙がゆっくりと空へ昇っていく。
「……ねっむ」
凪は眠たそうに目を細めながら、煙草をくわえていた。
昨日の夜も遅くまで営業していたせいか、身体にはまだ疲れが残っている。
普段なら、夜の営業に向けてゆっくりと準備を始める時間だ。昼間は店を閉めていることも多く、開けるとしても気分次第。決まった営業時間があるわけではない。
だが、今日は違う。
昨日の夕方、ホロライブのマネージャーからLINEが届いた。
内容は、翌日の昼食の予約。
人数は五人。時間は昼営業の時間内で、食事をしたいとのことだった。
誰が来るのかは聞くまでもない。
「ねっむ……予約はありがてぇけど、朝から仕込みかぁ」
ぼそりと呟き、煙を吐く。
寒さに肩をすくめながら、黒と灰色の半分ずつに分かれたパーカーの襟元を引き寄せた。
五人分の食事を用意するだけなら、そこまで大変ではない。
ただ、予約がある以上、いつものように気分でメニューを決めるわけにもいかない。材料の確認も必要だし、仕込みも普段より少し多めにしておく必要がある。
それに、予約を入れてくれたのが顔なじみの五人なら、なおさら適当にはできない。
「……まあ、来るならちゃんと食わせてやるか」
自分に言い聞かせるように呟き、最後にもう一度煙を吐き出す。
吸い終わった煙草を灰皿に押しつけると、凪は裏口の扉を開けて店内へ戻った。
まずは厨房の換気を確認し、冷蔵庫の中身を確認する。
肉、野菜、パスタ、ソースの材料。
今日の昼営業で出すものを頭の中で組み立てながら、必要なものを作業台へ並べていく。
「よし、と」
袖をまくり、包丁を手に取る。
眠気はまだ残っているが、仕事を始めれば身体も自然と動き出す。
夜とは違う昼のBLUEBELL。
今日はどんな一日になるだろうか。
そんなことを考えながら、凪は仕込みを進めていった。
⸻
午前十時半。
昼営業の準備がひと通り終わった。
店内の掃除を済ませ、テーブルを整え、カウンターの上を拭く。
普段は夜の営業が中心なので、昼間の店内はどこか新鮮に感じる。
窓から差し込む光が木目の壁や濃紺の装飾を照らし、暖色の照明と混ざり合って柔らかな雰囲気を作っていた。
「……こんなもんか」
凪は店内を見回す。
テーブル席は二つを少し寄せ、五人が一緒に座れるようにしてある。
普段はそれぞれ独立して使っている席だが、今日だけは少し広く使うことにした。
厨房の準備も問題ない。
あとは開店時間を待つだけだった。
午前十一時。
扉にOPENの札を掛ける。
「いらっしゃいませー」
最初に入ってきたのは、近所に勤めている会社員だった。
「お、今日は開いてるんだ」
「一応ね」
「幻のランチ営業じゃん」
「幻ってなんだよ。失礼な」
「いやいや、なかなか開いてないからさ」
「気が向いたら開けてるよ」
「商売する気ある?」
「あるある。たぶん」
「たぶんってなんだよ」
軽口を交わしながら、凪はメニューを差し出す。
「今日は二種類。ボロネーゼと生姜焼き定食な」
「お、いいね。じゃあ生姜焼きで」
「はいよ」
注文を受けると、凪は厨房へ戻る。
昼営業の最初の注文。
手際よく肉を焼き、タレを絡めていく。
しばらくすると、店内に生姜の香りが広がった。
「お待たせ。生姜焼き定食」
「おー、うまそう」
「熱いから気をつけて」
「いただきます」
客が箸を手に取るのを確認して、凪は厨房へ戻った。
その後も、近くの会社員や夜に来る常連客がぽつぽつと訪れる。
「マスター、今日やってたんだ」
「今日は予約があったからな」
「昼に来られるの珍しいね」
「まあ、気分次第だよ」
「じゃあ、次いつ開くかわからないのか」
「そういうこと」
「困るなぁ」
「夜に来ればいいだろ」
「昼飯が食べたいんだよ」
「それは知らん」
そんな会話を交わしながらも、凪の手は止まらない。
注文を受け、料理を作り、テーブルへ運ぶ。
食べ終わった客の皿を下げ、空いたグラスを片付ける。
夜の営業とは違う忙しさだった。
昼間は食事を目的に来る客が多い。
料理を出すタイミングも、客が店に滞在する時間も夜とは違う。
それでも、慣れた手つきでひとつずつ仕事をこなしていく。
「マスター、これおいしかったよ」
「そりゃよかった」
「また昼に開けてね」
「気が向いたらな」
「またそれか」
客が笑いながら店を出ていく。
凪は扉の方へ軽く手を振り、次の注文に備えて厨房へ戻った。
⸻
昼営業が始まってから一時間ほど。
最初の混雑が落ち着き、店内に少しだけ余裕ができた。
凪は厨房で次の仕込みを確認していた。
「……そろそろ来る頃か」
壁に掛けられた時計へ目を向ける。
予約の五人が来る時間も近い。
そのとき、カウンターに座っていた常連客が声をかけてきた。
「マスター、今日は誰か来るの?」
「予約が入ってるんだよ」
「へえ。昼から予約なんて珍しいね」
「まあ、たまにはな」
「知り合い?」
「そうだな。よく来る客」
「なるほどね。じゃあ今日は忙しくなりそうだ」
「もう十分忙しいけどな」
「ははっ、頑張って」
「はいはい」
凪は軽く笑い、空いた皿を下げる。
その後、常連客も食事を終えて店を出ていった。
店内には少し静けさが戻る。
凪はカウンターを拭き、厨房の様子を確認する。
そして、ちょうどその頃だった。
店の扉が開いた。
「こんそめー!」
「こんあずきー!」
「にゃっはろー!」
「はろーぼー!」
「やっほー、なぎー」
聞き慣れた声が、店内に響く。
入ってきたのは、ときのそら、AZKi、さくらみこ、ロボ子さん、星街すいせい。
ホロライブの0期生、五人である。
「いらっしゃい。予約の五名様だな」
「そうだよー!」
そらが笑顔で答える。
「ちゃんと席、用意してくれてる?」
「してあるよ。こっち」
凪は店内のテーブル席を指し示した。
二つのテーブルを寄せ、五人が一緒に座れるようにしてある。
「おお、広いにぇ!」
みこが目を輝かせる。
「五人で来ると、なかなかの人数だね」
すいせいが周囲を見回した。
「マスター、昼間に会うのってなんだか新鮮だねー」
ロボ子さんが楽しそうに言う。
「夜にも会ってるだろ」
「そうなんだけどさー。いつもと雰囲気が違うっていうか」
「そりゃ、外が明るいからな」
「そういうことじゃないんだけど!」
「はいはい」
凪は笑いながら、五人を席へ案内する。
彼女たちは、ホロライブができたばかりの頃に谷郷の紹介でこの店を訪れて以来、それぞれの理由でBLUEBELLに足を運んでいる。
一人で食事に来ることもあれば、マネージャーと相談事をしに来ることもある。
仕事の愚痴をこぼしたり、夕飯を食べに来たり。
中にはソロライブの前夜に訪れ、落ち着かない気持ちを凪に聞いてもらう者もいる。
今では五人とも、凪にとって顔なじみの客だった。
ただ、五人揃って昼営業に来るのは今回が初めてだった。
「好きなところに座っていいぞ。テーブルはくっつけてあるから」
「ありがとう、凪くん!」
そらが席につく。
「昼のBLUEBELLって、なんだか落ち着くね」
「夜も落ち着くけどね」
AZKiが窓の外を眺めながら言った。
「昼間は昼間で、違った感じがするにぇ」
「そう? 俺はいつも通りだけど」
「マスターはそうかもしれないけど、僕たちはちょっと違うんだよー」
「そういうもんか」
凪は軽く首を傾げる。
「まあ、ゆっくりしていってくれ。注文決まったら呼んでな」
「はーい!」
五人はそれぞれメニューを手に取った。
凪は厨房へ戻り、次の注文に備える。
⸻
「えーっと……」
メニューを開いたみこは、しばらくの間、真剣な顔で悩んでいた。
「どうした?」
凪がテーブルの横を通りかかったとき、みこの手が止まっているのに気づいた。
「んー……」
「決まらない?」
「そうなの! 生姜焼きも食べたいし、ボロネーゼも食べたいし……」
「どっちも食べたいってことか」
「そう!」
みこはメニューを見つめたまま、うんうんと頷く。
「今日はどっちもおすすめだからなぁ」
「それが困るんだにぇ!」
「いや、困られてもな」
凪は苦笑しながら、みこの手元にあるメニューを覗き込んだ。
「生姜焼きは定食だから、ご飯と味噌汁が付く。肉はちょっと厚めにしてるから、食べ応えはあると思うぞ」
「ほうほう……」
「ボロネーゼは、ソースを少し濃いめにしてる。ひき肉も多めだから、こっちは結構がっつり系だな」
「うーん……」
みこはメニューと凪の顔を交互に見た。
「どっちがおすすめ?」
「どっちも」
「えー! それじゃ決められないにぇ!」
「いや、どっちも自信あるからな」
凪はそう言って、みこの隣に少し身をかがめた。
「こっちが生姜焼き。肉の味をしっかり楽しみたいならこっちだな。で、ボロネーゼはソースが濃いから、パスタをがっつり食べたいならこっち」
メニューを指差しながら説明する凪。
その距離が、みこの想像よりもずっと近かった。
「……っ」
肩が触れる。
すぐ隣に凪の顔がある。
みこは思わず背筋を伸ばした。
「みこち?」
「にゃっ!?」
「ん?」
「な、なんでもないにぇ!」
「そうか?」
凪は特に気にする様子もなく、再びメニューへ視線を落とす。
「まあ、どっち選んでも損はないと思うぞ。腹減ってるなら生姜焼きもいいし、パスタが食べたい気分ならボロネーゼだな」
「そ、そうだね……」
「あと、生姜焼きはご飯のおかわりもできるからな」
「おかわり!」
「食べる気満々だな」
「だっておいしそうなんだもん!」
「なら生姜焼きでいいんじゃないか?」
「でもボロネーゼも……」
「まだ迷ってるのか?」
凪が少し顔を覗き込む。
「ひゃっ……!」
みこの心臓が跳ねた。
近い。
近いにぇ!
そんなことを思っているのは自分だけで、凪はただ注文を決めてもらおうとしているだけだった。
「……しょ、生姜焼き定食!」
「はいよ。生姜焼きな」
凪はいつも通りの調子で注文を取ると、他の四人へ視線を向けた。
「他のみんなは?」
「僕はボロネーゼ!」
ロボ子さんが元気よく手を挙げる。
「私もボロネーゼで」
AZKiが続く。
「私もボロネーゼ!」
そらも笑顔で答えた。
「私は生姜焼き定食! 野菜抜きで!」
最後にすいせいが注文する。
「はいはい。すいせいは相変わらずだな」
「いいじゃん、好き嫌いくらい」
「まあ、ちゃんと食べるならいいけどな」
「食べるよ!」
「ならいい」
凪は注文を確認する。
生姜焼き定食が二つ、ボロネーゼが三つ。
「生姜焼き二つ、ボロネーゼ三つな。少し待っててくれ」
「はーい!」
凪は注文を厨房へ伝えに戻っていった。
その背中を見送ったあと、みこはようやく息を吐いた。
「……ふぅ」
「みこち、どうしたの?」
そらが不思議そうに尋ねる。
「な、なんでもないにぇ!」
「さっきから顔赤くない?」
「気のせい! 気のせいだにぇ!」
「本当に?」
「本当だにぇ!」
すいせいが、みこの顔を覗き込む。
「もしかして、さっき近かったから?」
「す、すいちゃん!?」
「やっぱりそうなんだ」
「違うにぇ!」
「ふふっ」
AZKiが小さく笑う。
「でも、凪さんって本当に優しいよね」
「わかる。ちゃんと説明してくれるし」
そらも頷いた。
「みこちが迷ってたら、わざわざ隣まで来てくれたしね」
「それは料理の説明だにぇ!」
「うん。そうだね」
そらはにこにこと笑う。
「すいちゃんの野菜抜きも、ちゃんと覚えてるしね」
「まあ、何度も来てるからな」
すいせいは何でもないように答える。
「注文のたびに言ってるから、そりゃ覚えるだろ」
「それでも、覚えてくれてるのは嬉しいよね」
AZKiがそう言うと、そらも頷いた。
「うん。凪くんって、そういうところあるよね」
「そういうところ?」
「こっちが何気なく言ったことを、ちゃんと覚えてくれてるところ」
「……ああ」
すいせいは少しだけ納得したように笑う。
「確かにね」
「みこちも、さっき説明してもらえてよかったね」
「う、うん……」
みこはメニューを閉じた。
さっきの距離を思い出すと、また頬が熱くなる。
「……ちゃんと決められてよかったにぇ」
「ふふっ。そうだね」
五人の笑い声が、店内に小さく響いた。
⸻
注文からしばらくして。
厨房では、凪が二つの生姜焼きを仕上げていた。
フライパンの上で肉が焼ける音が響く。
タレを絡め、火を止める。
その間にご飯と味噌汁を用意し、付け合わせを整える。
「よし」
二つの定食をトレーに載せ、テーブルへ運ぶ。
「お待たせ。生姜焼き定食、二つ」
「おおー!」
「いい匂い!」
みことすいせいの前に、それぞれ定食が置かれる。
焼き目のついた豚肉に、甘辛いタレが絡んでいる。
湯気と一緒に、生姜の香りがふわりと広がった。
「うまそー!」
「熱いから気をつけてな」
「はーい!」
「いただきまーす!」
二人が手を合わせる。
みこは箸を手に取り、まずは生姜焼きを一口。
「んー!」
思わず声が漏れる。
「おいしいにぇ!」
「そりゃよかった」
凪は空いたグラスを確認しながら笑う。
「ご飯も進むだろ」
「うん! これ、ご飯いっぱい食べられるにぇ!」
「おかわりできるからな」
「ほんと!?」
「さっき言っただろ」
「そうだったにぇ!」
すいせいも一口食べ、満足そうに頷いた。
「うん。やっぱりおいしい」
「そりゃどうも」
「でも、野菜抜きってちゃんと覚えてるんだね」
「何度も聞いてるからな」
「次も覚えててよ?」
「忘れないように努力するよ」
「絶対忘れる気ないでしょ」
「どうだろうな」
「ちょっとー!」
二人のやり取りを聞いていたみこが笑う。
「すいちゃん、またマスターにいじられてるにぇ」
「みこちもさっきいじられてたでしょ」
「みこは別にいじられてないにぇ!」
「そう?」
「そうだにぇ!」
凪は二人の会話を聞きながら、空いた皿を片付ける。
「まあ、仲良く食べてな」
「はーい」
その様子を見ていたロボ子さんが、凪に声をかけた。
「ねえねえ、マスター」
「ん?」
「マスターって、昼間もちゃんと働いてるんだねー?」
「夜も働いてるだろ」
「えー? 夜はもっとこう、のんびりしてるイメージだった!」
「ロボ子さんが来ると、のんびりできないからなぁ」
「えっ、僕のせい!?」
「さて、どうだろうな」
「ちょっとー! そこは否定してよー!」
凪は小さく笑った。
「いやぁ、ロボ子さんが来ると賑やかになるからな」
「それって褒めてる?」
「どうだろうなぁ」
「絶対褒めてないじゃん!」
ロボ子さんは頬を膨らませる。
「じゃあさ、マスターは僕が来ない方がいいってこと?」
「そんなこと言ってねぇだろ。来てくれるのはありがたいよ」
「おっ、そうなの?」
「ああ。ただ、来るとだいたい何かしら騒ぎが起きるからな」
「えー! 僕、そんなに騒いでないよ!」
「そうか?」
「そうだよ!」
「この前だって、立ち上がったときにテーブルに膝ぶつけてただろ」
「あれはテーブルが近かったの!」
「あと、自分の飲み物こぼしてたな」
「それは……ちょっと手が滑っただけ!」
「うん。まあ、そういうことにしておこう」
「絶対信じてないでしょ!」
ロボ子さんが身を乗り出す。
凪は笑いながら、軽く手を振った。
「笑ってないって」
「笑ってるじゃん!」
「いや、思い出しただけだよ」
「それを笑ってるって言うんだよー!」
「ははっ。悪い悪い」
「むぅ……!」
ロボ子さんは一度頬を膨らませてから、少しだけ声の調子を変えた。
「じゃあさ。マスターは、僕が来るの嬉しい?」
「ん?」
「僕が来たら、嬉しい?」
凪は少しだけ考えるように目を上げた。
「そりゃ、常連が来てくれるのは嬉しいだろ」
「ふーん……。じゃあ、僕だけ特別?」
「ロボ子さんはロボ子さんだろ」
「えっ?」
「他の人と同じにする必要もないしな」
あまりにも自然な返答だった。
凪はそれ以上何かを付け足すこともなく、テーブルの上の空いたグラスを手に取る。
「ほら、料理冷めるぞ。食べてな」
「……う、うん」
ロボ子さんは一瞬だけ言葉に詰まった。
自分から聞いたくせに、いざ返されるとどうしていいかわからなくなる。
「な、なんかずるいなぁ、マスター」
「何が?」
「そういうところ!」
「はいはい」
凪は軽く笑い、厨房へ戻ろうとする。
「ちょっと! まだ話終わってないよ!」
「料理が終わってないんだよ」
「僕の話も聞いてよー!」
「聞いてる聞いてる」
「絶対聞いてない!」
そのとき、厨房からタイマーの音が鳴った。
「あ、悪い。パスタ仕上げないと」
凪はそのまま厨房へ戻っていった。
残されたロボ子さんは、しばらくその背中を見つめていた。
「……もう!」
「ロボ子ちゃん?」
そらが笑いをこらえながら声をかける。
「今の、誰も僕の味方してくれなかったね?」
「いや、ロボ子ちゃんが悪いにぇ」
みこが即答した。
「えー!?」
「自分からいじりに行ったんだから、仕方ないんじゃない?」
すいせいも楽しそうに笑う。
「そらちゃんはどう思う?」
「ロボ子ちゃん、凪くんに勝とうとしたの?」
「勝とうとしてないよ!」
「ふふっ。ロボ子さん、どんまい」
AZKiまで笑っている。
「AZKiちゃんまで!?」
「でも、ロボ子ちゃん楽しそうだったし」
「そらちゃんまでー!」
五人の笑い声がまた広がる。
ロボ子さんは少し不満そうに頬を膨らませたが、すぐに自分も笑い出した。
⸻
厨房では、凪がパスタを仕上げていた。
茹で上がったパスタをソースに絡め、皿へ盛り付ける。
最後に全体を整え、三皿をトレーに載せた。
「お待たせ。ボロネーゼ三つ」
「わー! おいしそう!」
「いい匂い!」
三人の前に皿が置かれる。
濃厚なソースがパスタに絡み、ひき肉の旨味とトマトの香りが食欲をそそる。
「熱いから気をつけてな」
「いただきます!」
「いただきまーす!」
三人はそれぞれフォークを手に取った。
「んー! おいしい!」
ロボ子さんが目を輝かせる。
「ソース濃いめって言ってたけど、本当にしっかり味がするね」
「そうだろ。パスタに負けないようにしてるからな」
「これ、家でも食べたいなぁ」
「作るの?」
「うーん……マスターが作ってくれるなら!」
「それは店に食べに来た方が早いな」
「むー!」
「ふふっ」
AZKiが笑う。
「凪さんらしいね」
「そうか?」
凪は空いたグラスを回収しながら、軽く首を傾げた。
「まあ、気に入ってくれたならよかったよ」
「うん! また食べに来る!」
「いつでもどうぞ」
「じゃあ、次は別のメニューも食べてみたいな」
そらがパスタを口に運びながら言った。
「昼はそんなに種類ないけどな」
「でも、凪くんのおまかせなら何でもおいしそう」
「それは期待しすぎだろ」
「そんなことないよー」
「そうそう。マスターの料理なら、何が出てきても嬉しいよ」
ロボ子さんが頷く。
「そう言われると、逆に困るな」
「えー、なんで?」
「毎回期待されてもなぁ」
「じゃあ、期待しない方がいい?」
「いや、そこまでは言ってない」
「ふふっ。マスター、困ってるね」
AZKiが楽しそうに笑う。
凪は軽く肩をすくめた。
「まあ、気が向いたら何か考えておくよ」
「やった!」
ロボ子さんが嬉しそうに声を上げる。
「そのときは僕も呼んでね!」
「店に来ればいるだろ」
「そういうことじゃないんだけどなぁ」
「はいはい」
凪は笑いながら、空いた皿を下げて厨房へ戻った。
その後も五人は料理を楽しみながら、近況や仕事の話を交わしていた。
そらは最近の収録の話をし、ロボ子さんは仕事中にあったちょっとした出来事を話す。
みこは生姜焼きの味を気に入ったらしく、最後までご飯をきれいに食べていた。
すいせいは野菜を避けながらも、しっかりと料理を口に運んでいる。
AZKiは三人の話に相槌を打ちながら、時折凪の方へ視線を向けていた。
凪は手が空いたときにはテーブルへ顔を出し、短い会話を交わしては厨房へ戻る。
いつものBLUEBELLらしい、穏やかな時間が流れていた。
⸻
食事を終えた五人の前には、食後のお茶が並んでいた。
凪もようやくひと息つけたらしく、アイスコーヒーを片手に近くの椅子へ腰を下ろす。
「ふぅ……。昼営業も、たまにはいいな」
「たまには?」
すいせいが反応する。
「毎日やればいいのに」
「毎日は無理だなぁ」
「えー、もったいないよ」
「夜の仕込みもあるし、昼まで毎日開けたら俺が休めないだろ」
「それはそうか」
「だろ?」
凪はアイスコーヒーを一口飲んだ。
「でも、昼に開いてると助かる人もいると思うよ」
そらが店内を見回しながら言った。
「近くで働いてる人とか、昼に食べに来られるし」
「まあ、そうだな」
「今日もお客さん、結構来てたもんね」
「思ったより来たな。普段は夜が中心だから、昼はそこまで混まないと思ってたんだけど」
「幻のランチ営業って言われてたもんね」
「それ、まだ言うか」
「だって本当だもん」
ロボ子さんが笑う。
「次にいつ開くかわからないんでしょ?」
「まあ、そうだな」
「じゃあ、今日来られてよかった!」
「予約してくれたからな」
「また予約するね!」
「はいはい。お待ちしてます」
そんなやり取りを交わしながら、凪はアイスコーヒーを飲む。
少しだけ休憩するつもりだった。
そのとき、ふと思い出したようにAZKiへ視線を向ける。
「そういえば、この間のライブ、お疲れ様」
「えっ?」
AZKiが少し驚いたように顔を上げる。
「ライブ、良かったよ」
「……見てくれたの?」
「会場には行けなかったけど、ライブビューイングでな」
「ライブビューイング……!」
AZKiの表情がぱっと明るくなる。
「来てくれてたんだ」
「そりゃ見るだろ。頑張ってたの知ってるし」
凪は何でもないことのように言った。
「本当に良かったよ。AZKiらしいライブだった」
「……ありがとう」
AZKiは少しだけ視線を落とした。
嬉しかった。
ライブを見てくれたことも、感想を伝えてくれたことも。
けれど、それ以上に嬉しかったのは、凪が自分の頑張りを見ていてくれたことだった。
たくさんの人に応援してもらえる。
ライブを見てくれる人も、感想をくれる人もいる。
それでも、凪からの「良かったよ」という言葉は、AZKiの中で少し違う響きを持っていた。
凪は、自分にとって特別な人だ。
だからこそ、彼が自分の活動を見てくれていたことが、何よりも嬉しい。
「……また、見てくれる?」
「時間が合えばな。次も楽しみにしてるよ」
「うん!」
AZKiは自然と笑顔になった。
「約束だよ?」
「約束ってほど大げさなもんでもないだろ」
「それでも!」
少しだけ強く返すAZKiに、凪は目を丸くした。
「お、おう。わかった」
「えへへ」
AZKiは嬉しそうに笑った。
その笑顔を見て、凪も軽く笑う。
「さて、そろそろ仕事に戻るか」
アイスコーヒーを飲み干し、凪は立ち上がった。
「みんなはゆっくりしてていいぞ。昼営業の時間はもうすぐ終わるけど、片付けはこっちでやるから」
「いいの?」
そらが尋ねる。
「いつもの客だしな。急かす理由もないだろ」
「ありがとう、凪くん!」
「はいはい」
凪は笑いながら厨房へ戻っていった。
その背中を見送りながら、AZKiはまだ少しだけ頬を緩めていた。
「AZKiちゃん、嬉しそうだね」
そらが小さく声をかける。
「えへへ。うん」
AZKiは否定しなかった。
「凪さん、ちゃんと見てくれてたんだね」
「うん。そうみたい」
「よかったね」
「うん!」
AZKiは手元のお茶を一口飲む。
温かいお茶が喉を通っていく。
その味を楽しみながら、さっきの凪の言葉をもう一度思い返していた。
――そりゃ見るだろ。頑張ってたの知ってるし。
何気ない一言。
けれど、AZKiにとっては何度思い返しても嬉しくなる言葉だった。
昼下がりのBLUEBELL。
食後のお茶を飲みながら、五人の時間はもう少しだけ続いていく。
店の中には、いつもの穏やかな空気が流れていた。
昼の営業は、そろそろ終わりを迎えようとしている。
それでも、今日のBLUEBELLはまだ閉店しない。
顔なじみの五人が、もう少しだけこの場所で過ごしていく。
そんな昼下がりだった。
まだまだ楽しみはこれから!
0期生でした!まだ後半続きます!
では…次回のお話でお会いしましょ!
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