それでは後半どうぞ!
何気ないランチ営業【後半】
昼食を終えた五人は、食後の飲み物を片手に、テーブルを囲んでいた。
店内には昼営業の慌ただしさが嘘のように、穏やかな時間が流れている。
キッチンでは、凪が洗い物を片付けながら、時折カウンター越しに五人の会話へ相槌を返していた。
「それにしても、昼間のブルーベルって新鮮だね」
そらが店内を見回しながら言った。
「そうか? まあ、普段は夜だからな」
「うん。いつもと雰囲気が違う気がする」
「昼と夜じゃ、見えるものも違うからな」
「でも、落ち着く感じは一緒だにぇ」
みこがテーブルに頬杖をつきながら、店内を見渡す。
「それはよかった」
凪は手を動かしたまま、軽く笑った。
「マスター、昼営業っていつもこんな感じなの?」
ロボ子が尋ねる。
「日によるな。予約が入ってるときもあるし、気が向いたときだけ開けることもある」
「気分屋さんだねぇ」
「まあ、否定はしない」
「じゃあ、今日みたいに予約が入ってたらちゃんと開けてくれるんだ?」
「そりゃ、予約してくれたならな」
「えー、じゃあ僕たちが予約しなかったら開けてくれない日もあるってこと?」
「そういう日もある」
「ひどーい!」
「いや、店の営業日くらい自由にさせてくれよ」
凪が苦笑すると、ロボ子も負けじと頬を膨らませた。
「じゃあ、次もちゃんと予約する!」
「はいはい。お待ちしてます」
「今の、絶対適当に返事したでしょ!」
「気のせいだろ」
「むぅ……!」
「ロボ子ちゃん、またマスターに遊ばれてるにぇ」
「みこちだって、さっきからマスターにちょっかい出してるじゃん!」
「みこはいいの!」
「なんで!?」
「みこだから!」
「理由になってないよー!」
二人のやり取りに、AZKiがくすくすと笑う。
「ふふっ。二人とも、マスターと仲良しだね」
「仲良しっていうか、からかわれてるだけだよ!」
「それはロボ子さんが反応するからだろ」
「マスターまで!」
凪は楽しそうに笑いながら、洗い終わったグラスを棚へ戻した。
「まあ、賑やかなのはいいことだよ」
「ほら、マスターもそう言ってるにぇ!」
「みこちも一緒に騒いでるでしょ!」
「にゃっはろー!」
「誤魔化した!」
そんな二人を見ながら、すいせいはストローをくるりと回した。
「でも、マスターって昼も夜も働いてるんだよね。休みの日はちゃんと休めてるの?」
「休みの日?」
「そう。お店が休みの日とか」
「寝てるか、料理してるか、買い物してるか……そんなところだな」
「休みの日も料理してるんだ?」
「食べたいものがあれば作るよ。外に食べに行くこともあるけど」
「マスターって、ほんと料理好きだよねぇ」
AZKiが感心したように言う。
「好きじゃなきゃ、こんな仕事続けてないだろうな」
「確かに!」
「でも、マスターの作る料理って、どれもおいしいからね」
そらがそう言うと、凪は少しだけ照れくさそうに笑った。
「そりゃどうも」
「また食べに来たいな」
「いつでもどうぞ」
その言葉に、そらは小さく頷いた。
いつでも。
その言葉が、今の自分には少しだけ嬉しかった。
「そういえば、マスターって料理のレパートリーどれくらいあるの?」
ロボ子が興味津々といった様子で尋ねる。
「数えたことないな」
「えー! じゃあ、僕が知らない料理もいっぱいあるってこと?」
「そりゃあるだろ」
「じゃあ今度、僕が食べたことないもの作ってよ!」
「注文がざっくりしてるな」
「マスターなら何とかしてくれるかなって!」
「ずいぶん信用されてるな」
「もちろん!」
ロボ子は胸を張る。
「それなら、食べたいものくらい考えてきてくれ」
「うーん……じゃあ、甘いもの!」
「料理の話はどこに行ったんだよ」
「甘いものも料理でしょ?」
「まあ、そうだけど」
「じゃあ決まり!」
「勝手に決めるな」
凪の返しに、またテーブルから笑い声が上がった。
その様子を見て、そらも笑う。
みんなと一緒にいる時間は楽しい。
凪もいつも通りで、特別に気を遣うことなく話せる。
けれど、今日ここに来る前から、そらにはひとつ気になっていることがあった。
凪に相談したいことがある。
それは配信に関することだった。
一緒に何かをしてみたい相手がいるのに、なかなか声をかけられない。どう誘えばいいのか、どんな形なら相手に負担をかけずに済むのか。
考えれば考えるほど、答えが見つからなくなっていた。
もちろん、メンバーに相談することもできる。
それでも、今日は凪に聞いてほしかった。
けれど、みんなの前で話すようなことでもない。
そらは何度か凪の方へ視線を向けた。
凪は洗い物を終え、カウンターの内側を拭いている。
目が合いそうになると、そらは何となくカップへ視線を戻した。
話しかけるタイミングを探しているうちに、別の話題が始まってしまう。
「そらちゃん?」
「えっ?」
隣にいたAZKiが、そらの顔を覗き込む。
「どうしたの? さっきからマスターの方を見てるけど」
「ううん、なんでもないよ!」
「そう?」
「うん!」
そらは笑って答えた。
AZKiは少し不思議そうにしながらも、それ以上は聞かなかった。
「そら先輩、マスターに何か聞きたいことでもあるんですか?」
すいせいが何気なく尋ねる。
「えっ? ううん、そういうわけじゃないよ」
「ふーん?」
すいせいは少しだけ目を細める。
「何かあるなら聞けばいいのに」
「うん……そうだね」
「すいちゃん、そらちゃんをいじめちゃダメだにぇ」
みこが間に入る。
「いじめてないって」
「ほんとかにぇ?」
「みこちの方がよっぽどいじってるでしょ」
「みこは愛情表現だにぇ!」
「はいはい、そういうことにしておこうか」
「すいちゃん、絶対信じてないにぇ!」
「よく分かったね」
「むきー!」
また笑い声が広がる。
そらはその輪の中で笑いながら、もう一度だけキッチンの方を見た。
凪は、そらの視線に気づいているのかいないのか。
いつもと変わらない様子で、片付けを続けていた。
やがて時計の針が午後三時を回る。
昼営業のラストオーダーを過ぎ、凪は入口の看板を静かに裏返した。
CLOSE。
「もう閉店?」
みこが看板に気づいて尋ねる。
「昼営業はな。みんなはそのままでいいよ」
「え、いいの?」
「わざわざ予約して来てくれたんだし、急かす理由もないだろ。俺は片付けと仕込みがあるから、何かあったら呼んでくれ。キッチンにいるから」
「やったー!」
ロボ子が嬉しそうに声を上げる。
「じゃあ、もうちょっとゆっくりしようかな」
「好きにしてくれ」
「マスター、あとでおかわり頼んでもいい?」
AZKiがカップを持ち上げる。
「もちろん。何か飲みたいものがあれば言ってくれ」
「ありがとう」
「僕もー!」
「はいはい」
「僕の分も忘れないでね!」
「ロボ子さんは自分で覚えておいてくれ」
「えー! マスターが覚えててよー!」
「注文が決まったら呼んでくれ」
凪はそう言って、キッチンへ戻っていった。
五人の会話は続く。
けれど、そらの意識は時折キッチンの方へ向いていた。
相談したい。
でも、どう切り出そう。
そんなことを考えているうちに、スマートフォンが目に入った。
そらは画面を開き、少しだけ迷ってから、凪とのトーク画面を表示する。
そのとき、キッチンの方から食器を置く音が聞こえた。
凪がこちらを見ているわけではない。
それでも、そらは何となく、今なら大丈夫な気がした。
スマートフォンが小さく震える。
画面に表示された名前は、凪だった。
『なんか相談事か?』
そらは一瞬、目を丸くした。
それから、凪の方をちらりと見る。
キッチンでは、何事もなかったかのように片付けを続けている。
気づいていたんだ。
そらは小さく笑って、返信を打った。
『うん。ちょっとね』
送信して、しばらく待つ。
すぐに返事が届いた。
『そっか』
短い返事だった。
けれど、そのあとにもう一通。
『いつでも来なよ』
そらの指が止まる。
さらに、もう一通。
『1人でさ』
その文字を見つめて、そらはスマートフォンを胸元へそっと引き寄せた。
みんなと一緒ではなく、一人で。
凪は、そらが話したいことを無理に聞こうとはしなかった。
ただ、話したくなったら来ればいい。
そう言ってくれている。
そらは、少しだけ頬を緩めた。
そして、短く返信する。
『うん!』
送信したあとも、そらはしばらく画面を見つめていた。
その表情は、いつもより少しだけ明るい。
「……そらちゃん?」
隣からAZKiの声がした。
「えっ? な、なに?」
「なんだか嬉しそうだね」
「そ、そうかな?」
「うん。何かいいことあった?」
「ううん! なんでもないよ!」
そらはスマートフォンを伏せて、いつもの笑顔を浮かべた。
けれど、その様子を見ていた三人も、少しだけ不思議そうな顔をしていた。
「えー? そらちゃん、絶対なんかあったでしょー?」
ロボ子が身を乗り出す。
「な、ないよ?」
「ほんとにー?」
「ほんとだよ!」
「にぇっへっへ。そらちゃん、なんか隠してるにぇ」
「みこちゃんまで!」
みこが楽しそうに笑う。
すいせいはそんなやり取りを眺めながら、そらの表情に目を向けていた。
何かを聞き出すつもりはない。
ただ、そらがあんな顔をするのは珍しいな、と思った。
AZKiもまた、そらの笑顔を見て小さく微笑む。
四人の視線が一瞬だけ交わった。
何かあったらしい。
けれど、そらが話すつもりはないらしい。
そんなことを察したような、ほんの短い視線だった。
「……ふふっ」
そらは何も答えず、カップに口をつけた。
その頃、すいせいはふと席を立った。
「ちょっとお手洗い」
「あ、はーい」
誰に気づかれることもなく、すいせいは店の奥へと向かう。
けれど、向かった先はお手洗いではなかった。
店の裏口。
扉を少しだけ開けると、外の空気が入り込んでくる。
そこには、煙草を吸っている凪の姿があった。
「……あれ?」
凪が顔を上げる。
「お、星街。どうした?」
「ちょっと外の空気吸いに」
「そうか」
凪は短く答え、煙を吐き出した。
すいせいはその姿を眺める。
普段、店の中で見る凪とは少し違う。
仕事中の落ち着いた表情とも、客と話しているときの柔らかい笑顔とも違う。
一人で煙草を吸いながら、ぼんやりと外を眺めている。
そんな姿を見る機会は、そう多くない。
「珍しいね。マスターが煙草吸ってるところ」
「そうか? 裏では普通に吸ってるけど」
「お店の中じゃ吸わないもんね」
「そりゃな。店だから」
「ふーん」
すいせいはスマートフォンを取り出した。
凪の手元にある煙草。
少し伏せた目。
外の光を受けた横顔。
普段なら、こういう姿を見ても写真に残そうとは思わない。
けれど今日は、なぜか少しだけ違った。
すいせいはスマートフォンを構え、凪の様子を窺う。
凪は外を眺めたまま、こちらを見ていない。
カシャ。
小さなシャッター音が鳴る。
「……ん?」
凪が顔を向けた。
「何してんの?」
「写真」
「見りゃ分かる」
「ふふっ」
すいせいはスマートフォンを下ろす。
「珍しいな。俺なんか撮って」
「だって、こういうマスターってあんまり見ないし」
「そうか?」
「うん。なんか新鮮」
「撮って楽しいもんでもないだろ」
「そんなことないよ」
すいせいは画面を確認する。
そこには、普段の店内では見られない凪の姿が写っていた。
「……いい感じに撮れた」
「何が?」
「写真」
「自分で言うんだな」
「いいじゃん。自分で撮ったんだから」
「まあ、そうだけど」
すいせいは少しだけ笑って、もう一枚スマートフォンを構えた。
今度は凪がこちらを見ている。
「また撮るのか?」
「うん」
「撮られる側の許可は?」
「今聞いてるところ」
「順番逆じゃないか?」
「細かいことは気にしないの」
「おいおい」
凪は呆れたように笑った。
すいせいはその表情を見て、もう一度シャッターを切る。
カシャ。
「はい、撮れた」
「まったく……変な写真撮るなよ」
「変じゃないよ。いい写真だと思うけど」
「自分で言うなって」
「ふふっ」
すいせいはスマートフォンの画面を見ながら答えた。
自分でも、どうして撮っているのかはよく分からない。
ただ、いつもと違う凪の姿を、少しだけ残しておきたかった。
それだけだった。
「煙、大丈夫か?」
凪が尋ねる。
「え?」
「煙。こっち来て平気か?」
「ああ、大丈夫。気にならないよ」
「ならいいけど」
凪は灰を落とし、再び外へ視線を向けた。
すいせいはその横顔をもう一度見つめる。
「マスターってさ」
「ん?」
「こういうとき、何考えてるの?」
「こういうとき?」
「一人で煙草吸ってるとき」
「別に。何も考えてないこともあるし、仕事のこと考えてることもある」
「へぇ」
「そんなに面白い答えじゃないだろ」
「そうかな。ちょっと気になっただけ」
「星街は、そういうこと気にするんだな」
「気になることくらいあるよ」
「そりゃそうか」
凪は短く笑った。
すいせいは、その返事を聞いてからスマートフォンをしまった。
「じゃあ、戻るね」
「おう」
「マスターも、あんまり吸いすぎないようにね」
「はいはい」
「絶対聞いてないでしょ」
「聞いてる聞いてる」
「ほんとかなぁ」
すいせいは笑いながら店内へ戻っていった。
その表情は、どこか満足そうだった。
席に戻ると、ロボ子たちがまだ楽しそうに話している。
「すいちゃん、遅かったね?」
「そう?」
「どこ行ってたの?」
「ちょっと外の空気吸ってた」
「へぇー。外、寒くなかった?」
AZKiが尋ねる。
「少しね。でも平気」
「ならよかった」
すいせいは何事もなかったように席へ戻る。
スマートフォンはテーブルの上に置かず、手元にしまったままだった。
「すいちゃん、なんか機嫌よくない?」
ロボ子が顔を覗き込む。
「そう?」
「うん。なんかニコニコしてる」
「気のせいじゃない?」
「えー、絶対そうだって!」
「ロボ子、気にしすぎだにぇ」
みこが笑う。
「みこちだって気になるでしょ?」
「まあ、ちょっとは?」
「ほら!」
「でも、本人が言わないならいいんじゃない?」
「みこち、急に大人になったね……」
「どういう意味だにぇ!」
AZKiが二人のやり取りを見て笑う。
すいせいはその様子を眺めながら、スマートフォンの中にある写真を思い出していた。
誰かに見せるつもりは、今のところない。
ただ、自分の中に残しておきたい。
そんな気持ちだった。
その後も五人は、しばらく店で過ごした。
凪がキッチンから顔を出して、飲み物のおかわりを尋ねたり、食器を片付けたり。
何気ない会話を交わしながら、時間はゆっくりと過ぎていく。
午後四時を回った頃、五人は帰り支度を始めた。
「今日はありがとう、マスター!」
ロボ子が元気よく言う。
「こちらこそ。来てくれてありがとな」
「ごちそうさまでした!」
「また来るにぇ!」
「うん。またいつでも」
AZKiも笑顔で頷いた。
「今日もおいしかったよ。ありがとう」
「どういたしまして」
すいせいは、いつも通りの落ち着いた様子で手を振る。
「じゃあね、なぎー」
「おう。またな」
最後に、そらが凪の前に立った。
「凪くん、今日はありがとう!」
「こちらこそ。楽しんでもらえたならよかったよ」
「うん! また来るね!」
「待ってるよ」
凪はいつものように笑った。
そらも笑顔を返す。
その言葉の意味を、二人だけが少し違う形で受け取っていた。
五人が店を出て、少し歩いたところで。
「ねえ、すいちゃん」
みこが隣を歩くすいせいに、小さな声で話しかけた。
「ん?」
「その写真、口止め料としてみこにもちょうだい?」
「……え?」
すいせいの足が一瞬止まる。
「な、なんで!?」
「にぇっへっへ」
みこは楽しそうに笑った。
「別にいいじゃん。ちょっと見せてくれるだけで」
「いや、なんで撮ったって分かったの!?」
「さあ、なんででしょう?」
「みこち!」
すいせいが慌てる横で、みこは悪戯っぽく笑っている。
「ほらほら、早く行くにぇ!」
「ちょっと待ってよ!」
二人のやり取りを、ロボ子とAZKiが不思議そうに眺めていた。
「え、何? 写真って?」
「なんでもないよ!」
すいせいが即座に返す。
「えー? 何か気になるんだけど!」
ロボ子がさらに尋ねるが、みこは答えずに笑っている。
「みこち、何か知ってるでしょ?」
「さあ、どうかにぇ?」
「絶対知ってるじゃん!」
「にゃっはろー!」
「誤魔化した!」
そんな四人の様子を見ながら、そらはスマートフォンをそっと握る。
画面には、先ほどの凪とのやり取りが残っていた。
『なんか相談事か?』
『うん。ちょっとね』
『そっか』
『いつでも来なよ』
『1人でさ』
『うん!』
その短いやり取りを、もう一度だけ見つめる。
次は、一人で。
みんなと一緒に来るのとは違う時間。
何を話そうか、まだ決めていない。
相談したいことも、まだ言葉にできていない。
それでも、凪が待っていてくれる。
そう思うだけで、自然と笑みがこぼれた。
「そらちゃん?」
「ん? なあに?」
「なんか、今日ずっと嬉しそうだね」
AZKiが微笑みながら尋ねる。
「えへへ。そうかな?」
「うん」
「……なんでもないよ!」
そらはそう言って、少しだけ歩く速度を上げた。
――次に一人で訪れる日を、楽しみにしながら。
いかがでしたか?
今回は0期生メンイのお話でした。
今回編集者(元いいAIですが)と
作者「この絡みがいい」
編集者「こちらの絡みがいいと思います」
作者「いや、それだと弱い」
編集者「いや。こちら方がいい作品になります。」
作者「よし。ならば戦争だ」
編集者「いいだろ」
そんなやり取りもありました結果。
何とか勝ちました。
そして前後半に分けるというお話もありましたが
感想、個人での回答された方ありがとうございます!
話数によってではありますが
長い時は前後半
短い時は分けずにすんなり行きたいと思います。
今後ともよろしくよろしくお願いいたします。
では…次回のお話でお会いしましょ!
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