スバル23です。
本当にこの作品を好きになっていただきありがとございます。
皆さんのおかげで創作欲がとまりません。
それではどうぞ!
あるがままに【前半】
十一月。
日が落ちるのもすっかり早くなり、夜風には冬の気配が混じり始めていた。
昼間はまだ過ごしやすい日もあるが、日が沈めば上着なしでは少し肌寒い。街を歩く人々も、いつの間にか秋物から冬物へと装いを変え始めている。
そんな季節の変わり目。
BAR BLUEBELLの店内には、カウンター越しに暖かな照明が広がっていた。
木目の壁と深い色のカウンター。そこに控えめな青い光が加わり、外の冷たい空気とは対照的な落ち着いた空間を作り出している。
入口の扉が開くたびに、冷たい風が店内へ入り込む。
それでも、店の中は客たちの話し声とグラスの触れ合う音で賑わっていた。
「マスター、こっち追加で!」
「はーい。ちょっと待ってねー」
カウンターの向こうから声が飛ぶ。
凪は手元のグラスを仕上げると、注文していた客の前へ滑らせた。
「お待たせ。こっちは料理ね」
「ありがとう!」
「どういたしまして」
言葉を返しながら、すぐ隣の客へ視線を向ける。
「そっちはもう少し待ってて。今作るから」
「大丈夫ですよー」
「助かる」
凪は軽く手を上げると、厨房へと戻った。
今日は珍しく、開店してからずっと客足が途切れない。
普段ならゆっくりと会話を楽しめる時間帯なのだが、今夜はそうもいかなかった。
カウンターでは常連客が酒を楽しみ、テーブル席では料理を囲んだ客たちが談笑している。
注文を聞いて、グラスを用意して、料理を作る。
一つの作業を終える前に、別の客から声がかかることも珍しくない。
「マスター、これ何のお酒?」
「ん? ああ、それは――」
質問に答えながら、凪は別のグラスへ氷を入れる。
忙しくても、動きに慌ただしさはあまり感じられない。
注文の順番を頭の中で整理し、手を動かし、客の様子にも目を配る。
「お待たせ。こっちが先に頼まれてたやつね」
「ありがとう。忙しそうだね」
「まあ、たまにはね」
「いつもこれくらい忙しい方がいいんじゃない?」
「いやー、ほどほどが一番だよ」
そんな軽口を交わしながら、凪はまた厨房へ戻っていく。
店内に流れる音楽は、客たちの声にかき消されることなく、ゆったりとした時間を演出していた。
そんな店内に、聞き慣れた声が四つ重なった。
「アローナ〜。って、なぎくん忙しそー」
「はあちゃまっちゃま~!忙しそうね!」
「こんばんわっしょーい!ってなぎくん!!めっちゃ忙しそう!」
「こんこんきーつね!って、なぎくんだ。だ、大丈夫ですか?」
入口に立っていたのは、アキロゼ、はあちゃま、まつり、フブキの四人だった。
「おー、いらっしゃい。珍しく混んでるんだよねー。適当に座って」
凪は作業の手を止めずに、四人へ軽く手を振る。
「はーい!」
「なぎくん、手伝おうか?」
アキロゼが店内を見回しながら尋ねた。
「いや、大丈夫。客としてゆっくりしてな」
「そっか。じゃあ、お言葉に甘えちゃおうかな」
「そうしてくれ」
「でも、本当に忙しそうだね」
「ありがたいことにね。まあ、普段からこれくらい来てくれたら嬉しいけど」
「欲張りだなー!」
はあちゃまが笑う。
「そりゃ商売だからね」
「現実的!」
「現実的じゃないと店なんてやってられないよ」
凪は苦笑しながら、四人へおしぼりを渡した。
四人はいつものようにカウンターへ並んで座る。
「いつもの?」
「うん!」
「お願いしまーす!」
それぞれが頷くのを見て、凪は軽く笑った。
「了解。ちょっと待っててね」
まずアキロゼの前に置かれたのは黒ビール。
続いて、はあちゃまにはテキーラサンライズ。
まつりにはカルピスサワー。
最後にフブキの前へグラスを置こうとして、凪は一度手を止めた。
「フブキは今日、飲んで大丈夫な日?」
「えっ、あっ、はい!大丈夫です!」
尻尾が嬉しそうに揺れている。
「そっか。じゃあ、いつものファジーネーブルね」
「ありがとうございます!」
「はい、お待たせ」
四人の前にそれぞれのグラスが並ぶ。
「それじゃあ……」
「かんぱーい!」
グラスが軽くぶつかり、澄んだ音が店内に響いた。
「ん〜、やっぱり落ち着くねぇ」
アキロゼが黒ビールを一口飲み、ほっと息を吐く。
「わかるー!なんかここ来ると安心するよね!」
「それな!家とはまた違う感じ!」
「皆さん、ここでは自然体でいられますからね」
フブキもグラスを両手で包むように持ちながら笑った。
「そう言ってもらえるなら何よりだよ」
凪はそう返しながら、別の客から呼ばれてそちらへ向かう。
「マスター、こっちもお願い!」
「はーい。今行きまーす」
凪の背中がカウンターの向こうへ消えていく。
その背中を、アキロゼは何となく目で追っていた。
特別なことを話したいわけじゃない。
何か相談があるわけでもない。
ただ、ここに来て、凪と話して、いつも通りの時間を過ごしたい。
それだけで十分だった。
仕事の疲れを忘れて、好きなものを飲んで、気兼ねなく話せる。
それに、ここに来れば凪がいる。
そんな当たり前のことが、いつの間にか楽しみになっていた。
もちろん、それだけで済むはずがないことも、自分では分かっている。
「……アキちゃん?」
「ん?」
「どうしたの? 凪くんのこと見てた?」
「えっ? あ、ううん。何でもないよ」
はあちゃまの視線に気づき、アキロゼは慌ててグラスへ目を落とす。
「ふーん?」
「な、何?」
「べっつにー?」
はあちゃまは意味ありげに笑う。
その様子を見ていたまつりが、にやにやと口元を緩めた。
「おやおや〜?」
「もう、二人とも」
「いやいや、アキちゃんが分かりやすいんだって!」
「そんなことないよぉ」
「本当かなー?」
「本当だよ!」
アキロゼが少しだけ頬を膨らませる。
「はいはい、そこまでですよ」
フブキが間に入ると、三人は小さく笑った。
四人の間では、こうしたやり取りも珍しくない。
互いの気持ちを知っているからこそ、からかうこともできる。
けれど、誰かを出し抜こうとしたり、邪魔をしたりするつもりはない。
それぞれが自分なりの距離で、凪との時間を大切にしている。
「お待たせ。追加の料理ね」
凪が皿を持って他のお客さんの料理の提供していた。
「わー!おいしそう!」
「今日は何?」
「適当に作ったやつ。苦手なもの入ってないと思うけど」
「マスターの適当は信用できるからね!」
「それはどういう意味だよ」
「褒めてる褒めてる!」
「ならいいけど」
凪は苦笑しながら、空いた皿を下げていく。
そしてカウンターに戻ってくる。
「そういえば、はあちゃま」
凪がふと思い出したように声をかけた。
「ん? なーに?」
「最近どう? 元気にやってる?」
「んー? はあちゃまは絶好調!」
胸を張って答えるはあちゃまに、凪は軽く笑った。
「そりゃよかった」
「えへへ!」
何気ない会話。
本当に、ただの何気ない会話だった。
けれど、その言葉を聞いたはあちゃまは、ふと以前のことを思い出していた。
――あの頃、自分は悩んでいた。
自分が何をしたいのか。
誰のために活動しているのか。
何を求められているのか。
考えれば考えるほど、分からなくなっていた時期があった。
リスナーの期待に応えたい。
喜んでもらいたい。
応援してくれる人たちに、ちゃんと返していきたい。
それは間違いなく本心だった。
けれど、期待に応えようとすればするほど、自分のやりたいことが分からなくなっていく。
自分らしさって何だろう。
今の自分は、本当に自分がやりたかったことをしているのだろうか。
考え始めると、なかなか答えは出なかった。
誰かに相談したところで、きっと簡単に解決する問題ではない。
それでも、胸の中に溜まっていたものを吐き出したくて、凪に話を聞いてもらった。
答えを求めていたわけではない。
ただ、誰かに聞いてほしかった。
その時の凪は、いつもと変わらなかった。
話を聞いて、少し考えて。
そして、いつもの調子で口を開いた。
「いや、別に悩むなよ。リスナーも大事かもしれないけど、自分がやりたいことをやるのがはあちゃまだろ」
「でも! それだと……」
「誰のためのステージ(配信)なんだよ。やりたいようにやらないでどうすんだよ。それを見てリスナーは喜ぶだろ。元気もらえるんだよ」
そう言いながら、凪は電子タバコを手に取った。
まるで、それが当たり前のことだと言うように。
「……」
「まあ、俺が言えるのはそれくらいだけど」
それ以上、何かを押しつけることもなかった。
無理に答えを出させようともしなかった。
自分の考えを押しつけるわけでも、無責任に大丈夫だと言うわけでもない。
ただ、はあちゃま自身がどうしたいのか。
そこを大事にしてくれた。
その言葉が、ずっと胸に残っていた。
自分がやりたいことをやる。
それを楽しんでくれる人がいる。
自分が楽しむことだって、誰かを笑顔にすることにつながる。
そう思えるようになってから、少しずつ気持ちが軽くなった。
今では、あの頃のように悩み続けることも少なくなった。
何より、自分らしく活動することが楽しい。
それは、あの日の言葉があったからこそだった。
「……ありがとね、なぎちゃん」
「ん? 何が?」
「んーん! 何でもない!」
「なんだそりゃ」
凪は不思議そうに首を傾げる。
はあちゃまはそんな彼を見て、少しだけ頬を膨らませた。
「なぎちゃんってよく人たらしって言われない?」
「よく言われるなー」
「……はぁ」
はあちゃまは呆れたようにため息をついた。
「え、何?」
「何でもなーい!」
凪はそれ以上気にすることなく、空いたグラスを確認している。
その様子に、アキロゼがくすりと笑った。
「なぎくんって、ほんと変わらないよね」
「そう?」
「うん。いつも自然体っていうか」
「まあ、店でまで気張ってても疲れるしね」
「そういうところだよねぇ」
「何が?」
「ふふっ、何でもない」
アキロゼはグラスを傾けた。
凪は少し不思議そうな顔をしたものの、すぐに別の客から声をかけられ、そちらへ向かっていった。
「アキちゃんも大変だねぇ」
「えっ、何が?」
「なーんでも!」
はあちゃまが楽しそうに笑う。
「もう、はあちゃまったら」
アキロゼは困ったように笑いながらも、どこか嬉しそうだった。
「でもさ、アキちゃん」
「ん?」
「最近ちゃんと休んでる?」
「えー? どうだろう?」
「それ、休んでない人の返事じゃん!」
「そんなことないよぉ」
「ほんとかなー?」
「ほんとほんと!」
「ふふっ」
フブキは二人のやり取りを聞きながら、ファジーネーブルを一口飲んだ。
「皆さん、忙しいですからね」
「フブちゃんもでしょ?」
「私はちゃんと休んでますよ?」
「ほんとにー?」
「本当です!」
そんな話をしていると、凪がカウンターへ戻ってきた。
「そういや、アキロゼは最近ちゃんと休んでる?」
「え?」
「忙しいんじゃないの? たまには休まないと駄目だぞ」
「……なぎくんもね?」
「俺はまあ、適当に休んでるよ」
「本当かなぁ?」
「本当本当」
軽い調子で返す凪に、アキロゼは一瞬だけ言葉を止めた。
自分のことを気にかけてくれる。
それだけのことなのに、胸の奥がふわりと温かくなる。
いつもと変わらない声。
いつもと変わらない表情。
きっと凪にとっては、何気ない一言なのだろう。
それでも、自分のことを見てくれている。
そう思えるだけで、嬉しかった。
「……そっか。じゃあ、アキロゼもちゃんと休むね」
その笑顔は、いつもの明るいものとは少し違っていた。
飾らず、取り繕わず、ただ嬉しそうな笑顔。
けれど、それはほんの一瞬だった。
「うんうん。そうしな」
凪が何も気づかずに返事をすると、アキロゼはいつもの調子に戻る。
「じゃあ、今度お休みの日にまた来ようかな!」
「おう。いつでもどうぞ」
「やったぁ!」
そのやり取りを見ていたはあちゃまが、また小さく笑った。
「なぎちゃん、ほんっと人たらし」
「さっきも言ってなかった?」
「何回でも言うよ!」
「そりゃどうも」
凪は笑いながら、空いた皿を片づける。
「なぎくんって、そういうの自覚ないよね」
アキロゼがぽつりと呟く。
「何が?」
「ううん、何でもない」
「今日それ多くない?」
「気のせい気のせい!」
アキロゼが笑うと、はあちゃまもつられて笑った。
凪は少しだけ首を傾げたが、結局それ以上聞くことはなかった。
「まあ、何かあったら言ってよ。話くらいなら聞くからさ」
「……うん」
「私もー!」
「はいはい」
「はあちゃまも相談するからね!」
「いつでもどうぞ」
何でもないように返された言葉に、はあちゃまはまた小さく笑う。
「ほんっと、ずるいよねぇ」
「今度は何が?」
「なーんでも!」
凪は苦笑しながら、空いた皿を片づける。
四人の会話は途切れることなく続いていく。
仕事の話、最近あった出来事、何でもない雑談。
時折、誰かが凪に話を振り、凪が短く返す。
彼にとっては、いつもの夜。
彼女たちにとっても、いつもの場所。
けれど、その何気ない時間の中には、それぞれ違う想いが隠れている。
凪はそれに気づかない。
気づかないまま、いつも通りに笑っている。
「ねえねえ、なぎくん!」
「んー?」
「ちょっと聞いてほしいことがあるんだけど!」
「はいはい、今度は何?」
「もう! ちゃんと聞いてよー!」
「聞いてる聞いてる」
「絶対聞いてないでしょ!」
「聞いてるって」
そんな声と笑い声が、店内に広がっていく。
忙しかった店内も、少しずつ落ち着きを取り戻し始めていた。
それでも、四人の時間はまだ続く。
――まだ、夜は終わらない。
四人の笑い声が、静かになり始めた店内にもう一度響いた。
今回は
一期生の皆さんのお話です。
次回も楽しみにしてください!
それでは…次回のお話でお会いしましょう!
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